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冒険者ギルドで人を探すお仕事をしています  作者: さかい
第一章 ~ 探索者という生き方 ~
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[16歳] 薬草採りのディム

20180206改訂


 この国じゃあ15歳で成人と決まっている。お酒は何歳からと法律で決まってるわけじゃないが、15歳で大人扱いになるから、ガキのくせに酒を飲むんじゃねえとか何とか怒られることはない。


 そして15歳になると、冒険者という職業を選ぶこともできる。


 冒険者には戸籍も住所も要らない。出自や過去の経歴も問われない。

 まるでディムのために用意されたような職業だ。ちなみにエルネッタさんもどうせ偽名を使っているからまともな職に就けないのだと思う。


 ただし冒険者ギルドは衛兵たちと連携して、指名手配の犯罪者や賞金首の手配も行っているから、犯罪者だったなら賞金首となった時点で仲間から追われることになる。だから脛に傷を持つ者は誰も望んで冒険者ギルドには近寄らない。それが戸籍も名前もはっきりしないような、訳アリの流れ者を雇い入れても特に問題がない所以であろう。


 もちろん流れ者が飛び入りで冒険者ギルドの門を叩くこともある。その場合はギルド長の裁量に任されるのだが、ディムの場合はエルネッタのコネがある分だけ幸運だった。


 そのコネというのは他でもない、エルネッタが酒場で酔って暴れたときギルドから呼ばれ、無傷で連れ帰ることができるのはディムだけであることからギルド長の信頼も厚いというコネなのだけど。


 ディミトリ・ベッケンバウアーなんて本名をただの一度も聞かれることもなく『ディム』という愛称のまま、年齢も16歳と自己申告するだけで登録できた。日本人だったころ、日雇いの労働者がそんな感じだったと記憶している。


 ギルドのほうももエルネッタさんと同じく、ディムの素性や出自などにはまったく興味がないようだ。


 冒険者が何をする仕事なのかというと、街の外の面倒ごとはだいたい冒険者ギルドに持っていけば引き受けてもらえる事になっている。つまり街の外に出なければならない、危険な面倒ごとを好きこのんで生業なりわいにしているのが冒険者という職業だ。


 冒険者ギルドで扱っているライセンスは大雑把に分けて2つ。

 剣を持って戦う依頼を受けることができる傭兵マーシナリーライセンス、そして主に薬草採取などの依頼を受けて、採取の代行を行う探索シーカーライセンスだ。


 傭兵マーシナリーは隊商の定期便があり、堅く安定した収入が約束されるが、探索者シーカーは薬草や薬効キノコの採取など、主に仕事は森の中や山の奥、しかし薬草取りなど日帰りで危険もほとんどないような依頼は主婦の家事の合間にでも満足な結果が得られるため依頼料も安く、探索者シーカーだけでは食っていくことが難しい。ギルド依頼がなくても、高ランク探索者シーカーは遺跡探索などにも出かけるので、当たりを引けばデカいと言われれているが……。


 遺跡なんて千年も前からそこにあるようなものが盗掘されてないわけがない。遺跡探索で一攫千金なんて夢のまた夢だ。


 だいたいはどこの冒険者ギルドでも狩人ハンターライセンスを扱ってるはずだが、ここラールの冒険者ギルドだけは他の街とは違っていて、狩人ハンターたちはギルドではなく組合に所属している。狩人ハンター組合という、日本でいうところの、漁協や農協の狩人ハンター版といった組織だ。


 肉や魚の調達、危険ビーストの討伐、害獣の駆除依頼などは狩人組合のほうで引き受けてもらえるから、いろいろ競合しないよう取り決めてやってるらしく冒険者ギルドは狩人とは関係がないというスタンスで運営されている。


 ディムはまずお小遣こづかいまでエルネッタにもらうことを心苦しく思っていた。

 16歳にもなって服や靴、日用品に至るまでぜんぶお金をだしてもらっているのだから。


 だけどエルネッタはディムがギルド登録するのに反対だった。

 ディムのような子どもが剣を持って護衛の仕事に出るだなんて心配で夜も眠れないという。

 だから傭兵任務を受けられない探索シーカーライセンスでならということで、渋々ながら冒険者登録を許可してもらった。


 ディムは、遠くセイカ村から見えた万年雪の積もる高山にあるといわれるムチャクチャ高価な薬草を摘みに行く依頼を受けられるけど、傭兵であるエルネッタさんは受けることができない。逆にエルネッタさんは隊商の護衛や、盗賊団のアジト襲撃など戦闘に関わる依頼を受けることが出来るが、探索者シーカーであるディムはそれを受けることが出来ない。つまりライセンスごとに依頼の住み分けができている。


 ちなみにその、セイカ村から見えた万年雪の積もる山にあるという、ムチャクチャ高価な薬草から作られるのが、これまた目ん玉が飛び出しそうな値段で取引されている『エリクサー』という霊薬だ。高級装備品店で値段を調べてみたら驚くなかれ、380万ゼノという、一般家庭の年間所得のような値段がついていて驚いたものだ。


 ゼノという貨幣単位はだいたい日本円と同じぐらいだと見てるので、実に380万円という価格だ。

 騎士などそれなりの地位にいる戦闘職の者が、お守り代わりにしてペンダントとして首から下げるということで需要がある。もちろん実戦で傷を受けて致命傷を負ったとき、その命を救ってくれるかもしれないスーパーアイテムだ。


 これはエルネッタさんから聞いたわけじゃなく、そのとき一緒にパーティを組んでいた仲間の人に教えてもらったのだけど、3年前、ディムが河原で拾われたときの容態はとても悪く、放っておいたらすぐに死んでしまうような状態だったらしい。街からも遠く離れた街道で医者を呼びに行くこともできなかったことから、エルネッタさんは見ず知らずの少年に、万が一の非常事態のとき、自分の命を繋ぐために持っていた霊薬『エリクサー』を使って命を助けたのだそうだ。


 そんな高価な霊薬を使ったというのに当のエルネッタさんはそれをおくびにも出さず『あははは、ディムはわたしがキスしたら一発で目を覚ましたんだよ』などと言っていつも笑い飛ばすのだ。


 だからと言っていいのかどうか分からないが遠征に出たエルネッタさんが帰ってきたら、まずは疲れて消耗した身体をメンテナンスすることにしている。関節や筋肉をほぐし、いざというときに自分の身体が裏切らないよう、ベストな体調にもっていく。一流のアスリートが専属トレーナーをつけているように。


「ん。筋肉ほぐしたけど、どう? 右と左で違和感ない?」

「ディムのマッサージは最高だよ。なあ、いったいどこで習ったんだ?」


 エルネッタさんは肩をグルグル回し、首を左右に振って関節の動きを確かめている。そのスムーズな動きに満足しているようだ。心身共にすっきりした様子でしゃきっとキレのある動きで立ち上がると関節をひねったり回したりしながら、マッサージの出来を絶賛している。


 エルネッタさんの戦う肉体を常にベストな状態に保つのがディムの役目だ。


「んっ! さてと、今日もギルドにめぼしい依頼ないか見に行こうかね、ディムも来るか?」


 ディムはエルネッタが護衛の仕事に出ている日は、お小遣いぐらい自分で稼ぐために探索者シーカーの依頼をコツコツこなしている。もちろん一番簡単な仕事からだ。


 エルネッタさんは傭兵マーシナリーの仕事を。ディムはたまーに、近くの森へ行っては薬草を取ったり、薬効のあるキノコを採取したりという軽労働をしているとき、珍しいトリュフを見つけた。ギルドの依頼を通す薬草よりも、ギルドを通さずレストランと直接取引できるトリュフのほうが実入りがよくて、実はいま懐がかなり温かい。だから別に、いま仕事を探す必要なんて1ミリもないのだけど、毎日、なにかよさげな依頼はないかとギルドの掲示板を見に行くのが日課になっている。


 実はエルネッタさんが借りていて、ディムと一緒に暮らしている部屋というのは、冒険者ギルドから通りを挟んで斜め向かいにある集合住宅アパートの一室になる。通りに面していて立地がいいのでワンルームで狭い割には家賃が相応に高いらしいが、アルコールに弱いくせに、いつもへべれけになるまで飲んでしまって、ギルド酒場を出たら見えてるような部屋までも帰ってこられないことが多々ある彼女にはこれ以上ないほどの一等地だった。


「ディムほら、早く行くぞ。急げ」


 部屋を出るとドアを閉めることもなくエルネッタさんが先に歩いて行くのに対し、ディムはといえば火のもとを確かめた後、戸締りをしてから早足で放って行かれないよう急いで着いて行く……。エルネッタさんに任せているとカギもかけずに出ていくからとても任せてはいられない。


 ほんといい歳してそんなだから嫁の貰い手もない……なんてことは口が裂けても言えないのだが。これで姉のつもりだという。


 戸締りをしてアパートから出たディムは、身も蓋もない言葉を投げかけてくる子供たちと遭遇した。


「ああっ、ヒモのディムだ」

「男のくせに薬草集めばっかりしてるディムだわ!」


 この子たちはアパートの管理人さんトコの子で、お転婆の姉サラエと、大人しくてちょっと心配なぐらい運動神経が鈍いセイジ。なんだか昔のディムとメイリーンを見ているようなワンパク姉弟きょうだいだ。


 サラエに言わせると16にもなって薬草集めばかりしているのは劣等生なんだそうだ。

 ディムはちょっと胸を張って高く売れた白トリュフのことを自慢げに話した。


「おはようガキども。んー、薬草集めのプロをなめるんじゃないぞ、昨日はでっかい白トリュフを見つけたんだからな」


 今の今まで軽蔑するような眼で見ていたガキどもの目が、白トリュフと聞いてキラリと輝きを増した。

 

「し……白トリュフ? ヒモのくせにマジか!」

「ヒモのくせに生意気だわ。いったいいくらで売れたか白状しなさいよ」


 さっきまでヒモと罵られていたが、心を入れ替えたガキどもに大人の懐事情を説明して優越感に浸るべく、ディムは勝ち誇ったように言った。


「ふっ、8万ゼノとだけ言っておこうか。ぼくはこれでダガーナイフを買うのさ。冒険者みたいだろ!」


「はっ……はちまんゼノですって!」


 8万ゼノと聞いて瞬きすら忘れているガキどもに、ディムはエヘンと胸を張った。

 だけどそんなささやかな自慢話をエルネッタさんに聞かれてしまったらしい。


「ダガー? ディムはダガーが欲しいのか。じゃあ私が買ってあげるよ」

「いいよ、装備品ぐらい自分の稼ぎで買うよ」

「いーや、剣っていうのは身を護るための武器でもあるけど、お守りでもあるんだ。最初の一振りは私が買う。今回の稼ぎはとっておいて、気に入った服でも買えばいい」


 確かにそう言われると、買ってもらった短剣には何かご利益がありそうな気もする……だけど。


「ほらやっぱりヒモだ!」

「ヒモッ!」


 サラエたちの教育にはよろしくなかった。



 エルネッタさんとギルドのドアをくぐると、併設された酒場のほうからゴキゲンな声が聞こえてきた。

 冒険者ギルドは新しい依頼が貼り出される朝の早いうちと、依頼を達成して帰ってきた男たちが稼いだカネをアルコールに変えて飲んだくれる夜がとても賑やかだ。つまり、こんな真昼間からのんだくれてるようなのにはロクな奴がいないのは、だいたいどこの世界でも似たようなものだ。


「よーうエルネッタ。今日は同伴か? そろそろディムもライセンス書き換えて傭兵デビューさせてやらないとなあ、探索じゃあ食ってけないぞ?」

「そそのかすなアルス。ディムには傭兵なんか絶対にさせないから。で、今日は何かいいのあったかい?」


「うーん、ちょっと渋めだけどハーグまで隊商の往復。護衛にひとり20万で5人の募集があるんだけど、ちなみに空きはあと2だ」


 真昼間から軽く酒が入ってるのはいつもエルネッタさんとパーティを組んでる剣士職のアルさん。このひともBランク冒険者なんだけど慎重派でけっして無茶はしないんだそうだ。ただのヘタレとかビビりとか言われてるけれど、あまり人を褒めないエルネッタさんがアルスは信頼できる相棒だと言うぐらいには頼りにされている。まあいつもエルネッタさんが暴れる前に止めようとして殴られるぐらいだから、信頼されているというのも頷ける。


 そしてそのアルさんの方はそろそろライセンス書き換えてまで傭兵デビューさせてやろうと言ったのだから、きっといま言った護衛の依頼に連れていこうと思ってるのだろう。


 だが断る。


 ディムはここでエルネッタさんとの甘いヒモ生活を続けていていたいと考えていた。ストレスなんて大嫌いだ。


 あの日、セイカの自宅の屋根の上で、風に吹かれながら遠くの万年雪のつもる山を眺めながら、兄弟たちと約束したことを思い出した。


 ストレスとは無縁のスローライフを生ようと決めたのだから。


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