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冒険者ギルドで人を探すお仕事をしています  作者: さかい
第八章 ~ 勇者、ヒカリ・カスガ・ソレイユ ~
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[19歳] 時空を超えた再会

ちょっと長め。二つに分ける場所が見当たらなかったので長くなりました。


 ディムの号令を聞いたトールギスは突き付けられた短剣を握る手を"むんず"と捕まえると、上から握り潰した。骨の砕ける音は思いのほか乾燥した音で、パキポキと酒場に響く。


「ぐあああぁぁ!」


 声を最後まで上げ切らせることもなく、トールギスは男の胸ぐらをつかんで、ただ壁に向かって投げた。

 勢いをつけるでもなく、片手で"むんず"とただ掴んで投げただけという、簡単で攻撃とも言えないようなものだった。たったいまあるじに"殺さない程度に"と言われたトールギスにしてみれば単純に握り潰すよりもいくらか優しいと思ってからこそ、そうしたに過ぎない。



―― ドバキチャッ!


 男は酒場エリアとギルドエリアを隔てるとう編み細工の衝立ついたてを破壊し、冷たく堅い石造りの壁に容赦なく打ち付けられた。あるじの命を狙った暗殺者の末路だ。


 人が壁に打ち付けられ、壁に血の筋を引いて"ずるり"と落ちた。まるでモップで血を塗ったような跡を残して。

 高速で走行する大型トラックにノーブレーキで跳ねられたような衝撃だったろう。たとえ電車に跳ねられても打撃だけで血液をぶちまけることなんて、ほとんどないのだが。


 身体のどこか、大きめの血管が破れた事に気が付いたのだろう、トールギスは自らの失敗を悟ったかのような声を上げた。


「あ!」


「あ! じゃないってば、死ぬでしょこれ! あーどうしよ、ヴェルザンディ何とかできるか?」


『はい! やってみます』


 ディムのポケットに居たヴェルザンディが飛び出して死にゆく男に回復魔法を使うと、その手のひらサイズの小さな身体から柔かな光を発したのと同時に、倒れた男の身体にも似たような現象が起こった。


 妖精族は魔法を使うとき光るらしい。それも温かい血流の温度を感じる、いとおし気な光だった。


「べゆちゃんすごい、助かった」

 ディムは死にゆく男のステータスが瞬間的に戻ってゆくのに驚いた。ヴェルザンディの回復魔法は即死かと思われるような大ダメージを負った者がみるみるうちに回復してゆく。


「ヴェルザンディ、それ、首の血管が切れてても大丈夫なの?」

『はい、止血して間に合う状況なら止めてみせます。元通りとはいきませんが失った血も戻します』


 およそヒト族が使う回復魔法というのは頸動脈など急所の一撃に対応できない。血液の流出に止血効果が間に合わないからだ。しかし今ヴェルザンディの使った回復魔法の治癒速度を見ると、生きてさえいれば瞬間的に命をとりとめることができそうだ。


 ディムはこの毒手を握ったまま離さず、ゆっくりと暗殺者、ジェイミー・シンガーの顔を見た。

 185ぐらいあるか、ディムが少し見上げる形になった。


 すぐ傍らで起こった出来事が信じられないのだろう、ジェイミー・シンガーは、たったいま人質に取っていた少女にあっけなく倒されてしまった部下の安否すら確かめられずにいる。


 そもそも諜報部の暗殺要員というのは殺人のプロだ。プロが100%勝てる状況をさらに背後から首に短剣を突き付けた。これはチェックメイトだ。この状況から逆転など出来る訳がないのだ。

 逆転するためには首に短剣を突き付けられた少女自らが暗殺者に技量を遥かに上回る技をもって、熟練の暗殺者を圧倒する必要があった。

 だがしかしこの少女は技術など微塵も使わず、ただちからをもって状況をひっくり返して見せた。


 騎士団の要職を任されるバーランダー・ソレイユもさすがにたった今、目の前で起きたことが信じられず、瞬きを忘れてしまって、言葉のひとつも出せない。ギルド酒場でただ見ているだけの見物人たちも息をのんだ。


 だがしかし、ジェイミー・シンガーは頭を冷やして目の前で毒手を強く握る青年、ディミトリ・ベッケンバウアーを離しはしない。この男を殺せば任務は成功なのだから……そう思ってゆっくりと青年を見た。

 同時に掴んでいた右手に疼痛とうつうが走った。

 ビリビリっと、手首から肘、肘から肩にかけて神経がうずく。


「よそ見できるほどお前は強くないよ」


 そういって、ディムは呆然とする暗殺者に切り取られた人の右手を見せた。その切り口は見事としか言いようがなく、パッと見たあと切断面から血液が滲み出てくるように見えた。


 毒手の暗殺者、ジェイミー・シンガーは、この時" なんでこの青年は人の手首なんか持っているのだろう? "と不審に思った。まさか自分の手首から先が切り取られるだなんて思っていなかったのだから。


 右手を失った本人ですら、いつ攻撃を受けたのか分からない。


 毒手の暗殺者、ジェイミー・シンガーと握手していたディムは、いつの間にか短剣を抜いていて、その毒手を握ったまま手首から先を切断していた。しかもいつの間にかディムの右手には革の手袋が装備されている。戦闘時に装備する防具だ、厚手のなめし革で作られているから皮膚浸潤型の毒手を握ったとしてもしばらくは大丈夫だろう。


「んー、失礼。さっきの握手でちょっと気分が悪くなったからさ、二度目は手袋してたんだ」

 ディムは自らのスキル『視覚誤認』で素手だと誤認させ『知覚遮断』で握手したあとも分厚い革手袋をしている違和感を感じさせず、さらには手首切断時の激痛も緩和させたのだが、この暗殺者にそこまで分析し、現状を分析する余裕などなかった。


 ジェイミー・シンガーは100%勝ったと思っていた状況、さっきまで余裕綽々で勝ち誇った顔をしていたのに、次の瞬間には絶望のどん底に叩き落されていた。


 これは悪夢ナイトメアだ。悪い夢を見ているに違いないと思った。

 だが遅れて伝わる激しい痛みが脊髄を通って脳に伝わると、悪夢の世界から解放され、現実リアルを知る。


「はがあああああああああぁぁぁ!」



「騒がしい暗殺者だな……」


 しかし痛みに耐えながらもすぐさま脇の下を押さえて止血するあたりはさすがというほかない。


 ……いや、おかしい。トールギスに短剣ごと手を握り潰されたやつも、いまこの毒手を失ったやつも、暗殺の訓練を受けているとして、そんな一般人のような悲鳴を上げるなんて考えられない。


 外で『気配消し』を使って張り込んでる4人の諜報員が『聞き耳』もしくは『聴覚』スキルを使って

中の様子を窺っていると考えるべきだ。


 となると中の2人が作戦に失敗したことは当然外の連中に知られたということだ。

 無線機のない世界だとちょっとした合図を送って状況を知らせるしかないのも分かる。だけど大袈裟に悲鳴を上げるのはあまり格好のいい話ではない。


「あるじ、そとの二人こっちにくる」

 トールギスの『気配探知』で増援が向かってることが分かった。

 さっきの悲鳴は作戦が失敗したことを外に伝えたと考えるべきだ。だとすると今こっちに向かってる二人はバックアップ要員か。



―― ドカッ!


 ディムはエルネッタの嘘を見破る力を借りてこの男を尋問するつもりだったが、更に2人の暗殺者が酒場に入ってくる前に次の対策をする必要があった。数秒か十数秒か、とにかく秒単位の時間しかない。


 こういう時はもう小細工を弄するよりもぶん殴ったほうが早い。ディムは躊躇せず短剣の柄でジェイミー・シンガーの頭を殴りつけると、呆気あっけなく気を失ったらしく、前のめりに床に倒れた。


 押さえていた脇の止血点から指が離れ、手首から先を失った腕からドクドクと血が流れ出す。

「ヴェルザンディ、止血だけおねがい」

『はい。分かりました』


 同時にギルドのドアが開いて、また客が二人はいってきた。

 また見たことのない奴らだ。こいつら揃いも揃って、ギルド酒場には一般客なんて殆ど来ないんだってことぐらい予めリサーチしておくべきだ。一般客を装う意味すらないのに。



----------


□ メイデン・アーマン 32歳 男性

〇気配消し効果

〇聞き耳効果

 ヒト族  レベル040

 体力:32992/33612

 経戦:S

 魔力:-

 腕力:B

 敏捷:B

【狩猟】B/短剣S/諜報活動B/吹き矢B/気配消しB/聞き耳A



□ ステアー・デイバック 34歳 女性

〇気配消し効果

 ヒト族 レベル039

 体力:31973/30285

 経戦:D

 魔力:-

 腕力:C

 敏捷:B

【狩猟】B/弓術B/諜報活動B/気配消しC



----------


 客を装って入ってきた男女二人組、巧妙に隠しているが入店時すでに短剣を抜いていた。

 殺してしまうのは簡単だけど、エルネッタさんの兄さんが見てる。出来るだけ殺さずに退散してもらいたい。


 いまギルドのドアを開けて、入ってきた二人はすでに戦闘態勢だ。右手を振るだけで手首の裏から短剣が顔を覗かせるはずだ。暗殺なんて範疇から外れた、ただの人殺しだというのに、目撃者も大勢いる酒場でやる気を見せている。つまり殺したのが諜報部の暗殺部隊だということがバレたとしても、ディムを殺す必要があるという事だ。最初の作戦が失敗し、すでにプランBに移行したと見ていい。


「アーマン、デイバック。隊長からの指示を伝える。短剣を仕舞ってまずは話を聞け」


「なっ? いったいなにがあった?」


 突然名前を呼ばれた二人組は顔を見合わせたあと、地面にうずくまる隊長の姿を見て、つい誘いに乗ってしまった。



 その迂闊な返答により、客を装って対象者の首を狙うというプランBは崩された。


 諜報部の失敗は、まず暗殺対象であるディムの顔を良く知らなかったということ、これは致命的なミスだった。そしてそのディムが『知覚遮断』と『視覚誤認』という、認識阻害スキルを持っていることを知らなかったことで失敗は更に補完される。


 『視覚誤認』スキルは変身魔法のように姿を変えるものではなく、ちょっとした勘違いを誘発させる程度の効果しかない。視界の端っこに置いてあるものが何なのか認識できていないものを、違う物だと思わせる。そんな弱い効果しかもたないスキルを使うことで、戦闘時、その姿を闇に溶け込ませたり、霧のような掴みどころのないものに誤認させていたのだ。


 加えて『知覚遮断』というスキルを同時に使うと、さらにディムの姿を認識しづらくなるという効果がある。二つのスキルの相乗効果によって、いましがたトールギスに投げられて、気持ちよく床で寝ているジェフ・ローリアンという男だと誤認させられた。たった今ギルド酒場に入ってきた作戦中の諜報員二人は、まんまとディムの術中にはまってしまったのだ。


 地面に倒されたジェイミー・シンガーに気を取られているからこそ騙される。心理のスキを突くものだった。


「隊長がこれを!」


 ディムは遅れて入ってきたバックアップの暗殺者に、たったいま切り取ったばかりの毒手をメイデン・アーマンに手渡すと、無意識だったのだろう、つい手を出して受け取ってしまう。これは人の本能のようなものだ。これもまた『視覚誤認』の効果により、この男には何か小さな木箱のような物だと誤認したのだ。


 ディムはすぐに手放してしまえないよう、その手を掴んでホールドした。


「いつぅ!」

「これ触れただけで結構痛いでしょ? ぼくなんか手が荒れちゃってさ……。でもそれあんまり長いこと持ってるとすぐ致死量に達するよ?」


 紫色に変色したシンガーの毒手を素手で掴んでしまったメイデン・アーマンはプランBを完遂することができず、すぐに意識混濁の症状が現れ、その場で膝をつき、動けなくなった。



 残る一人の女性諜報員は対象者の顔も知らずに飛び込んでしまったことを後悔する暇もなく、短剣を持つ利き腕をトールギスに叩き折られ、咄嗟に構えた短剣を手放した。


「はいオシマイ! 今日のところはあんたらの負けだ。いいな。じゃあこいつらを連れて出て行け。エルネッタさんがいいところを見せろと言ってくれたからお前たちは生きてるんだぞ。壊れた衝立ついたての修理代はあとでギルド長が諜報部に請求するからな」


「請求できねえよ! お前が弁償しろ」


「えーっ、ぼくが弁償するの?」

「当たり前だ! 騒ぎを大きくしやがって……」


「なんでさ、今のところ誰も死んでないよ? 騒ぎを最小限に抑えたじゃん!」

「最小限でこれかよ!」


 まあ……確かにギルド長のいう事には一理ある。

 トールギスが壊したんだからディムが弁償するのが筋だ。


「くっそ、でも仕方ないなあ。じゃあぼくが弁償するよ……。あ、そうそうパトリシア、これ、ニャンコイラーヌ。ありがとうね、結局使わなかった」


「ええっ? さっき……」

「あれはテーブルに備え付けられてた砂糖だからね。パトリシアから小袋を受け取ったときにはもう砂糖を手に握ってたのさ。せっかくの酒が超甘かったよ。つぎはパトリシアにごちそうしようかな」


「は、はいっ!」

「浮気とみなすぞそれは」


 エルネッタさんのツッコミが細かい上に正確にくさびを打ち込む。ディムが浮気でもすると思っているのだろう、パトリシアは明確に敵だと思われているらしい。


 ニャンコイラーヌの小袋をパトリシアに返すと、ようやく揉め事が終わったと判断したのかギルド長が前に出てきた。血ならまだいい、拭き取れば済むことだ。しかしこの毒が沁み込んだ"ひとの右手"そのものがドサッと落ちている。


「なあディムくん、こりゃシャレにならん。どうすればいいんだ?」


「素手で触ったら大変なことになりますよこれ。皮膚から浸潤するタイプの強い毒物ですから。木箱か何かに入れて厳重に捨てるか何かしないと、ここに置いとくだけでもけっこう危険だと思うけど……」


 ギルド長は酷く狼狽した様子で床に落ちた猛毒の手の処分に困っている。

 まあ、毒が含まれてなくても人の手なんて処分に困るものではあるが。


「なあマスター、おがくずの入ったリンゴの木箱あったろ? あれに入れておけば少しの間は安全だろ。まったく! 埋めても燃やしても汚染されそうだ。だからと言って川に流すこともできん。面倒なことこの上ないな。衛兵を呼んで持って行ってもらった方がいいか……」


「また衛兵? 毎日来てるんじゃ……」


「しょっちゅう衛兵を呼ばなきゃいけないのはお前ら二人が問題を起こすからだ! まったく!」

 ディムが起こした面倒だというのにギルド長の怒りはエルネッタにも飛び火し、バーランダーは何とも言えない情けなさそうな表情で小さく頭を下げた。

 不肖の妹がいつもいつも迷惑をかけてすまないとでも言いたげだった。


 床に落ちた毒手の取り扱いに苦慮していると、右手を失った暗殺者とトールギスに投げ飛ばされた男がヴェルザンディの回復魔法を受けたおかげで、仲間の肩を借りてようやく立ち上がり命があったことを感謝しながらスゴスゴと酒場を出ようとした矢先の事だった。



 ギルドのドアが開かれ、また来客があった。ギルド長は「ちょっといま立て込んでるから」と言って制止しようとしたが、その言葉を飲み込んでしまった。


 たったいま入ってきた客は白い騎士服をまとった二人の女性。


「すみません、ソレイユ家の者です。こちらにうちの者が来ていると思うのですが……」


 ギルド長と話す女性の声に反応して振り向いたディムは顔を見た瞬間に分かった。

 えらく歳をとってはいるが、絶対に忘れられない人だった。



 素早くトールギスの手を引いて自分も素知らぬ顔をして一番奥の席につく。


 事の成り行きをただ見ていたエルネッタやバーランダーのみならず、ギルド長、いやチャルやパトリシアですらその行動を不審だと思うほど、ディムの挙動がおかしかった。


 珍しくディムが取り乱している。これはとても珍しいことだ。


 何があったのかと訝しむエルネッタは、すぐにその、ディムの行動の理由が分かった。


 破壊された衝立ついたての破片を踏まないようジグザグに歩いて酒場エリアに足を踏み入れた二人の女性は、ついこの前まで一緒に行動していたイトコのギンガと、あと、もうひとり……。


 勇者ヒカリ・カスガ・ソレイユそのひとだった。

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