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冒険者ギルドで人を探すお仕事をしています  作者: さかい
第八章 ~ 勇者、ヒカリ・カスガ・ソレイユ ~
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[19歳] 暗殺者の矜持


 ……とは言われてもバーランダーにはこの不肖の妹が王族よりも先にソレイユ家を疑っていたことは分かった。それは次世代のソレイユ家を背負って立つ者として不徳の致すところだろう。


 バーランダー・ソレイユは頭をバリバリと掻きながらやれやれといった表情で面倒くさそうにこの哀れな諜報員に事のあらましを説明してやることになった。


「はあ、お初にお目にかかる。バーランダー・ソレイユだ。王立騎士団では方面隊長をしている。実はこの妹ディアッカには嘘を見破るスキルがあってな、まあ、早い話があなたの嘘は見破られ、簡単な誘導尋問で王族が差し向けた暗殺者だということが知られてしまったということだ。相手が悪かったとはいえ、先に十分なリサーチをしていればスキルのことは知れたはず。つまり、あなたは重大なミスをしてしまったということだ。残念だったね」


「嘘を見破る? まったく、そんなスキルがあるならぜひとも我が諜報部に欲しいスキルだな。なれば致し方ない、私はロマノフ・ドルフェンという、王立諜報部員だ」


 開き直った諜報員にエルネッタは追い打ちをかける。


「また嘘をついたな」


「あーもうエルネッタさん、ちょっとは騙されてあげなよ。その人はジェイミー・シンガー。39歳、たぶん独身だろう」

 妻子持ちが毒手なんて特殊なもんぶら下げてるわけがない。嫁も娘も抱けない。


「ほう、素晴らしいな。非接触で名前やアビリティ、スキルまで見抜く目を持っているとはな。キミの才能も欲しいところだ。ここらでひとつ、キミも自己紹介してほしいな」


「さっきから聞いてたでしょ? あなたは『聞き耳』スキルを使ってぼくの事を調べていた。今更そんな形式的な挨拶いらないでしょ?」


「そうだな、キミには負けたよ、今更だが名乗らせてほしい。私はジェイミー・シンガー。見破られてから明かすのもなんだが本名だ。仕事では便宜上『ロマノフ・ドルフェン』を名乗っていて、部下などはそっちの名しか知らないのだがね。私は【盗賊】の加護を受けているが国家のために働いている諜報員、まあ、早い話がただの宮仕えの役人ってところだ」


 そういうとこの男、右手にしかしてない手袋を外してスッと手を差し出した。握手を求めているらしい。


 握手ね。


 ディムは躊躇せずこの男の手を握り、グッと強めの握手を交わした。その手は冷たく、チリチリとした違和感を感じる。さきほどバーランダーと交わした握手では、相手の手のひらから熱意に似たものが感じられたが、この男からは、か細く冷たいものを感じた。力強さも何も感じない。バーランダーとは真逆の印象を受けた。


「どうかしたのかね?」


「ああ、ちょっとめまいがする……」


「それはいけないな、今日のところは帰って寝たほうがいいのではないか? 長旅で疲れたろう?」

 男はあくまで上から目線でディムに帰ることを勧めた。


「いえ、ちょっと酒を煽れば大丈夫ですよ。チャル姉、いつものやつを2つ。このひとの分はぼくの驕りだからね。あと、そうだパトリシア」


「は……はい」

「ニャンコイラーヌはいま持ってる?」


 ニャンコイラーヌというのはパトリシアが命名した殺鼠剤の商品名だ。

 可愛い名前とは裏腹に強力な毒であり、耳かき一杯でも口に入ると人は生死の境を彷徨うことになる。

 それがもし茶匙ちゃさじ一杯なら致死量を大きく超える。


「え? はい、納品の分が……ありますけど」


「ひとつおくれ」

「は、はい、でもこんなの何するんですか?」


 パトリシアのパンパンに膨れ上がったリュックから一袋だけ殺鼠剤を受け取ると、いまカウンターに置かれた酒に、半分ずつ分けて入れた。


 公衆の面前で、たったいま毒入りの酒が出来上がったという訳だ。


「ディムさんやめてください、それだけはやめてください!」


「ん? これはいったい何なんだね?」


「このお酒はぼくのおごり。毒手のお返しといったところかな?」


「……どういう意味かな?」


「とぼけるな。その手は毒手だ。触っただけで人を死に至らしめる遅効毒が仕込まれてる。明確な殺意をもってぼくを殺そうとしたな? だけどあんたは失敗した、こんな弱い毒でぼくが死ぬか! 任務に失敗したんだ。だからぼくを殺すチャンスをやろうと思ってね。このお酒、たったいま見せた通り、コロリタケの成分の入った殺鼠剤を入れた。目分量だが、どちらも同じぐらい入れた。これを二人で乾杯しようって言ってるんだよ。失敗してスゴスゴ帰るか? それとも毒耐性に賭けて乾杯するかだ。うまくいったらぼくを殺せる、もちろん下手打ったらあんたが死ぬけどね。任務の性格上、あんた死んでもぼくを殺さなくちゃいけないんじゃないの?」


「……っ」


「はい、右と左。どっちもどっちだと思うけど、どっちがいい? 先に選んでくれればいいよ」


 息をのむ展開で、動けなくなった諜報員ふたり。

 ジェイミー・シンガーはもう一人の男に目配せして何か指示を送った。

 指示を受けたもう一人の諜報員はディムの視界の外に素早く移動すると、いつの間にか短剣を抜いていて、まるで申し合わせたかのように人質をとった。


「おおっと、動くなよ優男やさおとこ


優男やさおとこってぼくのことかな? でも間違ってるぞ? ぼくは色男いろおとこなんだ」


 今の今まで言葉の一つも発しなかったもう一人の諜報員の行動ひとつで酒場の空気が戦場になった。

 ソレイユ家の長男、バーランダーは騎士の範たる男だ。少女に対する非道な行いは捨て置けない。


「待たれよ! いかに貴方らが王国の諜報部であっても、そのような幼い娘に刃物を突き付けて人質に取るなどという非道、見過ごせんぞ」


 恐ろしく手慣れている、こいつら日常的に人質をとっているか、もしくは人質を取る訓練をしているのだ。


 暗殺者ジェイミー・シンガーは、仲間がいたいけな少女の首に短剣を突き付けたのを確認すると、立ち上がって語気を強める貴族の長男の言葉など耳に入らない様子で、ディムに勧められた酒を手に取ることもなく、勝ち誇ったような顔をして言い放った。


「あまり人を怒らせるものではないなディミトリ青年。この酒は2杯ともキミが飲むべきだ。そうすればあの幼子おさなごは無傷で帰ることができる」


 たったいま人質に取られた幼子おさなごというのは、トールギスのことだ。

 チャル姉やパトリシアが人質に取られそうになったのなら全力で阻止するところだけど、トールギスなら問題ない。むしろトールギスを人質を取ったことにより、窮地に陥ったのはこいつらのほうだ。



「待てと言ってる! 騎士の前で不埒ふらちは許さんぞ」

「兄さま、大丈夫だ。こんな奴にどうこうされるディムじゃないし、トールギスを人質に取った時点でこいつらタダじゃ済まない……アホというか何と言うか、お気の毒さまだ」


 もちろんディムがアホと言ってやりたかったところなのに、先にエルネッタさんに言われてしまった。


「この狼藉を見逃せと言うのか!」

「兄さま、ディムはわたしが惚れた男だ。そこに座って、黙って見ていてほしい」

「あの幼娘むすめが無傷で切り抜けることができるのだな?」


「そうだ。こいつらはまた取り返しのつかない失敗をした」


「ディアッカがそういうならば見物させていただこう」


 そう言うとエルネッタも槍の構えを解き、カウンターの高い椅子に腰かけて、マスターに直接ビアーを注文した。


 ものすごい重圧プレッシャーを掛けられはしたが、実はディム、これと言って何もすることがない。


「ねえ、人質にとられてるのはトールギスなんだよ? この場面でぼくが何か活躍できることあるっけ?」

「わはは、ないかもしれないな。それでも頑張って兄さまにいいところを見せてやってくれ」


 いつもより余計にムチャクチャ言い始めた。

 ディムは上から目線で語気を強めるジェイミー・シンガーに向かって最後通牒を突き付けた。これが受け入れられなければ戦闘になる。


「なあ、ぼくの婚約者の兄さんが見てるんだ。刃傷沙汰にはしたくない。勝ち誇ってるところ申し訳ないけど、いま人質に取られてるのはあんたの部下のほうだ。引いてはくれないか?」


 シンガーはニヤニヤと不敵な笑みを浮かべながら、誰が引くかとでも言いたげに、ディムの忠告を敢えて無視し、カウンターのテーブルに置かれた毒入りのグラスに目をやった。


 ディムに"早く飲め"とアゴで催促する。


 グラスには店で一番強い酒が注がれていて、白い粉が溶け切らずにまばらに沈殿している様子が見て取れる。


 シンと静まった酒場で、ディムはグラスを手に取ると、まずは一杯目、ぐびっと一気に流し込んだ。

 毒の製作者であるパトリシアが身を乗り出して悲鳴のような大声を張り上げた。


「ディムさん!!」


 まさか本当にディムが飲むとは考えていなかった。うまく誘導して敵対する者に飲ませると思っていたものを、本当にディムが飲んでしまったのだ。


「大丈夫だってば、ぼくはコロリタケを食べても死なないからね」

「でもそれはコロリの毒を精製したものです! 現物を食べるよりもきついんです」


「大丈夫、ぼくはパトリシアを殺人者になんかしないからね、安心して」


「パトリシアにいいトコ見せてどうする気だこの浮気者が」


 ビアージョッキを傾けながら見物モードに入ったエルネッタさんのツッコミが辛辣しんらつすぎて、ほぼヤジだ。普通なら応援してくれるものだと思ってたけれどなぜヤジられているのかが納得できない。どういう訳か酒場の見世物になってしまった感に戸惑いながらも、二杯目のグラスに手をかけた。


 ディムは目の前で勝ち誇ったようなドヤ顔を見せる暗殺者に向かってグラスを持ち上げ、一気に飲み干すと、グラスの底をカウンターに "カン!" と打ち付けて置いた。


 お互い睨み合いながらニヤリと唇をゆがめると、しばらくして平衡感覚が少し失われ、クラクラッとした浮遊感に苛まれた。


 これは毒の作用ではなく、アルコール度数の高い酒が平衡感覚を失わせただけだ。


「はい、次は何をすればいいのかな?」

 グラスの酒を二杯飲んだあと、手を出して、また毒手での握手を求めた。

 毒手と知って手を出したディムの行動に、さすがの暗殺者も感嘆の声を上げる。


「素晴らしい勇気だ、この娘には何もしないと約束しよう。そしてキミはこのまま安らかに眠れ」


 再びこの男の毒手を力強く握ったディム。

 だがそれは握手などという平和的なものではなく、逃れられないよう捕らえたと言うほうが正しい。


「トールギス! 殺さない程度にやっちゃいなさい」

「わかった」


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