[19歳] 王家の使い
しかしこの兄さん、なにかギクシャクしてると思ったら、単純にやりにくいだけのようだ。
エルネッタさんが見てると嘘が見破られるからだろう、ものすごく警戒してるのが手に取るように分かる。
力尽くで連れて帰ろうとしてもきっと無理。この騎士服を着た一団ぐらいならエルネッタさん片手で相手できるレベルだ。なのにエルネッタさんが揉め事にならないよう友好的に振舞ってるということは、この人は悪い人じゃない。
エルネッタさんの兄のほうは、このまま流れに乗っておいても、きっと大丈夫だ。
問題はカウンターで気配を消して聞き耳を立ててる二人のほう。
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□ ジェイミー・シンガー 39歳 男性
〇気配消し効果
〇聞き耳効果
〇足跡消し効果
〇状態異常 遅効毒
〇状態異常 毒耐性薬
ヒト族 レベル057
体力:61465/62899
経戦:C
魔力:-
腕力:A
敏捷:S
【盗賊】S/短剣S/諜報活動SS/吹き矢A/暗殺者SS/毒手A/足跡消しA/気配消しS/聞き耳A/毒耐性A
□ ジェフ・ローリアン 36歳 男性
〇気配消し効果
ヒト族 レベル054
体力:50350/50450
経戦:B
魔力:-
腕力:A
敏捷:SS
【盗賊】SS/短剣S/諜報活動A/弓術A/暗殺者A/気配消しS
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「えっと、いまのお話なんですが、こちらの方も一緒に王都から来られた方ですかね?」
「いや、私は存じないが……なにか?」
エルネッタさんを覗ってみたけど反応がない。嘘じゃないってことか。
「あの? ぼくを殺しに来たんじゃないのですか? この二人を使って」
「ベッケンバウアーさん、騎士にその物言いは失礼にあたるよ」
「すみません、失礼しました」
「ディム、そいつら何モンだ?」
エルネッタさんがカウンターに座る二人に対して警戒モードになった。
ようやく事態を飲み込めたらしい。
「チャル姉とマスターが突っ立ってて、お茶も出さないなんておかしいと思わない?」
「ええっ、何? ああっお客さんだ! すみません、気が付きませんでしたっ! ただいまお茶をお持ちします」
慌ててお茶を淹れ戻ったチャル姉に触発されて、この怪しい二人がここに座っていることにすら気が付いてなかった者が驚きの声を上げた。アルさんも気が付かなかったらしい。
「この二人、アビリティは【盗賊】だけど、『暗殺者』というスキルを持ってて、いま『気配消し』を起動してる。ここに人が居ることにすら気が付かないなんて凄いね。ちなみにこちらの人は今も『聞き耳』スキルを使ってる」
「暗殺者だと? ギルド長! どういうことだ? もしかして敵に回ったか?」
「アホか! んなわけないだろ? 王都からソレイユ家の人がきて、協力要請があった。私らは今ここで話を聞いてただけだ。そしたら13年前行方不明なったソレイユ家の令嬢はディムくんと一緒に暮らしてるって言うじゃないか、まさかと耳を疑ってたところにお前らが帰ってきたんだ。後でちゃんと説明しろよ」
「なあエルネッタ、お前なに? ガサツすぎてソレイユ家を追い出されたのか?」
「アルスあとで殺してやるからそこで大人しく待ってろな、いま忙しいんだ。……なあディム、こいつらのレベルは?」
「57と55だから実戦経験あるよ。何人も、何十人も人を殺してるはずだ。だけど盾持ってないなら下がってて、こいつ毒関係のスキル持ちだ。パトリシア、チャル姉、マスターと一緒に外へ」
これから起こることを察して戦えない者は外へ出るよう促した。
だけど『気配探知』スキルをもつトールギスが制止する。
「あるじ、外に『気配消し』を使ってる人が4人いる」
気配を消してるってことは、このギルドの出入り口ドアに張り付いて見張ってるということだ。
ということは、こいつらを倒した後、外でもひと悶着あるってことだ。チャル姉や酒場のマスターがノコノコ出て行ったら身柄を確保されて、いい感じに即席の人質にされてしまう。
「チャル姉、外に出たら逆に危険だからストップ。えーっと、この場にふたり、外に4人。ねえエルネッタさん『諜報』スキルって何? 諜報員ってやつ? 『諜報』スキルと『暗殺者』スキルって繋がるよね?」
暗殺者スキルと諜報という単語の組み合わせを聞いて、騎士服を着た一団が一斉に眉をしかめる中、ディムの問いにはバーランダーが応えた。
「諜報部の者か! 非戦闘員は騎士の後ろに下がれ。この者たちが暗殺者だ」
騎士服を着た3人が剣を抜きもせず、ただ立ち上がって一歩前に出ると、パトリシアとチャル姉だけじゃなく、アルさんやギルド長まで、まるで転がり込むように騎士たちの後ろに隠れた。
「なあ、後ろに下がるのは非戦闘員だけっていったよな?」
「諜報部の暗殺者に睨まれたくねえってば!」
「私も王国の諜報員相手だと話し合いで解決してほしい。荒事は困る。ギルド閉鎖なんてことになったら120人からの登録冒険者が食いっぱぐれちまうからな、穏便に頼むぞ」
120人のうち半数以上は兼業冒険者だからギルドが閉鎖されてもすぐに食いっぱぐれるなんてことはない。専業でやってるプロの冒険者には悪いけど、たぶんもう穏便には済まない。
「どうせ暗殺のターゲットはぼくでしょ? なんでアルさんとギルド長がそんな後ろに下がるのさ、普通なら狙われてるぼくが真っ先に下がってもいいよね!」
「兄さま、そいつら二人は守らなくていいからな、剣を持ったら足手まといになる程度には戦える」
エルネッタさんはそう言うけど、その二人は『両手剣』スキルだから剣を持ってもこんな狭い店じゃ満足に振れないからね。
これまでの和やかな空気からチリチリと産毛に障る緊張感がこの狭い酒場を包みこむと、エルネッタさんが槍を持って向き直った。切っ先を向けて構えたら戦闘が始まってしまう。
「暗殺のターゲットはぼくだよね。だとすると暗殺を命令したのは誰だろう?」
「思い当たるところはいくつかあるが、私に傷ひとつ付けたらこいつらの首が飛ぶんだろう? ふははは、やってみるか」
嫌らしさ全開で挑発するエルネッタさんが槍を構えようとすると、カウンターで息をひそめて気配を消していたジェイミー・シンガーがこの場を治めようとしゃしゃり出てきた。
「待たれよ、確かに諜報部の者だが、ゆきずりに訪れた場末の酒場だ、突然いいがかりを付けられては、どう返答すればいいか分からない」
「なんて言ってるけど、本当かなあ?」
「嘘だな、そいつは嘘を言ってる。お前たちをここによこしたのはソレイユ家の者か?」
「違うと言ってる」
「ふむ。じゃあ誰だ? ハーメルン王家の使いか」
「いったい何を言われているのか、ちょっと分からない」
「お前をここによこしたのは、王族の関係者かと聞いている」
「違う。私たちは……」
「そうか、王族の差し金か。こいつはいま嘘をついた。ハーメルン王家がディムを殺しに来たんだ。兄さま! こんな奴らの巣くう魔窟へ嫁に行けというのか!? このわたしに」
バーランダーは頭を抱えた。なんとも頭の痛いことだが、王家の諜報部ともあろう男たちが、こうもあっさりと正体を見破られ、絶対に悟られてはいけない暗殺を命じた者が誰かという事まで知られてしまった。それも僅かな時間で、相手に気取られることなく。




