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冒険者ギルドで人を探すお仕事をしています  作者: さかい
第八章 ~ 勇者、ヒカリ・カスガ・ソレイユ ~
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[19歳] 王都ゲイルウィーバーにて(前編)

ギンガの弟、シリウスとプロキオン。プロキオンという同じ名前の別人が後日談で出てきます。

これはご先祖様の名前を付けるという風習(という設定)だったのですが、ややこしいのでこちらのプロキオンをアルタイルに変更しました。


 ここは王都ゲイルウィーバー。

 ちょうどディムがエルネッタに求婚し、幸せなカップルが肩寄せ合ってる頃の話。


 はためく108本の旗にソレイユ家の紋章をいただく城下町には天高くそびえる主塔が特徴的な塔の城、ゲイルキャッスルがあり、古い街並みを残す。


 ゲイルウィーバーの住民たちはだいたいが貴族や豪商、城で働く大臣や高級官僚など、ひとことで表現するならば金持ちの街だ。真昼間であっても通行人などは少ないので、街の美観は保たれている。


 では人口の大半を占める平民はと言うと、徒歩一日の距離に隣接する首都サンドラを生活の拠点としている。サンドラは外郭都市を含めると人口は50万を数える大都市だ。またゲイルウィーバーとサンドラを繋ぐ街道は整備されていて、隙間なく商店や住宅などが軒を連ねていることから、ぱっと見で、首都と王都の明確なラインは分からないほど発展している。


 もちろんこのハーメルン王国にあって、もっとも賑やかな地区である。


 王都ゲイルウィーバーは平民であっても立ち入りまでは制限されていないが、身分制度の中に生きて底辺層を構成する平民が自ら背伸びをして、貴族の町で午後の紅茶を嗜もうなどということはしない。そもそも王都には非接触の監視者ウォッチャーが居て、通りを歩くだけでも監視されているということもあるのだが、いい意味で、みな身の程というものをわきまえているからこそ棲み分けができている。


 王都ゲイルウィーバーには飛行船が停留する飛行場があり、つい先日も辺境にある獣人たちとの紛争地域から戻ってきたという勇者パーティが勝利の凱旋を行った。


 ギンガたち勇者パーティは一時行方不明となり関係者を心配させたが、サンドラの冒険者デニス・カスタルマン率いる捜索パーティが敵地の奥深くにまで侵入しこれを発見。その後勇者パーティと合流し、獣人たちと激しい戦闘を繰り広げ、その結果、セイカ要塞を攻略、前線基地への補給を断つことに成功したという、冒険者ギルド始まって以来の偉業を成し遂げた。


 先ごろ北方であった隣国からの盗賊団流入事件でも解決したのも冒険者ギルドに所属する傭兵だったということから、これまで騎士くずれ、戦士くずれと揶揄されてきた冒険者が、国を守る軍部と同等以上に働けることを証明した。


 勇者パーティが王都に凱旋してきた際、ひとり見慣れない女が増えていた。

 新聞記者たちは勇者の功績そのものに飛びついたため、その女の事は話題にならなかったが、飛行場でアビリティを監視する諜報部の監視者ウォッチャーがこの女を鑑定してみたところ、氏名、年齢、アビリティはおろかスキルの一切に至るまですべてを読み取ることができなかったという報告が上げられた。


 このような怪しい人物を王都に入れては諜報部、監視者ウォッチャーの沽券に関わる問題だったが、それもときの勇者ギンガ・フィクサ・ソレイユ自らががソレイユ家の客人であると証言したため、飛行場を出る際の署名ひとつで、ゲイルウィーバー入りを許された。


 サラサラと慣れた手つきで羽ペンを走らせ、レディ・ピンクと署名した、謎の女だ。



 さてこのレディ・ピンク。占領されたセイカ村にあった要塞で、獣人の側についていて鑑定士の仕事などをさせられていたというが、ギンガの鑑定で表示された内容は驚くべきものだった。


 素っ頓狂な声が出てしまって、混乱耐性の効かないパニックに陥ったことは記憶に新しい。


 初対面ではあったが、鑑定については間違いのない情報だ。

 要塞で一目みて驚いて、素っ頓狂な声を出して狼狽するという恥ずかしい姿を見せてしまったが、その後ディムやディアッカ(エルネッタ)たちから引き離し、二人きりになって話を聞いたところ、勇者ヒカリ・カスガ・ソレイユと、その夫レーヴェンドルフ・フィクサ・ソレイユに会いたいと言った。

 ギンガは即答することが出来なかった。しかし、ギンガの見たアンドロメダの鑑定結果を見ながら、じっくり話を聞いた結果、両親に会わせてもいいと判断した。


 なぜギンガの両親に会いたいのかと、その理由を聞くと、手紙を預っていると。

 たったそれだけのことだった。


 ギンガの鑑定スキル『見通す目』にもこの女の持つステータスの異常さは見えている。

 鑑定で見える情報には、この女と戦って勝てる確率は限りなくゼロに近かった。まったく、勇者としてこの王都に居たころにはなかった経験だ。野には強い人ばかりいて、勇者なんて井の中の蛙のようなものだと思い知らされた。


 勇者の力を持って戦っても、きっと勝てない。そんな危険な者を客人として迎え、あまつさえ大切な家族に引き合わせろと言われ、結局言われた通りした。そう判断させたその理由こそ、ギンガがその目で見た情報、つまりこの女、アンドロメダ・ベッケンバウアーはソレイユ家ゆかりの人間だった。


 ギンガとは血のつながった身内だったのだ。


 勇者ギンガ・フィクサは国王に戦勝報告する前に身嗜みを整えるため、ひとまず実家に向かった。王への報告の前に寄り道する理由として風呂に入って服を着替えなければ失礼に当たると申し立てたが、その実、母である異世界人の勇者ヒカリ・カスガにアンドロメダを引き合わせるためだった。


 馬車を降りると御者の合図で玄関扉が開き、使用人と執事が一斉に迎えた。


 扉の前には母が待ち構えていて、ギンガが馬車から降りるのを待っていた。


「おかえりなさい。心配しましたよギンガ。大変だったようね? ケガがないようでホッとしました」

 母の抱擁を受けて、やっと戦いの地から安息の我が家に戻ってこられた。1か月以上もメイリーンの秘密基地というツリーハウスの板の間に毛布を敷いただけの寝床で寝起きしていたのだ。ふかふかの温かいベッドが恋しくないわけがなく安堵の表情を滲ませるギンガ。


 母ヒカリは無事に凱旋して戻ってきた愛娘を抱き締めたまま、ホッと安堵の表情を浮かべていた。

 ギンガ本人も "戦いなんて大嫌い。人を傷つけるなんて絶対にしたくない" という優しい子だったのに、10歳になると【勇者】のアビリティが降ろされ、剣と共に生きることを運命づけられた。母ヒカリは戦いの運命から逃れられなくなった不憫な娘のをおもんばかって、お守りの指輪を最愛の娘に託したのだ。

 だけど戦いから無事に帰ってきた娘はこんなにもいい笑顔を見せてくれた。


「母さんただいま。心配かけてごめんね、いっぱい話したい事があるんだ、いっぱい」


「そうね、私も話を聞きたいわ。でもこちらのお嬢さんはどなた? あなたがお友達をうちに連れてくるだなんて、いつ以来だったかな? ……先に紹介していただけるかしら?」


 ギンガはまず母にアンドロメダを紹介した。ここに連れてきたのは父と母に充てられた手紙を持っていたからだ。だけどギンガにはアンドロメダが身内だとは言えなかった。


 アンドロメダは勇者ヒカリ・カスガに向かって丁寧にゆっくり、深々とお辞儀をして見せた。

 勇者ヒカリの鑑定では血縁や出身地まで見ることはできないが、氏名、年齢、アビリティやスキルまではしっかり見える。ヒカリも『見通す目』をもっているのだ、アンドロメダのアビリティとスキルはたった今、ヒカリに知られたということ。


 そして、やはりヒカリの反応は鈍い。笑顔の奥で目が笑ってない。

 同じ眼差しをギンガに送るヒカリ……。


 ギンガも『見通す目』を持っていて、この不死のヴァンパイアなどという見るからに危険そうな女を家に連れてくるのだから相応の理由があるのだろうという目だ。



 アンドロメダが『不死者』のスキルを持っているせいか、少し不穏な空気が流れた。


「アンドロメダは父さんと母さんに手紙を持ってきてくれたみたい」

「はい、ご主人にも挨拶を済ませた後、お二人に読んでいただきたい手紙があります」


 ギンガの父レーヴェンドルフは屋敷の離れにある書斎にこもって研究しているはずだ。すぐ来られるだろうからそれまでは、たくさんある土産話をひとつずつ母にしてやることにした。


 ギンガは自らの指にある、借りたお守りの指輪を外したあと母親の手に返し、まずはセイカの森であったことを話した。


「ねえ母さん、このお守りの指輪ありがとう。本当に助かった」

「どうしたの? このお守りがどうかしたの?」

「うん。セイヤ・アサカと会ったよ。この世界に来てたわ、その指輪の贈り主だって言ってたけど?」


 ギンガの言葉を受け、ヒカリは時が止まったように静止し、瞬きすら忘れた。

 それもそのはず。ヒカリには、なぜセイヤ・アサカという名が、どういう訳でギンガの口から出てくるのか、理解できなかったからだ。


 ギンガは母がこれほど動揺した姿を見たことがなかった。



「セっ……セイヤ? 本当なの? 間違いないの? どこで会ったの?」


 間違いがあるかどうか、ヒカリ自らが勇者の持つ鑑定スキル『見通す目』の精度をよく知っているのだから、改めて聞きなおすまでもないことだった。


「うん。セイカの森で獣人たちと戦闘中にね、横から乱入してきたわ。メイリーン知ってるでしょ? 彼女の幼馴染だっていうの」


「幼馴染? メイリーンってあの、ランド領の生き残りで魔導学院始まって以来の跳ねっ返りだと言われてる子よね? たしかその子、若くなかったっけ。セイヤは私の幼馴染で同い年なんだけど?」


 ヒカリがメイリーンを知っている理由は、単純に獣人たちの侵攻を受けたセイカ村出身だったからだ。

 セイカ村が侵攻を受けたとき、勇者として王都にいたヒカリ・カスガに出征の依頼が来たのだが、その時運悪くいちばん下の弟を妊娠中だったことから王都から動けなかったのだ。それでギンガが派遣されることが決まった勇者パーティの魔法使いとして選出された事もあって、何度か会ったことがあるという、その程度の関係だった。


「うん。見た目は若いけど私の目には54歳だったよ。で、指輪のことを聞かれてさ……」


 指輪の事を言うと母はいま自分の手に戻った指輪を愛おし気にさすりながらうつむいてしまった。

「そ……そう」


「母さん、セイヤってひと何者なの? アサシンだったわ。母さんを殺しにきたと思って私……」


 ヒカリはうつむいた顔を上げ、ギンガを問いただした。

「セイヤがアサシン? ……どういうこと? セイヤがアサシンで ……それで? 私を殺しに来たの?」


「私もそう思ったけど……違うと思う、あのひとはアサシンだった。でも悪い人じゃないと思うよ。きっと優しいひとだよ」



 ヒカリはギンガが "あの" 人当たりの悪いセイヤの事を優しいひとだなんて言ったのに素直な驚きをみせた。

 "あの"セイヤが初対面の人に好印象を持たれるだなんて考えられなかったのだ。


「あれ? そのセイヤって別人かもしれないわ。だってセイヤってそんなに分かりやすい性格してないわよ? 普通ならあの人のよさが分かるまで10年はかかるとおもうのだけど?」


 母娘おやこの会話を横で聞いてるアンドロメダは、なんだかほっこりした温かい眼差しを送りながら二人を見守っていた。

 その時だ、玄関先のエントランス、グラジオラスの花咲く花壇の向こう側から子どもたちの声が聞こえてきた。


「おおっ! ギンガおかえりー! 心配したぞー。遭難そうなんするならもうどこにも行かせないからな。ほら、シリウスもアルタイルも! 姉上が帰ってきたぞ」


 ギンガの父、レーヴェンドルフはまだ幼い弟、シリウスとアルタイルの世話をさせられていたようだ。ギンガが無事に帰ったことを知り、子どもたちのあとを追って庭を駆けてきた。


 父の抱擁と軽く抱き上げられるギンガの身体。その場でクルクルと何回転かしてバランスを崩すことなく再び地面に降り立った。すこしヨロっとたたらを踏み、バランスを崩しかけたのはレーヴェンドルフの方だった。


「父さん、ただいま。心配かけてごめんなさい。なんとか無事に、いま帰りました……。あ、こちらアンドロメダ。父さんと母さんに手紙を預ってるらしいのだけど?」



 アンドロメダはこの屋敷の主人、レーヴェンドルフと目が合うと、先ほどと同じよう、丁寧に、深々とお辞儀してみせ、そのあと手品のようにパッと二通の手紙を手のひらに出した。


 それは茶色く変色していて、ところどころシミがある、今にも崩れてしまいそうなほど古い封筒だった。


 そして一通を父に、一通を母に手渡した。手品を見せられた子どもはもう、一瞬でこのアンドロメダにハートを奪われてしまったようだ。いまもう、もっと出せもっと出せとせがまれながら、そのリクエストに応えている。手品のタネがどこまで続くか知れないがアンドロメダは子どもの心を掴むのが上手な女の子だった。


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