[19歳] ディムの精いっぱい。エルネッタの気持ち
「聞き分けてくれ、ディム、お前の顔を見たらわたしは罪悪感に苛まれる。これは一生消えない罪だ。私の苦しむ姿を見たいのなら構わん、いくらでも一緒に居よう。だけどもし許されるのなら、お前から離れて行くわたしを許してくれ」
「だから何をしたのさ? 何も言ってくれないから分からないよ」
「この世界にヒカリ・カスガを召喚したのはわたしだ。そしてヒカリはセイヤを愛していた。何年も何年も来るはずのないセイヤをずっと待ってたんだ。それを……それを諦めて叔父と結婚したほうがいいと言って、二人の仲を取り持ったのはわたしだ。お前の大切な人を奪ったのはわたしなんだ。あんなこと言わなければよかったと、心の底から後悔してる。でもヒカリがレーヴェン叔父さんと結婚しなかったら、ギンガは生まれなかった。そんなのイヤだ、わたしはギンガが可愛いんだディム。ギンガが生まれてこないほうが良かっただなんて、考えたくもない……。ヒカリにもギンガにも罪はない、これはすべてわたしの罪だ」
エルネッタは過去に自分のしたことを悔やみ、後悔した。
しかし、ヒカリが叔父と結婚しないほうが良かったと考えてしまい、ギンガの事が頭に浮かぶ。
そしてギンガに対しても罪悪感を覚えると言う悪循環、負のループに落ち込んでしまった。
そんなエルネッタの事をディムは笑い飛ばす。とてもいい笑顔をみせて。
ディムは「なんだそんなことだったのか」と心底安堵した顔をして見せた。
その言葉が全てなのだろう。
「はははは、そんなこと? まさか本当にそんなことを気にしてたの?」
「そうだ、わたしの責任なんだ」
「エルネッタさんがヒカリをこの世界に召喚? 本当に?」
「本当だ。わたしが召喚魔法陣に触れたら光って、気が付いたらヒカリが……」
「じゃあぼくはどうやってここに来たのでしょうか? 残念ながらエルネッタさんはこれっぽっちも関係なくて、それはたぶん何かの偶然だ。ぼくはこの世界に来た。異世界転移する方法を知ってるんだから間違いない。それにさ、あいつが他人に意見されたからそれに流されただなんて本気でそう思ってんの? 違うね、バカにしちゃいけない。春日ひかりは他人の意見になんて流されない、揺るぎない鉄の意思を持った見上げた女だ。あいつがぼく以外の男を選んだというなら、それは他でもない、あいつ自身の意志だし、ぼくがエルネッタさんの事を好きなのも同じだよ」
「だって……」
「だっても明後日もないよ。エルネッタさんあいつのことどれぐらい知ってるの? 何年いっしょに居た? どうせ数年ってとこでしょ? ぼくは幼馴染で物心ついたころからだから25年は一緒にいたよ。そのぼくが言うんだから間違いない。あのクソ強情な女を口説き落としたなんて凄いやつだ。そのおじさんとやらは、ひかりを口説き落とすのに何年かかったの?」
「……わたしが12の頃だったから、8年?か9年」
「負けた。ぼくは付き合うまで12~3年かかった。そのおじさん、よっぽどいい男だったんだね。ぼくは性格が悪いしバカだから、比べるまでもないんじゃない?」
ディムの言葉は遠回しながら、エルネッタの過去を許すといったも同然だった。
後悔することしかできなかったエルネッタに、ディムは"負けた"と、最も強い言葉で応えた。
「ううっ……ディム、わたしを泣かせるな。わたしが間違ってた。ディム、お前の方がいい男だ」
「そうだよ。ぼくはエルネッタさんにだけは、いい男でいたいと思ってる。しつこくて往生際が悪いから、ぼくから逃げて実家に帰っても無駄。必ず追い掛けていくからね」
「ダメだと言ってもか? もう諦めろと言ってもか?」
「ほら、エルネッタさんはまだぼくのことがよく分かってない。そこ、ひかりだったら絶対そういう事は言わないところだよ」
「ヒカリとは25年の付き合いなのか……わたしなんてディムとまだ6年だ、ヒカリと比べられるとイライラする。おまえがヒカリの隣に立ってるのを想像するだけでモヤモヤする気持ちが晴れない」
「あと20年も一緒に暮らせばエルネッタさんにもぼくのことがよく分かるさ。ひかり以上にね」
「なあ、こんなわたしをまだ……」
「んー、でも難しいところだよ。エルネッタさんがぼくからひかりを奪ったって思ってるなら、責任を感じてOKしてくれるかもしれないけど、ぼくはそんなの望まないんだ。心からの返事を期待する」
「いったい何の話を……してる?」
「だから、ぼくがエルネッタさんの夫になる話」
「え? ちょ、ちょっとま……」
「はぐらかすのはダメ。それと断るのもダメ。何のしがらみもない外国に逃げようよ、西のスペルキアでも南のオーレックランドでもどちらでも。オーレックの方が住みやすいかもしれないね」」
「な? 何を言ってるんだ?」
「真面目に求婚してるんだ、応えるべきだ。この国ではどうするの? 跪くのかな? 作法を知らないんだ」
「も……もし、わたしが断ったら?」
「断っちゃダメだよ、これがぼくの精いっぱい。内心すっごく焦ってるし、それを悟らせまいとかなり無理してる。断られて実家に帰ってしまったら、ぼくはどうしたらいい? ねえ、これが最後かもしれないと思って本気で想像してみて。もうぼくと会えないんだ。ぼくはこの世界を去ってゆくよ」
「……卑怯者め」
「そうだよ、ぼくは卑怯者さ。知らなかったの?」
「知ってた。知ってたさ……だけど、わたしと一緒になるなら、お前は幸せになれないぞ? 王家からの刺客なんかにやられはしないと思うが、父の機嫌を損ねたらソレイユ家が敵になる。そうしたらヒカリもギンガもお前の敵なんだぞ。ああ、いくら何でもヒカリがディムと敵対するなんてことは思うがソレイユ家の……」
「甘い! やっぱりエルネッタさんは甘い、ヒカリがそんな甘い女だと思ってるあたり、すっごく甘い。やっぱりエルネッタさんはかわいい女だ。ぼくの妻になれ」
ディムはエルネッタの肩をぐいっと抱き寄せて、顔を近づけ、額と額をくっつけた。
熱があるわけじゃない。ただ、自分の精いっぱいをエルネッタさんにぶつけたことで、一歩前に踏み出したのだ。
目と目が合う。
「ちょ、近い……」
「その言葉は違う、いま欲しい言葉は、エルネッタさんがぼくの妻になるという肯定の言葉だ」
「……」
エルネッタは息が詰まる思いだった。胸に何か大きな物がつかえて声が出なかった。
何度か深呼吸をして呼吸を整え、生唾をゴクッと飲み込んで留飲を下げると、ディムの瞳に魅入られたように答えた。
「わたしは、ディムの妻になりたい……なりたいよ!」
「ありがとう。喜んで妻にするよ。そして、こんなぼくをよろしくお願いします」
「あ、ああ、本当なのか? 本当にこんなわたしでいいのか? 信じられない、信じられないぞディム……」
「ありきたりなセリフを言っていい?」
「ん? なにがだ?」
「そんなエルネッタさんがいいんだ……というのが鉄板かな、と」
「うううっ、この、ディムのくせに生意気だ」
エルネッタさんのセリフはどこかぎこちなく、頬が赤くなっている。
どうやら熱が出たようだ。
「よろしくね、エルネッタさん」
「え、えっと、こっちこそよろしくお願い……なあディム、本当に王国を敵に回すかもしれない。わたしにそれだけの価値があると本当に思っているのか?」
「なあに、どうせぼくはアサシンだからね、エルネッタさんのためなら勇者とも戦うし、王国も敵に回すよ。そのくだらない言い伝えのせいでぼくは人から嫌われる運命なんだ。仮にちょっくら戦う事になっても手強いのはヒカリとギンガと、あと捕虜にしてたピンク。それぐらいじゃないの?」
「まだいる。大魔導師とか、勇者程じゃないにしろ手ごわい奴はいっぱい……、え? ピンク? あいつが手ごわい? ディムから見てあのピンクが手ごわいのか?」
「うん、ちょっと訳アリっぽいけど鑑定ではデタラメに強かったよ。昼間だったらぼくも手も足もでないかな……いや、アビリティから察するにあいつも夜型か……。とにかくあのピンク、あいつは要注意だよ……。ああっそうか、ヴェルザンディなら知ってるか? ピンクってあれ何者?」
胸ポケットから顔を出して話を聞いてたヴェルザンディ、ピンクのことはあまりよく分からないらしい。
出身国すら明かしていない根無し草のような旅人だったが、長期間にわたってヘスロンダールの遺跡にもぐって探索してたんだそうだ。そして出てきたら国の支配者が代わってたらしい。相当なドジだ。なんだか頭がユルすぎて気の毒になってしまうほどのプロフィールだが、そんなバカな話をまともに信用するわけがない。レディ・ピンクなんていう偽名と同じぐらいの嘘っぽさだ。偽名と偽プロフィールは同じ人が考えたことが窺い知れる。
「なあディム、じゃああのピンクって女がギンガと王都に行った理由は何なのだろう?」
それをギンガにそれとなく聞いといて欲しいっていったのに、なにも聞いてないんだから……。
捕虜に取られたはずなのに、嫌がる素振りも見せてなかったな、ちょっと気になる。
「分からないよ、ただまあ、名前も年齢もアビリティもスキルも、尋常なものじゃなかった。ぼくは聞いといてって言ったのに」
「すまなかった、わたしはお前のことで頭がいっぱいで他の事になんて手が付かなかったんだ。で、あのピンクは敵なのか?」
「ピンクはもちろん偽名で、アンドロメダ・ベッケンバウアーが本名だった。名前を見ただけだけど、ぼくは敵じゃないと踏んでるんだけどね。だけど年齢がおかしいんだよなあ、なんにせよ確証はない……というか、もうこの際だから"おまえ"はやめて、そこ"あなた"にならないかな?」
「すまん、まだ"あなた"は照れくさい。そんなことよりもアンドロメダ・ベッケンバウアー? お前の身内じゃないのか? どこかディムに似てたしな……いや、面影が違う……まて、あの娘がベッケンバウアー? どういうことだ? ディムの縁者か、怪しいな。怪しいを通り越してる! 年齢がおかしいってどういうことだ?」
「何かの間違いかもしれないけど、984歳だった」
「おいおい、エルフでも寿命は300歳ぐらいなんだぞ? それは何かの間違いだろう? それよりベッケンバウアーのほう、ちょっと調べてみる必要があるなそれは」
「んー、それがベッケンバウアーという姓はあんまり多くなくてさ。セイカ村のあたりでも他に同じ姓を持つ人なんて知らないんだ。ぼくの父さんは南方人だったから、もしかすると南の外国がルーツかなとは思ったんだけど。まさかベッケンバウアー姓を持つ人が怪しくなるなんて思ってなかったから調べてないんだ」
まったく、ベッケンバウアーだからと言ってぼくの身内だと決めつけて怪しいを通り越してるなんて酷い偏見だ。ベッケンバウアーの名誉にかけて言うけど怪しいなんてことはない。
「まあ、んなことはどうでもいいよもう、そんなことよりさ、エルネッタさん偽名じゃん? エルネッタ・ペンドルトンってひと亡くなったんでしょ? それで結婚できるの?」
「事実婚でいいだろう? ってか本気なのか、わたしはまだ心の準備ができてない。このわたしが本当にディムの妻になるのか? ……わああぁ、どうしよう。どうしよう」
「考えた事もなかった?」
「……いや、その、ちょっとだけなら、何度か……。わたし家事も洗濯も料理もできないんだが……」
「家事も洗濯も料理もぜんぶぼくがやってきたからね。これからも変わらずずっとぼくがやることになると思ってたよ。イメージしてみて、きっといい奥さんになるよ。じゃあ抱っこして帰ろうか、急ぐ?」
「いや、このまま夫になる人の隣を歩こう。なにしろわたしの旦那様にはもうすでに二人の女が乗ってる、ところでわたしは正室なんだろうな?」
「この国って貴族と王族以外でも側室さんとか、お妾さん認められてるっけ?」
「認められるぞ。無条件に認められるのは貴族と王族だけだが、市長や議員などの政治家、高級官僚、そしてプラチナメダルの冒険者も、国家への貢献度が高ければ認められる。それにもしディムがソレイユ家に入ると貴族の端くれだからな」
「アサシンが婿養子? いいね、できるものならやってみろって。ひかりに殺されるのがオチだ」
「じゃあ側室は認めないからな! わかったな!」
「なに? もう他の女の心配してるの? 側室を認めるか認めないかは正室の決めることじゃないの?」
「そうだ。悪いがパトリシアもサラエも危険人物だ。それにお前は幼馴染に弱いと見た。メイリーンも近付けさせるわけにいかなくなったぞ……あと、おまえあのときギンガに何をした?」
「ええっ? エルネッタさん思ったより嫉妬深そうだ」
「もう我慢する必要もないんだろ? お前はわたしが拾ったんだから、わたしのものだ」
「そう言ってもらうのがいちばん嬉しいよ。じゃあ、えっと、裸のお姉ちゃんがお酒の相手してくれるという風俗酒場はダメ? こんどアルさんが連れてってくれるって約束してるんだけど、結婚する前に行っとかないとマズいな……」
「そんなことを許すと思ってるのか? 槍を持って迎えに行くよ。それとアルスは〆とく」
結局アルさんは〆られるってことになるんだよな。




