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冒険者ギルドで人を探すお仕事をしています  作者: さかい
第八章 ~ 勇者、ヒカリ・カスガ・ソレイユ ~
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[19歳] オセ

新章始まりました。


 ここはディムが襲撃した旧セイカ要塞から徒歩で2時間ほど南に下ったところにある、リューベン砦ちかくの野戦陣地。


 最前線、リューベンにある砦を取り仕切るオークの族長テレストカカ・テスタローニは警戒中のパーティから、北に地響きのような爆発音と激しい炎が上がったとの報告を受けたことで情報収集を命じた。


 その結果、旧セイカの要塞が何者かに襲撃されたという連絡を受けた。あの要塞は総兵力800でリューベン砦と、ハルセイカ砦の背中を守る重要な役目を担っていたため状況確認のため偵察兵を出したところ相当劣勢だとの第一報を受けた。そのため深夜にもかかわらず300もの兵を叩き起こして旧セイカ要塞に向かう救援・増援の部隊を組織し、街道を北に向かって進軍し始めたところで、北から這う這うの体で逃げてきた12人の兵士たちと鉢合わせになった。


 兵士たちは保護され名目上は脱走兵となった。

 族長テスタローニは救援に向かうため僅かな時間すら惜しんだ結果、砦に戻るまでもなく、脱走兵たちを全員、族長の前に引っ立てるとすぐに尋問を始めた。北の要塞で何があったのかを克明に、ありのままの情報が欲しかったのだ。



 実はリューベンにある最前線の砦では、ここのところ支配地域に侵入者があって交戦状態に陥り、結果100近い数の兵が倒された。また、要塞側に増援を依頼して早朝、湖畔にある小屋を急襲した際にも80名が出て行って、20ほどしか戻らなかった。その戦闘でも60ほどの兵が命を落としている。


 その重大な結果が僅か数名の侵入者パーティによってもたらされたとして、非番の者も総動員して特別警戒していたところだった。



 リューベンの砦でも侵入者パーティが強力すぎたことから、またハーメルン王国の切り札とされている、二人目の勇者が来たという悪い噂が立ち始めていたところだった。


 しかし、たったいま要塞から逃れてきた兵士を尋問したところ、証言はだいたい要塞に居た800人の兵たちは全滅状態であるという事と、要塞を襲った襲撃者は、グリフォンを従えた男が単独で飛び込んできたという所までで、そこから先"敵は何者か?" という問いに対する答えは、皆ものの見事にバラバラのことを言い始めた。


 まず、勇者とは別の何か仄暗いものだという者や、闇が襲いかかってきたという者、あれは悪魔だという者、死神だという者、災厄は空より舞い降りたなどとおかしなことを言う者までいた。まるではっきりしない、話の脈絡のない証言をした。各自みな証言が違うということは、きっと要塞では何かパニックに陥ることがあったという事だ。


 確かなのは要塞に居た800の兵士は全滅。襲撃者はグリフォンを従えた男ひとり。


 つまり、たったひとりの男に要塞が攻め落とされてしまったという事だ。


 尋問は最後のひとり、ひときわ大きな身体を小さく丸めて地べたに腰を下ろしているオークの番だ。


 族長テスタローニは呆れたような表情で最後の一人を尋問することにした。脱走兵はだいたいゴブリンかエルフだったが、唯一人、屈強な戦闘種族、オークの戦士が紛れ込んでいたことを恥だと考えたのだ。


 そのオーク、ヘライヨンカカという36歳の若い戦士だった。しかし戦闘力は中堅以上、利き腕に勇気の刺青を許された将来有望な戦士、ヨーレイカが誇るどこに出しても恥ずかしくないオークの戦士が、尻尾を巻いて逃げるなどあってはならないことだ。


「ヘライヨンカカ、勇気の刺青を許されたお前がどういう訳で敵前逃亡したのか、まずはこれを聞きたい」


 オークの戦士は背を丸めてがっくりと肩を落としていた。

 疲れているのだろう、捕えられて温かいスープを淹れてもらったマグカップで手のひらを温めながら重い口を開いた。


「槍で突いて肉に刺さるものなら倒せる。剣で斬って血の出るものなら殺せる。だがあれはそんなものではなかった」


「ヘライヨンカカ。お前は見たのか? たった一人で要塞を攻め800の戦士たちを皆殺しにして落とすなど、三文酒場で酔っ払いがする与太話にしても話が大きすぎる。敵を見たのかと聞いている。刺青に誓って証言せよ、敵は何者だ?」


『あれはオセだ。森に棲むと云われる夜の悪魔だ。6年前、橋が流されてしまった川の対岸で俺は見ていた。ロクサーニ隊長が自らの命と引き換えに倒したはずの悪魔だ。顔に見覚えがある。傷に見覚えがある。あの時はガキだったが、いまは成長していて、グリフォンを従え空から現れた。あのグリフォンはたぶん森の防人さきもりだ。これまでどんな手を使っても森から追い出すことすらできなかった。100を超える戦士があの爪に引き裂かれたんだ。オセはそんな化け物を従えて襲撃してきた。要塞にいた仲間ももういない。みんな殺されてしまった。あれは敵などという生易しいものではない、触れてはいけないものだ」


「オ……オセだと……」


 オセとは闇を司ると言い伝えられる伝説の悪魔で、森に棲み暗闇を好むことから、人であっても獣人であっても、悪魔の言い伝えなど誰も信じちゃいないが、夜の森に入ることは禁忌とされている。夜の森は魑魅魍魎の領分だ、生きとし生けるものの入っていい場所ではない。それを証明したのがセイカの森を守る防人のグリフォンだ。


 テスタローニカカは思い出していた。あの悪夢のような夜を。

 6年前、森に隣接する辺境の寒村を奪う侵攻に参加していたのだ。

 セイカを奪ったあとそこを足掛かりにして1000年近くも平和ボケを続ける王国の半分でも奪ってやろうというのが作戦だった。だが緒戦で躓いた。目撃した者の話では、兵士もろくにいないような小さな村に小さな悪魔が現れたという。結果的には最前線の一番槍を任された"岩砕き"ロクサーニと、副隊長のフェンドレカカを失ったことで部隊のまとめ上げもままならず、王国軍に時間を与えたせいで侵攻は予定通りに行かなかった。悪魔のせいで侵攻に失敗したのだ。


「……ならギマール族長はどうした? 勇者を倒すために呼ばれたという、あのバーサーカー、ファルコア・ギーヴンは? 何をしていたというのだ」


「ギマール族長は剣を抜くこともできずに倒された。俺はギマール族長が倒されたところまでしか知らない、だがあれはオセだ。間違いない、俺は見たんだ。たかだか300ぐらいの兵で今更行って援軍になどなるものか。釣ってきた魚が焼けるまでの間に皆殺しにされてしまうだろう」


 リューベンから来た300の援軍は道半ばにして北上する足を止め、物見の斥候を二人出した。要塞にいて訓練していた800もの兵が全滅したようなところに300の兵を率いて行ったところで被害を大きくするだけだ。


 すると斥候のうち一人が、また別の脱走兵を連れて戻ってきた。

 脱走兵とはエルフの物見兵だった。身体の半分に返り血を浴びていて憔悴した様子だった。

 この男も命からがら逃げてきたという。


 また脱走兵である。返り血が固まっていて、まるで鱗のように剥がれ始めていた。

 族長スタローニカカは、この男にも同じ質問をして、オセという悪魔の事も重ねて質問した。


「いや違うね、俺は防護壁の上から弓を構えながら『聞き耳』スキルで聞いてたんだ。あれは名乗りを上げたとき自らをアサシンだと言った。オセの正体はアサシンだ。ハーメルンにはアサシンが勇者を殺して国を崩すという伝説がある。たった一人で国を崩すような化け物だ、こちらが下手に手を出すのは得策じゃない。黙って素通りさせるだけでハーメルンは滅ぶ。騎士団などがあれの侵攻を防げるわけがない、砦も要塞も城も! ひとりで攻め落とす。あんなものに関わらないほうがいい」


「……じゃあ我が軍のバーサーカーは……」

「なにも? 何もできずに殺されてしまったよ。俺は偶然東門に居たから助かっただけだ。もしグリフォンが追ってきたら命はなかった……。もうごめんだ、あれは人ですらなかった。戦おうなどとは思わないほうがいい。オークの族長よ、あなたたちは初動が遅れたおかげで今も命がある。後ろを守るセイカ要塞はすでに落とされた、いまリューベンの前線基地は孤立状態にある。いま攻められたら後ろ盾がない……、戦術的見地から撤退を進言します、族長」



 族長テスタローニカカは一旦軍を引いて、この場に少人数だけ残し、セイカ要塞に偵察に出した斥候の帰りを待たせた。 "あれは人ですらなかった"か。確かにこの物見兵の言う事には一理ある。


 しかし半刻(三十分)ほどで戻ってくるはずの偵察兵が一刻(二時間)しても戻らなかった。

 族長テスタローニカカは決断を迫られた結果、脱走兵たちを敗残兵と認定し、リューベン要塞を撤退する決断をした。


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