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冒険者ギルドで人を探すお仕事をしています  作者: さかい
第一章 ~ 探索者という生き方 ~
12/238

[16歳] ああ、憧れのヒモ暮らし 【挿絵】

挿絵描きました。

ディム13歳、エルネッタ23歳。

エルネッタがディムを拾ってまだ間もないころのひとコマです。

20180206改訂


挿絵(By みてみん)


 セイカ村に侵攻した獣人たちはしっかりとした組織として運営されており、まるで軍のような規律でもっていくつも作戦を成功に導いており、あのバラバラだった獣人たちを纏め上げるような力を持つような者が居るのではないかと噂されたが、そんな荒唐無稽な話に耳を傾ける者もなく、噂話は現実リアルな調査結果によってかき消されてしまった。


 セイカの村を皮切りに、獣人たちはハーメルン王国に侵攻したが、結局、山あいの小さな村を3つと、村から繋がる小規模な町を2つ奪っただけとなり、南進しようとしたところを王立騎士団が食い止めたことでそれ以上の侵攻を諦めることとなった。


 それもこれも最初のセイカ村を難なく素早く奪っておかなければならなかったのに苦戦を強いられた上に橋を流されたことで歯車を狂わされたせいだ。

 結果として王立騎士団に準備する時間を与えたことにより、侵攻の規模と比較すると手に入れた領地が小さすぎた。最低でも倍の戦果は欲しかったというのが本音だろう。


 そして獣人たちと騎士団は豊富な軍資金と人力を尽くし、急ごしらえではあるが要所に砦を築いた。

 騎士団と国軍を常駐させて膠着状態を作り出し、睨み合うといった状況を、もう3年も続けている。



 そう、あれから3年だ。


 ディミトリはあの夜、濁流の川に流された。

 みんな避難したはずのリューベンを通り過ぎて……いや、通った訳じゃなくて、流れて過ぎてしまったらしく、気が付いたら白い天井を見上げていた。しっかり縫製された堅めのベッドで、少し肌に冷たいシーツが使われていた。そこはセイカにはない診療所のような施設だった。


 カーテンがシャッと引かれると、そこに立っていたのは虫メガネのようなモノクルをした爺さんだった。爺さんと話をする前に横からヒョコッと顔を出した女の人がビックリするほど美人で、ディミトリはしばらくこの女性に目を奪われたことを鮮烈に覚えている。


 目に焼き付いた極彩色の体験だった。


 その女性はディミトリの寝ているベッドに腰かけると、ディミトリの知りたい事のすべてに答えた。


 まずひとつめ、ここはラールという街にある診療所の一室であること。ふたつめ、ここはセイカどころかリューベンですら徒歩10日から12日ほどかかるという、ディミトリの知らない街だった。


 そしてみっつめ、ディミトリのベッドに腰かけて優し気な声で話を聞かせているこの女性がエルネッタ・ペンドルトン。河原で見つけた死体同然の "どざえもん" を拾って命を助けた命の恩人だった。


 情報を総合すると、ディミトリはセイカ村から濁流に流されてリューベンを通り過ぎ、さらにずっと南へと流され、河原に流れ着き、このひとに拾われたということだ。


 エルネッタは隊商の護衛で出た仕事中、河原でキャンプしていると岸に流れ着いた少年の溺死体できしたいに気が付いた。『まだ子どもじゃないか』と不憫に思って埋葬してやることにして、少年の身体を川岸から運ぼうとしたところ、ギリギリ心臓が動いていることに気が付いた。少年はかろうじて、まだ死んでいなかったのだ。


 それが二人の出会いだった。


 ディミトリは運よく隊商たちを守る傭兵に拾われ、救命措置を施された結果、命をとりとめた。


 ディミトリはこの世界の事を、酷い世界だと思っていた。

 人のいない山や森、湖などの素晴らしい自然とは裏腹に、力で全てを手に入れるという前時代的な発想で、ささやかな幸せをかてに暮らしているものを踏みつけにする者、火を放つものまでいる。


 ひとの命なんてゴミクズと同じぐらいの価値しかないように見えたこともあった。

 だけどディミトリは人の優しさと厚意によって生かされたのだ。


 ディミトリはもういくら呼んでも返事をしてくれなくなった兄弟たちに、頭の中で話しかける。


『この世界は、そう捨てたもんじゃなかったよ』



----


 ディミトリはエルネッタに名を聞かれ、ディムと答えた。ディミトリではなくディムだ。

 親しい人にしか許されない愛称で呼ばれることを望んだ。だからディムと答えたのだと思う。


 あれから3年、エルネッタはずっとディミトリの事をディムと呼び続けている。


「ディムは本当にマッサージ上手よね、もうプロになりなよ。開業する気があるなら資金を出してあげるよ?」


 エルネッタはベッドの上でうつ伏せに寝っ転がりながら至福の表情を見せながら、マッサージ師として生きていく気はないかと問うた。


「うーん、ぼくは森が好きなんだ。薬草をとったり、キノコをとったりして暮らすのが性に合ってるよ。それにエルネッタさん以外のひとの身体なんか触りたくないし」


 やかんに火をかけ、水蒸気で加湿した室内。まだ夏前で乾燥してもいないのに更なる加湿で部屋を暖めて、汗ばむ身体に指を這わせる。エルネッタさんの弱点は肩の古傷だ。その昔、短剣で首を狙われた攻撃を、咄嗟に肩で受けたのだという。肩のけんを切断され、刺さった切っ先は関節を傷つけている。日常生活で困ることはないが、ちょっと無理すると痛みが出やすい。


 ディムは古傷まわりから、古傷を庇って無理する首筋、背中へと緊張する筋肉をほぐしながら、太もも、膝横、膝裏、脹脛ふくらはぎからヒラメ筋、アキレス腱までマッサージを怠らない。


 さすがに3年もやってりゃエルネッタさんが仕事に出て剣を振ったかどうかということも分かるようになってきた。そしてディミトリは細山田ほそやまださんが持っていた【マッサージ師】アビリティだけ、メキメキと音を立てて熟練度が上がってゆくのを感じている。このままいくとプロマッサージ師としてこの世界で伝説を作れそうだ。


 マッサージはだいたいいつも、エルネッタさんを座らせて背後に立つところから始まる。

 首筋のほぐしから始まって肩へと移行、堅めのベッドにうつぶせ寝になってもらって背中、腰、尻、と足先まで上から下に向かって順にほぐしてゆき、最後にまた首筋、肩に戻って毎日のマッサージコースが完了する。


 だから、首筋、肩に戻ってくるとエルネッタさんの方も完了を察して体の向きを変えてほしいという要望をせずとも動いてくれる。今日も、アキレス腱マッサージと足首関節のメンテナンスが終わったところで、頬は上気し恍惚の表情を浮かべて、もう起き上がりたくないとでも言いたげに物憂げな瞳でディムの顔をうっとりと見ている。無言のアンコールだ。まだ終わっちゃダメ、もっとやれと伝わってくる。


 艶のある深い茶色の髪に、強さを体現しているかのように涼しげなとび色の瞳。

 元日本人だったディムは西洋の美女なんて絵画か映画のスクリーンでしか知らなかったが、エルネッタは間違いなく絶世の美女だった。惜しむらくはもうちょっと可愛げがあればよかったのにと思うぐらいか。


 エルネッタさんは彫りの深い美術品のような微笑で口角を少し持ち上げ、ニヤリとしたドヤ顔を決めてディムの頭に手を乗せた。それがディムにとって最高のご褒美だった。


「気持ちよかった。ありがとうな、わたしは幸せ者だ」

「どういたしまして。これがぼくの仕事だからね」


 エルネッタさんという人は、自宅にいるときはゴロゴロしてばっかりで、パンを食べる時もベッドで寝そべって食べてシーツを粉まみれにしたりする残念なひとだ。だけど剣を担いで一歩でも街を出ると凛と尖った気配で頬を切りそうなほどピリピリした空気を放出する護衛のスペシャリスト。傭兵マーシナリーの中ではシルバーメダルで、戦慄のエルネッタの異名を持つ。


 『戦慄』の意味は醸し出す空気。べつに敵が来てどうこうといったものではなく、護衛任務に出た時、一分の隙もなくヘラヘラと雑談するでなく、常に警戒を怠らないその姿勢を揶揄した異名だと言われている。あまり喜ばしいことじゃないのだけど、警戒心が強いというのはいいことだ。


 傭兵なんて言っても実戦なんて数年に一度あるかないか。護衛の仕事は盗賊が襲ってこなければ何もない、ただの隊商の列にゾロゾロ着いて行くだけの、遠足のように楽な仕事だ。そんな平和なこの街のギルドでは数少ない実戦経験者だった。


 ディムにはブルネットの美女にしか見えないのだけど、残念なことに性格がほんとスカッと爽やかな、イイ男だった。酒飲み友達は多いけれど、いい歳こいて恋人がいた試しもない。むしろ男どもはこの美女を避けているという訳の分からない残念美女、3年も一緒に暮らしてるんだからそれぐらいわかる。


 エルネッタさんは見た目すっごく奇麗なのに、きっと性格が破綻してるせいでモテないのだ。


 そう、エルネッタさんは性格が破綻している。


 ディミトリを拾っておいて「何と呼べばいい?」と「歳は?」それだけしか聞こうとしない。

 「ディム」と言ったら3年間ずっとディムと呼び続けている。あのとき13歳と言ったから、エルネッタさんの頭の中で時間が止まっていなければ、いま16歳だ。


 なにせ同居人のフルネームにも、出身地も家族にも興味がないらしく、今までディムの過去について質問したことがない。つまりディムのことなんてまるで興味がないという事だろう。


 興味がないくせに面倒を見るだなんて酔狂な人だなと思ったけれど、エルネッタさんのほうも、エルネッタ・ペンドルトンという名前からして偽名だし、年齢としだって33ってことになってるけど、本当はただ老け顔なだけの26。いや、もと日本人のディムには老け顔に映るだけで、この国の女性一般的には老け顔でもない。


 きっと訳ありなんだろうけど『知覚』スキルを持つディムの目はごまかすことはできない。

 『知覚』スキルで鑑定すれば本名も年齢も、ひとめ見ただけで分かるのだから。


 ディムとエルネッタは、こうしてお互いに隠し事をしながらワンルームの小さな部屋で一緒に生活をしている。とはいえディムの隠し事と言えば多重人格者の別人格として生まれたことと、あと転生者ってことぐらいだが。


 エルネッタさんはマッサージ終わりに、ほぼ半裸になっている。汗ばんだ肌をふき上げ、シャツを頭からかぶると拘束されたような不器用さで抜けない腕を通しながらディムに聞いた。


「ディムのアビリティはまだ秘密なのか?」

「秘密になんかした覚えないけど……」


「だって聞いてないし」

「教えたし。【羊飼い】だって言ったじゃん」


 シャツから腕が通り、ようやく頭が飛び出して、背中に入った髪をかき上げながら話をしていたことで、いま言ったことを聞き逃したようだ。


「はへ? 何だって? 何を飼うって?」

「酔ってるとは思ったけど、記憶まで飛ばしてたの? 涙が出るほど大爆笑してたのに忘れたの? ぼくのアビリティは【羊飼い】だよ、ひ・つ・じ・か・い! どうせ犬にも劣るって笑われるんだから何度も言いたくないんだけどね」


「あははは、いいじゃん【羊飼い】それユニークアビリティだろ? 育てたら化けるかもしれないな」

「羊が何に化けるのさ、ヤギですか?」


「じゃあ化けさせずに育てたらいいじゃん」

「アビリティを育てるために羊を200頭ぐらい買ってください」


「ごめんねディム、わたしの稼ぎじゃヒモ男ひとり養うので精いっぱいなのよ」




 エルネッタさんは依頼を受けて長期間街を出て行くことも多い。


 そんなエルネッタの留守中はディムが部屋を自由に使っていいと言われてる。だけど居候いそうろうなどとは言われたくない。エルネッタさんの留守中に泥棒が入らないよう24時間体制で警備する警備員という、留守がちな家には不可欠な要職に就けたのだ。


 自宅警備員兼、綺麗な女性の専属トレーナー。ワンルームのアパートに二人っきりで暮らしているという恐ろしいまでの好待遇。エルネッタさんの身体は、一晩中マッサージしてても嫌だと思ったことがない。もちろんプロマッサージストのプライドにかけて、手が滑って胸を触ってしまったりなんてことはないし、これからもたぶんない。


 こう見えてディムは16歳の健康な男子なんだし。こんなワンルームのアパートに美しくてこんなにもスタイルが良くて、豊満なおっぱいを持つ女性と二人っきりで暮らしていると劣情に負けそうになったりもする。


 だけどディムは肌で感じ取っていた。ここに拾われてきて1年ぐらいは一緒に風呂に入れてもらってたことからも分かる。異性として見てもらえてないのだ。


 エルネッタはディムのことを歳の離れた弟のように思っているらしい。

 とても大切にしているからディムのほうも姉に甘えるシスコン弟という設定を頭の中で作り上げて接している。これで二人、これまで三年、うまくやってきたのだ。


 ディムは森で涼しい風を受けながらのスローライフを望んだけれど、故郷の村から遠く離れたラールの街で、エルネッタさんと暮らすヒモ生活に落ち着いた。ある意味スローライフに間違いない。女性に食い扶持ぶちを稼いでもらいながら、ひがな一日ゴロゴロしてる男のことを、ひとはヒモという。


 しかしここは声を大にして言いたい。扶養家族であると。

 いまは扶養家族だけど、いつかそのうち自立して扶養家族を脱却したいとは思ってる。


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