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冒険者ギルドで人を探すお仕事をしています  作者: さかい
第七章 ~ 勇者、ギンガ・フィクサ・ソレイユ ~
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[19歳] やがて勇者を殺す者

 一方、捕虜になった3人を保護するため、ディムの前から離れたエルネッタ。

 捕虜の入っているという簡易牢のすぐ目の前から足は前に進まず、途方に暮れている。


 エルネッタこと、ディアッカ・ソレイユは朝霞星弥あさかせいやを知っていた。

 まさかディムがその朝霞星弥あさかせいやだとは思っても見なかったのだ。よりによってあのセイヤだとは、まるで、これっぽっちも考えてもみなかった。


 エルネッタの思考は幼き日の思い出にまでフラッシュバックする。



----


 ここハーメルン王国は、建国当時、今よりもはるかに小さい小国、というよりも都市国家であった。

 初代王ステイメン・ハーメルンは獣人たちとの争いに敗れ、いまにも城を攻め滅ぼされようとしていたとき、聖女と勇者が天馬に乗って現れ、王と民を救い、そして破竹の勢いで敵を退けたという。


 ハーメルン王国は国防の要として勇者を重用して立てたことで、勇者の子孫はソレイユ家となり、国防の一手を任されることとなった。以来1000年、ハーメルン王国は戦乱に巻き込まれることなき平和国家として礎を築き、繁栄と安定を享受していた。


 しかし建国の英雄である勇者と聖女は、この世界に危機が訪れるとき、再び勇者が現れるだろうと言い残し、この国の将来を子孫に委ねた。



 そして時は流れ、今をさかのぼること25年前、王国に転機が訪れる。


 ここはハーメルン王国にある王都ゲイルウィーバー、守護の女神アスタロッテを信仰する教会の聖域には、一基の召喚魔法陣が設置されていた。


 偉大なる初代王ステイメン・ハーメルンを助けてこの国を平定した稀代の英雄、つまり勇者が設置したという伝説の魔法陣だった。


 いや違う、女神アスタロッテ自らが設置したと言う者もいるし、ルーメン教会の開祖、初代アンディー・ベックが設置したと言う者もいる。また、魔法陣などという誰も起動したところを見たことのない眉唾物の魔法装置、本当はただのオブジェクトだという者もいるが、唯一つ言えることは、この時代、この場所にはちゃんと1000年前に作られたという魔法陣が、経年劣化もほどほどに、未だ完全な状態で保存されているということだ。


 設置されてから1000年もの長きにわたりウンともスンとも言わず、ただご大層な模様の描かれた石板だと思われていた伝説の魔法陣だった。1000年もの長きにわたって平和が続いた後では人々のご利益りやくもあまり期待されるようなものではなくなってしまった。


 なので教会側はここを聖域と指定し、一般の参列者は立ち入りを制限され、立ち入ることが許されれなくなった。もちろん名のある有力な貴族、つまり勇者の末裔であるソレイユ家だけは、王国にとって最重要遺跡であるこの聖域に入る許可が与えられていることは言うまでもないだろう。



 あれは初夏の頃だった。女神アスタロッテに護国豊穣を祈る神事の折、ひとりのお転婆な女児が、手を引く母親から離れたことで、物語は流転し始める。


 女児が聖域にある召喚魔法陣に上がったところ、非常事態が起こった。その魔法陣の上を歩くと、その足元からは次々と光を放ち始める。


 そう、召喚魔法陣は女児が触れたのをきっかけに起動したのだ。


 召喚魔法陣が神秘的な輝きを放ち始めると徐々に明るさを増すと眩いばかりにフラッシュし、再び聖域は闇に包まれたが、慌てて母親に抱き上げられた女児の指さす先に、ひとりの女性が倒れていた。


 召喚魔法だった。


 そして召喚されてきたのが、異世界から来たというヒカリ・カスガという女だった。

 のちの鑑定で【勇者】のアビリティを持っていることが判明したことにより、1000年前の予言通り、勇者が召喚されたことが国王に報告された。


 召喚魔法陣を起動し、1000年もの長い間、誰もなしえなかった勇者召喚をやってみせたのが本家筋のソレイユ家当主、アンダーソン・ソム・ソレイユの五番目の子で正室が産んだ末娘すえむすめ。つまり、いまは行方不明となり、偽名エルネッタ・ペンドルトンを名乗るディアッカ・ライラ・ソレイユが、齢四歳にして勇者召喚を成し遂げたのだ。


 王都は騒然となった。


 当時の世界は、隣国ヘスロンダールとの外交的失策により関係が急速に悪化しているのと、あと北方にある獣人たちの土地が度重なる天候不良により飢餓状態に陥っていて、世界各国で北方に追いやられた獣人たちとの小競り合いが続いているような情勢だった。


 この世界に危機が訪れたとき、ここ聖域に勇者が現れると伝えられている。

 勇者の召喚すなわち世界の危機。つまり勇者の再臨を待ち望んでいた者など、この国にはソレイユ家の者以外には、ただの一人もいなかったのだ。


 勇者召喚はなされたが、世界の情勢は特に差し迫った危機がなかったため、ソレイユ家が勇者ヒカリの身柄を預り、きたるべき日のために準備をしておくこととなった。



 勇者ヒカリは日本で平和に暮らしていたというのに、突然何かの事故に遭ったかのように、こんな異世界に転移してきたことを悲嘆し、悲しみに暮れ、毎日泣いて暮らしたという。


 勇者というチートアビリティを得たヒカリはこの世界から日本へ戻るため、数えきれないほどの試行錯誤を試したが、有効な手段どころか、戻れるかもしれないと、何らかの手応えを感じたこともなかった。


 何年たってもソレイユ家の者と打ち解けようとせず、ひとりで殻にこもるヒカリを見てられなくなったのがレーヴェンドルフ・フィクサ・ソレイユだった。


 この男、騎士の家系に生まれた男として劣等。他人と競争して一歩でも抜きん出ようとしない、戦闘に向かない【学者】アビリティの加護を受けたことも手伝ってか、30歳をすぎた今も閑職に就かされている。

 そんな男に勇者の世話係と教育係を兼ねよというのだから厄介払い以外の何物でもない。



 実はそんな厄介者とやんわりうまくやってるレーヴェンドルフに、もう一人、厄介者が押し付けられた。

 10歳になり、騎士一族の誉れある【聖騎士】の加護アビリティを得たディアッカだ。


 ディアッカは男ばかりの兄弟の中で、女の子らしいところがひとつもない娘だった。快活で親の手を離れて走り回るという迂闊な癖があり、そのおかげでソレイユ家の悲願、勇者召喚が成し遂げられたのは皆が知る事実、当然ディアッカは大貴族ソレイユ家でも自慢の娘として大切にされた。


 しかし【聖騎士】のアビリティが発現したのと時を同じくして、大人たちの会話の中に嘘を見つけては、それを激しく糾弾するという難しい子になってしまい、どうにも手に負えなくなった父アンダーソンは、自慢だった娘を、弟のレーヴェンドルフに預けた。


 レーヴェンドルフは、実の父にすら近寄ろうともしないディアッカが、唯一心を許す存在だったからだ。

 そう、他人の足を引っ張ったり出し抜いたりという貴族の生業から最も遠く、嘘をつかない穏やかな性格の、のんびり屋だったからこそ、この世界で王の命令も聞かず、ただ元いた異世界に帰りたいとばかり訴える役立たず勇者の世話をさせられたリ、難しい小娘を押し付けられたのだ。

 面倒ごとは昼行燈ひるあんどんに任せておくのが丁度いいとの格言もある。


 ヒカリとディアッカ。これまで何度も顔は会わせていたし、面識もあった。

 しかし勇者であるヒカリ本人がこの世界に来たことを快く思っていないこともあって、この世界に呼び寄せたとされるディアッカとはできるだけ接点を持たないよう気遣っていたのだ。


 勇者ヒカリは、この世界に召喚されてから6年目。レーヴェンドルフが根気よく教えるこの世界の基礎知識や戦闘の知識を吸収して、ようやく少しだけ心の扉を開け、僅かな隙間から外を覗き見ているといった状況だった。そんな微妙な時期にこの難しい娘と接触させて良いものかと心配する声があったが、実際に引き合わせてみると、勇者ヒカリと気難しい娘ディアッカは、なかなかどうして、相性がよかった。


 何しろこの勇者ヒカリも、レーヴェンドルフも、自ら進んで嘘をつくなんてことをしないのだから。



 ある日のこと、王都の街明かりも次々と消えてゆく夜更け、優しく頬を撫でる冷たい風にブルネットの柔らかい髪をなびかせながら、勇者の背後に忍び寄るいたずら娘の小さな影があった。今夜もバルコニーに出て物憂げに星を眺めたり、空に向かって話しかけたりしているのを不思議に思ったのだろう


「悪い子が背中を狙ってるわ、勇者わたしの背後をとるなんて凄いわねディアッカ」


 ディアッカは見つかってしまったことが気恥ずかしいのか肩をすぼめて見せたが、そのままヒカリに駆け寄ると、バルコニーの手すりに掴まり、ぴょんと腰まで上がってすぐ横のポジションに陣取った。


「ねえヒカリ、また星を見ているの?」

「ちょっと違うわね、星が私を見ているの」


「じゃあいま、何を話してたの?」

「お星さまに? 私はここにいるよって言ってたの」


「それはなぜ?」

「あまねく星に助けてくれますようにってお願いしたからね。居場所ぐらい教えてやらないと、あの人はドジだから道に迷ってしまうわ」



 ちょうど時を同じくして世界の片隅に転生者という形で産声を上げた男がいたことを追記しておこう。


 あまねく星という夜空に煌めく名を捨て、やがて勇者を殺す者……。王国に災いなすアサシンとなる男が、時空の壁を越えてこの世界への扉を開いたのだ。


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