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冒険者ギルドで人を探すお仕事をしています  作者: さかい
第七章 ~ 勇者、ギンガ・フィクサ・ソレイユ ~
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[19歳] 告白

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「ディム! 大丈夫か!」

 エルネッタが追いつき、ディムの姿を確認したとき戦況はいまオーガの戦士、ファルコア・ギーヴンが倒され、虚空を見つめながら、緩やかに死んでゆくところだった。


「戦闘は終わったのか?」

「うん。たったいま終わったところ。もうこの要塞に敵はいないはずだよ。橋を渡って逃げたのが多分30ほど、南の前線基地の方に逃げたのが20ぐらいだけど、追撃とかぼくたちの仕事じゃないし」


「まったく、心配させやがって。お前の欠点はわたしに心配させるところだ、ホントこの有様をどうするつもりだ? あとでセッキョーだからな、覚えてろよ。……あと、その女の子と妖精は何者なんだ?」


「そうなんだよね、獣人たちの生き残りは全員逃げちゃったから、この800からの死体を葬る人が居ないよね、……こいつらは、えっと、ヒト族のくせに獣人側についてたから捕虜にした女と、あと妖精さんは幸運を届けてくれるっていうし、殺しちゃダメでしょ?」


 アンドロメダはあからさまに背を向けて小さく小さく、うずくまって丸くなった。

 誰かから隠れているように見える。いや、顔を隠しているようだ。


 誰かに顔を見られたくないらしい。

 不審な行動に訝しんでいると、およそこの場には似つかわしくない素っ頓狂な声が響いた。


「ちょ! ちょっとちょっとちょっとちょっと、ちょっと待ちなさいあなた! どういうことか説め……いいえ、説明しなくていいからちょっとこっちに来なさい!」


「ひっ……ひいいいっ!」


 ギンガだ。

 どうやらアンドロメダはギンガの知り合いだったらしい。


 ベッケンバウアー姓で不死のヴァンパイアはソレイユ家の関係者だった。

 ソレイユ家は勇者だけでなく、ヴァンパイアとも親交が厚いことを知って、ディムは眉根を寄せ、引き気味に怪訝そうな表情を崩さない。


「なんかすっごく怪しいんだけど! 捕虜の三人が無事でいたのはそのコのおかげなんだってさ、捕虜を助けにいかないの?」


「ごめん、私はこの人に聞きたいことがあるからメイリーンお願い、それとそこのアサシン!『聴覚』スキルで聞き耳を立てたらぶっ殺すからね! はやく解除してそのスキル」


「戦闘中ずっと起動してただけで、べつにいま盗み聞きしようとしたわけじゃないからね!」


 グサッと刺されたような気がした。

 勇者の目には『聴覚』スキルの発動が見えいるということだ。アンドロメダとギンガの会話をこっそり盗み聞きしようとしていたのが見破られている。スキルの発動がバレている以上は解除するほかない。


 ギンガはディムを一瞥したあと肩を怒らせアンドロメダの首根っこを捕まえたままこの場を離れ、警戒しすぎじゃないかってほど遠くまで引っ張って行った。


 ギンガがなぜ怒っているのか、ディムにはその時、知る由もなかった。


「ねえエルネッタさん、今の子、見覚えない? どうもソレイユ家が絡んでそうなんだけど」

「知らないな。南方人の血を引いてるのは分かるが、どこかお前に似てないか? 名は何て言うんだ? アビリティは? 鑑定したんだろ?」


「うーん、ギンガも見てるだろうからギンガに聞いて。あの剣幕だと、ぼくがエルネッタさんに話したらまた剣を抜かれそうな気がする。だからエルネッタさんが聞いてさ、あとでこっそりぼくに教えてほしい」


「んー? なんか腑に落ちないな。隠し事じゃないけど、自分の口からは言えないからギンガに聞けってことか?」


「うん。エルネッタさんの隠し事はもうなくなったんだよね」

「ああ、もうなくなってしまった」


「んふふふふ……」


「気持ち悪いな、何を考えてる、お前にはまだ隠し事があるだろうが!」

「もうないよ。さっき言ったじゃん、ぼくも異世界人でアサシンで54歳のおっさんだって」


「じゃあ羊飼いがどうやったらアサシンになるんだ?」


「ユニークアビリティは化けるって言ったのはエルネッタさんだよ。もともとぼくにあった【夜型生活】っていうアビリティが、あのアンデス・ゲッコーを倒したあと【アサシン】に変わったんだ。【羊飼い】はヤギ飼いじゃなくて、【追跡者】に化けた。ユニークアビリティは使い方によって変化するみたいだね。ぼくは五つのアビリティを持ってたんだ。死んでしまった兄弟たち四人のアビリティを受け継いでね……」


「やっぱりチートだ。じゃあお前が最初から持っていたのが、そのアサシンになったのか?」

「そう。ちなみにマッサージ師のアビリティはエルネッタさんのお気に入りでしょ? いまは理学療法士になってるよ」


「あはっ……なるほど、そういう事な!」


「じゃあ最後に、ディムとヒカリの関係は? ギンガとはどういう関係なんだ?」

「この世界でディミトリとして生まれてからは関係ないよ。ぼくがまだ異世界に住んでた頃の話、春日ひかりは、ぼく朝霞星弥あさかせいやの幼馴染で……んーと、友達、そう友達だったんだ」


「セイ……ヤ?」


 エルネッタは絶句した。たった今聞かされた名前に聞き覚えがあったからだ。


「ディム、いま何と言った? 名前だ、ヒカリの友人で、名前をもう一度言え!」

「なんだよもう、朝霞星弥あさかせいや星弥せいやが名前で、朝霞あさかが姓だからね」


「セイヤ? セイヤ・アサカ! ディムおまえ……おまえがセイヤなのか? 嘘だと言ってくれ……」


「ぼくの言葉に嘘があるかどうかはエルネッタさん分かるでしょ。何言ってんのさ」

「嘘だと言ってくれ、頼む。なんでお前があのセイヤなんだ。だからギンガはお前を知っていたのか」


「それはぼくにも分からないよ。ぼくはこっちにきて19年で今日の今日までギンガとは接点がなかったからね。でもエルネッタさんもしかしてぼくの事知ってた? なんで知ってたの?」


 急に押し黙って、目の焦点も定まらなくなったエルネッタさんは、開いた口も塞がらないレベルで呆然自失している。


 一方、ディムのほうも今夜は頭がぐちゃぐちゃになるぐらい、いろんな出来事があった。ギンガとの出会いは、まるで金槌で頭を力いっぱい殴られたかのように衝撃的だった。


 あの子はディムの異世界での恋人だった、春日ひかりの娘だったのだ。


 まさか過去を理由に咎められたりしないだろう。春日ひかりの方が先にソレイユ家の男と結婚してギンガを産んでいるし、ギンガの話によるとまだ下に弟が二人いるとも聞いた。

 そして今はとても幸せに暮らしてるという。


 ディムはそれを聞いて、心底ホッとした。

 口から魂が抜け出て倒れそうになるほどの安堵感だった。


 朝霞星弥あさかせいやは彼女を幸せにできなかった。だけど彼女は今の夫と出会って、そして幸せな生活を手に入れた。

 ディムの心は満たされた反面、エルネッタの目からは涙が溢れだしていた。


「ディムすまん……わたしはもう、お前に顔向けができない」


 エルネッタはディムに顔を見せたくなかった。悔恨の念に押しつぶされ、うつむいてしまった。

 足もとの地面を見たところで何もない。ただ赤土を固めた地面と、流れ出した獣人たちの血液がおびただしく血だまりを作っている。


 エルネッタはいたたまれなくなり、ギュッと唇を結んで何か言葉を飲み込むと、ディムから背を向けてしまった。


 ディムにはエルネッタの目が潤んでいる理由が分からなかい。

 その場に立ち尽くして、目の前から去ろうとする彼女を引き止める声が出なかったのだ。


 デニス・カスタルマンたちと合流し、仕事を終えようとするエルネッタの背中を見送ると、ひとりポツンと取り残された。ディムの心を満たしてゆくのは得も言われぬ疎外感だった。


 いや、違う。右の肩にトールギス、左にはなぜか妖精さんがいる。


「どうしたのさ? 妖精さん。もう終わったからね、家に帰っていいんだよ」

『帰りたくないの……』


「そっか、じゃあ一緒に来るかい? 退屈だと思うけど」

『はい、よろこんで。わたしヴェルザンディといいます。あなたの言うように、幸運を届けられたらいいのですが』



 ヴェルザンディは名を名乗るだけという簡単な自己紹介をすると、どこかいいところはないかとディムの周囲を飛び回り、結局左の胸ポケットに居場所を見つけ、ごそごそと潜り込んだ。


 まるでカンガルーのお母さんになったような、妙な気分だ。



 ディムはセイカ村の広場だったところ、橋のたもと、6年前のあの夜、兄弟たちが戦って命を落とした場所までいくと、その場にぺたんと座り込んだ。今はもう様変わりしていて、当時の面影なんてここに橋があったことぐらいしか残っていないのだけど。


 石畳は撤去され赤土で踏み固められている。なんだか味気なくなってしまったセイカの中央広場。

 村人たちと、兄弟たちが流した血と涙を、獣人たちの血であがなった。


 ディムはあの夜、いろんなものを奪われ、多くのものを失った。

 今夜この村に帰ってきて、何か取り返すことができたのだろうか。


 獣人たちの支配地域に入ってからというもの、ディムは千人近くの獣人を殺している。

 ただ殺しに来ただけとするなら、ただの殺人マシーン。殺すために生まれてくるという、言い伝えのアサシンに相違ない。


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