[19歳] ヴァンパイアとバーサーカー
この女の鑑定結果、名をアンドロメダ・ベッケンバウアーと表示された。
ベッケンバウアー姓だ もしかするとディムの父方の身内なのかもしれない。
いや、そんなに遠く考えなくとも、ディムの身内である可能性が高い。
いやいやいやいや、そんなことよりも984歳で『不死者』とあった。
『不死』ってスキルだったのか! と少し混乱しながらも、アンデットとか、どっちかというと種族のような気がしてならない。
そしてこの女はディムと目が合うと走り込んできたのを急ブレーキで止まろうとしてズッコケそうになりながら、一瞬もがいた挙句やっぱりコケて、ゴロゴロと地面を回転しながらすぐ足もとまで転がり込んできた。
ディムはステータスをみて知っている。
そんだけ俊敏値が高いんだからドン臭いわけがないのに、この女、自分のレベルを偽ってる。
転んでから起き上がる途中、ちょっとだけ硬直したように動きを止めると、パニックに陥ったような口調になった。
「ちょ、えっと、ファルコア隊長サマ! この人はダメです、私帰っていいですか? いいですよね? じゃあ私帰りますね、お疲れ様でしたっ!」
ディムは"ビシッ"と敬礼したあと回れ右でこの場を去ろうとするレディ・ピンクを呼び止めた。
「またんかい」
「もももも、もしかして私のことですかー?」
恐る恐る、嫌々ながらも振り返ってディムの顔を窺うレディ・ピンク。
「他に誰がいるんだよ。お前だお前」
「えええっ、なんでなんですかーっ、私は戦いを挑もうだなんてこれっぽっちも思ってませんし、ちょっと顔を見ただけじゃないですか。それともあなた目が合っただけの私にメンチ切ったとかで絡むようなひとなんですか? 違いますよね? お願いですから帰してください……」
「レディ・ピンクといったね? なにその頭の悪そうな偽名。帰すわけないでしょ? アンドロメダ・ベッケンバウアーさん、キミはたった今ぼくの捕虜になったからね。もしイヤなら逃げていいけど、トールギス、こいつが逃げたら食べていいよ」
―― ピィ♪
「ひどっ……ひどい。ひどすぎます」
「お前には聞きたいことがたくさんある。ほんと、マジでたくさんだ」
「あのー、捕虜になった三人が無事に生きてるのは私のおかげなんですよ? ごはんも私が三食責任を持って運ばせていただきました。もちろんさっきのコロリタケ入りの鍋は食べさせてませんし……その辺の働きも吟味していただいて、ちょっとだけ愛のある対応で、ここから逃がしてもらえませんかねぇ?」
「へー。コロリタケ見破ったんだ……。手ごわいな、じゃあもういいや、トールギス、食べていいよ」
「はい! 降参します。えっと、あの、ファルコア隊長すみません! 私、たったいま捕虜にされちゃいました。ついでに言うとこの要塞はもうダメです、明け渡してみんな撤退したほうがいいです。このひとアサシンですからまともに戦うと万に一つも勝てません。撤退命令を出さないと本気で全滅しますよ?」
「アサシンだと? ヒト族のおとぎ話に出てくるという悪霊のことか? オーガの戦士がそんなものを恐れるか! 全軍に告ぐ、同時に掛かれっ! 数で押しつぶせ。グリフォンは弓と槍で対処しろ」
剣を二刀に構えたまま一歩も動けなかったとは思えないほど強気な発言だった。
そしてアンドロメダ・ベッケンバウアーの見立ては、まるで未来が見えているかのように正しい。
せっかく彼我の戦力差を教えてあげた上で撤退を具申したというのに聞き入れてはもらえなかったようで、まったく命を捨てるためとしか言いようのない獣人たちの一斉攻撃が始まった。
360度、全方位から同時に襲い掛かってくる獣人たちを迎え撃つ。
ディムは近い者から先に、手の届く者から順番に、とても効率的に殺陣を繰り出し、トールギスも空に逃れることなく爪と嘴で獣人の戦士たちを斬り裂いていった。もっともトールギスは『対刺突防御』スキルが非常に高いので、格下の獣人に槍や弓で攻撃されたところでその身が傷つくことはないだろう。
飛び散る血しぶきと、桜の花弁のように舞い散る肉片……。
ディムが舞い、そしてアンドロメダもディムの側に居ながら血飛沫のたった一滴ですら、その身に付着させることはなかった。
喉を裂かれて噴き出す血液がもんどり打ちながら回転する複雑な軌道を描きスプリンクラーのように撒き散らされる懐に居ながら、アンドロメダという女、その血の雫の全てを避けている。
高速域での回避技術はディムやギンガと同等といって過言ではないだろう。
「凄いね、全部避けるんだ」
「血は嫌いなの。あと染み抜きも面倒だし、洗濯も苦手なんですよー」
この女の女子力はエルネッタさんなみに残念と見た。
「女子力低いな!」
「傷つきます!」
ディムの背後から襲い掛かる大斧、そんなスローな攻撃などもう仕掛けるだけ無駄だということが分からないらしく、次から次へと血泥に沈んで行く獣人たち。ディムとアンドロメダは獣人たちの総攻撃を受けながら雑談する余裕があった。
「ヴァンパイアって血が好きなんじゃないの?」
「偏見です! 私は悪いヴァンパイアじゃなくて、いいヴァンパイアなんです」
「どこかで聞いたセリフだなそれ。だけどいいね、その意見に賛成。キミとはいい酒を飲めそうだ」
ディムとアンドロメダの会話を聞いていたトールギスも、二人の歩法を見ながら全てを避ける技術を真似てみることにした。翼長5メートルもある四つ足の幻獣だからそう簡単にはいかないが、なかなかサマになっている。
実はトールギスの羽は撥水効果があって、雨に濡れても、頭から血をかぶっても、つるりと滑るようにはじかれては地面へ落ちる。撥水の特性があるんだから特に避ける必要はないのだけど、単純に気持ちが悪いのだろう。その気持ちは分かる。
雑談しながらではあったが囲みを破っただけでなく、包囲していた獣人たちはこの場ですべて倒した。
ゴブリンなど肉弾戦に弱い獣人たちのうち何十体かはファルコアの命令を聞かず逃げ出したようだが、この要塞の司令官はもう死んだ。逃げた者はもう追う必要もない。
「さてと、もう誰も見てないから逃げてもいいんじゃないの? いま見た通りだよ、アンタ動けなかっただろ? まあ降参してもらっても捕虜にして砦まで護送するの面倒だから、自分の国に戻ってくれるのを期待してるんだけど……」
ファルコア・ギーヴンは指摘されるまで無意識のうちに一歩二歩と下がっていたことに気が付かなかった。しかし後ろに下がりながらも剣を二刀に構えたまま、柄をギュッと握り直し、恐怖を気合で押し返すように言った。
「いや、引けぬ。貴様が強さを見せれば見せるほどに引けぬ。恐ろしいスピード、素晴らしい力、そして圧倒的に強いな! 我こそはオーガ族の戦士ファルコア・ギーヴン、バーサーカーだ。自分に恥じるような真似は絶対にせぬ、ここでお前たちを滅し、その血で祝杯をあげよう」
どうやら狂戦士よりバーサーカーが一段上になるらしい。同じ意味だと思ってたけれど、この世界では別物らしい。
血で祝杯だなんてヴァンパイアのアンドロメダにとってはちゃんちゃらおかしいだろうし、そもそも祝杯なんてのは仲間と一緒に上げてこそうまいものを、たった一人になってしまったあとでそう凄まれても恐怖感は少しも感じない。むしろ一人で寂しくクリスマスパーティとかやっちゃう痛い人なのかと、気の毒に思えるほどだ。
「そっか、えっと、ぼくはディムと呼ばれてる、アサシンの加護を受けたと言えばいいのかな。この砦の獣人たちはみんな死んだ。お前が最後だし、お前の最期でもある」
「よくぞ言った、ディムとやら、命に代えてもここでおまえを倒す!」
ファルコア・ギーヴンの筋肉が硬直すると大きかった身体がまた一回り大きくなり、眼光は闇に線を引く。
バーサーカーが戦闘モードになった。もうこの場にいるものすべてを殺し尽し、血をすするまで闘争は止まらない
―― ウオオオオォォリヤアアアァァァ!




