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冒険者ギルドで人を探すお仕事をしています  作者: さかい
第七章 ~ 勇者、ギンガ・フィクサ・ソレイユ ~
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[19歳] 果たせなかった約束

約束は永遠。心が離れてしまっても、ふたりの残した "しるし" は未だ輝きを失わず、星を湛えて青く輝いていた。

ディムは少女を守ると言った。これも遠い冬の日の約束なのだろう。


----


 春日ひかりは、ディムの前世、朝霞星弥あさかせいやが29歳のとき、何の前触れもなく、一言の別れの言葉もなく、ある日、突然、理由も告げずに姿を消した。


 24歳で婚約指輪を渡しておきながら5年もの間、結婚のめども立たず待たせ続けたことで、家族や友人に愚痴をこぼしていたことや、不審者の存在などが捜査線上に浮かばなかった、事件性がないと判断されたことから警察も満足なほど動いてはくれなかった。


 朝霞星弥あさかせいやは仕事をやめて毎朝あちこち近隣の駅に出かけてはチラシを手渡ししたり、人の集まる商業施設などにポスターを貼ってもらえるよう頼んだり、または心当たりのあるところを探しに行ったり、彼女の好きだった並木道にただ一日中立っていて、行き交う人々の中から彼女の姿を探したり、何日も、何か月も、何年も探し続けた。


 お前に愛想を尽かして他の男と一緒にどこかへ逃げたんだと言う者もいた。

 お前が殺してどこかの山に埋めたんじゃないかと心無いことを言う者もいた。


 何かの事件や事故に巻き込まれて、もう死んでしまったと考える者もいた。


 それでも星弥せいやは、周り者から浴びせられる心無い声を敢えて無視し、ただ前だけを見て探し続けた。靴の底が擦り切れていつか穴が空くように、心が擦り切れてしまうまで、彼女の面影を追い続けた。


 そういえば勇者が25年前に異世界から召喚されてきたのだと聞いた。

 異世界転移の際に時間移動がないとすれば、時系列的にはつじつまが合う。彼女が失踪したのは約25年前の出来事だ。そして目の前に居るこのギンガは、母親から指輪を預かったのだと言う。



 ディムは再びギンガの手を取り、そっと指輪を戻した。もとあった左手の中指に。



「ギンガ、キミは春日ひかりの娘なんだね?」


「は……はい、そうです」

 ギンガは呼び捨てに名を呼ばれることを拒めなくなった。いや、むしろギンガと呼ばれたその響きが心地よく耳に響く。


「ひかりは……、いや、キミの母親は、この世界で幸せになったのかな?」


「もちろん! 弟たちがワンパクで手を焼いてるけど、父さんも優しいですし、母さんほどの幸せ者はこの国には居ません。だから私はあなたを倒します」


「そっか……それは良かった……」


 ディムの目からひとしずく、大粒の涙となってこぼれた。



 見つからないはずだ、こんな遠い世界に来てただなんて。

 どんなに探しても、手がかりもつかめないはずだ。


 自分が彼女を幸せにできなかったことをずっと悔いていた。

 不幸にしてしまったと思い込んでいた。


 彼女がこの世界に来て、幸せに暮らしていると聞いて、心の底からホッとした。同時にこぼれた一粒の涙は、安堵の涙だ。


 かつて愛したひとが、いまも異世界で暮らしていて、こんなにも母親思いの可愛い娘に恵まれている。


 ディムは感慨深いものを感じた。大きな喜びを感じた。これが感無量という、喜びの感情だった。


 一方、ディムに抱き留められたまま動くこともできないギンガはこのアサシンが母の幸せを知ったときの、あの表情の変化を見た。ひとはこんなにも安らかな笑顔が出来るのかと思うほどの。そして笑顔のまま涙をこぼすのを見てしまった。一生忘れられないような、青い夜の体験だった。


 ギンガはディムの笑顔の意味も、涙の理由も理解できない。

 そんな男の姿を見て、なぜ心を打たれてしまったのかも分からない。だけど今考えているのは、もしかすると、この人は本当に、敵じゃないのかもしれないということだった。


 やはり迷いが勝った。

 ギンガは己の未熟さに溜息をついた。


 もうこのアサシンに剣を向けることすら"無駄"と諦めてしまった。


 それは甘さゆえの敗北だった。



 ディムはギンガの背に手を回し、その細く小さな体を優しく強く、ぎゅっと抱き締めると、美しく艶やかな黒髪に顔をうずめて耳元で囁いた。


あまねく星がキミを助け、そして守ろう。もうキミは剣を抜かなくてもいいよ、ギンガ」


 アサシンの言葉は温かい息遣いと共に優しく耳に届くと、ギンガの心にすっと入ってきた。

 ギンガが心から欲しかった言葉を、こともあろうにこのアサシンがくれたのだ。


 無防備な心が持って行かれたような感覚に襲われ、ギンガは動けなくなった。



「うわああああぁぁぁ! ディムおまおまおまおまっ!」


 ディムがギンガを抱き締めたのを見て、どうしたらいいか分からなくなり、どう言えばいいかもわからないエルネッタが、ディムの抱擁からギンガを毟り取るように奪った。


「ギンガ! 大丈夫か。ディムに何をされた? ギンガ! 正気に戻れ。……ディムお前ぶん殴ってやる、そこになおれ! こここここ、この浮気者! 許さない、絶対に許さないからな!」


 ギンガはポ~っとしていて、焦点も定まらない様子だった。エルネッタの呼びかけにも応えず、まるでうわの空だ。頬も赤い、発熱が感じられる。


「ギンガ! 大丈夫か? 熱があるじゃないか! おまっ、おまえら何を! 何をしたんだ!」


「なんにもしてないってば。エルネッタさん、もう隠し事はしないよ。あとでぜんぶ話すから。その子の母親は細かくて口うるさいんだ。頼まれたことはちゃんとやらないと後で何言われるか分からないから、ぼくは獣人たちを片付けてくるよ」


「はあ? 言ってることの意味が分からない! とりあえずここになおれ。まずは一発ぶん殴ってから話を聞いてやる」


「エルネッタさんのイトコのギンガは、ぼくの古い友人の娘だったんだ。もう隠し事はないよ。約束通り、エルネッタさんはぼくの彼女だからね。よろしくっ!」


「ギンガの母親は勇者で異世界人だ、古い友人? お前がか?」


「異世界人で悪魔憑き。どこかの家出娘いえでむすめと同じだよ。まさかぼくが生まれる前からエルネッタさんと近いつながりがあったなんて考えてもみなかった。これは約束なんだ。トールギス! 行こう。ちょっと乗せておくれ」



―― ピィ!


 ディムはトールギスの背にヒョイと飛び乗ると、重さを感じさせることなくひとつ大きく羽ばたいただけでフワッと浮かび、防護壁の遥か上空を飛び越えて行ってしまった。


 ディムはたった一人で要塞を襲撃するつもりだ。


「ギンガ! しっかりしろ。ディムが行ってしまった。ギンガ! おまえの助けがいる」


 エルネッタはギンガの両頬をパチパチと叩いて、ようやく正気に戻すことができた。


「ギンガ!」

「はっ! 『混乱耐性』が効いてない!」


 ギンガは一瞬混乱したのだと思っていた。それは混乱していたことを如実に示す。

 つまり混乱していたのだ。


 エルネッタはギンガが正気に戻ったことを確かめると、メイリーンやダグラスたちにも助けを求めた。


 シンと静まり返った深夜の湖畔に、遠く要塞のほうから獣人たちの激しい怒声が聞こえてきた。戦闘が始まったんだ。


「ディムがトールギスと要塞に行ってしまった。みんな助けてくれ! あのアホが……」

「なんだと! あのバカがまた同じことを繰り返す気か!」


「ディムを追うわよ! 神官の人も降りてきてもらって! まさか突っ込むだなんて、ホントあのバカは死んでも治らないのね。絶対助け出してぶっ殺してやる」


 自分でも何を言ってるか理解していないだろうメイリーンに突っ込む余裕なんてなくしてしまったダグラスは、慌てて準備しようにも装備品を外していたせいで時間がかかる。

 いまは一分一秒の時間も惜しい、靴ひもをしっかりと締めたまま上半身シャツのみといった軽装で二刀を担いだ。


「ごめんディアッカ、ちょっと我を忘れてしまって……あのひと、ひとりで入ったよね」

「そうだ、おまえもディムを助けてくれ。早く行かないと……」


「ディアッカあのひとのことを心配してるの? この世の者とは思えないほどデタラメに強いわよ、あのひと。だって異世界人だし、この世のものじゃないし」


「ああ、だけどディムはいつも無茶をやらかすから心配なんだ。あいつの欠点はわたしに心配をかけるところなんだ。それにヒカリとは友達だって言ってたぞ、おまえ知ってたのか……」


「……」


 ギンガは黙ってコクリと頷いた。


「あとで話してくれよ。いまはそんな時間がない」



―― カン! カン! カン! カン! カン! カン!


 要塞内の半鐘が遠くから鳴り響き、山々に木霊する。これは侵入者に対する警報だ。


「まさかディムが見つかったのか? そんなバカな……」



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