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冒険者ギルドで人を探すお仕事をしています  作者: さかい
第七章 ~ 勇者、ギンガ・フィクサ・ソレイユ ~
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[19歳] 古い指輪

ちょっと過去の成就しなかった恋愛が絡んできます。

ディムは若く見えますが中身実質54歳のオッサンなので、ダメだった恋愛をひとつ経験しています。

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 ―― バサッバサササッ!


 いつの間に偵察から帰ってきたのか森の木からこちらを覗っていたトールギスが、ただ物じゃない気配を察してディムの前に割って入り、剣を構えて圧力を強める勇者と対峙した。

 いままでの緩い空気を引き裂いて、湖畔の語らいが一触即発の鉄火場へと変化する。


「トールギスやめなさい。この人にぼくを傷つける意思はないよ」


 翼を大きく広げて勇者に対し威嚇を強めようとするグリフォンは、ディムに諫められると静々と下がり、エルネッタの傍らで地面に伏せた。


 さながらフワッフワの羽毛でできた超高級ソファーのように。



 トールギスが乱入したせいで少し気が削がれた様子のギンガに、ディムは横目で語り掛ける。


「ぼくは確かにアサシンだ。でもアサシンというだけで剣を向けられる理由が分からない」

「何を言いたいかは分かります、私も勇者に生まれた不幸を呪っていますから……」


 ディムは『ぼくは勇者と戦う気はない』と言うべきなのか迷った。いや、だけどアサシンは自分が生まれる前からこの国じゃあギルティだった。ここじゃあディムの存在そのものがギルティなのだ。


 ディムはべつに信頼してほしいだなんて考えちゃいなかった。しかしソレイユ家の者に短剣を抜くなんてことしたら名実ともにソレイユ家の敵になる。それだけは避けたい。



「ギンガ! ちょっとそんな言い方ないだろ? 剣を収めろ、ディムはお前を助けに来てくれたんだぞ」


「この人はディムなんて人じゃない! ディアッカは騙されてるの。母さんを殺すために、ディアッカに近付いたのかもしれない」


 ディムはギンガと正面から対峙することを意図的に避けていて、エルネッタの身体をメンテナンスをしながらやり過ごそうとしたが、視界の端っこ、ギンガが剣を構える左手の指に、キラリと輝く宝石に気が付いた。


 星々の光をその身に透過し、複雑な内面反射を経て夜空のような煌めきを讃え、

 青く、蒼く、碧く、深宇宙の耀きを放つ。

 ディムの暗視でこそ輝いて見えるものだが、その青には確かに見覚えがあった。


 あれはサファイアだ。

 この世界では見たことがない青い宝石に目を奪われた。


 台座は低く、K18のリングに埋まる形であしらわれている。




 一方、ギンガはアサシン・ディムが自分の方を向いたことで戦慄の色濃くした。

 ジリジリと変化する間合いを保ちながら何かこのアサシンを攻略する糸口はないものかと、攻略法を探る。



■ 戦力差  = 1:712

  勝利確率 = 1/1966


 何度みてもこの差は縮まらない。

 ギンガが剣を構えて、この男は未だ柄に手をかけていないにも関わらずだ。

 この状態でギンガの持てる最高の剣技を使って最速で命を狙ったとしても、評価が変わらないという意味だ。いったいどれだけ力量差があるのかと思うと気が遠くなる。


 改めてステータスを覗いても結果は同じ。どこにもギンガが勝る点は見つからない。特にスピードの差は壊滅的に不利だ。この男は勇者であるギンガの力を圧倒的に上回っていて、何かの見間違いじゃなければ、たぶん瞬時に殺されてしまうほどの力量差がある。やはり勇者の力じゃアサシンには勝てないことを再確認しただけだった。


 わずかな力量差であれば、弱点を突くなどして自分を有利にもっていけばかならず勝利の目を見いだすことができるはずだ。


 しかしこの評価値は絶望を表している。


「あなたは言いました、自分がアサシンじゃなく、私のような勇者に生まれていたらと。そうですね、そうであってくれたら私は剣なんて持たなくてよかった。剣なんて大嫌いです。人を傷つけるなんてイヤなんです。ごめんなさい、訓練でなくヒトに剣を向けたのはあなたが初めてです……。私はあなたに勝てないでしょう、だけど勇者の加護を得た以上はそれを運命として受け入れ、あなたを討ちます」



 ギンガの力ではこのアサシンに勝つことができない。

 勇者を殺せるのは病気か寿命かアサシンしかいないという言い伝えは本当だったのだ。


 そんな圧倒的強者に、ギンガはいま剣を向けている。身体の芯からガクガクと湧き上がってくる震えを悟られないよう、精一杯の精神力で己を鼓舞しながら。



 荒く険しくなる呼吸が、わずかひと呼吸したところでギンガはアサシンの姿を見失った。


 いけない! と思ったその瞬間、アサシンはギンガの懐深くに侵入していて、構えた聖剣バルムンクは三本の指でまみ取られしまい、クルッと一回転させたのち、腰から下げた鞘にストッと収められた。


 ギンガは心の底からこの男の事を恐ろしいと思った。いまの交錯こうさくで三度は殺すチャンスがあったろう。

 数値ではイメージしきれなかった力量の差というものを現実に見せつけられたのだ。このアサシンはいつでも勇者ギンガを殺せる。


 もうダメだと思った。次の瞬間には首でも跳ねられてしまって、命が奪われてしまうのだと。


 懐に入られてもまだバックステップで逃れようと試みるギンガ。


 しかしアサシンはそれを許さなかった。フワッと身体を浮かされていて、足が満足に接地していない状態で地面を蹴り出そうとしたものだから、ギンガは足を滑らせバランスを崩してしまう。


 転倒しそうになったところを、まるで羽毛のように優しく抱き留められた。


 目の前にいるアサシンに。



 夜目の効くギンガの目に艶めかしく映るアサシンは、倒れようとするギンガを抱いたまま青い宝石の光る左手をとって問いかけた。思えばこの時、ギンガはアサシンに魅入られてしまったのかもしれない。


「危ないよ、転ぶところだった」


 咄嗟に背中を抱かれたことなんて、今までなかった。

 そんな小さなことを気遣ってくれる人なんて初めてだった。

 これまでギンガを普通の女の子のように扱った男なんて唯の一人も居なかったのだから。


「……ところでさ、ちょっとこの指輪を見せて欲しいんだけど」

「イヤです。お断りします」


 たったいま剣を向けていた敵にそんなことを言われて、はいそうですかと指輪を見せられる訳がない。

 ギンガはたったいま掴まれてしまったハートを引き戻すよう、頑なにディムを拒絶してみせた。


 握られた手を引き離して背面飛びで懐から逃げ出すことを再び試みようとするギンガ。だがしかし、それもまた背後に回り込まれた挙句、身体が浮かされ、背中から抱き留められてしまった。


 地面を蹴ろうとしたのを読まれて地に足がつかないよう巧妙にタイミングを合わせて抱き上げられる。


 間合いを取るという、たったそれだけの事がどうやってもできないということを悟った。

 もちろん逃れることも出来ないということだ。


 目の前、息が触れ合う距離で目と目が合う。

 高鳴る心拍音が鼓膜を打ち鳴らし、早い呼吸で酸素を取り入れていた胸も、極度の緊張により動きを止めた。


 視線も外せない、瞬きも出来ない。身体は硬直してうまく動くこともできない。


 ギンガは指輪をしている手を取られると、いともたやすく指輪を奪われてしまった。



 指輪を手にしたディムは世界的にも珍しいと言われる青い宝石にはまるで興味がないといった様子で、真っ先に指輪の内側に注目し、そこに彫られた刻印を探した。


[ 28.Sep.2007 S to H ]



 内側に刻印された文字を読んだアサシン、いや朝霞星弥あさかせいやは、この指輪の持ち主が誰なのかを知った。


 この指輪こそ、2007年 9月28日 朝霞星弥あさかせいやが、春日かすがひかりに贈ったものに間違いない。息が止まる思いだった。


 ディムの前世、日本人、朝霞星弥あさかせいやはプロポーズの言葉をなかなか言うことができず、結局渡せたのは5か月後、翌年になったバレンタインデー。甘ったるいくせにカチカチに硬いという、まるで飴のような、どう見ても失敗作という手作りチョコをもらったお返しのような形で、ようやく手渡しすることができたという思い出の詰まったリングだ。


 過去に恋人だった春日ひかりの誕生石、サファイアをあしらった婚約指輪だった。


 彼女の24歳の誕生日に合わせて、郵便局にお金をおろしに行ったこと、宝石店にポンコツの軽自動車で乗り付けたこと、店員の可愛いお姉さんの笑顔がとても素敵だったこと……。受け取って宝石店から帰るとき、車のバッテリーがあがっていてエンジンがかからなかったこと。


 そして、半年近くも渡せずに持っていたことを刻印から彼女に看破されてしまい、えらく不機嫌にさせてしまった挙句、


"本当にあなたは、わたしが付いていないと指輪も渡せないんだから、仕方ない人"


 といって、左手の薬指に指輪を受け取ってくれたこと。


 ディムの脳裏に、フラッシュバックするように思い出される。

 色褪せた絵画のようなセピア色の記憶が、色鮮やかに、極彩色を取り戻してゆく。


 凍えるように寒くて頬を切る風の冷たさ、彼女のマフラーの色、ニット帽の毛糸のほつれ。ダッフルコートの襟についた糸くずも。

 まるでたった今体験したかのように蘇る。



「か、返してください……」


 ディムの意識を現実に引き戻す声が聞こえた。

 まさかと思いつつも確かめなければならないことがある。


「こ……この指輪、これは誰からもらったんだい?」


「母です」


「これをキミのお母さんが持っていたのか? これがどういうものかキミは知っているのか?」


「お守りです。私が戦地に出ることになった朝、母が指から外して、お守りだと言って」


「お守り?」

「はい」


「これをお守りだと言ったのかい?」


「はい、夜空にあまねく星があなたを守ってくれますようにと」


 ディムは指輪を手のひらに握りしめ、ギンガの、この懐かしい面影を宿すとび色の瞳に魅入られた。


 似ている。……かつて愛した女性ひとに……。


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