表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険者ギルドで人を探すお仕事をしています  作者: さかい
序章 ~ プロローグ ~
11/238

[13歳] 少年は死闘を制した



 心臓が送り出す血流に押されてどくどくと流れ出す血液。背後にある川の濁流に負けないほどの流量だ。オークの戦士は少年を舐めていたせいで命を落とした。もう戦えないはずの少年に喉を裂かれて殺されたのだ。


 刺青いれずみオークは仲間が攻撃を受けると、その傷の深さと血液の流れ出る量から、まだ倒れてもいない味方をもう死んだものと判断したようだが……、その判断は間違ってはいなかった。。


 致命傷を受けた仲間を救おうともせず大斧を振りかぶって構えたのは、雨宮あめみやディミトリを地面に叩き付けて無残に殺したほうの、身体が一回り大きなオークだった。相当な場数を踏んだ戦士だからこそ、この幼い少年の殺気に気付き、これまで倒してきた屈強な戦士たちに向けるのと同等の構えを見せた。


 あんなに小さな爪楊枝つまようじのような短剣ですら油断していると致命の一撃となることを、目の前のこの年端もゆかぬ少年が証明したのだから。



―― ドサッ


 たったいま首を切られた方のオークが倒れた。明確に意識を闇に閉ざし、もう二度と目を覚ますことはない。ディムはオークを一撃で仕留めた。小さな、小さな短剣で首を狩ったのだ。いかなる巨体を誇るオークの戦士であっても、どれほど屈強であっても、首の動脈を切断すれば最も容易に倒すことができると判断してのことだった。


 血を見たことでディムの脳はサーッと血の気が引いてゆき、高ぶっていた気分も落ち着きを取り戻し、冷静になった。高レベルのオークを一体倒した。自分のレベルが上がっているはずだ。


 相手の戦力分析も重要だが、刻一刻と変わる自分のステータス変化を参照してみるという沈着冷静な判断が生死を分ける。


----------


□ディミトリ・ベッケンバウアー 13歳 男性

 ヒト族  レベル032

 体力:01542/136800(6倍)

 魔力:E→B

 腕力:E→B

 敏捷:E→A

【夜型生活】C /知覚/宵闇

【羊飼い】E /羊追い

【マッサージ師】E /鍼灸/整骨

【人見知り】F /聴覚/障壁

【ホームレス】F /拾い食い


----------


 【夜型生活】のアビリティランクがCに上がったおかげか表示されるステータスが増えたようだ。

 矢印の意味がよくわからないが……ステータスが軒並みアップしてるのは分かる。これはいい効果があるという意味にとっていいだろう。


 だがしかし、ディミトリはダメージのせいか、それとも出血が多すぎるせいか、まっすぐ立っていることすらできず、フラフラと千鳥足にたたらを踏む。

 ディミトリの膝の力が抜けてヨロっと倒れそうになったチャンスを逃さず、視界の外から骨槍こっそうを突き刺そうと突っ込んだゴブリンの脇腹から血液が流れ、ぼとぼとと滴り落ちた。偶然、よろめいたことで攻撃を躱したように見えた少年は、最少の動作でゴブリンの動脈と腕を持ち上げる筋肉の腱を同時に切断していたのだ。


 顔に醜い刺青が施されたオークの戦士は目を見張った。よろめいたように見せて攻撃を躱し、あまつさえ反撃に転じていたとは思いもよらなかったのだ。

 次の瞬間、槍を落としたゴブリンの首が不自然にかしげたように見えると、首からは噴水のように大量の血液が噴き出した。


 何という手際の良さか。なんという躊躇の無さか。


 なんと効率よく殺すのか。


 刺青いれずみのオークは一瞬、仲間のゴブリンの傷を確認してしまった。さっき倒されたオーク戦士の致命傷と同じく、太い血管のみを狙われていることを確認した。倒された仲間が油断などしていなかったことをしっかりと確認したところで自らの過ちに気付いた。


 一瞬、目を離してしまった。

 たった一瞬のことでもう、目の前にいた少年の姿を見失っていたのだ。



「ぐふっ! だがこういうときは後ろだ!」


 刺青いれずみオークは肘と同時に裏拳を繰り出し、背後にいるもの全てを薙ぎ払うかのように腕を振り回した。どこに居るかは分からなかったが、次は自分の首を狙われていることぐらい知能の低いトロールでも分かる。さすが場数を踏んだ戦士というところだ。


「がはっ……」


 ただ振り回しただけの腕も避けることができないほどのダメージを負っているディミトリは、なすすべもなく刺青いれずみオークの背後から引きはがされ、濁流の川に片足を突っ込み、流されてしまいそうなところまで吹っ飛ばされた。


 転がったショックか、衝撃のせいか、またはダメージのせいか、手に持っていた頼みの短剣も手放してしまった、もうディミトリには何もない……。


 近くにあるのは橋が壊れたときバラバラに飛び散ってしまった板の破片ぐらいだ。

 ディミトリは迷わずに橋の床板の破片を手に取った。


 刺青いれずみオークはもうこの少年を舐めることはしない。自分の得意武器である大斧を持って破壊の構えをとった。自分と同格の者と戦うときに見せる構えだ。だが構えたとき違和感に気が付いた。さっき背後に回ったディミトリの短剣が脚の動脈を切断して、オマケとばかりに膝の腱も切断されていたのだ。


「まったく……、空恐ろしいガキも居たものだ」と、呆れたように吐き捨てた。


 あの少年はいまにも意識を失いそうなほどフラフラだというのに、背後に回って背中を刺したところで致命傷にならないことを知り、大腿動脈を切って吹き飛ばされる際には膝の腱も切って行った。


 とんでもない帰りがけ掛けの駄賃だった。吹き飛ばされたという表現すら怪しい。もしや斧の間合いから外に逃れるために体よく利用されたのではないかと疑ってしまうほどに、この少年の思うつぼだったのだ。


 膝の腱を切られて思ったように動けないまでも、目の前に立つ少年は濁流の川を背にしている。まさに背水の陣だった。もう一歩も下がることができないことは火を見るよりも明らかだ。


 刺青いれずみオークは一歩踏み込んで間合いを潰し、腕力でぶんぶんと大斧を振り回した。

 だが軌道の変わらない周回運動は数度見ただけで間合いが掴めてしまう。足もとの覚束ないディミトリでも辛うじて避け続けることができた。


 一方ディミトリのほうは失神寸前になりながらも冴えわたる脳ミソをフルに使って、この巨岩のようなオークをどうすればいいかと考えている。このオークはタフだ。真正面からぶつかって勝てる相手じゃないことぐらいは当然承知している。なら真正面以外を攻めるしかない。



----------


■マラーンレカカ・ロクサーニ 52歳 男性

 オーク族 レベル062

 体力:37224/54000

 魔力:-

 腕力:S

 敏捷:E→F

【狂戦士】B /大斧/大槌


----------


 レベルが上がったおかげか、スキルランクが上がったらしく体力が数値化されて見やすくなっていた。37224ある体力をゼロにするまで削り切るか、それとも急所を突けば勝ちだ。いや、ステータスを見ると敏捷が下がっていることが見て取れた。これは足を負傷させたから敏捷が下がったということだ。


 ということは、ディミトリのステータスが軒並み上がってるのはスキルのおかげとしか考えられない。怪しいのは『宵闇』というスキル……だ。とすればこいつらの侵攻が昼間だったら余裕で殺されていたのかもしれない。


 ディミトリのような、13歳の、戦闘訓練もしていない普通の少年が、オークの戦士と互角に渡り合えること自体が、異常なのだ。


 それは川の対岸で見ていることしかできない獣人たちが、ただ呆然として声を失っていることからも分かる。身長150センチちょっとしかない小さな少年が、オークの中でも特に強い狂戦士、刺青のロクサーニと互角以上の戦いを繰り広げるシーンを目撃しているのだから。


 少年はフラフラしながらも辛うじてロクサーニの攻撃を避け続けていたが、とうとう痺れを切らしたのか、掴んでいた破片の板を投げつけた。それをものともしないロクサーニは "いまがチャンス" とばかりに、振り回していた斧を振り上げ、ディミトリの頭めがけて叩き付けるように振り下ろした。


 舞うように見えたろう。それは細山田ほそやまださんに経験があった合気道の歩法だった。

 大斧を紙一重で躱したディミトリは、たったいま足もとに叩き付けられ、地面に半分埋まった大斧に足をかけると、伸びあがるようにロクサーニの目を狙って手のひらを打ち当てた。


 ロクサーニほどの戦士に対して吹けば飛ぶような軽量の子どもが、足元もおぼつかずフラフラしていて腰も入っていないというのに、打撃技、しかも掌打を繰り出すなど……。川の向こう岸から見ていたゴブリンたちはロクサーニの勝利を確信した。


 だが手ひどいダメージを負ったのは刺青のロクサーニだった。


 勝利するかと思われたロクサーニは軽量の少年に殴られたことで顔を押さえ、ヨロヨロと後ずさりする。対岸で観戦していた獣人たちのなかにどよめきが起こった。


 ディミトリは手のひらに隠し持っていた釘を使ったのだ。

 壊れた橋の板っきれを拾った時、板に刺さっていた釘を手のひらに隠し持って、ロクサーニの左目に打ち込んだのだ。



 たまらず不用意に出した右のフックをかいくぐり、懐に潜り込んだディミトリは、大人の太ももよりも太い腕をつかむと一本背負いで担ぎ上げ、満足に動かない膝を伸ばし投げを打つと、二人は土手の坂を転げ落ちるように、全てを押し流す濁流に落ちて、波に飲み込まれていった。


 水の中に落ちても、流されながらもまだ攻防は続いたように見えたが、死力を尽くして戦った二人の戦士は激しくうねる流れに飲み込まれ、もう誰の目にも見えなくなってしまった。



 悪夢のようなセイカ村の攻防は、刺青いれずみのロクサーニと、ディミトリ・ベッケンバウアー少年の死闘に終止符が打たれるとともに終わりをつげ、後にはただ濁流の音が、地鳴りのように辺りに鳴り響いていた。



 セイカ村の男たちは吟遊詩人たちの歌に謳われるほど果敢に戦い、ゴブリンたちの侵攻を食い止めたことで、村人約280人のうち、200人あまりを無事避難させることに成功した。


 村人たちを逃がすため勇敢に戦い、命を落とした80人の名誉ある男たちの中にディミトリ・ベッケンバウアーの名もひっそりと記される。


 オーク族の狂戦士マラーンレカカ・ロクサーニの亡骸はそれから3日後、セイカ村から10キロ下流、リューベン近くの川の中州に打ち上げられる形で見つかったが、一緒に流されたはずのディミトリの姿はどこにもなかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ