[19歳] 絶望を撒き散らす悪霊
やっとギンガを出せました。ヒロインはエルネッタで確定していますが、ギンガは準ヒロインという立ち位置。とてもピュアで一途な子です。
第六章、長くなりすぎる気がしたのでこのあたりで切って第七章にしてみました。
ギンガは言った。
パーティメンバーのうち三人が獣人に囚われている。これは絶望的な状況だ。
エルネッタの目に写ったのはイトコである勇者ギンガの顔、三歳ごろ、まだヨチヨチ歩きしていた子どもの頃に見たっきり会ってない。
その顔はエルネッタが子どもの頃によく遊んでくれたり、異世界の話をしてくれた母親によく似ている。
艶やかな黒髪に、優しそうな目。こんな戦場にはおよそ似つかわしくない。
なんて和やかな話は後回しにしないと、いまエルネッタとギンガの二人を狙ってオークが六体、隊列を組んで駆け込んでくる。
エルネッタは盾を持つ左手に力を込め、腰を落として迎撃の構えに入ると、右の樹上が光ったように見えた。
―― ボボボッボガガッ
エルネッタたちに襲い掛かろうとするオークのうち一体に三発のファイアボールが命中して炎上した。
肌を焼く高熱の炎魔法に苦しみ、転げまわり延焼を防ごうとするオークの戦士がまるで篝火のようになって辺りを照らし出す。
ファイアバルーンの魔法は空にあるが、森の中で明かりもつけていない相手に、命中、追い打ち、トドメの三発全てを連続して動く角度に合わせて命中させるなどというのは尋常な技前ではない。樹上に相当な魔法使いがいて狙撃することでオークたちの進攻を防いでいるのだ。
盾を構え拠点防衛の構えをとるエルネッタの前、炎上したオークを上空から影が襲った。
―― ゴキッ!
倒れて転げまわるオークの首を狙って膝を落としてトドメとし、連なって襲い来るオークの懐に潜り込み、鳩尾にねじり込むようなコークスクリュー気味の左ストレートを突き立てたかと思うと苦し紛れに振られた大斧は空を切り、とっくに間合いの外にいる。
力の限りを尽くした大斧を空振りしたオークの懐には再び細身の女が膝を落とし力を貯めていて、炎を纏わせた拳で連打を浴びせかける。
素早い動きで狙いを外さない、拳闘士だ。
魔法使いでありながらオークを一撃で悶絶させる拳を撃ち込んだのは、スマートでモデル体型の、美しい女性のように見えた。
激しい動きに一歩遅れてサラサラと糸を引くブロンドの髪、樹上から降ってきた長身の女が振り返るとそこに見慣れぬ大盾を構える騎士が居たことにまずは驚いて見せた。
「誰?」
「捜索隊だ」
「フン……烏合の衆がきたところで……」
「なんだとこの……」
「よっ! メイ久しぶり。おまえ敵と味方ぐらい判別しろ、な」
戦闘中で気が立ってるメイリーンを鎮めようとダグラスが割り込んだ。
しかしこの場で幼馴染の再会をのんびりと許してもらえるわけがない。予告もなしに現れた大男に目を奪われるメイを狙って暗闇から矢が放たれる。
―― ガッ!
盾を持ってる強み、エルネッタはメイの前にサッと移動すると矢を弾き、飛び込んだ勢いのまま最短距離に槍を突き出した。右奥にいたプリマヴェーラを狙ったオークの背中、腰に槍を突き刺し、ヨロヨロと下がろうとする敵に、あともう一歩踏み込みながら首を貫く。
最初の二撃で動きを止めておいて振り返りざまに首を狙うという必殺の三連撃が決まった。
「余裕ぶっこいて余所見するのはオークども片付けてからにしたらどう?」
「へえ、なかなかやるじゃん」
たくさんの木が障害物として存在する森の中では、重くて長い両手剣のような武器は不利と言われる。なぜなら横に薙ぐという基本の攻撃がほとんど使えないからだ。
だけどダグラスは森の中で剣を振るう時、横には薙ぐ攻撃に依存しない。脳天から真っ二つに唐竹割を狙うか、左に持った片手剣を変幻自在に使うかだ。そんなワンパターンな攻撃を読まれないよう、樹上からの落下攻撃を柱に奇襲を組み立てる。
ダグラスを補助する役目のプリマヴェーラはもともと森の住人と言われたエルフだが暗闇の中で木を渡るだなんて器用なことはできず、地べたに居ながら風の魔法を駆使してオークどもと戦っている。
エルフは決して森を焼くようなことはしない。森での戦いは得意魔法の炎術を封じた戦いとなり、どうしても苦戦は免れない。森の中では風魔法の乗る弓を引くべきだった。
「プリマヴェーラさん! スピードが欲しい、風の加護をいただけないか!」
「分かりました、ウンディーネの加護を解除! シフフィードの加護を!」
「ありがとお! プリマヴェーラさんとデニスさんはこちらへ、メイも魔力ないだろ! その盾持ち姉ちゃんの後ろに下がってろ」
言われたメイリーンはよくわかってない頭を回転させつつ対応する。
「あなたダグラス? ……よね? 助かったわ、一人動けない人が上に居るんだけど担いでくれない? オークの数が多すぎる。50までは数えたけど、数えるのがイヤになるほど居たわ。もっと森の奥へいけば……」
メイの指示に反対の声を上げたのはエルネッタだった。
「いーや、わたしはここで拠点防衛を提案する」
「バカなの? 新参者は黙って従って! いまは急を要する、説明している時間はないの」
気が立った女が二人肩の擦れ合うような距離にいるとすぐケンカになる。
ダグラスとしてもこの二人の間にこれ以上割り込むことは遠慮願いたいところだ。
しかし思わぬところから驚嘆の声が上がった。
ギンガだ。
「ああっ、思い出した。ディアッカだ! ねえメイリーン、この人、私のイトコの姉さんだ! お願いだからケンカしないで」
「えええっ、うっそ、ギンガ鑑定眼もってるの?……あっちゃあ、しくじったあ……」
「ソレイユ家の騎士? なるほど、烏合の衆じゃなかったか。でもオークの数は圧倒的よ、逃げないとマズい、ダグラス! アホ、前に出すぎ!」
「オラアッ! いけるいける!」
風の加護を受けたダグラスの身体は軽い。敏捷性を一時的に上げるというステータス強化魔法だ。
半面、防御力が下がると言う副作用があるのであまり積極的には使われない戦術だが、この窮地にあって剣士のリクエストがあれば躊躇うことはない。
ダグラスの兜割を大斧で防御するオークのガラ空きになった胸に左の片手剣が突き立った。6年前、セイカに侵攻してきたオークの戦士はダグラスの心にトラウマを植え付けるほど強力なものだった。しかし今は体格でもレベルでも単純な力比べでも、そして剣を扱う技術でも明確に劣っているところはない。オークの戦士を向こうにして堂々と渡り合えるレベルになったのである。
たったいま仲間が真っ二つにされたのを見たオークの戦士は対等以上の戦士が居ることに怯みもせず、数の優位を振りかざそうとしてきた。
正面に注意を引き付けておいて今度は視界の外から別のオークがダグラスを狙おうという、ただそれだけのことだが、こと乱戦になると、それが最も有効な手段となり得る。
たったいま倒された戦士の仇を討とうとでもいうのか、ダグラスの視界の外で大斧に殺意を乗せ大きく振りかぶるオーク。
しかし盾を構え、拠点防衛しながら流動する戦場の流れを常に見ている聖騎士は、仲間の窮地を見逃さない。
―― ガン!
オークの身体ほどもある巨大な盾がえらいスピードで唸りを上げてすっ飛んできた。
大盾のカドで頭を打ちつけ、目の前に星を散らせておいて、一瞬の混乱を演出したあと胸の肋骨の隙間と喉に槍を突き刺すという手際よさで、あれほど強大だったオークの戦士が簡単に倒されてゆく。
エルネッタもダグラスも既に敵オークよりレベルが高い。もうオークなど、それほど脅威でもなくなっているのだ。加えてメイリーンと勇者のギンガが居てくれて、魔法使いのプリマヴェーラと回復魔法を使う神官を死守しさえすればオークの50や100押し返すだけの戦力になる。
忘れがちではあるが、もちろんデニスもちょっとは役に立つ、ただ戦場のレベルについて行けてないので目立った働きができていないだけだ。
「ギンガは左を、わたしは真ん中の三体を引き受けるから、ダグラスは右の三体をなんとかしてくれ」
「おおおっしゃあ!」
「ダグラス? きつかったら手伝うけど?」
「いや、オークやれる、おれはオークより強い、このクソ鈍い豚獣人に負けて逃げただなんて認めたくねえ。あの夜のリベンジだ。皆殺しにしてやんよ!」
レベルで上回ったこともあるが、ここは勝手知ったるセイカの森。圧倒的な地の利を得た事の方が大きい。
ダグラスを襲う三体のオークに対し、応戦しようと身構え、右肩に担いだ両手剣を握る手にグッと力を込めた次の瞬間、また真横からの乱入者があった。
―― キイイイィッ!!
この狭い木々の間隙を縫うように飛来する巨大な影。空から急降下してオークを襲う、トールギスだ。
ギンガは大声を張り上げて注意を促す。
「グリフォンが来た! おちついてディアッカ! このグリフォンはどういう訳かヒトを襲わないの、手を出さなければ大丈夫だから!」
「おおっ、トールギスはギンガを助けてくれてたのか。お前も恩人なんだな」
「ト、トールギス?」
トールギスの名を小耳に挟んだメイリーン、咄嗟に訝しむ眼差しをエルネッタに送った。
なぜこの女がトールギスを知っているのか? という疑惑の目だ。
トールギスに攫われたオークの二体は胸に首に爪が打ち込まれて即死。照明弾もかなり下降していて、もうそろそろ光の下で戦えなくなる。そんな中、勇者であるギンガの目には、目の前にまで迫った12体ものオークを一体一体、丁寧に短剣を突き刺して倒してゆく幻が見えた。
薄ぼんやりとした存在が霧の中から血を吸いだすような……、悪霊のような存在。それが他の者の目には映らなかったとしても。
ギンガにはその幻が見えた。
その恐ろしい力の源となるステータスを見た者はたとえ勇者であっても絶望の淵に追いやられる。とても戦おうなどと考えられないような、圧倒的な力量差だった。
勇者というアビリティを持って生まれたギンガの天敵と言い伝えられる、存在すら不確かだったもの。
勇者を殺し、王国を崩すもの。世界に絶望を撒き散らすという悪霊……。
いまギンガの前にアサシンがいる……。