1話美容院にて
ジョッキ、ジョッキ、と今日もお客の髪を切っている。私としてはもう少し丁寧に切りたいと思うけれど、なかなか思うように、手が動いてくれない。くそ。と心の中で、葛藤するが一応お客の手前だから
平常心を装って手元が狂わないように、少しずつ、慎重に切っていく。ふぅ。早く上達できる方法はないかなと、密かに考えながら、
ここは私の職場の美容院で実家でもある。代々内の家系は美容院で生活を切り盛りしている。かといっても、今はそうでもないらしい。
両親の母親の方が美容院を経営しており、私はその手伝いをしているようなものだ。父親はと言うと、外資系の会社を取り締まっている。つまり社長だと思う。
今日は平日の水曜日だから、お客の数は少なく、今いるお客で全部だ。つまり一人しかいない。
私はやっとお客の髪の量が減ってきたのを確認しながら、最後の仕上げに入った。ザシザシと、切ってこれで終わりだ。
「はい。終わったよ。どう?もっと切る?」
するとお客は正面にある鏡で髪形を確認しながら、満足そうに答えた。
「うん。ありがとう。まあまあ、要望通りだから、いいよ!」
そう。お客は言って立ち上がり、お金を払って帰って行った。ちなみに仕上げに髪を洗わなかったのは、しなかった訳ではなく、しない場合料金が500円安くなるからだ。
うちの店は最初に髪を最後に洗うか、洗わないかをお客さんが選び料金を決定する。洗う場合の料金はカット代金を含めても、3500円と言ったところだ。他の美容院は知らないが安い方だなとは思っている。
そして誰も居なくなったなと、思っていたら、すぐに次のお客がきた。私はそれにすぐに反応し、事務的に挨拶をした。
「いらっしいませ!」
と言ってから私はそのお客に見覚えがあった事を思いだした。
「なんだ。お前か。挨拶して損したよ」
「それは酷いね。奏。僕だって一応お客なんだからさ」
「ふん。別にいいだろ。知り合いなんだから挨拶ぐらい適当でもさ、お前だし」
「まあ、別に気にしてはいないけどね。今日は仕事を休んで来たんだ。もちろん前から、休みの申請をしてね。ズル休みじゃないよ!」
となどと私に弁解しているのは私の知り合いと言うか一応友人でもある。名前は山城陽介。高校時代からの腐れえんと言ってもいい。外見は髪は黒く、長い。どうやら全く切ってなかったらしい。全くだらしがないやつだ。
顔の造形はまあ、おとなしそうで、優しい感じの顔だとは思う。動物に例えるなら、柴犬みたいな感じだと私は考えている。
「奏に髪を切って貰おうと、思ってね。多分、今日は暇そうかなと思って来たんだ」
「暇は余計だ。と言うか今日はもう終わりだから、切らないよ。せっかく来てもらったのにごめんね」
「えぇ。せっかく仕事を休んできたのにそれはないよ。まだ営業時間の内でしょ?頼むよ。お願いします」
「まあ、そこまで言うなら、仕方ない。特別に切って上げてもいいよ?ただし、私の部屋で良ければだけど?」
すると嬉しそうな顔をしながら陽介は答える
「うん。それでいいよ。あとは任せた。確か2階に部屋があるんだっけ?」
「そうだよ。ちょっと店の看板を片付けて、閉店の札を外にだしてくるから、先に行ってろ!」
「わかったよ。じゃあ勝手に上がらしてもらうよ」
そして僕は2階への階段を登って奏の部屋の前にたどり着いた。そっと静かにドアのノブを回して中に入る。見渡すと部屋の中はあまり、物はないけれど、ベッドと本棚。くまのぬいぐるみ。
そして小さなテーブルがある。よく見ると本棚の上に写真が飾ってあるのが見えた。これは確か僕と奏が一緒の高校に通っていた時の写真だな。懐かしい。
雨坂奏。僕の高校生時代の同級生だ。外見は髪は黒く綺麗で、せいぜい耳が丁度隠れるぐらいのショートヘアーだ。後ろ髪も横に合わせて短くしている。
顔の造形は端正で、どことなくあどけなさがのこる印象だ。僕は可愛いい係だと思っている。しかし一番目を引いたのは左目の黒い眼帯だった。話をするようになってからその事を聞いて見たけど、ただの事故だと言っていた。詳しくは聞いていない。
服装に関しては、高校生の時は学生服だったけど、今は学校も卒業したので、いつも黒のジャージの上下を着ている。
少し勿体無いとは思う。確かにジャージはシンプルで似合っているし、良いのだけれど、もっと色んな服を着ればいいのにと、
考えていると階段の方から、音がして来た。どうやら片付けが終わってこっちに向かって来ているらしい。