仕込みの時間
全員が集まってささやかな夕食を済ませたら、内輪で話し合いの時間だ。
食事中に仕事の話をするのが好きじゃない私や幹部は、食べたり飲んだりしてる間は基本的には他愛もない話しかしない。情報班が持ち帰った話の内容が気になっても、一刻一秒を争う程じゃないんだ。これでいい。
食後の紅茶を啜りながら、徐々に強くなる雨音を聞きつつ仕事の話を始める。
「そろそろ始めようか。じゃあジョセフィン、ゲルドーダスのとこから持ってきた話を聞かせて」
「じゃあ始めますね」
ジョセフィンはちらっと同席する貴族やメイドに視線を送るけど、気にせず話し始める。こいつらにも関わる話があるし、聞かれたくない話はまた次だ。
「キキョウ会の敵対勢力の情報は後にしましょうか。確認したいこともあるんで、そこはもう少し待ってください。それからオーヴェルスタ伯爵夫人との渡りは手配中らしくて、準備ができたら知らせてくれるそうです」
敵対勢力については裏取りも必要だし、そこは情報班に丸投げだ。今のところはゲルドーダス侯爵家が一方的に言ってるだけの情報だし、私たちにとっては攻めない方がいい場合だってあるかもしれないしね。
私たちにも時間が必要だ。敵からの情報を鵜呑みにするわけにはいかない。
「あとは、今話せそうなのは、そうですね……」
敵だけじゃなくて一般的な情報も聞き出して来てくれたらしい。
それによれば、まず王都は食料が不足してる。まぁ、まともな流通や生産が整ってるとは言えない状況なのは街並みを見れば分かるだろう。だけど住民の全てが満足できるほど潤沢な食料は、足りないように見えて実はすぐ傍にあったりする。
王都は豊かな大森林が近くにあって大河にも挟まれた立地ゆえに、農業生産や輸入がなくても自力での食料調達が可能だ。ただし、人手があれば。
今の王都に農夫はもちろん狩人や漁師もほとんど残ってないらしくて、それゆえの食料不足だ。数少ない心ある冒険者や傭兵、元兵士、民間の有志らによって狩りや漁が行われていて、ギリギリ賄えてる程度。私たちも拠点での生活をするにあたって、食料や様々な物資を必要としてるけど、金さえ出せば簡単に調達できるってわけじゃなさそう。自力調達が必要となれば、なかなか面倒ね。
ジョセフィンは他にも色々と話してくれて、一旦休憩に。いつものように私が紅茶フレーバーの回復薬を準備して喉を潤すと再開だ。
考えてみればやることが結構ある。各種情報収集から始まって、エクセンブラから連れてきた連中の家への賠償請求、新たに判明した敵対勢力へのカチコミ、物資の調達、オーヴェルスタ伯爵夫人との話し合いから外国勢力の駆逐。ゼノビアとカロリーヌとの再会だってしないとだし、他にも何かしらあるだろう。
「やることが多いわね。人手を分けて事に当たろうか」
「それがいいだろうな。全員で一つ一つなんてやってたら、いつまでも終わりそうにねぇしな」
グラデーナが追随すると、豪気なキキョウ会メンバーも頷く。
「じゃあ私がリーダーと役割を決めるから、リーダーは話し合って若衆を割り振って」
細かいところまで一々私が指示したりしない。そこはいつも通りにお任せだ。
ここにいる幹部は私を抜かせば6人。敵対勢力についてはまだ情報不足だし、伯爵夫人ともすぐには会えないから、それはまだいい。
情報取集の指揮はジョセフィンに任せるとして、貴族連中への賠償請求には武力を前面に押し出した方がいいからオフィリアとアルベルトの2チームかな。狩りが得意なミーアには食料調達をやってもらおう。ヴァレリアは私についてくるだろうし、私は待ちの時間を使ってゼノビアとカロリーヌに会いに行こう。そっちからも色々な情報が聞けるだろうしね。残ったグラデーナには拠点を守ってもらう。
若衆は第三戦闘班、遊撃班、戦闘支援班、情報班といるから、バランスよく配分したらいい。ちなみに私の班に若衆はいらない。
一通りの方針を話して了解してもらうと、もう寝る準備だ。明日も早いからね。
「あー、そういやお風呂がないんだった」
「ここがしばらく拠点になるなら風呂は欲しいよな」
「プリエネ、風呂は作れねぇのか?」
無茶を言う。いや、出来ないと決めつけるのは良くないわね。
私でも作れないこともないと思うけど、排水の構造とか面倒そうね。私も風呂は欲しいし、プリエネが造れそうな是非とも任せたい。ちなみにトイレはあった。
「どう? もし作れるなら頼みたいけどね」
「……魔法だけだとちょっと厳しいですね。いくつか資材があればなんとか」
「それならプリエネが欲しいものをみんなに伝えておいて。誰かが手に入りそうなら、ついでに調達するってことでいいわね? プリエネは拠点に残って風呂作りを進めておいて」
「明日はあたしらが貴族や商人の家まで行くからな。その時に使えそうな物でもあれば、分捕ってきてやるぜ」
ああ、それはいいわね。ついでに毛布とか持ってきて欲しいかも。特に貴族の家なんて、使ってもいないゲストルームに無駄な生活用品があるんだろうし、ちょっとくらい拝借したって問題ないだろう。そもそも文句なんて言わせないけど。
「オフィリアとアルベルトには、その辺も頼んだわ。どうせ金は渋るだろうし、適当に使えそうなものを分捕ってくるのは今の私たちの状況じゃありね。むしろそっちの方がいいかも。金があっても物資の調達の方が手間取りそうだし」
「そうかもな。ついでに酒や使えそうな魔道具なんかも没収してくるか」
冗談のように言ってるけどオフィリアとアルベルトは多分、本気で実行するだろう。まるで押し込み強盗、いや、これも正当な賠償請求の一環だからね。同席してる貴族連中が青い顔をしてるような気もするけど、気のせいだろう。
みんなでちょっとだけ楽しく会話をしてから眠りにつく。おやすみ。
いつでもどこでも早起きなのは数少ない私の美徳だろう。
まだ薄暗いうちからパチリと目を覚まし起き上がると外に出ようとして諦める。雨か。静かな雨音が聞こえる。幾ら私でも、朝っぱらから雨の中を走り回ったりするほどの気力はない。魔法の訓練でもしてようか。
顔を洗ってから静かに倉庫の端っこに移動すると、実用性度外視の出来る限り複雑な構造をした複合装甲を作成する。様々な性質を持つ鉱物を細かくイメージしながら、幾層もの布を織り合わせるように紡ぎ出す。硬質な合金から何種類もの魔導鉱物や天然素材まで、思いつくままに合成して一枚の板を作り上げた。
さらに鏡面仕上げにしてみると、そこに複雑怪奇な幾何学模様を彫り込んでいく。出来上がった物は何の役にも立たないガラクタだけど、こうした訓練は一つ上の実力を付けるためには有効だ。それは私が実践して証明してる。そして、私はまだまだ上を目指せると実感させてもくれる。
ふぅ、ちょっと疲れたわね。
周りに目を向ければ、他にも起き出したメンバーが私同様に魔法訓練に没頭してたり、剣の素振りをしてたりと訓練中だった。感心感心。
そうしてると誰かが朝食の準備を始めるんで、みんなも訓練を切り上げて食事の時間だ。物資の残りが少ない私たちは質素な食事を済ませると、いよいよ仕事の時間だ。
拠点に残って風呂作りをするプリエネを手伝わせるために、土魔法系統の魔法適正持ちはグラデーナの拠点防衛班に組み込まれた。
彼女たちはさっそく風呂の位置や大きさなんかの検討を始めたらしく、真面目な顔して議論を始めた。グラデーナは門外漢だからと、防衛は暇なのもあってデルタ号の更なる改造の検討を始めたようだ。あとで拠点周辺の探索程度はするらしいけどね。
オフィリアとアルベルトは貴族連中を大型ジープに押し込んで出発の準備中だ。貴族連中はやっと解放される喜びと、最終的にどこまで搾り取られるかで緊張してるようだ。正直もう邪魔に思ってたこいつらが居なくなるのは歓迎すべきこと。戦果にも期待したいわね。
ミーアたちは森での狩りだから何の問題もないだろう。エクセンブラじゃ散々やったことだし、何かあったとしてもミーアなら引き際を間違えない。もちろん道に迷ったりもしないだろう。
ジョセフィンの班は既に出掛けてるし、私ももう出発しよう。
「みんな、用が済んだら適当に拠点に帰ること。遅くなるようなら使いをグラデーナまで寄越しなさい」
「ユカリとヴァレリアは傭兵ギルドだろ? あたしもゼノビアとカロリーヌに会いたいから、都合がつくようなら連れて来てくれよ」
「そのつもりよ。じゃあ私たちは先に出るわね」
雨だからブルームスターギャラクシー号での移動は断念して、中型ジープを一台借りる。
ヴァレリアを助手席に座らせて出発だ。入り口を開けてもらって、見送られつつジープを発進させた。
しとしと降り続く雨の鬱陶しいこと。初夏の雨は蒸し暑さが不快だけど、外套の温度調節機能が快適さをある程度まで保証してくれる。この機能は本当にありがたい。
朝の時間帯で雨だからか人影はほとんどなく、景色は悪いけど快適なドライブの時間を提供してくれた。
スムーズな移動と迷うこともなく到着できた傭兵ギルドの近くに駐車する。小雨の中ジープから降りて魔力認証キーでロックすると、濡れるのが嫌だからさっさと遠慮なくギルドの中に突入する。
入ってみてすぐに分かるのは、人がほぼいないこと。受付カウンターに小太りのおじさんが一人いるだけだ。
「おう、嬢ちゃんたち。用件くらいは聞くが、急ぎの用事なら受けられねぇぞ。見ての通り今は出払ってるからな。場合によっちゃ、待つか出直してくれねぇか。まさか嬢ちゃんたちが傭兵やるわけじゃねぇんだろ?」
それはそうだ。それにしても、また随分と立て込んでそうね。
「ゼノビアに用があって来たんだけど、いつごろなら戻る?」
「なんだ、ゼノビアの知り合いか?」
「そうよ、私は紫乃上。ゼノビアとはちょっと前に手紙でやり取りもしてるんだけどね」
「ああ、あんたがユカリノーウェか。その手紙は俺がゼノビアに渡したから覚えてるぜ。あいつなら仕事で、あと2~3時間もしたら帰ってくるだろうよ。金にならん仕事ばかりで参っちまうよ」
なんだか急に始まった愚痴によれば、現在の傭兵ギルドはスポンサーもロクに付かないタダ働き状態らしい。
仕事の内容は、盗賊の警戒と追い払い。それから魔獣退治も。
本来なら傭兵が無料でやることじゃないけど、騎士団や兵士、警備隊がいない状況では、日常生活を送るためにもやらざるを得ないらしい。それは傭兵だけに限らず、冒険者や戦う力を持つ有志の誰もがその状態になってるんだとか。その辺の話はジョセフィンに聞いた話と一致してるから、私にとっては初耳ではなく確認できただけになるけどね。
タダ働きとはいえ、自分たちの街なんだから嫌も応もなくやらざるを得ないんだろう。ゼノビアにとっても同じことだ。
さらに確認できたのは、王都が圧倒的な治癒師不足に陥ってしまってること。
中級以上の魔法が使える治癒師なんてレア中のレアらしい。下級魔法しか使えない治癒師でも人数は少なくて重要な存在だ。でも、ありとあらゆる場面で彼らの魔法は酷使されて、それでも治癒が行き渡らないところに限界を感じるわね。これは絶対ではないけど、そもそも下級魔法しか使えない時点で魔力量も多くはないと推察できる。よって、一日に行使できる魔法の回数も多くはないはずだ。
日々の戦闘で傷つき疲弊してる傭兵たちだけど、まともな治療もロクに受けられない。ギルドの隣には簡易宿泊所があるんだけど、そこは野戦病院みたいな状態になってるらしい。
今、戦いに出てる人たちも無傷なのは誰もおらず、負傷を抱えたまま日々の戦いに従事してるんだとか。悲惨な状況よね。確かに、その状況で義理堅いゼノビアが王都を放り出してキキョウ会に合流できるはずがない。ちょっと聞いただけでも大変なのが分かってしまう。
さて、友達のゼノビアのためならば、私も多少の労力を割くことくらい、なんてことはない。傭兵ギルドに恩を売ることにもなるし、ここは協力してやろうじゃない。
そうとなれば、ここでゼノビアが戻るまでボーっと待ってる場合じゃない。
「おじさん、出直すわ。悪いけどゼノビアが戻ったら、私たちが来たことだけでも伝えてもらえる?」
「それくらい構わねぇよ。ゼノビアはこの上を寝床にしてるから、出直してくれりゃあ行き違いもねぇだろ」
「助かるわ。じゃあ、夕方にまた来るから」
ヴァレリアを伴って、拠点にとんぼ返りだ。忙しくなるわね。




