ぼったくりならまだ良心的?
裸で倒れた若衆たちは何とも言えない酷い姿だった。
うん、酷すぎる姿ね。裸なのは良くはないけど、まぁいい。幸いなことに乱暴された形跡も見受けられない。それもそのはず、飲み過ぎたのか吐しゃ物に塗れた酷いもんだった。さらには下がゆるんだのか、まぁ、色々と撒き散らされてホントもう、本人が正気に戻ったら死にたくなるような汚い有り様だ。こんな汚物まみれの女じゃ、余程の特殊な趣味の持ち主でもなければ手を出す気も起きないだろう。
それにしても全裸だからね。キキョウ会の外套をはじめとして、装備類や支給してある貴重な回復薬、魔法薬だって全部なくなってる。どんな事情で抜け出したのか知らないけど、これはお仕置きもんね。
どんなにアホでも貴重なキキョウ会の若手メンバーだ。放っておけるはずもない。
有り余る魔力で浄化魔法を徹底的に掛けまくったあとで回復薬のサービスだ。私だけで倒れた奴らを抱えては帰れないから、未だに半分眠ったようなメンバーたちを回復薬で正気に戻す。
「うおっ、なんだこいつら! どうしたんだよっ」
「……なんで裸?」
「いいから早く連れてくわよ。近くに寝床を借りたから、そこまで運んでやりなさい」
疑問は色々あるけど後でいい。深夜で人が歩いてるわけでもないけど、裸のメンバーをいつまでもこのままにはしておけない。
オフィリアやアルベルトたちが倒れたまま裸で眠る若衆を担ぎ上げて、一先ず移動する。
いい加減に眠かった私は、寝床まで着くと全てを後回しにして朝まで眠る。他のメンバーは全裸の若衆が気になってはいたみたいだけど、眠かったのか大事ないなら別にいいかと思ったのか、私と同様に早々に眠りについた。
そして起きてからは事情聴取の時間だ。
「で、なにがどうなってるわけよ?」
恐縮して床に座る問題の若衆たちは、他のキキョウ会メンバーが持ってる予備の服を借りたのか、さすがに全裸じゃなく今は服を着てる。
理由も聞かずに責めるわけにはいかないからね。荷物を取り戻すにしても、まずは経緯を把握しなくては。
「その、酔っていて気が付いたらここで目覚めたのですが……」
「あたしたちはどうなってたんですか?」
そこからか。
「昨日、漁師たちに誘われた酒場で飲んでたのは覚えてるわよね? しばらく時間が経って帰ろうとしたらあんたたちがいなかったのよ。店から出て、この寝床に向かう間に裸で倒れてるあんたたちを見つけたってわけ。まず最初の店を出たのは覚えてる?」
「あ、はい、覚えてます。飲みすぎて気持ち悪かったんで、外の風に当たろうと思って外に出ました」
「あたしたちも一緒です」
問題の若衆たちは揃ってうんうんと頷く。外の風に当たりに店を出たか、そこまでは別におかしいところはないわね。
「思い出した! 外で涼んでたら、イケメンに声を掛けられたんですよ!」
「そうそう! 気分が悪いのなら、ウチの店に来ないかって。スッキリする新鮮なジュースが飲めるとかなんとか」
「あー、そうだったそうだった。イケてるお兄さんの二人組だったよね。店も近くだからって」
店に入ってドリンクを飲まされたところまでは覚えてるみたいだけど、その後の記憶がないらしい。
ドリンク自体は飲みやすくて美味しかったとかなんとか言ってるけど、多分カクテル系の強い酒だろうね。私が見たところ薬の類を使われた感じはしないし、一気に酔い潰されて身ぐるみ剥がされたってところだろう。さらには、レコードカードもなくなってるからね。泥酔させたうえでの高額な決済もされてるかもしれない。
ネタが割れればしょうもない話ね。
エクセンブラじゃ私たちの悪評が知れ渡ってるから、そんなアホなことを仕出かす店はない。報復があるからね。
キキョウ会はエクセンブラじゃ有名な存在になってるし、今じゃ舐めて掛かってくる奴なんて新参者くらいのもんだ。だけどそれはエクセンブラの中に限った話。まだまだ近隣の地域や国中に鳴り響くほどの存在じゃない。エクセンブラ以外の土地でキキョウ会を知ってるなんて、余程の事情通かゴシップ誌を丁寧にチェックしてるマニアくらいのもんだろう。
つまり、こんなド田舎にあっては私たちキキョウ会だって無名に等しい。それは王都でも同じようなもんだと思うし、いい教訓にはなるのかもね。
これも油断か。キキョウ会は地元のエクセンブラじゃ特殊な存在なんだけど、若衆はそれをイマイチ理解しきれてないのかもしれない。
もうちょっと気をつけてもらわなきゃならないけど、今回はまぁ大目にみよう。十分反省もしてるようだし。
それに、盗られた物は取り戻す。どこぞのバカにくれてやれるほど、キキョウ会の装備は安くない。
「店の場所はなんとなくでも覚えてるわよね? 案内しなさい。さっさと取り返しに行くわよ」
「はい! 最初の店の近くですし、見れば分かると思います!」
全員で行くには大げさすぎるし、人数も多すぎるわね。
なんだか町の外に置きっぱなしの車両も心配になって来たし、そっちを見る方にも人を出そうか。
「アルベルトとミーア、第三戦闘班のみんなは、外の車両の様子を見て来てくれない? 問題なければ食事でもして適当に時間潰しておいて。夜にはこの寝床まで集合ね。他は舐めた真似したその店に乗り込むわよ」
「おうっ!」
身ぐるみ剝がされた若衆たちは気合を入れて先頭に立った。そうでなくちゃね。
問題の店は遠くないし、昼と夜で景色は違っても若衆たちの記憶には引っ掛かる何かがあったらしくすぐに見つかった。
営業時間外で扉は閉まってるけど、中に人がいるのは分かってる。魔力感知を鍛えてあると、こういう時にも役に立つわね。
今回の私たちは話し合いをしに来たわけじゃない。なら、この場合どうするかなんて分かり切ってる。
こっちを見る若衆に私が一つ頷くと、勢いよく扉が蹴破られた。豪快でなかなかいい蹴破り方ね。
破壊された扉から押し入るのは、私たちキキョウ会の面々。武器は持ってないけど、お揃いの墨色と月白の外套にキキョウ紋は、女の集団とはいえ圧迫感を与えるだろう。
「な、なんだ、テメェら! なんてことしやがる!」
相手は一人だ。こっちが女とはいえ、やる気満々な集団を前にして怯んでるのがありありと分かる。一応、イケメンに見えなくもないわね。あれがウチのを騙した奴の一人かな。
若衆たちはこれ見よがしにテーブルや椅子をひっくり返したり蹴りつけたりしながら、ビビりまくるイケメンに向かっていく。
イケメンが座って何かをしてたテーブルまで近づくと、ドカッと椅子に腰を下ろして睨みを利かせた。
ここはやられた若衆たちに任せておこうかな。それ以外の私たちは思い思いに店の中を歩き回ったり、そこらに腰かけたり勝手に酒瓶を拝借したりとやりたい放題だ。私も好きな銘柄のウイスキーがあったんで、勝手にグラスを持ち出して寛ぎ始める。いつも思うけど我ながらトンでもない集団だ。
「あんたさ、あたしたちの顔は覚えてるだろ?」
「お兄さん、昨日は楽しかったよ。その礼に来てやったんだけどさ、受け取ってもらえるよな?」
「他の奴はいないのか? そいつらにも礼をしたいんだけどね」
相手が誰だか分かったんだろう。さすがに昨日の今日だからね、自分が騙した相手を一晩で忘れたりはしないだろう。顔面蒼白になったイケメンは、手を出したらまずい相手だってことを理解したらしい。後悔しても遅いけどね。
「お、俺たちは命令されてるだけだ。客を騙して金を巻き上げるなんて、どこでもやってるだろ!?」
「お前の言い分なんてどうでもいいよ。それより、あたしらから盗ったもん耳揃えて返して貰おうか」
「……いや、その」
「おい! こっちが優しくしてる内に言うこと聞いとけよ」
弱い者いじめみたいで気分は良くないけど、こっちは売られた喧嘩だからね。容赦をしてやる義理はないし、若衆にもそんな気はないだろう。
「出す気がねぇなら、勝手に探させてもらうぞ」
それを合図に立ち上がると、イケメンは慌てて釈明を始めた。
「すまねぇ! もうここには無いんだ。客から巻き上げた金やブツは、全部夜のうちに回収人に預けちまってる。だからここを探しても何もねぇ!」
「回収人? 誰だ、そいつは?」
「俺も良く知らねぇ」
「そんなわけねぇだろ! 舐めたこと言ってるとぶっ殺すぞ!」
本心かパフォーマンスか分からないけど、なかなかに堂に入った恫喝だ。酒瓶を叩き割りながらの一喝に、イケメンは破片でもあたったのか額を抑えながら必死に言い訳をする。
「本当なんだ! 名前も知らねぇし、どんな奴らなのかも俺には分からねぇ!」
「なんだそりゃ? お前以外に分かる奴はいないのか?」
「多分、細かいことまでは誰も知らされてねぇ。あの黒蛇の代紋をつけてる連中には絶対に逆らえないってのが、俺たちの暗黙の了解なんだ」
黒蛇ね。よくよく話を聞いてみれば、怪しい話に行きついた。
喰らい合う蛇の代紋は、エクセンブラの五大ファミリーの一角、蛇頭会の証でもある。今回のは蛇頭会そのものじゃなさそうだけど、わざわざ蛇の意匠をあしらった代紋使ってるってことは、関係する団体の可能性が高い。
蛇頭会は表向きはキキョウ会に敵対してるわけじゃないけど、裏じゃ気にくわないことをしてくれてるみたいだからね。関係団体でも喧嘩を売られたんなら、こっちとしては喧嘩上等よ。
売上金や巻き上げたブツは、既に全部を回収人とやらに預けてしまってるらしい。そんでもって、そいつらは蛇の代紋をつけた連中だって話だ。
だからといって、泣き寝入りしたり怯んだりするような奴はキキョウ会には存在しない。若衆だって当然そうだ。
「で、その回収人ってのはどこにいるんだよ」
「待ってくれよ、まさか行くのか?」
「当たり前だろうが。取られたもんを取り返しに行くだけの話に、なんの遠慮がいるってんだよ」
よく言った。まさしくその通り。
「あの人たちはここらじゃ顔役だぞ。生きてこの町から出られなくなっても知らねぇぞ!」
それこそこいつの知ったことじゃないわね。ま、そこまで言うなら、顔くらいは隠してやってみようか。うん、それも面白そうね。
「会長、どうしましょうか。ちょっと面倒なことになりそうですが……」
「盗られたブツも金もないんじゃ、こんなところに用はないわね。ジョセフィン、ちょっと探り入れてくれる?」
「それはいいんですが、なんのツテもない町ですからね。今夜一晩は掛かると思いますが、やってみますよ」
「一晩で済むなら十分早いわよ。情報班の若衆も、ジョセフィンをよく助けてやってね」
その後は一応、店の中を確かめて退散する。この状況で噓を吐く根性があるようには見えなかったけど、一応ね。
「ああ、そういや礼がまだだったよな。そら、受け取れ!」
最後に身ぐるみ剝がされた若衆たちが適当にイケメンをボコってたけど、まぁ当然の報いだろう。むしろ殺されなかっただけでもありがたく思って貰わないと。
さて、やることは決まってる。回収人とやらの拠点を探り当てて、盗られたブツを取り返す。
相手は所詮、ド田舎で威張ってるだけのお山の大将だ。あんまり人のことは言えないかもしれないけど、それでも私たちの敵じゃないだろう。
正面からぶっ潰すだけなら簡単だけど、どうしたもんかな。蛇頭会の関係団体なら、表立って私たちから喧嘩を売ったことにされるのは後々厄介なことにもなりかねない。究極的にはどうでもいいことかもしれないけど、できる対策ならやっておいても損はないか。
ジョセフィンたち情報班が調べ終えるまでは暇だったこともあって、私たちはちょっとした準備に精を出すことにした。
そう、私たちはあえてキキョウ会として真正面からじゃなく、顔を隠して事を成す。そのための準備だ。バレたらバレたで別に構わないけど、こんなド田舎にキキョウ会を知ってるのもいそうにないし、私たちは顔を隠した謎の集団として襲撃を掛けることにしたんだ。
かといって猟奇的な事件にするつもりもないから、皆殺しの予定もなし。覆面かぶって後は木の棒でも装備して襲撃を掛けよう。
戻って来た第三戦闘班のメンバーと合流しつつ適当に準備を進める。怪しい準備に妙にノリノリなキキョウ会メンバーと共に、あとは情報班の帰りを待つだけだ。
調べるのにかかる一晩ってのが、いつまでなのか分からないけど急かしてもしょうがない。それこそ朝までボケっと待っててもしょうがないし、適当なところでもう寝ることにした。
疲れた顔でジョセフィンたち情報班が戻ったのは、私たちが暢気に朝食を取ってる最中だった。なんか悪いわね。
「お疲れ。さっそくで悪いけど、首尾はどう?」
「はい、回収人とやらが何者か分かりましたよ。それから場所も。今は若衆を見張りに付けてますけど、どうします?」
「特に動きがなければ決行は夜にするから情報班は休ませて。オフィリア、遊撃班から見張りの交代出してくれる?」
「おう、じゃあ何か動きあるか、夜までは休憩だな」
ジョセフィンたちには襲撃方法だけ知らせておいて休ませる。私も夜に備えてのんびりしようかな。
さてさて、襲撃ってのはやっぱり心躍るわね。夜が楽しみ。