尋問 中級編
始めたばかりの手緩い尋問では、大した情報が分からないまま夜の幹部会を迎えることになった。
事件の核心は情報が集まり次第、情報班から改めて報告されるってことで一先ず保留とする。
それとは別にすでにジョセフィンたちに話した、私が捕まった顛末とジークルーネたちと合流するまでの話を聞かせる。
「というわけで、阻害魔法を複数人から掛けられた状態で魔法を封じられたってわけよ。それでも私の勝ちは揺るがなかったんだけど、爆発魔法の粉塵に紛れさせた睡眠ガスを仕掛けられてね。まんまと敵に捕まってしまったってこと。はぁ、情けない」
複数人による阻害魔法に完全に対抗する術は思いつかない。身体強化の魔法薬を必ず携行するくらいかな。それさえあれば魔法が使えなくても、キキョウ会メンバーならどうにか切り抜けられるだろう。
「……最後に不覚を取ったとはいえ、魔法が使えない状態で一体どうやったら優勢に持っていけるんだよ。投擲があっても、その前にやられるだろ」
「相変わらず非常識な奴じゃな」
「はははっ、さすがユカリだぜ」
身体強化の魔法薬があれば余裕をもって、不覚を取る前に決着をつけられたと思うんだけどね。いざという時のために、標準装備に格上げしとこう。別に副作用なんかはないはずなんだけど、常用するにはちょっとね。ドーピングって体に悪そうだし。
「ともかく、捕まった後はさっさと抜け出して、集合の合図を打ち上げたってわけ。あとは応援に来てくれたみんなが暴れてる内に、偉そうにしてた奴らを一網打尽にしばき倒したってところかな」
ざっくり言えばこんなもんね。
「だが睡眠ガスとはな。ユカリが睡眠対策の薬魔法を使う前にやられる程の効力なんだろ? そいつは今後のためにも、どうにかして対策が必要じゃないか?」
対策はある。ジークルーネがやって見せた浄化魔法のフィールドさえあれば問題なくなる。
普通なら浄化魔法の魔法適性がなければ実現不可能な高度な魔法だけど、我がキキョウ会にはそれを可能とする人材がいる。
「シャーロット、できるわね?」
ジークルーネの浄化フィールドを刻印魔法で再現するんだ。刻印魔法の適性を持つ彼女ならば、難しいだろうけど不可能ではないはず。
今できないなら、これからできるようになってもらう。これは私たちにとって必要なこと。
「わたくしの出番ですわね! しばらく時間をくださいませ。困難を伴いますが、必ずやモノにして見せますわ。ジークルーネさん、ご協力頼みましたわよ」
浄化魔法のフィールドは毒ガス対策としてだけじゃなく、汚れや目潰し対策としても有効だからね。必要なバックアップはいくらでもしよう。
多分、今までできてなかったってことは相当に難しいんだろう。毒物に対象を絞ることで多少は難易度が下がるかもしれない。どうであれ、シャーロットには実現してもらわないと。これは絶対に必要な対策。対策なしに毒ガス攻撃使われた場合、屋内とか狭い範囲であれば、ジークルーネ以外全滅もあり得る。
「ああ。頼むぞ、シャーロット。わたしとシャーロットは暫くの間、浄化刻印の開発に集中する。あとで業務のスケジュール調整を頼む」
それでいい。今は通常営業よりも優先する。副長が抱えてる仕事があれば私がやっておけばいい。
「そういえば、私が捕まってる間はどうしてたの? 集合の合図に気付いてくれたみたいだし、探してくれてはいたんだろうけどさ」
「あの時はもう大変でした。ユカリが帰って来ないって、ヴァレリアやグレイリース達が大騒ぎして」
フレデリカが疲れた顔で言うと、ソフィやグラデーナが続く。
「そうなんですよ。そこにサラまで一緒になって、お姉ちゃんが帰って来ないって、既に寝ていた皆さんまで叩き起こして回ったんです」
「ユカリだって大人の女なんだし、そういう日だってあるだろって諭したんだが聞かなくてな」
「お姉さまはそんなことしません」
「結局、ユカリ殿に何かあるとも思えなかったのだが、偶には深夜の巡回も兼ねてシマを一回りしようって話になってな。後は知っての通りだ」
「へぇ、何にせよ助けられたわね」
いつものように私の横を定位置にしてるヴァレリアを撫でまわす。後でグレイリースやサラちゃんにも何かご褒美をあげないと。
私が捕まった顛末と、みんなが助けるに来るまでのことはこれで整理できた。ちなみに、私が拷問を受けた下りは話さなかった。言ってもしょうがないからね。
少し喉が乾いて、超複合回復薬の効果を持たせた紅茶フレーバーのホットティーをみんなにも振舞う。
お茶を飲んで一息ついた後で、ジョセフィンが切り出した。
「そう言えば尋問をしていた中で、ユカリさんが抜けた時間ありましたよね? あの時にユカリさんに会わせろって言って来た奴がいたんですよ。モーガストって名乗ってましたけど知合いですか?」
モーガスト? うーん、記憶にないわね。どっかで張り倒した悪徳貴族か商人かな。今回連行した奴らの顔は私も一通り見てるはずだけど、特に覚えがある奴はいなかったけどね。
「……覚えてないわね。私が覚えてないだけなのか、一方的に知られてるだけなのか」
「そうですか。どちらにせよ覚えておく必要がある人物ではなかったんでしょうね。次の尋問の時に、もう少し聞いておきますよ。何か出てくるかもしれませんしね」
「まぁその辺は任せるわ。私も何か思い出したら言うし」
私もそこそこ有名人になってるし、ストーカーの類かな。気持ち悪いわね。
それから、侯爵家から回収した物資についてもまとめられてて、鑑定によってある程度の価値が分かったらしい。
隠れ家とはいえ、そこは腐っても侯爵家の屋敷。金目の物はたくさんあったようだ。慰謝料としては既に十分な額に届くらしいけど、まだまだこんなもんで済ますはずがない。連行して閉じ込めてる奴らは、全員がそれなりの身分や立場があるし、尋問で情報を引き出した後で身代金やそれに代わるものをきっちりと頂く。しぼれるだけしぼってやる。
今のところ情報共有できるのはこの程度。私への襲撃と拉致の理由は分かってないし、肝心なところは情報班の尋問に任せるしかない。
明けて早朝。寒さが残るまだ薄暗い時間帯。雲もないしスカッと晴れそうで、身が引き締まるような気持ちのいい朝だ。
私はいつも早起きだから問題ないし気持ちよく感じるけど、独房に閉じ込めてる連中にとっては悪夢のような朝だろう。
ろくに眠れていないだろう連中を叩き起こして、朝っぱらから尋問が始まる。
「さてと、昨日の内に素直に話してくれてれば良かったんだけどね~。こっちもそうのんびりとはしてられないんだよね。手荒な真似はしたくなかったんだけど、喋ってくれないならやり方を変えるしかないな~。じゃあ改めて聞くよ? まずは名前を教えてくれないかな? ちなみにこれは最後通牒だから」
ジョセフィンが朝っぱらから飛ばしてる。よく分からないけど情報班で検討した結果、急いだほうがいいってことで今日は尋問のレベルを一気に上げてやるらしい。別に昨日は手を抜いたってわけじゃなくて、今言ったようにやり方を変える必要があるんだとか。
「……何度も言ったはずだ。何も喋らん。早く解放せねば後悔することになるぞ」
今日も変わらず、目隠し状態で拘束されたおっさん。ゲルドーダス侯爵家の次男は今日も強気の姿勢を崩さない。どこからか助けが来る算段でもあるのかね。
「あっそ。じゃあ喋る気にさせてあげるよ。副長、んーと、それじゃ右腕にしようかな」
軽い調子でジョセフィンが言うと、情報室副長のオルトリンデがいつものように無言でおっさんに近寄って拘束を解く。もちろん自由にするわけじゃなく、座らせたまま右腕を掴んで力づくで横に伸ばす。
「な、なんだ! 何をする!?」
前回の尋問中は肉体に接触することはなかった。何をされるのかとの不安に狼狽するおっさん。
「会長、いいですか?」
何がいいのか。もちろん私には分かる。今、私がここにいるのは暴力を担当するからだ。その私に向かって小剣を差し出しながら、いいですか? というジョセフィン。
「もちろん。動かれると危ないし、きっちり抑えといて」
頷くオルトリンデと近寄る私の気配に、何をされるのか不安に喚くおっさん。
ジョセフィンが不意に窓を開けた。この尋問室は基本的に防音だけど、窓を開けると構造上、廊下に連なる独房に音が漏れ聞こえる構造になってる。つまり、尋問室での細かい会話内容までは分からないけど、大声はばっちり聞こえてしまう。
ここまで来て確認するようなことは何もない。
私は伸ばされた右腕に向かって、勢いよく小剣を振り下ろした。
「な、何をした……!? あああああ、ま、まさか、ああああああああああああっ!!!」
突如自由になった右腕と、感触のないであろう肘から先の感覚。それに戸惑い、そこから想像できる結果に混乱を極める。大声を上げて暴れ出すものの、据え付けられた椅子が動くことはなく、そこに拘束されたおっさんも、ただもがくだけに終始する。
「そんじゃ、次は左腕ね。まだ喋る気にならないみたいだし、そっち行ってみようか~」
少しの間、暴れて騒ぎ疲れたおっさんは、ジョセフィンの無慈悲な言葉を聞くと、激痛に震える声で泣きを入れた。
「た、助けてくれ! しゃ、喋る! 名前くらい喋るぞ!」
それを聞いた私たちは、目を合わせるわけでもなく無言で動く。
オルトリンデが今度は左腕を掴んで伸ばすと、すぐさま私が小剣を振り下ろす。目隠しされたおっさんの恐怖たるやどれほどのものか。
私はもちろん、こんなことを楽しむ気持ちはない。ジョセフィンやオルトリンデにしても、そうに違いない。ただ仕事だから、それが必要だからやってるだけだ。それに、この程度ならどうにでも取り返しがつく。なんせ魔法があるからね。部位欠損は第二級の傷回復魔法で元通りに治癒できる。こいつらの立場や資産があれば、問題なく五体満足に戻れるだろう。ここから家に帰れればね。まぁそうはいっても、部位欠損なんて事態に本能的な恐怖は否めないだろうし、命の保証がされてるわけでもない。
「名前だけで済むわけないよね~? おっさんさ~、こっちも命まで取る気はないんだけどね。全部喋らないと、手足は全部バラバラになるかもよ~?」
無慈悲な宣告に完全に心を折られたおっさんは、か細い息をしながら震える声で服従を誓った。
オルトリンデは切り落とされた腕を傍にあった箱に投げ捨てると、中級の傷回復薬をぶっかけて両腕の傷口を塞いでやる。まぁ、無駄に痛めつけるよりは、一気に切り落として恐怖を与える方がスマートなやり方なのかもね。
そこからはとんとん拍子に事が進んだ。気合の入った尋問を受けるのに慣れた貴族なんていないからね。
連行した奴らの中で一番身分が高い侯爵家次男への遠慮のない尋問。その様子をおぼろげながらも聞かされた取り巻き連中は、拍子抜けするほどあっさりと素直になった。保身こそが第一。別に責める気はないし、そんなもんよね。
うーん、改めて思うけど、情報班は色んな意味で大変だなー。いつもこんなことをしてるわけじゃないはずだけどね。
情報班が改めて細かい事情聴取と、得られた情報の精査をする間、ほかのキキョウ会メンバーや私には別にやることがある。
連行した奴らの実家や組織との交渉だ。尋問の結果、全員の名前や身分は分かってるから、あとはそれをどう利用するか。無駄なくやるためには、これも結局は情報班が下調べして、ある程度の方針と言うか選択肢を提示してくれるのを待つ必要があった。それさえ分かれば、私や戦闘班が直接相手方に乗り込んで、恫喝しつつ要求を飲ませる。情報班からの資料が届くたびに、順次片付けていくわけだ。
「お宅のところのボンボン、うちで預かってるから」
小細工はせず、真正面から乗り込んで端的に用件を告げると、相手も後ろ暗いことがあるからか、割とあっさり上がり込むことができる。そうでなければ、力づくで乗り込んで啖呵を切るだけ。
所詮は小者の貴族や商人なんぞの猿芝居に付き合ったりはしないし、私たちはいつものようにざっくばらんに用件を済ませる。威嚇してくる相手の護衛なんかも全く気にならない。
「な、なにを言っている!? 誘拐か! 許さんぞ!」
「ああ、そういうのいらないから。こっちは全部わかってるんだし、あんたらの言い分を聞いてやるつもりもないからさ。で? お宅のボンクラが仕出かしたことの落とし前、どうしてくれようか?」
要求するのは金と情報。特に情報は引き出せるだけ引き出す。金は足りなければ不動産や魔道具なども接収する。利権はどんな厄介事が潜んでるか分からないし、本当に有益かどうかの調査には時間が掛かるから却下する。ゲスい顔で男を提示してきた不届き者は反射的に殴り倒した。
あ、そういえば、私に会わせろなんて言ってたらしい、モーガストなる若造が誰かやっと分かった。
初めてエクセンブラ商業ギルドを訪れて、ジャレンスに会いに行った時のこと。ジャレンスを待ってる間に現れて因縁つけて来た阿呆でジャレンスの甥っ子だ。全然覚えてなかったけど、そう言われれば何となく見覚えがあるような気がする。
あいつはあの後、ジャレンスをハメた融資詐欺事件に関わってたとみられた後に行方不明になってたはず。それがまさかこんなところで関わるなんてね。こいつについては、尋問の後にジャレンスに引き渡しておいた。
多分、商業ギルド内での権力闘争に利用されただけなんだろうけど、詐欺への加担もしてるし、私への誘拐の関与もある。誘拐については表沙汰にするつもりはないけど、詐欺は擁護できないだろう。ジャレンスは複雑な面持ちだったけど、タダで済ますつもりもないようで、背任か何かの罪で普通に投獄される見通しだ。
そうして私たちは事件の関係各所に乗り込んで強請集り、いや、正当な賠償請求を繰り返し、残すは本丸のゲルドーダス侯爵家といくつかの商家や貴族家だけとなった。
ただし、こいつらの実家というか交渉先があるのは、エクセンブラじゃなく王都だ。手紙でどうこうする話の内容じゃないし、直接乗り込むしかないとなれば、私たちキキョウ会初の遠征が決まったのだった。
実は一連の関係各所からの情報収集で、すでに私を襲った理由は分かってるし、謎と呼べるようなものは特にない。ゲルドーダス侯爵家に関しては、後は難しいことは考えなくていい殴り込みだから気楽なもんね。
さーて、今度は王都に向かって一発かましに行きますか!
尋問はここまでとなります。一応、上級編の内容も考えてはあったのですが、出番は無さそうです。
それから、今年最後の投稿になります。お読みになってくださった皆様、ありがとうございました。また来年もよろしくお願いします。良いお年を。