マルツィオファミリー
頭上から赤い花吹雪の舞う不思議な女の一団。
墨色と月白の外套に身を包み、胸には紫水晶のキキョウ紋。手にはそれぞれ物騒な獲物を持って、笑いながら歩みを進める。
それを迎えるのは、重武装に身を固めた強面の男たち。
覚悟が決まってるのか、異様な一団を前にしても怯む様子はない。いや、少し腰が引けてるか?
私は歩きながら愛用の特製グローブをきゅっと装着する。
彼我の距離が相手側の魔法の射程範囲に入ったんだろう。号令と共に、様々な攻撃魔法が襲い掛かって来た。
「やっちまえっ!」
「ここで仕留めろ! 手を抜きやがったら、俺がぶっ殺すぞ!」
「男見せてやれよ、おらぁっ!」
分厚い弾幕のように魔法が乱れ飛ぶ。
密度もタイミングも悪くない。個別に見れば威力は大したことないけど、これだけ数が集まればそんな欠点は掻き消せる。
普通なら。
私が前方に広く張り巡らせた不可視の対物対魔法装甲は、漏らさずその一切合切を防ぎ切る。
私の魔法は日々成長してる。効力も範囲も応用力も。いくら威力があっても闇雲に打ちまくってくるだけで大した工夫のない魔法になんて、破れるわけがない。
普段から訓練で私の装甲の頑丈さと緻密さを知ってるキキョウ会メンバーも、この程度で恐れを抱くことはない。
ペースを乱さず悠然と歩き続ける。舞い散る赤の花びらと共に。
近距離まで到着したら乱戦に持ち込む算段だ。私とポーラはもちろん、メンバーのほとんどはそっちが好みだからね。
後方支援が得意なメンバーは、ちょっと距離を置いた状態で戦えばいいし。その辺の連携は第五戦闘班の中で確立されてるから心配もない。
「クソッ、クソッ、クソッ! 死ねやっ!」
「もっと気張れよ、お前ら! 死にてぇのか!」
「効いてねぇじゃねぇか! なんだよありゃ!?」
「駄目だ! 武器を取れ!」
「舐めやがって、剣なら負けるかよ! 掛かって来やがれ!」
撃ち込まれる魔法に構わず近づく私たちに、相手も接近戦へと切り替えるらしい。いいじゃない。
遠くからチクチクやり合うよりもよっぽど楽しい。
敵陣に踏み込める距離まで近づいたことで対物対魔法装甲を解除すると、キキョウ会メンバーが一斉に飛び出して相手側に襲い掛かる。
「おらおらおらっ、キキョウ会のポーラ様だ! 死にたい奴から掛かって来な!」
「シャーロット、参りますわ! 聖槍クラウディアの錆にして差し上げます!」
「班長たちに遅れるな!」
「一番槍、あたしが貰いますよ!」
みんなの威勢のいい声を聴きながら、私も敵陣中央に向かって襲い掛かる。
すぐ後ろにはヴァレリアとリリィが付き従う。ヴァレリアは元より、リリィも戦闘力に申し分ない。背後は任せる。
ヴァレリアは卓越した体術で、着実に一人ずつ近づく奴を地に沈める。本領は縦横無尽に暴れて敵をかき回すことにあると思うけど、今日は暴れまわったりせずに私の護衛に徹するようね。
リリィはツタを発生させては相手に絡みつかせて足止めし、意外な実力の短剣術でも近づいて来る敵を倒していく。なかなか頼りになるわね。しかも、こんな状況になっても赤の花びらは舞い散り続ける。どんな拘りなのよ、一体。
私はいつものようにまずは防御力の高そうな奴を潰すとしよう。
適当に見定めた重鎧で固めた男をターゲットにすると、腹部の装甲を拳でぶち破っては捕まえて横手投げに投擲する。
まるでボーリングのように、薙ぎ倒される運のない男たち。数が多いだけの烏合の衆だ。
一当てした後は若手に経験を積ませるため、私は少々控えめに敵を倒しつつ、周りのフォローに重点を置くことにした。
数が多いと言っても、ちょっと前にレトナーク新革命軍とやり合ってきた身からすれば、拍子抜けするほど少なく感じる。
「会長! やたらと数が多いですよ!? いったい何人斬れば終わるんですか!?」
近くに寄ってきた若衆が、相手の数に面食らったのか弱気なセリフを口にする。
鉄火場は初めての子かな? この程度の人数で音を上げるなんてまだまだね。
ちょっと離れたところにいるポーラなんて嬉々として剣を振るいまくってる。
「全部斬れば終わるわよ。この程度、ひとりで斬り捨てるくらいの気合がなくてどうすんの。ほら、ポーラを見てみなさい」
「え、班長は参考にならないような……。あ~もうっ、わたしだって、やってやりますよ!」
私が示すポーラの姿に呆れたのか感心したのか、吹っ切れたように敵を排除し始める若衆のメンバー。
こうして戦闘狂が出来上がっていくのか。
私はさらにペースを落として、周りの様子を見ながらフォローへの専念に完全に切り替えた。
死屍累々の敵本拠地前。
まだ立ってる奴らはいるけど、ずいぶんと及び腰になってるみたいだ。はっきり言って戦意をほとんど感じられなくなってる。
それを表すように徐々に距離を取る残った敵敗残兵。
「てめぇら、怯むんじゃねぇ! あいつだ! あの、真ん中にいる女を殺れば、それで勝ちだ! ついて来い!」
私を指差してから勢いよく突っ込んで来る、この場のリーダーらしき男。
相打ち覚悟か。まぁトップを取りに来る判断は正しいけどね。
だけど、男が私の下へたどり着くずっと前に、横手から現れたポーラが一刀のもとに切り伏せた。
「ユカリ! あとはどうする!?」
「もう残ったこいつらに戦意はないし、先に行くわよ」
「おう! お前ら、ついて来い!」
率先して第五戦闘班を率いて町役場じみた建物に向かって行くポーラ。
疲れた様子もなく、溌溂とした様子のポーラはいかにも楽しげだ。
「私たちも行こうか」
背後に控えるヴァレリアとリリィに声をかけてポーラたちに続く。
建物の扉は固く閉じられてるみたいだけど、私たちにそんなことは関係ない。
大きなハンマーを持った若衆が力任せにそれを振り下ろすと容易に破壊される。足止めにすらならない無駄な足搔きだ。
降り注ぐ赤の花びらを纏ったまま、破られた入り口を潜って中へ入る。
戦力のほとんどを外に出してたのか、建物の中に人の気配は少ないし出迎えもない。建物の中は意外と殺風景な物だった。下品な成金趣味を想像してたんだけど、全くの逆だったわね。今は撒き散らされる花びらの所為で華やかになりつつあるけどね。
建物の中の構造まではさすがに事前に把握できてなかったけど、魔力反応からだいたいのことは推測できる。
特に邪魔も入らず、そのまま素通りで当たりを付けた場所に向かうと、如何にもって感じの大きな扉の前に到着した。
人の魔力反応があるのはここだけだ。いよいよご対面ね。
「鍵は掛かってなさそうです。開けますよ!」
さて、小競り合いの絶えなかったマルツィオファミリーともこれでお終いか。
初めてボスと対面するけど、実物はどんな感じかな。噂では大物然とした老人らしいけどね。
第五戦闘班の若衆が慎重に観音開きの扉を押し開けた。
居並ぶ大物然とした男たち。幹部連中といったところか。
中央の椅子に堂々と座るのは老人。これが本命に違いない。他にも老人や壮年がほとんどで、若いのはひとりしかいない。若いと言っても中年一歩手前といった外見だけどね。まぁ見た目の年齢なんて当てにはならないんだけどさ。
まず先んじてポーラが開かれた扉から中に入ると、名乗りを上げる。
「待たせたな、キキョウ会だ! さっそくだが用件は分かってるな? 遺言くらいなら聞いてやってもいいぜ!」
最初から殺気立ってる奴らだから、ポーラに脅されても態度を変えたりはしない。ただ、降り注ぐ赤の花びらには驚いてるのか、表情を少し歪めたのは分かった。
このまま無言てこともないだろうから、私もゆっくりと室内に入ると少し待ってやる。他のキキョウ会メンバーはポーラと私が前に出ると、大人しく後ろに控えてくれる。
すると護衛だろうか、壮年の戦士が前に出る。
「そちらの女、キキョウ会の会長と見受ける。俺との一騎打ちに応じられよ」
「はあ? 一騎打ち?」
「そうだ。そなたも噂に聞く戦士ならば、堂々と受けて立て!」
舐められたもんね。恐らくは精一杯の身体強化魔法を使ってる状態のこいつだけど、ここにいるキキョウ会の誰よりも弱い。特別戦技が優れてるようにも見えないし、魔法に秀でてるとも思えない。
そんな奴が私と一騎打ち? 冗談もほどほどにしなさい。身の程知らずってのはムカつくわね。
私はもちろん、応じてやることはない。もっと強い奴だったり、何がしか面白そうな奴だったなら別だけど。
無視して若衆をけしかけようかと思ってると、今度はリリィが前に出た。
「ユカリさん~、あいつには~見覚えがありますよ~~~! ここはお任せです~~~!」
へぇ、あの壮年の戦士がリリィの花屋襲撃に関わってたわけか。リリィが珍しく敵意も露に好戦的だ。じゃあ、思う存分やってもらおう。
「リリィ、そこの身の程知らずに格の違いを教えてやりなさい」
「ちょっと待て! 俺はそなたと」
「うるさいわね。有り得ないことだけど、もしリリィに勝ったら私がやってやるわよ。リリィ、遠慮はいらないわ。始めなさい」
「クソッ、仕方あるまい」
「いきますよ~~~!」
壮年の戦士が慌てて剣を抜くと、リリィの掛け声と同時にその腕から植物のツタが一直線に伸びる。
あっさりと絡まるツタ。剣を持った腕からさら胴体に伸びて巻きついていく。
「ぐっ!? ぐああああああっ!」
なんと、絡まるツタにはトゲが付いてるみたいね。あれは痛い。そしてエグい。
「ああああああ、ほ、炎の、息吹よごおおぉぎゅっ」
痛みをこらえて魔法を使おうとしたんだろうけど、トゲ付きのツタで首を絞められてゲームーオーバーだ。
うーん、なかなかにえげつない攻撃ね。
「オーキッドリリィ~、勝利です~~~! 悪は滅びました~~~!」
勝ち名乗りを上げるリリィ。恨みを晴らせて取り敢えず満足したらしい。
さっきまでの怒りの気配がなくなって、いつもに近い雰囲気になってる。やっぱりリリィはこっちの方がいいわね。
さて、仕切り直しね。
「まだやりたい奴がいるなら相手になるわよ? その場合は地獄送りになるしかないけどね。どうする?」
そう聞きつつも鉄球を鋭く投擲して、他の護衛が持つ武器に命中させて吹き飛ばす。余計な使命感を発揮される前に、先制して脅し抵抗する意思を奪う。
皆殺しにするのは簡単だけど、それよりもシマの中に残ってるだろう残った人員をまとめ上げさせてから追い出したい。そっちの方が私たちの負担が遥かに小さいからね。
「殺せばよかろうっ!! 誰が貴様らに命乞いなぞするかっ!」
いきり立つ老人。マルツィオファミリーのボスらしき奴だ。
ずいぶんと潔いし、そういうのは割と嫌いじゃない。だけど、他の男たちはどうもそうじゃないらしい。やっぱり命は惜しかろう。
微妙な空気が瞬間漂う中、この中でも比較的若い男が切り出した。
「俺はマルツィオファミリーの若衆頭でブライアンというもんです。親父のやり方には付いて行けねぇ。俺らはあんたに従います」
「なっ!? 何言ってんだおめぇ! 裏切ろうってのかっ! わしへの恩を仇で返しおって!」
「うるせぇ! 何が恩だ! 親父のつまらんプライドのせいでこんな事になってんじゃねぇか! 俺らは散々、止めろって言っただろうが! それを無視してこの結果、このザマだ。ふざけてんじゃねぇ!」
「女に舐められてこの商売が務まるか、バカモンがっ!」
「その女にボロクソに負けておいて何言ってやがる! 親父、現実を見ろよ。俺らは負けたんだ。それも完膚なきまでにな。てめぇも俺も無様な負け犬だ!」
「お、おめぇ、それが親に対する態度か! 許さねぇぞ!」
「どう許さねぇってんだよ。あぁ!? 元はと言えば全部てめぇの所為だろうが!」
睨み合いを始める親分と若衆頭。不毛ね。喧嘩なら余所でやって欲しいところだけど、追い詰められたこの状況じゃ仕方ないか。
どっちかと言えば、ボスよりも若衆頭の方が人望はありそうね。こいつ、ブライアンだったか。こいつにまとめ上げさせればいいか。ボスには話が通じそうにないし。
「ふーん、まぁいいわ。裏切りってのは好きじゃないけど、上と下で考え方が違うってのも理解はできるしね。で、あんたに従うってのはどれくらいいるの?」
「へい。表で戦ってた若い奴らの中にも内心では勘弁してくれってのが大勢いましたから、半分以上は俺に従うはずです」
「そう。じゃあ、そいつらを中心に全員をまとめ上げなさい。シマの中に残ってる他の人員も全部ね。命だけは助けてやるわ。その代わりにエクセンブラからは追放するからそのつもりでいなさい」
「……命あっての物種だ。それで文句ないですよ」
「勝手な事を! そんな事は許さん!」
「いい加減うるさいわね。邪魔だから黙らせなさい。それから、後始末はあんたたち自身で付けなさい。自分のケツくらい自分で拭きなさいよ。自分らの不始末だって自覚があるなら尚更ね。できないってんなら、私たちでやってもいいけど」
「いや、そこまでの手間は取らせませんよ。親父、悪く思うなよ」
ブライアンとか言う若衆頭と他の幹部連中が一緒になって、喚き散らすボスを始末するのを黙って見守る。
まぁ、どうであれ、これなら後は楽ができそうね。
マルツィオファミリーが内輪の始末をつけた後、改めて若衆頭に言い渡す。
「あんたたちの規模の組織なら、他の街にだって多少の伝手くらいあるわよね。今後はそっちでやっていくのね。今後もし、キキョウ会の邪魔をすることがあれば、どんな理由だろうと今度は」
「わ、分かってますよ。俺らだってバカじゃねぇ。喧嘩を売っていい相手と悪い相手くらいは分かります。親父が分かってなかっただけで」
「それならいいわ。あんたたちには聞きたいことがあるから、もうちょっと付き合ってもらうわよ」
マルツィオファミリー子飼いの組織や人員は、まとめさせて退場する手筈だからもうどうでもいい。小細工なんてやったらどうなるかは分かってるだろうし。
それよりもマルツィオファミリーが持ってる財産や利権について、当事者に聞かなきゃ分からないことが山ほどある。持ち出しを許可する財産もある程度は認めるつもりだけど、それ以外は没収だ。現金はともかく、不動産は大いに魅力があるから、その辺は漏らさず回収したいところね。
結局、滅ぼしたマルツィオファミリーからは色々と役立つものが回収できた。
そもそも私たちよりもずっと大きな組織だったし、マルツィオファミリーからぶん獲った遺産は大いに活用することができる。
不動産は空き地も含めてそれなりの数が没収できた。町役場のような奴らの本拠地はちょっとした改装をするだけで使えるし、建物はもとより敷地もかなり広い。どうとでも使いようがありそうだ。他の細々とした物件や土地は単純に売り払うよりも、地域のキーマンへの見返りとして役立つだろうし、こっちも使い道は色々ありそうだ。
それから奴らの賭博場もそのまま使えた。元々のディーラー含めた人員はマルツィオファミリーに雇われてた只の従業員だったことからそのまま使い回すことにした。もちろん、キキョウ会のやり方を学んでもらう必要があるから教育は必要だけどね。むしろキキョウ会の方が待遇はいいから、時間が経てば喜んでくれるかもしれない。
そんでもって、今回は男の従業員もそのまま使う。キキョウ会のおひざ元とは差別化する必要もあると思うし、使える人材を手放すのはもったいない。別にキキョウ会に入れるわけじゃないし、キキョウ紋を背負わせるわけでもない只の従業員だからね。
他の事業についても引き継げるものは引き継いだ。
マルツィオファミリーだって一枚岩じゃない。やり方に付いて行けなくて反発してたのもいるし、キキョウ会への襲撃に対しては露骨にサボタージュしてたのもいるらしい。そういう奴は信用できないけど、元は自分たちのシマだし、色々と分かってることが多いから使えることには変わりない。
全員を追い出すつもりだったけど、シノギを期待できることから、ほんの一部についてはエクセンブラに残ることを認めることにした。
そういうのは今回配下に加わった他の組に入れさせて、必要な実務をさせることでシノギを稼がせる。上納金をちょろまかすような真似をすれば即座に制裁だけどね。そこは通常よりも厳しく行く。
色々と出たとこ勝負みたいなところはあるけど、使える物はとことん使う。でないとキキョウ会のメンバーだけじゃ、手が回らないところが出てきてしまう。
しばらくは今回新たにキキョウ会のシマとなった、旧マルツィオファミリー、旧カークチュール組、旧スタンベリー会のシマの支配で忙しくなるだろう。
キキョウ会は人員も大幅に増加してることから、組織の再編を考えてもいい時期かもしれない。それを考える時間がなかなか取れなさそうだけどね。
それから、今回の多数を相手にしたキキョウ会の圧勝ぶりに、舐めてかかってた大手組織もキキョウ会への認識を改めざるを得なくなったとかどうとか。
まぁその辺はなるようにしかならない。つまんないことを考える奴が少しは減ってくれると助かるんだけどね。忙しいし。
改めて、最後まで私たちキキョウ会と戦うことを選んだ、マルツィオファミリー、カークチュール組、スタンベリー会は、一夜を持ってエクセンブラから消滅した。
いつもより長めの文字数になりましたが、何だか暗い話になってしまったような気がします。
次回予告、まだまだユカリは休めません。ハードなお話になります!(予定)