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落とし前の方針

 キキョウ会幹部が勢揃いした事務所の応接セット。

 襲撃でボロボロだった室内は掃除を頑張ってくれたのか、少しは見れるようになったし、ソファーにもシーツが掛けられて見た目だけはマシになってる。

 汚れたままの内装を見るよりはいいし感謝感謝ね。まぁ壁やカーテンは焦げてるし、窓は割れてるけどね。短時間じゃ、どうしようもない部分もある。

「ユカリ殿、来られたな。報告を始めよう」

 ジークルーネが音頭を取って順に状況を報告させる。


「それではまず本部から報告します。こちらは事務班の一人が玄関を開けた途端に襲撃を受けました。当初は混乱に見舞われましたけれど、コレットさんや情報班を軸に立て直しました。そのまま交戦中にユカリ達が帰って来て敵を制圧。怪我人は出ましたし、事務所はご覧の有様です。被害額はまだ試算中ですが、数百万ジストは下りません」

 フレデリカから端的に状況報告。本部の状況は私も分かってるし問題ない。人的被害さえなければあとは金でどうとでもなる。

 幹部連中も合流した時にある程度の状況をお互いに確認したのか驚きの声はない。


「本部に残ってたはずの戦闘班の若衆だが、どうやら偽の情報で釣り出されたらしいな。揉め事の通報があった雷神街の倉庫に向かったが、もぬけの殻だったそうだ」

「稲妻通りを見回り中の戦闘班も同様の通報を受けて、雷神街の倉庫に急いで行ったらしい。まんまと引っ掛けられたってことか」

「そうして戦闘班不在の本部を襲撃ですか。レトナークとの戦争で多数の幹部が不在の中、手が込んでますね」

 単純な手ではあるけど、上手いことやられたもんね。


「六番通りの支部も似たような物です。何件か通報があって、支部で待機中の戦力を向かわせましたが全て誤情報でした。支部の食堂でも襲撃を受けましたが、幸いわたしとブリタニー、第二戦闘班が丸々居合わせたので、速やかに制圧できました。被害はほとんどありませんし、食堂の来客にも大事ありません」

 さすがはメアリーたちね。支部は被害という被害はないらしい。襲撃にビビった一部の客が、皿やグラスを落として割ってしまった程度だとか。

 食堂に来てた客には怪我も無かったらしいし、そもそもメアリーたちは当初、今回の件を余り深刻には捉えてなかったらしい。いつもの喧嘩の延長程度に考えてて、まさか本部にも襲撃があったなんて、といった感じだったようだ。


「賭博場も問題ありませんわ。こちらは常に見張りが立っておりますし、襲撃の対象にはなっていなかったようですわね」

 シャーロットを筆頭にした第五戦闘班には、賭博場の警護をしてもらってたけど、こっちはそもそも襲撃自体がなかったらしい。


「こちらもそうですね。《王女の雨宿り亭》も襲撃はありませんでした」

 ソフィがほっとしたような、どことなく残念そうな感じで報告する。

 まぁ、あの店が襲撃を受けようもんなら、客も一丸となって襲撃者をボコボコにして撃退するだろう。


 そして次の報告者。

 本来、彼女は幹部ではないはずだけど、ここにいるってことは重要な報告があるってことだろう。

「うぅ~、《エレガンス・バルーン》は~、大きな被害が出ました~……。許しがたい暴挙です~~~!」

 珍しく怒りを見せるリリィ。

 なんでも、広い敷地を持つ店に対して、突然次々と魔法が撃ち込まれたらしい。

 近頃はご近所のみならず、遠方からも観光客が訪れる人気スポット《エレガンス・バルーン》には、来客が大勢いる。

 当然、無差別に魔法攻撃を受けた来客たちにも多くの被害が出て、優雅なはずの庭園は一転、阿鼻叫喚の混乱と怒号に包まれたらしい。

 来客の怪我人は店に備蓄してあった回復薬を使って治療したお陰で、幸いにも死者はなし。即死するような威力がなかったことは本当に幸いだ。

 ただし、店の今後を考えればしばらくは厳しい状況が続くだろう。客に被害を出すような事件があっては、客足が遠のくは必然。

 施設にも被害が出てるしリリィが怒るのも当然だ。

 《エレガンス・バルーン》からのシノギは大きい。キキョウ会の収益にも響くし、私もリリィと同じく怒りを禁じえない。



 最大の被害は《エレガンス・バルーン》ね。次いで本部。あとはそれほどの被害は確認できない。

 大体の状況はこれで確認できた。キキョウ会は施設に被害を受けたものの、全員が五体満足。それが一番大事だし、取り敢えずほっとできた。

「ジョセフィン、他に現時点で分かってることは?」

「目撃情報や聴取した情報から、どこの組織が今回の襲撃を実行したのかは、ほぼ特定できてますね。今回の件、裏で糸を引いてるのがいるのかはまだ分かってませんが、それには時間が掛かると思いますよ」

「そうね、いるかどうかも分からない黒幕は今はいいわ。襲撃犯を特定できてるんなら、それだけで今は十分」

「相互不可侵協定が破られた事になりますよね。ユカリ、どうするつもりですか?」

 私へ注目が集まる。

 みんなヤル気に満ちた目だ。すぐにでも飛び出して行きそうな。

 気持ちは分かるし、最終的な結果は同じかもしれないけど、ものには順序がある。


 集まった幹部をゆっくりと見まわしてから発言する。

「……みんな、よく聞きなさい。今回の襲撃に関わった組織は全部潰す。それから、潰した組のシマはキキョウ会のものにするからそのつもりで」

 今度はこっちから仕掛ける。逆襲だ。叩き潰して全部奪い取ってやる。

「うしっ! やろうぜ!」

「すぐに準備だ! 道具持って来るぜ!」

「待て! ユカリ殿、相互不可侵協定はどうする? キキョウ会には大義名分があるが、勝手にやればマクダリアン一家あたりから難癖を付けられるかもしれないだろう?」

「その通りよ、ジークルーネ。だから今すぐにはやらないわ。後々の面倒事を避けるためにも、先に根回しをする。みんなも先走らないように」

「そんな事してる間に、逃げられたりしねぇか? 対策だってされるだろ」

「ボニー、それならそれでいいわ。何か対策するってんなら、それごと踏み潰す。もし逃げようってんなら、そんな根性なしには興味ないわ」

 もしウチから死者の一人でも出してれば、逃げたとしても地獄の底まで追いかけて代償を払わせるけどね。

「まぁ、それもそうか。ぶっ潰すくらい、いつでもできるわな。首を洗って待ってろってことか」

「そうよ。焦ることはないわ。相手は分かってるんだし、抜け目なくやろう。それに、今日はもう疲れたわ」

 おどけたように肩をすくめると、みんなの緊張も少しは弛んだようだ。


「ははっ、ユカリ殿の言う通りだな。回復薬で疲労は誤魔化せるが、疲れている事に変わりはない。今はキキョウ会の全ての拠点に、戦闘班の若衆を振り分けて警戒中だ。先刻撃退した今、すぐに襲撃してくるような余力もないだろうし、わたしたち幹部は少し休もう」

「それもそうですね。幹部のほとんどは、朝から戦争をやって来ているのですから」

「だな。さーて、飯食って風呂入って寝るか」

「そう言えばお腹空きましたね」

 幹部以外のメンバーは、見張りに付く者以外は食事に出たり風呂に入ったりと、いつも通りに過ごさせてる。

 私もとにかくシャワーを浴びてすっきりさっぱりしたい。

「それじゃ、一旦解散ね。くれぐれも先走ることのないように」

 一応、釘を刺してみたけど、みんな顔を見合わせた後、神妙に頷いてくれた。この感じなら大丈夫だろう。



 結局、捕らえた敵の兵隊たちは全て帰してやった。その傷ついた姿を見せつけてやることが、敵対組織へのメッセージにもなるだろうしね。

 殺すまでもない。お前たちなんか敵じゃない。そういうのが伝わるはず。いくつかは本当に逃げ出すのもいるかもしれない。実際、あの程度の奴らなんて敵にならないし。


 それに、殺しはなるべくならやらない方がいい。簡単すぎて慣れると安易にそれを選ぶようになる。邪魔だから取り敢えず殺しとくかってね。だけど、それは取り返しがつかないことでもある。死者は生き返らない。いつか後悔する羽目になってからでは遅い。

 こんな業界にいるわけだし、絶対にダメとは言わない。必要ならそうするけど、安易にやるなってことよ。

 私が言うのもなんだけど、短絡思考、良くない! うーん、我ながら説得力がないわね。



 翌日から早速根回しに動き始める。

 私がせっせとしたためた手紙を商業ギルドを通じて届けてもらう。エクセンブラ内で配達を仕切ってる商会があるからね。自分たちで届けて回るなんてことはもちろんやらない。

 それから、主要な組織への根回しと同時に、襲撃を実行した組織へは警告文を送っておいた。


 『協定破りの愚か者へ懲罰を下す。全面降伏か死か選べ。ただし、全面降伏の場合には交渉の余地を認める。期限は7日後の夕刻まで』


 一応、交渉の余地は残しておいた。

 幹部会では威勢よく全部潰すと言ったけど、今後のことも考えると、敵対するところを全て潰してしまうのは都合がよくない。全部をキキョウ会が吸収できるとは思えないし、恭順の意を示すなら、そこを汲む度量を見せることも必要だろう。

 一晩寝て怒りが収まると、冷静さも戻ってくる。幹部たちも理解を示して方針は改められた。

 もしキキョウ会から死者の一人でも出してたら、絶対に許しはしなかったけど。今回の被害は金で済む範囲だし、落としどころも用意しておかないとね。



 今回、キキョウ会に対する襲撃に加担した愚かな組織は実に多い。

 隣接する組織のほぼ全てが関わってたみたい。その唯一の例外がブルーノ組。最近はご無沙汰だったけど、以前から因縁のあるマルツィオファミリーも襲撃に加わってたしね。


 私たちキキョウ会を含めてエクセンブラ東地区のここら一帯は、小さな組織がひしめき合ってしのぎを削るような状態だったけど、いつの間にかキキョウ会とブルーノ組以外は手を組んでたようだ。アンチ、キキョウ会としてね。

 あとから聞いたところによれば、ブルーノ組にも襲撃参加の要請があったらしいけど、力関係の分かってるブルーノ組は撥ね付けたらしい。さすがに自分たちも襲撃の対象にされたら堪らないってことで、キキョウ会へのリークもしなかったみたいだけど、それは別に構わない。自分の身が一番大事だしね。


 潰すべき対象は7つの組織。

 内3つはキキョウ会と同程度の規模、そして2つは少し大きい程度。次にマルツィオファミリーが割と大きくて、仕切ってるシマも人員もキキョウ会の倍以上はある。もうひとつもマルツィオファミリーと同程度の規模はあるんだとか。そことはあんまり関わりなかったはずなんだけどね。

 全てを潰すと、かなり大変なことになるわね。まぁ、やる必要があればやるけどさ。


 それでも交渉の余地を残したことで、おそらくは全面戦争にはならないと考えてる。隙を突いたはずの襲撃に失敗したことで、普通に考えればキキョウ会に対して勝ち目が薄いことくらいは分かるだろう。

 玉砕覚悟で馬鹿な選択をするくらいなら、冷静に損得勘定で決断を下すのが組織の長ってもんだ。それを全部には期待してないけど、半分以上はそうなると私は思ってる。さて、どうなることやら。



 朝、いつものように早朝訓練とシャワーの後、改めて幹部と話す。

「返答があるまでは通常営業ね。心配はないと思うけど警戒は厳に頼むわ」

「まだ襲撃があったばかりだ。さすがに見習いも含めて気が緩んでるのはいないだろう」

「それより、根回しが上手くいくといいがな」

 今回の件はさすがにキキョウ会に分がある。

 クラッド一家のメンツを潰した木っ端組織を庇ったり、被害者であるキキョウ会と敵対しようってのは状況的にいないと思うけどね。それはマクダリアン一家とて同じだろう。

「そうだな。あとは敵対組織がどう出てくるか」

「ユカリ、交渉の余地を残すって言っていましたけれど、具体的にはどうするつもりなのですか?」

「交渉っていうか、キキョウ会の配下に加わるなら、そのまま存続させてもいいと思ってるのよね」

「配下? キキョウ会に加えるという意味ではないのですよね?」

「もちろん。キキョウ会の下っ端として働くなら、それで勘弁してやるって意味よ」

 例えば五大ファミリーは本家そのものも強力だけど、傘下にいる組織の数が脅威なんだ。

 今のところはキキョウ会は独立独歩の組織だけど、今後はそういった別の組織を吸収して配下、傘下に加えるってのはウチの規模が大きくなればなるほど必要が出てくるだろう。今回のケースはまさにそれだ。

「下っ端かよ! そりゃあいいな」

「合理的ですわね。全てを滅ぼしてしまっては、負担が大きくなり過ぎますもの。条件次第と思いますが、配下に加わるのも少なくないのではありませんか?」

 自分たちのシマの治安を維持させて、上納金はキキョウ会へ大きな割合で納めさせる。

 私たちは負担なしに実利だけを受けるって寸法よ。厄介事が起これば出て行くけど、そうでなければ得しかない。それとは別に今回の賠償金は当然、ふんだくるけどね。施設破壊への原状復帰の代金にプラスして、見舞金や迷惑料の徴収は当然のこと。

「それはいいが、既に五大ファミリーの傘下の組織はどうするんだろうな。五大ファミリーを裏切って、ウチに付くっていうのか?」

「生き残るためにはそれしかあるまい。そうでなければ我々が許さないし、そもそも五大ファミリーとて協定破りを犯した馬鹿者を擁護はしないだろう」

「そういうこと。そこも含めての根回しよ。問題ないわ」


 約束の期日が来るまではこのまま警戒しつつ静観する。

 念のため、五大ファミリーの動向には気を配る。情報班は今回の襲撃を察知できなかったことを悔やんでるし、気合が入ってるみたいね。


 それから内装はもう一度整えないと。ボロボロのままじゃ気になってしょうがない。

 またジョセフィンとフレデリカにはちょっと頑張ってもらおう。

今回、あまり動きがありませんでした。

次回は「懲罰の開始」になる予定です。また次週もよろしくお願いします。

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