裏切り者と冬の終わり
「ユカリ、ヴァレリア、上は片付いたぜ」
「魔法を過信したような奴らだったな。その癖、魔法も全然大したことなかったけどな!」
グラデーナとオフィリアが二階から戻ってきた。
疲労してる感じはないし、それどころか久しぶりに暴れられて、すっきり爽快って感じね。
そのタイミングで外に居たはずのシェルビーたちとジャレンスまでなかに入ってくる。
「外でなにかあった?」
「アナスタシア・ユニオンっすよ!」
なるほど、ここはアナスタシア・ユニオンの縄張りだったってことかな。
もし、ここの武装集団と関わりがあるようなら、じっくりと話をせざるを得ない。
まずは何の用でここにきたのかを聞いてみないと。
みんなで状況の整理をしつつ少し待ってると、これまた勢いよく扉が開かれた。
「ウチのシマで暴れてる馬鹿どもっ! アナスタシア・ユニオンだっ!」
先頭に立って声を上げるのは、筋骨隆々とした獣人の青年。その背後には同じく重武装の獣人を中心としたファミリーが、こっちの様子を油断なく見張ってる。
さて、どうしたもんかな。話をする余地があるなら、アナスタシア・ユニオンとは無駄に事を構えるつもりはないんだけど。
「その外套と紫色の代紋、キキョウ会か!?」
「キキョウ会だと!? 殴り込みか、上等!」
「ヒュ~! いい女揃いじゃねぇか。しかも強いんだろ?」
勝手に誤解していきり立つ獣人ども。超武闘派らしい、好戦的な態度ね。
落ち着いて話ができる雰囲気じゃないし、ぶちのめしてから話を聞いてもらうしかないか。
噂に名高い超武闘派組織、アナスタシア・ユニオン。軽くやりあってみるのも悪くないかも。グラデーナたちもやる気みたいだし。
「ちょ、ちょっと待ちなさい、あなたたち!」
覚悟を決めようとしたところに、聞き覚えのある声。
先頭に立つ獣人を押しのけて前に出るのは、お馴染みの妹ちゃん。アナスタシア・ユニオン総帥の妹だった。
「おー、妹ちゃんじゃないの。どうしたのよ、こんなところで」
「どうしたもこうしたもありません! ここはアナスタシア・ユニオンのお膝元ですよ!? 一体何事ですか、ユカリさん!」
私たちの親し気なやり取りに獣人たちも気勢を削がれたのか、猛々しい感じが弱まる。やり合うのはもうなしね。
妹ちゃんとなら落ち着いた会話が成立するし、事情を話して聞かせる。
ここには商業ギルドのジャレンスもいるわけだし、誤解の余地はなくなるはずだ。
一通りの経緯を話すと、獣人たちも完全に矛を収めた。
説明は発端のジャレンス自身が行ったし、転がってる武装集団こそが動かぬ証拠。
確かに人様の縄張りで暴れたのは悪かったかもしれないけど、事情が事情ってことで理解してもらえたみたいね。
「こいつらの後始末はあんたたちに任せていい?」
「ええ、こんな連中の動きを察知できなかった非はアナスタシア・ユニオンの落ち度でもあります。ひょっとしたら末端の組織に手引きした者がいるのかもしれません。ギスケード、その者たちの尋問と裏切者がいた場合の処分はあなたに一任します」
「はい、お嬢」
おお、なんか妹ちゃんが大物に見える。
若干失礼なことを考えてる間にも、獣人たちは素早く行動に移っていく。
「あ、そっちの扉から地下に行けるわよ。かなり不愉快な状況があるから、妹ちゃんには見せないほうが良いわね」
「なんですか、一体?」
獣人たちには私の配慮が通じたのか、軽く頷くとギスケードと呼ばれた青年自らが地下に向かった。今ここでそれを知ってるのは私だけだけど、キキョウ会のメンバーにもわざわざ教える必要はないだろう。
融資用のレコードはもう諦めるとして、今度はそれを補てんする話だ。
「こいつらの物資は商業ギルド、このジャレンスさんに一任するってことでいい? アナスタシア・ユニオンとしては恩を売った形にできるけど」
「特に異存はありません。そもそも、このような存在の活動を許していたこちらの落ち度でもありますし」
「へぇ、気前がいいわね。じゃあ遠慮なくもらっとくわ。融資額に届くかは分からなけど、ジャレンスさんもそれでいいわね?」
「有難く頂戴します。不足分はどうにか調達しますし、多かった場合には分配するつもりです。それから、金額に関わらず今回のお礼は必ずさせて頂きます」
殊勝に礼を述べるジャレンスだけど、被害者でもあるわけだし私は多くを望まない。普段から色々と便宜を図ってもらってるしね。
一番の目的は達成できなかったけど、収まるところに収まったかな。アナスタシア・ユニオンにはむしろ貸しを作ったような感じになったしね。
「こいつらから何か情報でてきたら、私たちにも教えて欲しいわね。無理にとは言わないけど」
「ええ、全てをお話しできるかは約束できかねますが、可能な範囲で。後日、また伺った時に話しましょう」
これにて私たちは撤収。
あとはアナスタシア・ユニオンとジャレンスに任せておさらばだ。
後日、尋問の結果を妹ちゃんから聞くことができた。
武装集団の正体は、レトナーク新革命軍の息のかかった連中だというのが判明した。
どっちが先に目を付けたのかはまだ分かってないけど、商業ギルドの権力闘争を仕掛けてる奴と利害が一致したんだろう。他にも何か思惑があったり、別の勢力が絡んでる可能性もあるけど、そこは私たちがどうこうする範疇じゃない。
それから連中から奪った物資の中には、現金や金になる魔道具や武装がそれなりに積み込まれてたらしく、かなりの金額が回収できたんだとか。ついでにそれらを積み込んでた移動用の魔道具自体を売り払ったところ、むしろ黒字になったとかでほっとした様子だったわね。
そしてアナスタシア・ユニオンの裏切り者。
レトナーク新革命軍と繋がってたのは末端の組織だったらしいけど、すでに後始末は付けたんだとか。それがたったひとつだけとは思えないし、他にもきっとあるんだろう。今後何か起こるとしても、キキョウ会とは関係のないところで起こって欲しいもんよね。
それにしても裏切者か。
実のところ、元青騎士で諜報に長けたオルトリンデが加わってから、ずっとやってもらってたのは裏切者に対する調査だ。
残念ながらと言うか、当然と言うべきか、キキョウ会のなかにも潜り込んでるスパイがいる。
それは最初からそうだったのか、途中からそうなったのかはケースによる。まだ調査中のもいるんだけど。
その存在自体はかなり前から発覚してたんだけど、そいつをとっちめたところで、きっと別のが潜り込んでくるだけだろう。
重要なのは誰にやらされてどこと繋がってるのか、どんな情報を流してるのか。そっちのほうが重要だ。
裏切り者はもちろん幹部にはいないから、平のメンバーのなかにいる。事務班と戦闘班にそれぞれ何人かずつ。
本当に重要な情報は幹部にしか知らせないし、幹部はそれを漏らさないから、大した情報は流れない。
これは情報班からの提案だけど、むしろスパイは放置して流す情報を正誤交えてコントロールしたほうが得策だ。
キキョウ会にいるスパイには色んなタイプがいる。
最初からスパイとして他の組織から送り込まれてる者。
途中から利益供与によって、スパイに成り果てた者。
何らかの事情、弱みに付け込まれてとか、借金とか家族知人の抱えてる厄介事でやむなくスパイの真似事を始めた者。
まだ実行はしてないけど、事情があってスパイになってるのは、問題さえ解決してやればその必要もなくなる。スパイ行為自体は許されざる行為だけど、二重スパイとして働かせることでキキョウ会への利益になる場合もある。この辺は情報班に任せてあるし、良いようにしてくれるだろう。
キキョウ会の裏切り者については、さすがに幹部でも一部でしか共有することはない。
現状、スパイは泳がせることにしてるから、気が付いてることを悟らせるわけにはいかない。そうすると、どうしても隠し事が苦手なメンバーだっている。特にグラデーナや戦闘班の連中はそうしたのが苦手だしね。
今のところは私と情報班、それから副長のジークルーネと事務班トップのフレデリカだけの知るところになってる。
キキョウ会はまだこれからも拡大を続けていくし、ひょっとしたら他国からわざわざやってくるスパイだっているかもしれない。
ウチは私を中心に秘密も結構あるから、キキョウ会自身の内偵の重要度も増していく。嫌なものだけどね。
夕暮れ前の空中庭園。風がなければ、もうそれほど寒くはない。
時間のある時や休憩時間には、キキョウ会メンバーはここを良く訪れる。
「大分暖かくなってきましたね」
今は事務班のメンバーたちと休憩がてらのティータイム。
フレデリカが言うように、日も長くなってきたし、寒さもかなり和らいでる。
「雪も滅多に降らなくなったし、空気が変わりつつあるわね。そろそろ春か」
春の訪れ。雪がなくなれば、また何かが動き出すだろう。
不穏な動き以外にも人の往来が活発になるし、他国からの訪問者も増える。キキョウ会としても稼ぎ時だ。
魔獣や魔物だってより活発になるし、商人だけじゃなく冒険者たちにとっても活動の幅が広がる。
そういった、そわそわしたような明るいポジティブな雰囲気が街を覆いつつある。
春と言えば、私たちがエクセンブラにやってきてから、そろそろ一年が経つ。
長いようで短いような、短いようでずいぶんと長かったような。約千二百日の慌ただしい日々。
あの時とは違って、今では地盤もあるし目標も具体的だ。
もっともっと力をつけて、もっともっと稼いで、さらに面白おかしく過ごしてやろう。
旧ブレナーク王国の大都市エクセンブラ。
この街は戦後間もない、あるいは戦時中の地域一帯において、今や特異な存在感を発揮し、凄まじい成長を続け発展する都市として大陸中の注目を集めつつある。
どこまでも続く様な巨大かつ長大な外壁に囲まれた都市は、貧弱な守備隊しかいないとは思えない経済的発展を続け、人も物も多く入って更なる成長に拍車をかける。
もちろん、偶然そうなったわけじゃない。
自警団や心ある冒険者に傭兵たちの魔獣討伐、盗賊討伐。裏社会勢力の不可侵協定による治安の劇的向上。レトナークから派遣されたエクセンブラ上層部の融和的な占領政策。
過不足のない政策の実行、必要な戦力を保持し平和を維持できるからこそ、人が集まり商活動も活発になって発展が生まれる。
だけど、約束された永遠の平和なんてありはしない。
何かのきっかけで均衡が崩れた時、それは簡単に終焉を迎える。そしてそれこそを望む者たちが一定数、どんな時にも存在する。
そして私は予感する。
すぐには起こらなくても、いずれ必ず、そう遠くない内に何かが起こる。
平穏を望む者。
波乱を望む者。
私は一体、どっち側かな。




