武装集団
「あん? おい、何だお前ら」
正面扉から堂々と入った建物のなかは、廃墟然としたオンボロで支店を作るなんてのが全くの嘘だと感じられる。何かしらの改装の形跡すらない。
元々あった物なのか、ボロいテーブルやソファーが置かれてるだけの空間だ。
そして小汚い空間には、話に合ったとおりの武装集団が思い思いに寛いでいた。
たまたま入り口付近にいた運のない奴を問答無用で剛槍を叩きつけて吹き飛ばす。
瞬間的に硬直する空間。武装集団のくせに油断が過ぎる。
「貫け」
私の短い呟きに呼応するように、石の床から無数のトゲが発生して武装集団に先制攻撃を与える。
「あとは頼んだわ」
これだけやれば、あとは戦闘支援班で十分。むしろやり過ぎたというか、相手が弱すぎた。
一階の惨事と難を逃れた一部の怒りを無視して、正面階段を上がっていく。
さすがに一階の騒動に気が付かないはずもなく、階段の途中で魔法攻撃が次々と上から乱れ飛んできた。
私のアクティブ装甲に守らせるまま構わず二階までたどり着くと、グラデーナとオフィリアは外套の防御力とスキルに身を任せて敵陣に突撃する。
「あっちはあたしが貰った!」
「あたいはこっちだ!」
血気盛んなふたりに任せて、ヴァレリアと一緒に万が一に備えて待機だ。
二階にいた武装集団は魔法を使った戦闘が得意なのか、武器を振るうよりも魔法に拘泥してるように感じる。
その魔法を全く意に介さないふたりに対してムキになってるわね。通用しない魔法に拘ってどうするってのよ。敵ながら情けない。
「うおおおおおおっ!」
「魔弾! 魔弾! 魔弾! ふざけんなっ! なんで効かねぇんだよっ!」
「俺の炎が!」
「ちきしょう! こっちもダメだ!」
グラデーナは外套を使って全ての魔法を防御するか、魔導鉱物の剣で切り払ってしまう。
敵の近距離でそれをやりながら、防御の隙間に相手を剣で切り伏せるか、雷魔法を打ち込んでるわね。最初の頃はさっぱりだった攻撃魔法も実戦レベルで上手く使いこなしてるし、威力も申し分ない。
近すぎる相手には殴りつけながら雷魔法を打ち込むといった、私好みの戦法もあるみたいで、なかなかに見応えがある。単純に強い。
豪快なようで隙のない剣に魔法を組み込んだ戦闘スタイルは、ジークルーネとオフィリアの良いところを取り入れたような戦い方ね。
それにしても殴るついでに魔法を打ち込むあれは参考になるわね。
さらに面白いのがオフィリアだ。
「何なんだ、こいつ!」
「うわあああ、近寄るな!」
「くそがああああああっ!」
「お前ら、もっと水魔法を使え! 水だ!」
オフィリアは一体どうやってるのか、自身を炎で包み込んでる。
最近、できるようになったって言ってたやつかな。あんなの、近づかれるだけで物凄いプレッシャーだろう。
しかも幻影のスキルでピンポイントな攻撃は防御するまでもなく当たらない。炎の揺らめきで、幻影のスキルもより高い効果を発揮してるっぽいし。
対抗手段がない相手にとっては絶望的な攻防一体の戦法ね。
そんな光景をフロアの奥で立ちすくんだまま、青ざめた顔で呆然と見つめるヒョロい青年。
こいつだけ雰囲気が違うし、ジャレンスと交渉したって奴かな。どう見たって戦闘員て感じじゃないし、あいつが窓口役だろう。
流れ弾で死なれでもしたら厄介ね。さっさと確保しよう。
「ヴァレリア、奥のあいつ分かる?」
「はい、お姉さまのところまで連れてきます」
そう言うや否や、風のような速さでヒョロい青年に向かって疾走する。
ヴァレリアの速度はキキョウ会随一。私だってとても敵うものじゃない、天賦の才と努力の賜物。
瞬きする間にヒョロい青年に接近すると、胸倉を掴み上げる。青年の驚きはいかほどのものか。
確保すると同時に、また風のような速さで私の元に帰ってきて、無力化のつもりなのか、流れるような投げ技で腰から床に叩きつけた。
「おごっ!」
受け身もろく取れないヒョロ男は、痛みに身動きが全く取れなくなる。
融資用のレコードカードが今回の最優先。こいつが持ってるなら取り上げて終了だ。まだ痛そうにするヒョロ男の脇にしゃがみ込む。
「あんた、商業ギルドのジャレンスを知ってるわね。融資用のレコードはどこ?」
回りくどいのは好きじゃない。だから決めつけて端的に聞けばいい。
「……くぅ、痛ぇ」
ところが痛みに呻くばかりで答えない。言えないのか、言いたくないのか、知らないのか。はぁ、手間を掛けさせるな。
すると、私が何かする前に、傍で見てたヴァレリアが行動を起こした。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーーっ!!!」
「お姉さまが聞いています。質問に答えなさい」
ヴァレリアはヒョロ男の顔面を掴んで締めげる。
なんと、アイアンクローだ。しかも爪を立てながらの凶悪さ。うーん、クロー系の技もいいわね。私の握力なら色々応用できそうだし。
ヒョロ男は死にそうな声で分かったとか、話すからとか、必死に懇願しながらヴァレリアの腕をタップする。
締め上げの苦しみから解放されると渋々ながらも口を割り始めた。
「……レコード、でしたよね。地下にあります。それよりも何なんですか、あなたたちは」
「地下? そこらにポンと置いてあるわけじゃないわよね。案内しなさい」
自己紹介なんてしてやるつもりはないし、家捜しなんて面倒なことをするつもりもない。こいつにブツがあるところまで案内させればいい。
まだ痛みはあっても歩けない程じゃないだろう。ヒョロ男を無理やり立たせると、ヴァレリアを伴って地下に向かう。
「グラデーナ! オフィリア! 私たちは地下に行くわ! ここを片付けたら後できなさい!」
趨勢の定まった戦いをこれ以上見守る必要もない。
ふたりの返事も待たず、階下に下りる。
一階に下りると、すでに戦闘支援班はここにいない。外のシェルビーと合流して待機中かな。
フロアの隅のほうにはワイヤーで雁字搦めにされた男たちが、武装解除されて捨て置かれてる。こいつらには用もなければ興味もない。
辺りを見回すものの、地下の入り口らしきものは分からない。そもそも一階にも二階にもこれだけの人数を賄うための物資が見当たらない。そう言えば、出発の準備をしてるって言ってたっけ。とすると、物資はすでに外の車両に積み込んであるに違いないわね。
でもその状況でレコードがまだ地下に仕舞われたままってはおかしい。何か変ね。
「地下の入り口は?」
案内させたヒョロ男の先導で階段の裏手回ると、目立ちにくい扉から地下に下りる階段が見つかった。
「もうここで勘弁してくださいよ。あとは好きに探せばいいでしょう。仲間の治療を先に」
「ダメよ。あんたが先に行きなさい」
「い、いやっ、そんな必要がどこにありますか! もう十分でしょう!」
「ヴァレリア、そいつを先頭にして地下に行くわよ。前に出ないようにね」
「はい」
逃れられそうにないと分かると、露骨に嫌がって暴れるヒョロ男。怪しいなんてもんじゃない。
私は剛槍の切っ先を突きつけて先に下りるよう命令する。
「先に下りなさい。これ以上、無駄口を叩くことは許さないわ」
真っ暗な階下に向かって光魔法の光球をいくつか飛ばして明かりを確保する。
それから背中に剛槍を突き立てるようにして脅しながら地下への階段を下りる。それほど長くはなく、地下のフロアはすでに見えてる。
一階と同じような石材を使った床だけど、微妙に違うのはすぐに分かった。わずかに魔力反応がある。
階段の終わり、あと一歩進めばフロアに踏み出せる位置でヒョロ男が立ち止まる。
「……なにしてんの。行きなさい」
何を考えてるのか、ヒョロ男は挙動不審な動きをし始める。
イラッときたらしいヴァレリアがその背中をぐいぐいと押す。
「ちょ、ちょっと待って、やめ、やめろー!」
「ヴァレリア、待って。あんた、何を恐れてるわけ? 今なら説明する時間をあげてもいいわよ」
「はぁ、はぁ、はぁ、う、上です。上に」
上? 見上げるとギリギリ手が届くくらいの位置に、操作パネルのようなものが埋め込まれてる。あらかじめそこにあると知ってなければ気が付かないくらいに目立たない造りだ。
「これは?」
「……設置型魔道具の操作盤です。起動を解除すれば部屋に入っても問題なくなります」
トラップか。モノによっては私たちでも危なかったかもしれない。こいつを連れてきて正解だったわね。
それにしても。
「そんな部屋に私たちを入れようとしたと」
「いやそれは、敵なんだから当然でしょう! それに侵入者を捕えるための罠ですから、死ぬような事はありません!」
まあ、それもそうね。上手いこと罠に掛かれば一発逆転できたかもしれないんだし。
でも死ぬようなことがないってのはどうだかね。
「そう、死ぬことはないのね。それなら試してみようか」
不意を突くように、トンッと軽く押してやる。
「え、えっ、おああああああっ!」
床に向かって倒れるヒョロ男。それは着地した瞬間じゃなく、体感で一、二秒後に発動した。
慌てふためくヒョロ男を襲う青白い雷光。地面を這うようにして入り口付近の床を明るく照らす。
罠の発動時間は短いものの、それだけで事足りる威力がある。ヒョロ男は声も出せずに昏倒して横たわってる。
「……これは危なかったわね。咄嗟に避けたり防御できるようなもんじゃないわ」
「お姉さま、まだ危険があるかもしれません」
確かに。最初の罠を越えて油断したところを襲う二重の罠なんてのは、ありがちだけど引っ掛かりやすい。
魔力感知で魔道具があるかどうかは見破れるけど、物理的な罠には対応できない。慎重に行くべきね。
とりあえずは上の操作盤から魔力供給をカットして電撃の罠を停止する。
他に魔力反応はないから、魔道具を使った罠の心配はない。あとは対物理装甲を全周囲に張り巡らせると、ヴァレリアを待たせたまま慎重にフロアに侵入。ここまでは問題なし。
そのままゆっくりと地下室を一周した。
「異常なしと。大丈夫そうね」
軽く一周しただけで分かったけど、ここには何もない。もぬけの殻でレコードどころか備え付けの棚くらいしかない。
結局、融資用のレコードカードはどこにあるんだろうね。外の車両の中を探ってみるしかないか。そこにあればいいんだけど。
「ヴァレリア! 外のシェルビーたちに、こいつらの車両を探るように伝えて。レコードとそれから、何か金目の物をね」
「はい、お姉さま」
元気よく先に駆けていくヴァレリア。さてと、あとは倒れたままのヒョロ男をまた尋問かな。
顔を向けようとして、そこでふと違和感を覚える。
「ん? あれは」
壁際の何も置かれてない大きな棚。良く見ると、ぴったりと壁際に置かれず、不自然にほんの少しだけ斜めになってる。怪しい。
近づいて軽い棚をひょいっと退かすと、これまた大きな鉄製の扉が現れた。
「隠し部屋か」
何かあるのは間違いないわね。
かんぬきで施錠された扉だから、こっち側からなら簡単に開錠できる。でもこの構造は嫌な予感がするわね。
うーん、ここで躊躇ってても始まらないか。意を決してかんぬきを外すと、扉を慎重に開く。
「……うっ!」
僅かに開いた扉の隙間から漏れてくるのは強烈な臭気。鉄臭いような生臭いような、ただただ不快な臭いに顔をしかめる。
私の背後に浮かぶ光球が僅かに照らすのは、床に広がる黒いシミ。ああ、やっぱり。嫌な予感ほど良く当たる。
見なかったことにはできない。覚悟を決めて光魔法で扉の奥を照らし出す。
最悪の気分ね。
あったのは亡骸。それも何体もの女性の亡骸だ。なぶりものにされたあげく、命を奪われたようだ。身なりからして、難民かスラムの住人だと思う。身寄りがない人はターゲットにされやすい。
状態を見るとまだそれほど時間は経ってないように見えた。奴らが撤収の準備中だったとすれば、きっと彼女たちは用済みってことで処分されたんだろう。
はぁ。気が滅入るわね。あとで守備隊に通報しておこう。
隠し部屋から出て地下室の入り口のほうに戻る。
ひょっとしたら電撃の罠は侵入者用ってよりも、中から逃がさないための意味合いのほうが強かったのかもしれない。
気を失ったままのヒョロ男に殺意を覚えるものの、今はそれより優先することがある。
起こす前にヒョロ男の懐を探ってみれば、レコードは見つかったけど、残念ながらこいつ個人の物だった。
本人の魔力認証がなければ勝手に使うことはできないから、そのまま没収をしても嫌がらせ程度の意味しかない。
そんなことより本命はどこに行ったのか。誰かが持ってるのか、どこかに保管されてるのか。外の車両から発見できればいいんだけど。
車両になかった場合、もう考えたって分かるもんじゃないわね。
「こら、起きなさい!」
スパンッとひっぱたいて、気を失ったままのヒョロ男を起こそうとするけど、なかなか目覚めない。面倒ね。
魔法で回復薬の水球を作ると、顔面に落として無理やり覚醒させる。
「……ぶはっ! ごほっ、はぁ、はぁ、はぁ」
苦しそうではあるけど、これなら問題ない。立ったまま見下ろして最後の質問を投げかける。
「聞こえてるわね? さっきの質問と同じよ。もう一度だけ聞くわ。融資用のレコードカードはどこ?」
黙秘のつもりか無言のヒョロ男。時間稼ぎや交渉に付き合うつもりは全くない。
手に持った剛槍の石突をヒョロ男の膝に向かって軽く振り下ろす。砕ける手ごたえ。
こいつの苦悶の悲鳴なんて聞くに値しない。
「一度だけと言ったはず。これはサービスよ。最後にもう一度だけ聞くわ。融資用のレコードカードはどこ?」
呼吸を整える時間くらいは待ってやろう。
「も、もう、ここには、ありません。別の仲間が、とっくに、持ち出して、いますっ」
「それは誰? 今はどこに?」
「それだけは、言えません。言えば、どの道殺される」
ふーん。じゃあ、もう用はないわね。
結局は遅かったってことか。あとは損害を最小限にできるよう何とかしたいわね。
階段を上がって一階に着くと、そのタイミングで玄関扉が勢いよく開いた。
「お姉さま!」
ヴァレリア? 慌てたような様子からして、まだ何かあるようね。
切りの悪いところですみません。次回に続きます。
次回で一区切りのような感じで、新展開?に突入する予定です。