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思わぬ提案

 宴もたけなわ。そろそろパーティーも終わりの時間だ。

 バルジャー・クラッドのスピーチが、締めくくりに向かって進んでる。


「――さて、ここで約束を果たそう。キキョウ会の二人には、勝利を称えて報酬を贈らせてもらう」


 ふう、やっときたか。このままスルーされるんじゃないかと疑ってのは内緒だ。

 私はバルジャー・クラッドの言葉に澄まし顔でうなずいた。


「まずは我々クラッド一家から。中央通りに移動用の魔道具専門店があるのは知っているだろう? そこで一台好きなものを選んで持って行くといい。俺のツケにするよう話は通しておく。それでどうだ?」


 おお、それはいいわね。不満なんてあるわけない。

 前から欲しかった大型車両を持ってってやる。あれって買ったら高いからね、普通に嬉しいプレゼントだ。

 内心の喜びを隠しながら、ありがたく頂戴しますなんて殊勝に感謝を表した。


「俺のシマには優秀な鍛冶職人がいてな。俺の払いで武具の受注生産を受けてやるから、後で希望を寄こせ」

「こっちは魔道具の輸入で稼いでるから色んなのがあるぜ。なんか目ぼしいのを送っといてやるよ」

「俺のとこは酒樽だ。一級品を送ってやる! ありがたく思えよ!」

「ならばわしは秘蔵の酒を融通してやる。お前のところの酒場に卸してやろう。何しろ貴重な酒でな。定期的に決まった本数とはいかんが、その酒を飲めるとなれば、遠方からも多くの客が押し寄せる名品ぞ」

「ヤクはやらないんだよな? それなら中古車両を何台か譲ってやる。ドン・クラッドのように新車とはいかねえが、ウチは中古車市場でも儲けてるからな」

「わしのところは、そうだな……」


 集まった親分たちから、次々と思った以上の報酬が約束されてしまった。

 みんな太っ腹なのは、見栄を張ってるところもあるんだろうけどね。


 そして残すはマクダリアン一家とアナスタシア・ユニオンのみ。何が出るのやら。

 注目を集めるなか、先にアナスタシア・ユニオンが動いた。


「俺の妹を――」

「いらないわ」


 即座に却下すると、和やかな笑いが起こる。


「話は最後まで聞け。俺の妹をキキョウ会との窓口に据える。何かあった時、一度だけキキョウ会の力になろう」


 ざわつく一同。たしかに、これは予想外の報酬だった。

 一度だけとはいえ何か面倒事が起こった時には、アナスタシア・ユニオンが後ろ盾になってくれると解釈した。たぶん、ここにいる全員がそう考えただろう。


「不満はあるか?」

「ないわね。でも約束は果たしてもらうわよ? その時がどんな状況だろうともね」

「約束は守る。ここにいるお歴々の前での約束だ。必ず果たそう」


 よし、言質げんちは取った。メンツを大事にするこいつらなら、約束破りはそうそう起こらないはず。

 まだざわつく一同をよそに、慎んでその報酬を頂くこととする。


「それで窓口ってのは、具体的にはどうすんの?」

「妹をお前たちに預ける」

「はあ?」

「ちょっとお兄様、聞いてないわよ!」

「冗談だ。女同士、定期的に交流を図っておけと言う事だ。何かあれば妹から知らせてもらう」


 びっくりした。冗談なんて言う性格だったのか。しかし冗談にはまったく聞こえなかったあたり、センスがなさすぎる。

 もし本気だったとしても、ウチに部外者が住み込むなんてお断りだ。ちょっとお泊りくらいなら構わないけど、住むとなれば話は変わる。ウチは表に出せないモノがたくさんあるからね。


 問題は天下のアナスタシア・ユニオンの総帥ともあろう人が、何を考えて自分の妹を差し出すような真似をしてるのかってことよね。

 うーん、手っ取り早く聞いてみたいけど、周りにこんなに人がいる状況じゃ話してはくれないか。まあいい。


「遊びになら、いつでもきなさい。歓迎するわよ」


 妹ちゃんに向かって歓迎の意思を伝えてやる。ウチに住むことが撤回されたせいか、妹ちゃんもほっとした様子だ。


「そうですか? それなら近々お邪魔します。実はそちらが経営されている花屋が気になっていまして」


 リリィの花屋の評判がこんなところにまで。本部の空中庭園も見せてあげたら喜ぶかもね。

 ここで雑談するわけにもいかないから、花屋訪問については軽くうなずくに留めて話を終えた。


 あとはマクダリアン一家を残すのみ。


 ここにいる誰にとっても、マクダリアン一家がキキョウ会を目障りに思ってることなんて周知の事実だ。

 今日の戦闘隊長を叩きのめした件も含めると、相当頭にきてると思う。

 そんなマクダリアン一家が贈る私たちへの報酬。ここにいる一同みんなが気になってるはずだ。


 注目を一身に集めるマクダリアンが重い口を開いた。


「……キキョウ会には色々と世話になっているようですからな。その件も含めて報酬は弾みましょう」


 皮肉のつもりか。私たちは売られた喧嘩を買ってるだけだっての。


「そうですな、当一家からは彫像を贈りましょう。高名な彫刻家が知り合いにおりましてな。キキョウ会のさらなる繫栄を願って、特注で作らせ贈らせてもらいましょうか」


 彫像? なんていうか、微妙。

 正直いらないけど、高名な芸術家の作品ともなれば高値が付くのかもしれない。まあいいわ。


「ありがとうございます。ドン・マクダリアンのご厚意に感謝を」


 内心を余所に表向きは丁重に感謝を示した。我ながら、できた女よね。

 その後はジークルーネと一緒に、改めてすべての親分たちに感謝を告げた。



 いい感じに話もまとまって、これで終わりかという頃合いに、一人の秘書っぽい風体の男がこそこそっとバルジャー・クラッドに近づいた。

 そしつが主人に耳打ちし、またこそこそっと下がる。するとバルジャー・クラッドは、心なしか表情を引き締めて私たちに向き直った。


「たった今、レトナークについて新たな情報が入った。ここにいる皆さんであれば、ある程度の情報はすでにお持ちだろうが、これは確定情報だ。共有しておこう。それから最後に一つ、前々から考えていたのだが、皆さんに提案がある」


 レトナークか。またロクでもないことが始まるのかな。あとでジョセフィンにも確認しよう。

 さて、提案とやらはなんだろうね。


「ここのところ小康状態だったレトナークだが、内戦激化は確たるものとなったようだ。武器と魔道具、回復薬や食料の調達に傭兵の募集、動きが具体化している」


 へえ。ウチでもジョセフィンが前から可能性は指摘してた。

 おそらく増えるだろう難民の流入に備えて、シマの警備の強化に手を付けてるところだった。

 確定情報となれば、また忙しくなりそうだ。


「そこで我々クラッド一家からの提案だ」


 バルジャー・クラッドは一度言葉を切って、一同の耳目を集中させる。


「本日から二年間の相互不可侵協定を提案する。これは暫定の期間だが、半年に一度の総会でこの期間についての短縮、延長を改めて協議したい」


 一同の様子を伺いつつ、バルジャー・クラッドはさらに続ける。


「戦争となれば稼ぎ時だ。そんな時にエクセンブラのなかで足の引っ張り合いをやりたくないのですよ。戦時徴発についても共同で拒否するよう手を組みたい。これは我々だけでなく、エクセンブラの利益にもなる。賢明なる皆さんなら、ご理解頂けるものと思うが如何か?」


 ……ふん。悪くない。悪くないわね。

 少なくともキキョウ会としては、デメリットはないように思える。特にウチは色々な事業が動き始めたばかりだから、邪魔をされたくない。

 嫌がらせ程度はなくならないだろうけど、相互に不可侵とする協定が成立すれば、少なくとも全面抗争は避けられるはずだ。戦時特需の間は金儲けに集中できるし、力を蓄える期間にも充てられる。


 ウチだけじゃなく、ここにいる誰にとってもビジネスを考えれば悪くない提案だろう。


「ここで皆さんの決裁を得られたならば、即時発効としたい」

「内戦の間は手を組む、というのは悪くない。だが、レトナークの徴発部隊に対してはどうするつもりだ? 下手をすればエクセンブラとレトナークの戦争にも繋がりかねんぞ」

「エクセンブラと優勢の軍事政権側には繋がりがある。徴発部隊を送り込んでくるとしたら、クーデター側になるだろう。そうなった場合は、エクセンブラと軍事政権側で共闘する事が可能だ」


 そもそもエクセンブラの代官は、正式にレトナークから送り込まれてる人だからね。

 税金は普通に取られてるけど、さらなる重税だとか徴発なんかすれば、クーデター側に寝返りかねない。というかエクセンブラの悪党どもは、利益のあるほうに付くだけだ。ウチも含めてね。


 その他の細かな疑問にも、バルジャー・クラッドは明瞭に答えていった。


「皆さんの疑問、疑念は晴れたと思う。では決裁を。反対する者は名乗り出てくれ」


 話し声が静まり、沈黙が場を支配した。さすがに反対する奴はいないみたいだ。

 レトナークのクーデター側と繋がってる組織があったとしても、この状況で表立っては動けないだろうね。

 反対者なしとして、バルジャー・クラッドがまた口を開く。


「賢明なる諸氏に感謝を。相互不可侵協定及び、徴発部隊に対する武力協定は現時点をもって発効とする。いつものとおり、協定破りには死をもってあがなう事。ではまた、次回の総会にてお会いしよう」


 これにて解散!

 私とジークルーネはそそくさと退散した。



 今回の総会で裏社会におけるキキョウ会の立ち位置が、どう変わったのか今はまだ判断できない。

 ただ、ほかの組織が見る目は変わったように思う。

 特に保有戦力に関しては、ジークルーネの戦闘を見てしまえば認識を改めざるを得ないはず。親分たちは喜びながら見物してたけど、腹の内では色んな計算が働いてただろうね。


 ウチを懐柔しに接近するか、敵対して排除するか、あるいは傍観を決め込むか。まずはウチに対する情報収集が活発化するだろう。

 ジョセフィンたちには、また苦労をかけることになりそうで頭が下がる思いだ。



 思ったよりも長引いた総会とパーティーに気疲れした私は、合流したヴァレリアの柔らかな髪をぐりぐり撫でまわして癒しを得た。

 帰りはドクのガレージに寄ってブルームスターギャラクシー号を預けてから、愛しの我が家、キキョウ会本部に帰還した。

 そのまま今日の決定について、臨時の幹部会を開いて報告した。


「相互不可侵協定ですか。キキョウ会としては歓迎できますね」

「五大ファミリーからの提案なら、簡単に破られる事はねえだろうな」

「半年ごとに協議とはいえ、二年もあるのか。その間、喧嘩はなしか?」

「クーデター側の徴発部隊がやってくるのは本当ですか?」

「難民対策はより厳しい状況を想定すべきですわね」


 みんなそれぞれに総会で分かったことを噛みしめてるようだ。

 私は気楽なもの。みんなに任せとけば、いいようにしてくれる。


「情報班は大変だと思うが、レトナークの調査を頼んだ」

「難民も冬の間は移動できないだろうし、問題になるのは春からだな」

「まだしばらくはいつもどおり、いや、喧嘩は少なくなるのか? そしたら結構暇になるかもな」

「こんな時だからこそ、暗躍するのが必ず出てきます。気を緩めるのは良くないですね」

「訓練は手抜かりの無いように、むしろより高度な実戦を前提としたものに変えていくか」

「またメンバーが増えるなら、冬の間に新しい商売のネタでも考えておいたほうがいいかもしれません」

「わしらもそろそろ弟子でも取るか?」

「燻っているのは各分野にいそうですからね。その辺の開拓も進めますか」


 次々と提案、検討されていく必要事項。頼もしいメンバーたちだ。

 その後も私やジークルーネは意見を求められた時にしか口を開かない。幹部たちも色んな意味で成長してるわね。


 やることはたくさんある。だけど私の役割はメンバーみんなが働きやすい環境を整えることだ。

 あとは任せとけばいい。楽になったもんよね。



 ――総会から数日後、少しずつ余興で戦った時の報酬が届き始めた。


 酒樽や酒瓶の多くは、本部や支部のみんなで飲めるように開放した。いくつかは働いた私とジークルーネで先に確保したけど、残りをキキョウ会のみんなが好きに飲めるように差配したんだ。

 一部の高級酒は王女の雨宿り亭に直接卸される約束だったから、それはもちろん営業用にして手を付けることはない。興味はあるんだけどね。名物になり得るって話だから、素直に店で出すために使うことにした。商売繁盛に繋がればありがたい。


 武具や魔道具も使えないような物が届くことはなくて、面白いものが色々と届けられた。

 高名な武器職人に特注してくれるって話には、ジークルーネが直接出向いて発注した。私のは不要だから、ジークルーネ用に好きにやってもらう。


 他の武器商人をやってる組からは、それこそ一軍でも編成するのかってほどの、冗談のように大量の武器防具が届けられた。

 ゴミみたいのが届けられたわけでもなく、普通に使える物だ。正直なところ意味が分からない。まあウチはメンバーがガンガン増えるし消耗も激しいから、そういう意味じゃありがたい。

 後で聞いたところによれば、借金のかたにぶんどった武具が大量にあって、保管に困ってたらしいのをこっちに寄越したんだとか。なんだかね。


 魔道具の商売をやってる親分は、密輸品も含めてピンからキリまで色んな商品があるって話してたけど、実際に面白い物がいくつも届いてみんなに好評だ。

 映像記録用のカメラの様な魔道具が特に人気。ほんの数秒の記録しかできないけど、それでも玩具としてなら十分使えるし面白い。

 私はダイナマイトのように爆発することを目的にした使い捨ての魔道具がお気に入りだ。爆発くらい魔法で事足りるのにね。ちなみこれは超アングラな商品らしく、滅多なことじゃお目にかかれない代物らしい。ひょっとしたら処分に困ってウチに寄越したのかもしれないってことで、ジョセフィンが色々と調べてみるって話になった。

 ほかには霧を発生させる魔道具とか、極小規模だけど結界魔法の模造品のようなものまであった。これも拾い物だったと思う。


 あとは移動用の魔道具。

 バルジャー・クラッドからの贈り物である新車については後日、こっちから選びに行くからまだない。

 同じく中古車両を融通してくれるって話もだ。これはみんなでよく相談してから、必要なものを確保するつもり。



 総会は面倒ではあったけど、終わってみれば太っ腹な報酬があって、悪くないどころか良い結果に終わったと思える。

 今後は力を蓄える期間として、より隙のない組織を目指す。

 何よりも、もっと力を、もっと金を!

 私が満足することはない。

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