副長、怒りの鉄拳
マクダリアンの提案に対して、盛り上がるパーティールーム。私にもっと戦えってわけね。
報酬に釣られてやったとはいえ、見世物になるのは一度で十分だ。冗談じゃない。
「諸兄、待っていただきたい!」
この状況に唯一の味方、ジークルーネが再び吠えた。さすが私の副長だ。
「約束を果たした会長に、これ以上の要求は無礼ではありませんか? しかし、ドン・マクダリアンを含め多くの諸兄がご不満とお考えならば、このわたしが剣を取ることでご容赦願いたい。お相手はどなたでも結構です」
そう宣言して、バルジャー・クラッドや周りに目を向けるジークルーネ。
え、私がやらなくても結局は戦うってこと?
「ちょっと、ジークルーネ」
「君はキキョウ会の副長だったな。いいだろう、これが最後だ。皆さんもそれでよろしいな。では、誰が相手をする?」
バルジャー・クラッドは少し迷ったようだけど、ジークルーネの言うことに一理あると思ったのか提案を了承した。今度は親分衆が腕自慢の部下を披露したいとでも思ったのか、自分が自分がと騒がしくなった。
まあ、ウチの副長の強さもついでに見せつけとけばいいのかな。特別な実力者は、たぶんこんな余興には出ないだろうし。
「……そこの嫌らしい目つきの男、お前だ。わたしたちが気になって仕方ないのだろう? 特別に相手をしてやる」
なんと親分衆が揉めてる間に、ジークルーネが対戦相手を指名した。
しかもよっぽど気に食わない野郎と思ったのか、言葉遣いも完全に敵に向けるものだ。これまでは控えめに丁寧な言葉遣いだったのに、いきなり言われた相手からしてみれば、舐められたと思って激怒しそうなものだ。
でも、胸がすっとする思いだ。五大ファミリー含めた親分衆のいるこの場所で、なかなか気持ちの良い啖呵を切ったじゃないか。
「ボス、いいですか?」
奴はマクダリアンの手下らしい。武器をかざして戦闘の意欲を示せば、ボスが適当に手を振って了承の合図を送った。
周囲で湧くざわめきの中から言葉を聞き取ってみれば、戦闘隊長がどうのといった言葉がいくつも耳に入った。どうやらそれなりの実力者みたいだ。
総会に参加できるのは、代表と次席かその代理だけだ。たぶん戦闘隊長はマクダリアンの護衛として、次席の代理でこの場にいるんだろう。
ここは余興を隠れ蓑に売られた喧嘩を、ジークルーネが積極的に買った場面と考えていい。
相手は因縁あるマクダリアン一家の戦闘隊長、これは面白い展開じゃないか。
私がニヤリと笑ってやれば、副長も同じように笑った。うん、なんの心配もない。
ジークルーネは中庭に向かうため、背中を見せながら悠々と歩いて廊下へ姿を消す。
後ろに続くのはマクダリアン一家の戦闘隊長だ。あいつ、微妙に間合いに入ってた。ジークルーネは完全に無視してたけど。
少ししてから二人が中庭に姿を見せる。衆目が二戦目を待つ状況で、さすがに興ざめな不意打ちはしなかったようだ。
うーん、さっきのは心理戦の一環かな。セコい奴。
二人が中庭の中央で向かい合うと、合図も会話なく戦闘が始まった。
ジークルーネの武器はいつものオーソドックスな長剣。ただし、私と同様に身体強化魔法はだいぶ抑えめだ。
対する戦闘隊長は細身の剣を使うようだ。身体強化魔法はかなりのレベル。こっちもまだ本気じゃないだろうけど、相当な実力者と見受ける。もちろん、総帥の妹ちゃんとは比べるべくもない高いレベルだ。
最初は小手調べなのか、互いに突っ込んだ攻撃はせず、武器を打ち合わせるような感じで様子見してる。
「キキョウ会の、お前もそうだったが身体強化魔法が極めて弱い。だが、相手と同等以上の力を発揮している。どんなカラクリだ?」
「それを素直に言うと思う? いい女には秘密があるもんなのよ。黙ってなさい」
「いい女って……。あなた、なかなかいい性格してますよね」
妙に気安い総帥をはぐらかすと、妹も含めてやたらと私に話しかけてくるのを適当にやり過ごす。
その間にもジークルーネの戦いは続き、徐々に戦闘速度を上げていく。面白くなってきたわね。
私はもちろん、ジークルーネの勝利を信じてる。それも圧倒的な勝利をね。
そもそもジークルーネは生粋の指揮官タイプだ。戦いに熱中するよりも周りを見て的確に指示を出しながら、最も必要なところで剣を振るうことができる。
これは私にはない優れた能力で、彼女を副長に据えられるキキョウ会はとっても運が良いと思う。
当然ながら個人の戦闘力だって、私が頼りにできるくらい強い。剣や槍の腕のみならず、それを活かす魔法も。
ジークルーネの魔法適正は浄化魔法。めちゃくちゃ地味で戦いには向かない魔法適正かと思いきや、そんなことはまったくない。
浄化魔法は簡単に言えばキレイにする魔法で、適性がなくても第七級の下級魔法なら誰だって使うことができる。私も常用してるしね。
だけど浄化魔法の適性があると、これがまた一味違った魔法になる。
たとえばジークルーネの場合、戦闘中は常時浄化魔法を発動して一種の目には見えない、結界の様な物で自分自身を覆い尽くす。するとどうなるか。
汗に汚れず、血に汚れず、泥に汚れず、『汚れ』と判断するものを一切寄せ付けない。これは地味に凄い。
ちょっとした目つぶし程度なら、意識もせずに浄化してしまう。その『汚れ』はジークルーネのイメージに左右されるから、明確な線引きや定義すらない。
さらに浄化されるのは身体だけに留まらない。
ジークルーネの魔法のレベルなら、心、精神まで浄化することが可能だ。これは戦闘において大きなアドバンテージになる。何しろ、焦りとか恐怖とか怒りだとか、負傷による苦しみだとかの一切を浄化する。
常に冷静沈着、絶対に心を乱すことがない。
ちょっと強い攻撃魔法が使えるってことよりも、よっぽど大きな効力があると私は思う。
「あの副長、お前の陰に隠れているが、かなりできるようだな」
「あなたの副官なのでしょう? やっぱり凄腕なのですね」
「天下のアナスタシア・ユニオンの総帥とその妹に褒められて私も鼻が高いわ。彼女は我がキキョウ会の副長、ジークルーネよ。よく覚えときなさい」
増してゆく戦闘速度はそろそろ限界のはずだ。
戦闘隊長の身体強化魔法は、おそらく限界まで本気の力を出してると思う。そのくらいの必死さが見え隠れする。
だけど、対するジークルーネはちっとも慌てず、身体強化魔法も最初から変わらずの出力で淡々と高速戦闘に付いていく。無傷なのはもちろんのこと、息も乱さずに戦う姿を目の前にする戦闘隊長はどんな気持ちだろうね。
戦闘隊長の焦りは手に取るように分かる。
自分の身体強化魔法は相手を遥かに凌駕する。なのに増していく速度に軽々と付いてこられ、技も通用せず、力でも押し切れない。
恐怖だろうね。まさに得体が知れない相手で、打破する道はどこにもない。圧倒的な実力差を嫌でも痛感するしかない。
ジークルーネのあれは完全にわざとやってるわね。相手にとことん力を出させて、その上で絶望を与えながら完全勝利を収める。キキョウ会に敵対的なマクダリアン一家の戦闘隊長だからか容赦がない。
でもそろそろ終わるはず。相手が悪いだけで戦闘隊長とて実力者だ。切り札の一枚や二枚はあるはず。とは言え、こんな衆人環視の前でそれを使うとは思えない。手がないなら、無様を晒す前に適当なところで負けを選ぶだろう。
最後はどうするつもりかな。やっぱりジークルーネ次第か。かなり怒ってたし、殺しはしないだろうけど相当キツイのをお見舞いして終わりかな。
見世物としては、私と妹ちゃんの戦闘よりも高度で迫力があったわね。
「いやいや、さすがはマクダリアン一家の戦闘隊長ですな! なんと見事な戦い振りか」
「それと互角に戦うキキョウ会の副長も大したものですな。女にしておくのはもったいない」
立ち位置を目まぐるしく変えながら武器を振るう姿は親分たちに大好評だ。この部屋の中でジークルーネと戦闘隊長の実力差を把握できてるのは、《雲切り》と総帥、そして総帥から説明を受けてる妹ちゃんくらいのようね。
攻防の最中、ジークルーネが少しだけ身体強化魔法の出力を増加した。その必要さえないと思うけど、決定的な差を誇示するつもりみたいだ。
速度、技、力、そのすべてにおいて圧倒的にジークルーネが上回って、一方的な展開に推移する。
戦闘隊長の焦りがピークに達し、一旦距離を取ろうとしたのが分かったけど、ジークルーネはそれを許さない。どうにか隙を作ろうとしても、上手くいかないみたいね。
すると、戦闘隊長はとんでもない手に打って出た。
「愚かな」
「え、なんですか?」
隣の兄妹の呟きが意味するところは、もちろん私は理解してるし即座に対応した。
乾いた金属音が、空中で微かに響く。
私が懐のポケットから瞬時に抜いて投げ放ったナイフが、空中でナイフを迎撃した音だ。
投げられたナイフにはご丁寧に毒まで塗ってあった。私は見逃さない。
この刹那の攻防を理解してるのは、例によって《雲切り》と総帥だけだろうね。別にどうでもいいけどさ。
毒のナイフはもちろん私を狙ってたわけだけど、一歩間違えば他の人をも巻き込みかねない、あまりにも愚かな選択だ。いくらジークルーネから隙を作りかったんだとしてもね。さり気なくなかったことにしてやった私に感謝して欲しいくらい。
当然、この事態を把握してるジークルーネだ。目の前で行われた蛮行に、怒り心頭に発してる。
隙を作るどころじゃない。この戦闘中、初めて見る凄まじい爆発的な速度で戦闘隊長に接近すると、なんと剣を手放して拳をストレートに撃ちだした。
「なにっ!?」
「まあっ!」
剣を捨てたことに対する驚きか、速度に対する驚きか、その両方か。
ジークルーネのいつもとは違う感情むき出しの攻撃は、あれ、浄化魔法をカットしてるわね。どういうつもりなんだか。
ラッシュ、ラッシュ、ラッシュ!
拳の乱打を受けて完全にサンドバッグ状態になる戦闘隊長。
顔面への右ストレートから始まったラッシュは、ミスリルを使った軽装鎧をものともせず、上半身をまんべんなく滅多打ちにしていく。
倒れることさえ許さないラッシュは、最後に痛烈な顎への一撃でもって終わりを迎えた。ゆっくりと仰向けに倒れる戦闘隊長の姿は、非常に絵になる場面だ。
静まり返るパーティールーム。
一拍遅れて我を取り戻す親分たち。
「な、な、なんじゃありゃーーー!」
「スゲェ! スゲェ!」
「仮にもおなごが何という戦いをしよるのか、面白い!」
「……惚れた」
「うおおおおおおおおおおおお!」
「ははははははっ、なんだよあれ!」
「見事! 見事じゃ!」
大いに盛り上がるか、あるいは絶句するか。いずれにせよジークルーネの戦いは、親分たちに大きな衝撃を与えたようだ。
何だか私の顔見せってよりも、ジークルーネのほうが完全に目立ってるわね。
キキョウ会は私だけのワンマン組織じゃないってことが、図らずもこれで理解されるに違いない。結果オーライだ。
「キキョウ会か。会長と副長の実力は目を見張るものがあるようだ。俺とて甘く見ていたかもしれないな」
「まったくです。いったい何者なのですか?」
感心する総帥と妹ちゃん。だけど、まだ分ってないわね。
「勘違いしてるみたいだから、一応言っとくわ。さっきのウチの副長、あれが全力じゃないってことくらい分かるわね?」
「ああ、剣が本領なんだろう? あれはただのパフォーマンスに過ぎないことくらい理解している」
魔法薬のカラクリがなくたって、圧倒的な実力差があった。本気のジークルーネなら剣を抜く必要すらないほどに。
それも五大ファミリーの戦闘隊長を務めるような男を相手にだ。エクセンブラに同じことができる奴が、ウチを除いてどれだけいるのか。
「それだけじゃないわ。ウチは私と副長だけじゃないってことよ」
「何だと?」
「まさか、あなたたちのような実力者が、まだいるなんて言わないでしょう!?」
何を今更。キキョウ会が治めてるのは小さなシマにすぎないから、過小評価されるのはしょうがない。
だけど、思ってた以上に舐められてるようだ。
「さっきのジークルーネは全然本気じゃなかった。あんたたちには悪いけど、私だってそうよ」
この際、アナスタシア・ユニオンだけにでも理解しといてもらおうか。
「でもね。『あの程度の戦闘』なら、ウチの戦闘班なら誰だってできるのよ。誰だってね」
文字どおり、ウチの戦闘班なら誰でも可能だ。もちろん見習いは除くとして、新規のメンバーは全力を出す必要があるけどね。それでも全力を出しさえすれば圧勝できる。それほどまでに鍛え上げてるのがキキョウ会の戦闘班だ。
今日の戦闘隊長とジークルーネの戦いを見て確信した。私たちは強い。強すぎるほどに強い。
だけどそれは今日の相手のレベルが低いからだ。私は決して慢心しない。なぜなら隣にいる総帥と《雲切り》は、たぶんキキョウ会戦闘班の上を行く、本物の実力者だからだ。そんなのが少数であれ存在してる時点で慢心なんてしてられない。
私の言葉にアナスタシア・ユニオンの兄妹が考え込んでると、ジークルーネがパーティールームに戻ってきた。
盛り上がってた親分たちが勝者を称えてさらに盛り上がる。
群がる親分に逐一丁寧に応じる姿も好感度が高い。我が副長はカッコいい騎士タイプの美女だからね。この場に女性がいたら、もっと盛り上がってたに違いない。
「お疲れ、ジークルーネ」
「戦闘よりも、挨拶のほうが疲れたな」
「その割にはサマになってたわよ?」
「わたしとて元は青騎士だ。社交の心得くらいはあるぞ?」
そういやそうだったわね。どうりで堂に入った感じなわけだ。
「それはそうとジークルーネ。素手でミスリル鎧への打撃なんて、私だってやらないわよ? あと浄化魔法、カットしてたわね?」
「つい熱くなってしまった。だが、こういった時には冷静でいるよりも、思いの丈をぶつけるのが良いとキキョウ会で学んだからな」
ニヤリと笑って見せるジークルーネは前から思ってたけど、もう完全にウチのノリに染まってるわね。
「なに、適度に痛めつけるには、斬るよりも殴るほうが効果的だろう。さすがにユカリ殿のように、鎧を砕くことはできなかったが良い経験になったぞ」
それが結果的には大好評。この分だと報酬にも期待できるかもね。
何やら考え込むアナスタシア・ユニオンの兄妹と、まだ盛り上がる親分たち。そして無表情のマクダリアンと不満げなその一派。
振舞われる酒と料理が、タイミングを見計らったように追加でどんどん運び込まれる。
バルジャー・クラッドがパーティールームに招き入れた、新たな余興のための人員。
私とジークルーネはひと仕事終えて、せっかくだからとのんびりとした気持ちでそれらを楽しむ。
就任祝賀パーティーは盛り上がりを極める。ほんの一部の思惑を叩き潰したこと以外、大成功で終わりそうだ。




