観音打法
剛槍を取りに駐車場にまで戻ってみれば、なんだか微妙な緊張が満ちる空間がそこにあった。
それというのもちょっと距離を置いた場所から、強面の野郎どもがウチのメンバーを取り囲むように陣取ってるんだ。なんか剣呑な様子でね。
ところがみんなは、周りの奴らなんか眼中にない。
「ちょっとヴァレリア! ブルームスターギャラクシー号にまたがるのは危ないよ! ほら、バランスがっ」
「ユカリさんに怒られるよ!」
「おい、ジープを持ち上げて遊ぶのはやめろ!」
「はっはっー! 見よ、この力っ」
私とジークルーネが苦笑しながら近づくと、みんなはすぐに気づいて笑顔で迎えてくれた。
「お姉さま!」
ヴァレリアは友達になったロベルタとヴィオランテが一緒で、いつもよりテンションが高いらしい。微笑ましいじゃないか。
「お疲れ様です! 総会はどうでしたか?」
「さっそく何人かぶっ倒しましたか!?」
「会長と副長なら、睨んだだけでイチコロですよ!」
若いメンバーは元気が良すぎるからか、妙なテンションで次々と労ってくれた。
「まったく。みんな、のんきなもんっすねー」
シェルビーが苦笑しながらぼやいた。
ハイテンションはいいとして、みんな周りの状況に本当に気が付いてないわけじゃない。あえて無視してるんだ。見方によっては喧嘩を売ってるようなもんだけどね。実際、半分以上はおちょくってるんだと思うし。
それでもだ。一応、距離を空けてるとはいえ、雁首揃えて女を取り囲んでる睨み付けるほうが悪いに決まってる。
「あんまりはしゃぎ過ぎないようにね」
元気があり余って問題を起こさないよう、少しだけ釘を刺しつつ、ジープから剛槍を取り出した。
「何か問題はなかったか?」
「副長、ありません!」
「あってもすぐに片付けます!」
「油断はするな。何か動きがあったら、すぐ本部に応援を呼びに行け」
さすがジークルーネ。ハイテンションで遊び気分の若手を引き締めた。
剛槍を手に取ってみんなに向き直ると、周りへの挑発は控えるように私からも伝える。
奴らにも暴走する若いのがいるかもしれないし、少なくとも喧嘩を売るような態度は控えたほうがいい。
それに大した理由もなしに、招待を受けた先の庭で乱闘するのは行儀が悪すぎるってもんだ。
短い休憩を取ったら、そろそろ時間だ。
向かう前に小瓶を一本、二人して飲み干す。これは身体強化魔法の効力を発揮する魔法薬だ。
余興で戦う相手がどんな奴か知らないけど、貴重な実験の機会として役に立ってもらう。
魔法薬は一本飲めば半日は効果が続くから、早めに飲んでも効果切れの心配はない。
ジークルーネまで飲む必要はないと思ったけど、一応の備えってことらしい。まあ色々と予想できないことが起こりそうでもあるし、飲むことで損はない。
「じゃ、行ってくるわ。まだ時間かかると思うから、みんなも順番に食事でもしてきなさい」
「ここは頼んだぞ」
アンジェリーナとシェルビーを中心に後を託した。
ジークルーネと一緒に建物に戻り、今度はさっきの広間じゃなく上の階に案内された。
その部屋はシャンデリアがぶら下がってるような、豪華絢爛なパーティールームだった。並じゃない大金持ちの家って感じで、妙に感心してしまう。
「とんでもなく、金かかってそうね」
「ああ、贅の極みを尽くすような内装だな」
もちろん照明だけじゃない。足元のふかふか絨毯から調度品から何から何まで、私には良く分からないレベルで全部が高価な品々なんだろう。
さらには楽隊が奥のステージで静かに音楽を奏で、華やかなムードまで演出する。
給仕するのは見目のいい男と女。どっちもきわどい衣装で料理をテーブルに運んだり、酒を提供したりと忙しく働いてる。
内装や楽隊は上品でも、給仕たちの格好で一気に下品になる。別に彼らのせいじゃなく、主催者の趣味だからどうしようもないけど。
少し早かったのか、親分連中はちらほらといるだけで人数が少ない。
話しかけられるのは面倒だから、目立たないよう隅っこに移動だ。
一面ガラス張りの大きな窓際に寄って外を見てみれば、この部屋は中庭に面してるようだった。
中庭の外周には大きな樹木や生け垣があったり、川が流れてはそこに掛かる橋があったりと多彩な景観を作り出す。箱庭といった感じで面白い。
気になるのは、中央部だけがぽっかり何もないこと。そこそこ広い中央のスペースは、まるでそこだけが切り取られた舞台のようだ。まあ何となく、用途は想像できてしまう。
ジークルーネと中庭を見下ろしながら、魚が見えたとかどうとか何気ない雑談に興じてると、いい時間になったみたいだ。
「皆さん、お揃いかな?」
バルジャー・クラッドが登場して給仕に改めてグラスを配らせつつ、客が揃ってるか確認してる。
私たちにも新しいグラスが渡され、招待客は揃い踏み。始まるわね。
「まずは今日の良き日に、集まってくれた皆さんに感謝を」
気負った風もなく堂々と、それこそ今までずっと代表者だったかのように。若い見た目の割には貫禄のある挨拶が始まった。
特に興味がない私とジークルーネは、メインディッシュが置かれたテーブルに静かに移動して摘まみ始める。
話自体は聞いてる体を取りつつだし、すでに食べてるオヤジ連中だっているから問題ない。
私はこれから余興で戦わないといけないけど、腹が減っては戦はできないからね。それに美味しそうな肉料理が気になってしょうがないんだ。
色々な料理を少しずつ味見しながら満足感を得てると、スピーチもようやっと終わるらしい。
「催し物はいくつも用意させているので、どうぞ楽しんでいただきたい。それからキキョウ会のニジョーオーファスィさんはこちらへ。皆さん楽しみにしている」
おっと、もう準備の時間か。
「ジークルーネは好きにしてると良いわ。適当にやってくるから」
「せっかくの機会だ、わたしも特等席で見せてもらうさ」
「そう? あんまり面白い見世物にする気はないんだけどね」
ちゃちゃっと片付けるつもりではいるけど、相手はどんな奴だろう。
どうせなら、少しは楽しませて欲しいもんだ。
豪華絢爛な部屋から出て、窓から見下ろした中庭に行く。
事前に指定された中央まで進み、剛槍を片手にしながらそこに立った。
「ふーん、やっぱりね」
上から中庭を見下ろした時に思ったように、中庭の中央に空いたスペースは見世物用の舞台だったわけだ。
相手はアナスタシア・ユニオン総帥の妹だったか、どんな子だろうね。準備に手間取ってるのか遅い。
剛槍をくるくると振り回しながら時間を潰してると、一人の女がようやく姿を現した。
ハルバードっぽい長柄の武器を担いだ妹ちゃんは、総帥と同じ種族の獅子獣人。だけど別に大柄ってほどじゃなく、体格は私と大差ない。むしろ少し小さいかもしれない。しかもワイルド系じゃなくて、意外とお嬢様っぽい雰囲気がある。
それでも、一見しただけで分かる身体強化魔法のレベルの高さは、さすがは超武闘派組織の関係者といったところか。
上の部屋を見上げれば、親分連中がまさに高みの見物状態で見下ろしてる。やっぱりちょっとムカつくわね。
バルジャー・クラッドと総帥、ジークルーネが並んで私たちを見てる。
なんか総帥だけは少し心配そうな表情に思えた。大手組織のトップであり、名うての武人でも妹のことになると心配性が顔を出すみたいね。というか、自分から対戦を言いだしといて、いったん何なんだって感じだけど。
まあさすがに殺したりなんかしない。安心して見てたらいい。
「……あんたが私の相手か。ずいぶん遅かったわね」
「ごめんなさい、急に呼ばれたものですから。これでも急いだのですけどね」
おっと、上品そうなのは見た目だけじゃなかったか。しゃべり方までお嬢っぽい。
考えてみれば、泣く子も黙るアナスタシア・ユニオン総帥の妹だ。経済的に豊かなのは当然で、それは普通にお嬢様って立場なのかもしれない。
武芸を嗜むお嬢様ってところか。何で私なんかと戦わせたいのかね、あの総帥は。
「急に? それでよく私と戦う気になったわね」
「だってあなた、凄く強いのでしょう? こんなチャンスを逃せるはずないでしょう」
へえ、面白い子だ。まるでウチの武闘派と同じじゃないの。意外と根性ありそうだから、楽しめるかもね。
「上等よ。ギャラリーも待ってることだし、そろそろ始めようか」
「ええ、そうね。でもあなた、その程度の身体強化魔法しか使えないのなら、期待外れもいいところですね」
魔法薬での強化は身体強化魔法と微妙に違うから、それに慣れるかよっぽど気を付けて見ないと強化具合を量ることは難しい。
現に妹ちゃんは私の強化具合を、カモフラージュでわずかに使ってる身体強化魔法のみで判断してる。
「どうかな? さあ、もう話はいいわ。かかってきなさい」
「では遠慮なく参りましょう」
妹ちゃんはハルバードを構えると、素早い身のこなしで一足飛びに私を武器の間合いに捕らえた。
「やあっ!」
急接近し、上段、中段、下段へと教科書通りのように、綺麗な連撃を繰り出し続ける。なかなか鋭い攻撃だ。
妹ちゃんが姿を見せる前までは、さっさと終わらせるつもりだったんだけどね。意外なキャラクター性に興味を引かれてしまった。
よし、まずは観察してみよう。どんなもんか見極めてやる。
魔法を使わず、回避もせずに、剛槍だけを使ってすべてを防ぎ、時折様子見の攻撃を少しだけ挟む。
「はあっ! ふっ! せいっ!」
私に向かって打つ込み続ける妹ちゃん。
ふーむ、随分と綺麗な戦い方をするもんだ。正統派で真っ直ぐな武芸。
それに早く、鋭く、的確だ。決して大振りせず、常に次の一手を考えた組み立て。攻防のバランスもいい。
きっとスポーツの試合でなら良い成績を残すタイプだろう。
「くっ、このっ! なかなかやりますね! 防御だけは、固いようですっ! はっ!」
だけど、実戦向きじゃない。
基本的にパワーが足りてない。攻撃が軽いし、防御も避けるか受け流すことに特化してる。典型的な身体強化魔法に頼りすぎるタイプだ。
はっきり言って、鍛え方がまったく足りてない。技術は高いし身体強化魔法のレベルだけなら、ウチの戦闘班にも匹敵するだろう。だけど、それだけだ。
もちろんこれはウチの基準で考えた場合だから、一般的にはかなり強い部類に入るはずだ。ただし、もっと上を目指すなら基礎が足りなささすぎる。あの総帥なら、そのくらい分かってると思うんだけどね。
どういうつもりか気になって総帥にちらっと視線を向けてみれば、妹の戦いを温かく見守ってる様子だった。それだけで何となく分かってしまった。
これはあれだ。教師役みたいのをやらされてるっぽい。
私のようなキレイな戦いとは縁が無さそうで、それでいて妹よりも確実に強い相手と、安全な環境で一戦やらせて経験を積ませたいってところか。
しょうもない思惑が分かってしまえば、やる気も失せるってもんだ。
「せいっ! よそ見なんて、余裕が、どこに、ありますかっ! はあ、はあ……攻撃しないのですか? 守ってばかりの相手なんて退屈です! やあっ!」
うーむ。この程度で息が上がったか。体力も全然ないわね。
はあ、もう終わらせよう。お望みどおり、キレイとは言えない方法でね。
いったん仕切り直すべく、ハルバードの打ち込みに対し大きく弾き返して距離を取らせた。
距離の空いた状況で、私は妹ちゃんに対して体を横に向ける半身の姿勢になって、腰を少し落とした。
さらに槍の下のほうを両手で握り、胸の前で拝むようなポーズに構える。
そうだ、これはバッターボックスに立つ時の構え。剛槍をバットに見立てたものだ。
「な、何ですかそれは」
この謎の構えに対し、妹ちゃんは困惑してるみたいだ。
そりゃそうだろうとも。戦闘中にこんな珍妙な構えを取る奴なんて、今までに見たことないだろうし。
対する私は静かに構えて、妹ちゃんのアクションを待つ。
「どうしたの、さっきみたいに掛かってきなさい」
躊躇する妹ちゃんに攻撃をうながす。
「もう、知りませんからね!」
「いいから、本気でやりなさい」
何を遠慮することがあるのか謎だけど、どうやら攻撃を決心してくれたみたいだ。
「すぅーーーふぅーーーーーー」
必殺の一撃を放とうとでもいうのか、深く息を吐きだしながらハルバードをゆっくりと腰だめに構える妹ちゃん。突きの構えだ。
ピタリとその息が止まったと思ったら、体ごと突撃してくるような、今までとは一味違う攻撃を繰り出した!
速い。そして今までよりもずっと力の乗った良い一撃だ。
どんな攻撃だろうが、私の狙いは何も変わらない。
避けにくい身体の中心、へその辺りを狙った一撃は、私にとっての得意コース。
瞬間的に少しだけ体の位置を修正。脇を閉めながら腕を折り畳むと、腰を回転させて握りしめた剛槍をフルスイング!
「もらったあっ!」
ハルバードの突きを剛槍の芯で捉えると、センター返しに弾き返す。妹ちゃんごと。
私が本気でやったら殺しちゃうからね。もちろん手加減して。
「ぎ、きゃああああああーーーーーーっ」
若干の弧を描きながら吹き飛んで、妹ちゃんは生け垣に突っ込んだ。
ハルバードはぽっきりと折れたし、それを持った腕もたぶん折れたと思う。
まあ、お嬢で総帥の妹だ。アフターサービスくらいはしといてやろう。
突っ込んだ生け垣に埋もれたままの彼女に近づくと、先に声をかけられた。
意識までは失ってなかったようだ。やっぱり根性はある。
「あ、あなた、そのバカげた力はなんですかっ! 身体強化魔法は大した事ないくせにっ!」
生意気な口も聞けるようね。
案外タフなのは獅子獣人の持って生まれたもの故か。
元気そうだけど、やっぱり右腕は折れてる。ポケットから回復薬を取り出し、水晶ビンを投げ渡した。
「それ使いなさい。回復薬よ。そのくらいの怪我ならすぐに治せるわ」
「え、あ、お、お礼なんて言わないわよっ!」
ツンデレか。妹ちゃんは文句を言いながらも勢いよく回復薬を飲み干し、腕の調子を確かめてる。
「……あなた、本当に強かったのね。自分がどうして負けたのか、それすら分からないのですけど」
「まだまだ未熟だってことよ。身体強化魔法は大事な要素だけどね、それだけじゃ勝負は決まらないわ」
「ええ、勉強になりました。ところであなた、まだ本気ではありませんのよね?」
「当然よ。ちょっとだけ私の身体強化魔法を見せてやるわ」
素直な娘にはサービスだ。身体強化魔法を普通に発動した。
これでもまだ本気には遠いけど、妹ちゃんなら実力差が分かるはずだ。
「あ、あ、それが、本気でしたの?」
「全然、本気じゃないわよ。でもこの状態でも戦いになんてならないわよね?」
「……悔しいですが、そのとおりです。しかもあなたはその身体強化魔法を使わなかったのに、勝負になりませんでした」
育ちが良いのか、本当に素直な娘だ。
実際には魔法薬を使ってたわけだけど、その種明かしはいいだろう。
さてと、これで終りだ。
パチパチと音が聞こえ見上げると、バルジャー・クラッドを含めた多くが手を叩いて喜んでるらしい。拍手喝采ってやつだ。
総帥は私にだけ分かるような、微かな目礼をした気がした。
ただ、マクダリアンとその連れだけは無表情でなんか不気味だった。
妹ちゃんを助け起こしてパーティールームに戻れば、次々にねぎらいの言葉をかけられる。
強面のおっさんたちが寄ってくるのが鬱陶しい。
「ニジョーオーファスィさん、素晴らしかった。噂に違わぬ実力をお持ちのようだ。総帥の妹君も良くやってくれたな」
妹ちゃんもなかなか筋はいい。経験を積めばウチにとって脅威になるくらい強くなるかもね。
久々のバッティングは面白かったし、このくらいの戦闘で高額報酬がゲットできるなら安いもんだ。
ふう、とにかく私の出番はもう終わり。あとは気楽に食って飲んで適当に退散しよう。
ところがどっこい、和やかな雰囲気に水を差す空気を読めない奴はどこにでもいる。
「こう言っては何だが、一方的な勝負だった気がしますな。もう少し見たいと思ってしまうのは無粋ですかな?」
マクダリアンだ。どうやら不満があるらしい。
「ほかの皆も同意見と思うのだが。ドン・クラッド、如何ですかな?」
バルジャー・クラッドは面白そうな顔をしながら私を見つめる。
まったく、ふざけた奴らだ。これ以上の我儘には付き合ってられない。




