文明的な話し合い
今日の予定だと最初に総会が開かれ、祝賀会はその後の流れだ。
利害調整の話し合いなんて私たちには関係ないから、話を振られることも意見を聞かれることもないだろう。たぶんね。
ただ、新参のキキョウ会は何かしらの挨拶を求められる可能性がある。というか顔見せに呼ばれたのだと考えれば、まず確実にそうなる。
正直なところ気が重い。何を言えばいいのかさっぱりだ。
こいつらとよろしくやって行きたい気持ちなんて欠片もないし、互いに不干渉でいたいもんだけどね。
まあ同じ街に住んでる以上は、そういうわけにもいかないんだろう。
総会が終われば、バルジャー・クラッドの当代就任披露パーティーに場が移る。
私の一番の楽しみは、そこで出される贅の限りを尽くした料理の数々。そこに希望を見出して、退屈な総会をやり過ごそうと思ってる。
余興なんかもあるらしいけど、こいつらが考え付く余興なんて、どうせろくなもんじゃないだろうし。
総会は最初から喧々囂々《けんけんごうごう》の様相を呈してる。
とりあえず、互いの不満なんかを言いたいだけ言い合ってる感じだ。
「お前のとこの若いのが、ウチのシマで好き勝手してるらしいじゃねえか。どうなってやがる?」
「そっちが先に手ぇ出してきたって聞いてるぞ。あんまり五月蠅く言うのは止そうじゃねぇか。若い奴らってのはそういうもんだろ?」
「ガス抜きも必要か。だがよ、シマの利権に絡んでくるようなら、若い奴らの遊びじゃ済まなくなるぞ?」
つまらない話だ。この程度の話しかしないのなら、総会ってのは暇な親分たちの茶飲み話にすぎない。
こんなのがもう数十分は繰り返されてるんだ。はっきり言ってしょうもない、下らない場ね。
冷めた目で眺めてると、バルジャー・クラッドがこっちに視線を向けたのが分かった。知らん顔しとこう。
「さて、そのような些事はもういいだろう。皆さんもお気づきのように、今日は新顔を招いている。仕切り直しで、一言挨拶してもらおうか」
「わしも気になっておったんじゃ。早う紹介せんか」
「彼女はユカリノーウェ・ニジョーオーファスィ。エクセンブラの東に拠点を構える、キキョウ会の会長さんだ。では、ニジョーオーファスィさん。一言いいかな?」
ついにきたか。面倒だけどしょうがない。挨拶くらいは付き合ってやろう。
それにしても苗字呼びに、さん付けときたか。なんか意外ね。
まあいいわ。新参らしく殊勝に、時と場所と場合を弁えてやるとも。
「ただいまドン・クラッドにご紹介預かりました。キキョウ会会長、紫乃上・二条大橋です。以後、お見知りおきください」
『ドン』ってのは敬称みたいなもんだ。新たにクラッド一家の当代となった、バルジャー・クラッドを立てたつもり。
その気持ちは汲んでくれたのか、単純に嬉しかったのか、当のバルジャー・クラッドは上機嫌な様子だ。
「噂は聞いてるぜ。女の癖にやたらめったら強いらしいな」
「ああ、クラッドのところのブルーノや、マクダリアンのところのマルツィオも手酷くやられたらしいな」
「ほう、元気が有り余ってるようだな」
「おいたは程々にな」
「わしらがどうこう言う問題ではあるまい。せっかく面白いのが出てきたんじゃ。好きにやらせるのがいいじゃろうて」
親分連中はどいつもこいつも面白がってるだけみたいね。変に突っかかってこられるよりはいいか。
私たちが懸念してるマクダリアン一家は、今のところ沈黙を続けてる。
まさかこのまま何もないとは思えないんだけどね。
「ドン・マクダリアンは何かあるか?」
ちっ、余計なことを。誰か分からないけど、おそらく五大ファミリーの誰かだ。
キキョウ会とマクダリアン一家の関係を分かった上での嫌がらせに違いない。もしくは、ただ単に面白がってるだけかもしれないけど。どちらにせよ迷惑な話だ。
マクダリアンは話を振られ、ようやく私に視線を向けた。
「……そうですな。その女がめっぽう強いと噂になっている事は承知しています。ならばどうでしょう。後ほどの余興で、その強さを見せてもらうというのは」
「面白そうじゃ!」
「はははっ、そいつはいい! おい、キキョウ会の会長さんよ、別に構わないよな?」
構うに決まってる。なんで私がそんなこと。
「相手はどうする? ウチから誰か出そうか?」
好き勝手に話し始めて私の対戦相手で盛り上がる広間。
冗談じゃない。いくら何でもふざけすぎだ。
「いや、ここは我がマクダリアン一家にお任せ頂きたい。適任がおりますからな」
その適任っては、ジョセフィンの情報にあった凄腕のヒットマンのことだろう。適当な理由を付けて堂々とこの機会に私を始末する気だ。
負ける気はないにしても、あまりのふざけた展開にたまらず抗議の声を上げようとした。
「待て。ここは俺が預かろう」
私が声を上げる寸前に、力強い声が広間に響いた。
声の主はこの場において《雲切り》とも遜色ない存在感と威圧感を持った偉丈夫だ。獅子獣人の見事な体躯に常時発動されてる高レベルな身体強化魔法。こいつだけは紹介されなくたって分かる。超武闘派で鳴らす、アナスタシア・ユニオンの総帥だ。
「総帥、いくらあなたでも勝手は許されませんぞ」
「俺のところで相手を出すと言っている。何か文句があるか? それとも、俺のところ以上の相手を用意できると?」
マクダリアンがやり込められた。それはいいんだけど、私にとって別に良いほうに転んだわけじゃない。
超武闘派の総帥お墨付きの奴と対戦させられる流れになってるみたいだ。
「どうだ、皆。キキョウ会の会長は女だ。ならば対戦相手も女が相応しいとは思わないか?」
「おおっ、確かに!」
「アナスタシア・ユニオンなら女の強いのがいたな」
「これは面白くなってきたのう」
好き勝手に盛り上がるこいつらはもう止められないようね。
はあ、やるしかないのかな。いや、簡単には流されない。
「総帥、誰をあてがいますか?」
「妹を出す。そこの女の相手なら、あいつにとっても良い経験になるだろうよ」
ざわざわし始める広間。総帥の妹って言われてもね、有名な奴なのかな?
ジークルーネに目を向けてみても、さすがに妹なんて存在は知らないらしい。
「ドン・クラッド、構わないか?」
アナスタシア・ユニオンの総帥が、今日の主催者であるバルジャー・クラッドに一応の許可を求めた。
「総帥の采配とドン・マクダリアンの提案に感謝を。とても面白い余興になりそうだ。ニジョーオーファスィさんも構わないな?」
構わないな、じゃないわよ。まったく、心底楽しそうな顔しやがって。
「待たれよ、諸兄! あまりに失礼ではないか? 会長は見世物ではないぞ!」
謎の展開に私よりもジークルーネが先に限界を超えてしまったらしい。
勢いよく立ち上がって抗議してくれた。私は席に座ったまま、うんうんと首を縦に振ってうなずいてやる。
「ふむ、言い分は分らんでもないな。つい盛り上がってしもうたわい。じゃがな、わしらとしてはそこの会長さんの強さを見せてもらわねば、もう引っ込みがつかんぞ?」
知ったことじゃないわね。
私は順に、老齢の親分、バルジャー・クラッド、アナスタシア・ユニオンの総帥へと視線を巡らせる。無言の抗議だ。
「不満か? 俺の妹はかなり強いぞ?」
総帥がお前も俺と同じだろうって目で見てくるのが腹立たしい。
そう、戦うのは別に構わない。強い奴ならむしろウェルカムだ。
だけどね、一方的に見世物にされるのは気に食わない。しかも私には特にメリットがない。これで受諾しろってのは、舐められてるも同然だ。
はっきり言ってやる。
「総帥、あなたの妹さんとの対戦は正直に言って興味深いわ。ドン・クラッドの就任祝いだって素直に祝福するつもりよ。だけどね、それとこれとは話が別。私が見世物になる理由にはなってないわね」
正直に言いすぎたせいか、一部が殺気立った。
「まあ皆さん、落ち着いて」
仕切り役のバルジャー・クラッドが一旦場を収めるべく動いた。
さすがの風格と言うべきか、空気を掴み変えるのが異様に上手い。《雲切り》を含めて剣呑な気配を漂わせ始めたのを、少しの言動だけで矛を収めさせた。
「ニジョーオーファスィさん。ご老体も言われていたように、こちらも譲る気はないんだ。諦めてくれないか?」
しつこいわね。つまらない戯言だけで、人を動かせると思うなよ。
こっちだって、簡単に譲りはしない。
「分かった。ならば報酬を出そう。それならどうだ?」
む、報酬か。
「俺も出そう。戦うだけでも報酬を出す。もし妹に勝てば、さらに望むだけ出すと約束しよう」
「面白い、それなら俺も出してやるぜ」
「ほっほっほっ、わしも出すぞ」
次々と上乗せされる報酬。
あれ、なんか一気においしい話になってきたわね。こっちに旨味があるなら話は変わってくる。
タダの見世物から一転して、高額報酬を賭けての強敵との一騎打ち。普通に面白い話になってるじゃない。
ついつい、ワクワクして表情が緩みそうになるのを何とかこらえた。
前にもどこかであったけど、強さを見せつけるってのは、デモンストレーションには打ってつけだ。別に手の内の全部を見せるわけじゃないし、どうせ相手だって同じだろう。ならいいのかな。
私は立ち上がって居並ぶ親分たちを睥睨する。我ながら尊大な態度だ。
「いいわ。そこまで言うなら受けて立つ。報酬の件、後で忘れたとは言わせないわよ?」
「クラッド一家の名に懸けて約束は守る。ほかの皆さんも同様だろう。あとの楽しみにしておくよ」
なんか上手く乗せられたわね。
もういいけどさ。しょうがなしに着席した。
「ユカリ殿、良かったのか? なんならわたしが代わりに戦うが」
座るとジークルーネがこっそり話しかけてきた。
「それはそれでアリだったかもしれないわね。でも一度口にした以上は私がやるわ」
「心配しているわけではないのだが、念のため気を付けて欲しい。あとでユカリ殿の槍を持ってこよう。そちらのほうが良いだろう?」
「そうね。戦闘スタイルを晒すのも癪だし、今日のところは槍使いってことにしとこうか」
槍術の真似事はジークルーネに教えてもらって、サマになる程度には習得済みだ。
私の本領は肉弾戦にあるんだけど、それをわざわざお披露目しなくたっていいだろう。
「さて、ではそろそろ本題に入ろうか」
本題? ここからが今日の核心てことか。今までのは何だったんだ。
「ヤクの取引について、互いに言い分があると思う。忌憚のない意見を聞かせて欲しい」
麻薬か。嫌な話ね。
裏社会にとっては大きな収入源になってる麻薬。その利害調整が今回の主題らしい。
私たちキキョウ会は麻薬にはノータッチだ。その恐ろしさは私やローザベルさんが、メンバーに徹底的な教育として叩き込んでる。ウチじゃ絶対に取り扱わないし、取り扱わせない。シマでの取引は絶対厳禁だ。もし見つけたら容赦ない制裁の対象となる。
私の懸念を余所に、親分連中は議論を白熱させる。
すると、私の隣に座ってる中年の親分が妙に親しげに話しかけてきた。
「どうだ、あんたも一枚かむか? 噂によるとキキョウ会ってのは、そっちのシノギに手を出してないんだろ? 俺のとこが回してやってもいい。金になるぜ」
金は欲しい。だけどそれだけはダメだ。とてもじゃないけど許容できない。麻薬はただただ、不幸をもたらすだけの物だ。
シマの人がその影響を受けるって考えただけでもぞっとする。ましてやウチのメンバーが薬物に手を出すところなんて想像もしたくない。
実際に不幸な目に遭った過去を持つメンバーだっているからね。想像する以上のヤバさだってのは、十分に分かってる。関わるべきじゃない。
「……ウチは手を出さないわ。悪いけど聞かなかったことにするわね」
私のすげない返事に肩をすくめると、もうこっちには関心を払わなくなった。
よくよく見れば、アナスタシア・ユニオンの総帥も目を閉じたまま議論には不参加だ。
実は超武闘派で硬派なアナスタシア・ユニオンは、キキョウ会同様に麻薬にはノータッチのマイノリティとして知られてる。こっちの業界では珍しい存在で、その点では考え方は一致してる。
ただし、アナスタシア・ユニオン自身が取引をしてなくても、その配下の団体では普通に取引されてる。今もアナスタシア・ユニオン傘下の親分が活発に議論に参加してるし、所詮は同じ穴の狢だ。
たとえ五大ファミリーと言えども、ウチのシマでのヤクの取引は絶対に許さない。
議論を聞いてる限りだと、取引はそれぞれのシマのなかで厳格に行うってことで話がつきそうだし、そこまで警戒することは無さそうなのは幸いだ。
「聞くところによれば、キキョウ会は高価な金属糸やインゴットをどこからか調達しているらしいな」
「こっちは回復薬を大量に持っていると話に聞いたぞ」
「わしもな。どこから調達しておるのか気になるのう」
「それに今日は面白いモンに乗ってきたらしいじゃねえか。それも何だか知りてえな」
「ほう、色々と面白い話が聞けそうだ」
「一枚かませて欲しい話ばかりだな」
考え事をしてる内に利害調整の話は終わったのか、不意に水を向けられた。
何だか一気に人気者みたいね。質問が多い。
どれも別に隠してたわけじゃないし、調べれば分かることばかり。だけどね、そんな話に私が乗るはずがない。脅せば喋るとでも?
「まあまあ、皆さん。今日の目的はそのような話ではなかったはずだ。話があるのなら後日、個別にどうぞ」
調子に乗る一同に対して不愉快さを隠さずにいると、意外にも今日のホストから助け船が入った。
その一言で場が白けたのか、親分連中も口をつぐんだ。
「では、パーティーの時間までは休憩としよう。それまでは控室で休むか、庭園をゆっくりとご覧になっていただきたい」
これで一旦お開きに。あとは就任披露パーティーだ。
そういや余興があったか。うーん、どうなることやら。
「ジークルーネ、外に出ようか」
「そうだな。ついでに槍も取ってこないと」
屋敷にいると色々と話しかけてくるのがいそうで面倒だからね。
退避だ、退避。




