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総会

 今日は晴れの日、そして気持ちのいい冬晴れだ。

 風は少しあっても、積もった雪さえなければ絶好の行楽日和と言ってもいい好天だ。


 総会当日の朝、シェルビーの運転するジープに乗って、アレを正式に受領しに行く。

 とうとう完成したスペシャルなマシーンだ。アレを、ついに、受け取る!


 ジープには運転手のシェルビーと、総会に行くことよりもアレのことで頭が一杯の私、それからジークルーネが乗ってる。そのほかにも数人。

 本当は総会に参加できないまでも、クラッド一家の前で帰りを待つと言って、多くのメンバーが一緒に行きたがった。ただ通常営業だってあるし、待つだけでも大勢で押しかけるわけにはいかないだろう。


 みんなで行くのは無理でも車両で待機するメンバーは良いってことで、このジープに収まる人数だけには同行を許可した。

 結局は会長付護衛長のヴァレリアと、第一戦闘班が同乗することになった。

 みんなにはアレを作ってることは言ってなかったから、六番通りの外れに行くことを不審がられたけど、そこはそれ。行ってみれば分かるってもんだ。


 私の指示でシェルビーの運転するジープが、ドミニク・クルーエル製作所に到着した。


「なんだ、ここは」

「ドミニク・クルーエル製作所?」

「見回りでもこの辺りには、あまり入り込まないですからね」


 ガレージが閉まった状態だと何の製作所か分からないし、こんな所に何用か不思議にも思うだろう。

 みんなの視線を受けながら、勝手知ったる他人の家とばかりに、ガレージ脇の入り口から勝手に中に入る。

 いつもどおり、この時間なら鍵は掛かってなかった。ドクにはあらかじめ伝えてあるから、準備はもうできてるはず。


「ドク、きたわよ!」


 薄暗いガレージのなかに呼びかけると、のそのそとした動きで現れるご老体。


「おう、きやがったか! ついにお披露目だな」

「暗いからガレージ開けてよ。みんなにも見せたいし」

「お前の仲間か? いいだろう、ならば存分に見ろ! 名付けて、ブルームスターギャラクシー号だ!」


 壁際にあったボタンを押すと、ガレージのシャッターが上に向かって開いていく。

 下から徐々に外の光が入って、少しずつその雄姿をあらわにした。


 まず目を引くのはその大きさだ。

 既存の箱形バイクの倍以上はある、巨大なフォルム。迫力が凄い。

 黒と銀で構成されたメカメカしくもクラシカルな雰囲気を漂わせるスタイルは、ある種の美しさすら抱かせ見る者を魅了してしまう。

 さらには美しさの中にも、凶暴さや孤高を感じさせる独特で不思議な感覚。

 その感覚は一言に集約できるだろう。ロマン、と。


 私はすでに試作機の初代から試乗を続けてて、これは試作五号機を経た完成形になる。

 当然、これも初めて見たわけじゃない。だけど、ピカピカに磨かれて日の光を受けるその威容は、一瞬、言葉を失うほどの存在感があった。


「……ドク、改めて礼を言うわ。完璧よ」

「ふふん。なに、お前のスポンサードがあってこそよ」


 がっちりと固い握手を交わす私とドク。

 互いの健闘を称え、キキョウ会メンバーの嬌声に振り返った。


「なんじゃこりゃーーーーーー!」

「カッコイイですねっ」

「二輪だ。これって、バイクですか!? ローザベルさんのやつと全然違いますよ!」

「うおおおおおおおおお!」


 彼女たちの興奮状態を見て、ドクと視線を交わしまたニヤリと笑う。

 あの素晴らしさはバイクに興味の薄いメンバーでさえも、たちまち魅了してしまうってことが分かって嬉しい。苦労した甲斐があるってもんだ。


「ユカリ殿、これが目的の物だったのか」


 あんまり物欲のないジークルーネも興味津々だ。


「お姉さま、これに乗って行くのですか?」

「そうよ。シートの後ろにはジークルーネも乗せてね」

「わたしもか!?」


 ジークルーネが驚きつつも嬉しさを隠せてない。


「あ、ずるいっ」

「お姉さま……」

「あたしも乗ってみたいぜ」


 みんな乗りたそうだけど、今は遊んでる時間がない。また今度だ。

 不満の声をスルーしてバイク、もといブルームスターギャラクシー号に颯爽とまたがる。


「ジークルーネ、後ろに乗って」


 嬉し気にいそいそと後ろに飛び乗って、控えめに私の腰を掴むジークルーネだ。

 外は雪の照り返しが眩しいし、風防代わりにもなる大きめのサングラスを装着する。同じのをジークルーネにも渡してやって準備完了だ。


「もう行くわよ、みんなもジープに乗りなさい」


 まだ名残惜しそうにしつつも、ジープに乗るメンバーたち。

 ヴァレリアの恨めしそうな顔が、ちょっと心に響く。あとで存分に後ろに乗せてやろう。


 魔力を流して始動させれば轟音が響き渡る。この音!

 独特なリズムを刻むエンジン音は、既存の箱形バイクとは違って、あえて大きく鳴らしてる。なぜかって?

 愚問ね。それこそがカッコいいからよ!


 満足気に何度もうなずくドクに、片手をあげて挨拶を送った。

 メンテもあるし、ここにはまだまだお世話になるだろう。


「行くわよ」


 戦闘の時とは全然違った緊張感をみなぎらせたジークルーネが、こくこくと首を振ったをのを感じて、おもむろにブルームスターギャラクシー号を発進させた。


 近所迷惑などかえりみないエンジン音。

 何事かと注目を集めまくって、もちろん目立ちまくりだ。

 ジープの速度に合わせて、徐行程度の速度だからなおさら目立つ。


 車両の速度は機械的、魔法的に制限されてて、最高でも三十キロくらいしか出ないように設計されるらしい。これは軍用でもそうだ。

 だがしかし! このブルームスターギャラクシー号は違う。私の魔力限定で、リミッター解除が可能な特別仕様だ。もちろん制限破りはご法度だ。でも悪党に決まりなんて、関係ないからね!


 人目のない街の外で乗る時には、思う存分ぶっ飛ばしたいじゃない?

 風になりたい時だって、女にはあるってもんよ。


 エンジン音は今日だけの特別爆音仕様だから、帰ったらもう少し静かなのに変えてもらうけどね。

 いや、今日はド派手に決めるデモンストレーションが目的の一つだ。音のインパクトは説明するまでもない効果がある。



 凶悪な爆音を撒き散らしながらクラッド一家の外門に近づいて行くと、こっちの様子を見に外の通りまで出てくるのが沢山いた。

 気持ちは分かるし当然でもある。耳慣れない爆音が近づいてくれば、そりゃ誰だって警戒する。

 強面の男たちが仰天するなか、クラッド一家の外門を通り抜け、内門との間にある広い駐車場に侵入した。

 適当に空いてる場所に駐車して、サングラスを外しつつブルームスターギャラクシー号から降りると、遅れてジープも到着した。


「ふう、振動が心地よかったわね。ぶっ飛ばせばもっと気持ちよかったと思うけど」

「わたしは緊張のせいか少し疲れたが、想像より楽しいものだな。また乗せてもらいたいが、帰りのこの席はヴァレリアに譲るとしよう」


 乗り慣れないジークルーネは腰を抑えながらも笑顔だ。楽しんでくれたようで、なによりね。


 周囲には当然のように人だかりができたけど、私たちに話しかけてはこないらしい。

 友好的に話しかけられる分には、会話くらい別に構わないんだけどね。みんなこのブルームスターギャラクシー号が気になってるみたいだし。

 まあ話しかけられるのを待ってやる義理もないし、あんまり時間の余裕もないからさっさと中に入ろう。


 シェルビーたちもジープを降りて、私とジークルーネを見送ってくれた。

 この駐車場を含め敷地の内外に、クラッド一家の代紋を付けたのたくさんいる。そこら中で見張ってるから、トラブルは起こり難いだろう。


「お姉さま、これを」


 袋に入った手土産を渡してくれた。ヴァレリアの柔らかい髪を撫でてやると、高ぶった気持ちが癒し効果で少し落ち着いた気がする。


「じゃあ行ってくるわね」


 今日の私はキキョウ会の正装である外套、月白のほうを羽織り、胸には紫水晶のキキョウ紋、紫紺の髪は魔道具のかんざしでまとめた。バイクに乗るから下はコンバットパンツにブーツで、カッコイイ系のスタイルだ。

 ジークルーネも私と同じく月白の外套に紫水晶のバッジ、それから剣を手に持って私に続く。


 会場の警備はクラッド一家が担ってるとはいえ、招待客の武装は認められてる。実際に使うことはないだろうけど、完全に丸腰ってなると不安な人はいるだろうからね。そうした配慮なんだろう。

 私の武装はいつもの特製手袋をポケットに仕舞ってる。剛槍はジープのなかに置いたままだ。あとは投擲に使えるナイフを何本かを装着済み。一応ね。


 自慢の美しい月白の外套を風になびかせながら颯爽と歩き、内門の門番に招待状を示して奥に向かう。

 先に見える要塞みたいな建物の入り口までは、前庭を通り抜けていかなければならない。


 広めにとられた真っ直ぐな道と中央辺りに据えられた噴水。その脇を飾るのは緑の生け垣。季節によっては花が咲くに違いない。奥にあるのがお城じゃないのが不自然なくらい、品の良い綺麗で大きな庭だ。

 リリィが見たら喜ぶかもしれない。まあ、キキョウ会本部の空中庭園のほうが狭くてもクオリティは高いけどね。


 クラッド一家の関係者なのか、何人かの女と子供たちが生け垣の奥のほうにちらっと見えたけど気にしない。挨拶する間柄でもないし、誰かも知らないからね。

 そのまま庭を眺めながら建物の入り口に到着すると、またもや門番による招待状のチェックだ。


「キキョウ会のお二方ですね。おい、広間に案内して差し上げろ」


 ここで手土産を回収され、まだ年若い男が私たちの案内係に指名された。

 特に会話もなく中に入り、入ってすぐの広間に案内される。すでに半分ほどの人数が着席して、主催者の登場を待ってるみたいだ。

 私たちは入り口付近のおそらくは末席に案内されて、案内係は着席を見届けるとすぐに出て行った。末席扱いに文句はない。そんなもんだと思ってたからね。


 ジークルーネとさりげなく周囲の観察だ。

 席の配置としては広間の中央が空けられ、左右が向かい合うよう配されてる。片側に前後二列の椅子が並べられ、前に私、後ろにジークルーネが座る。

 一番奥の上座には席が二つだけ。そこは主催者の席だろう。


「ジークルーネ、誰が誰だか分かる?」

「すまない、わたしはこういう時には役に立ちそうにないな。一人だけ分かりそうなのがいるが、あとはさっぱり分からん」


 後ろに身体を逸らしながら小声で話す。


「やっぱり。私も全然分かんないわ。でも席次は決まってるみたいだから、一番奥の上座に近いほど大物ってことよね」

「なるほどな。まだ奥のほうには誰もいない。大物はこれから登場するという事か。ずいぶんと勿体付けるではないか」

「偉ぶった奴なんて、そんなもんよ」


 コソコソと雑談してると徐々に空席が埋まって、最後に大物たちが姿を現した。

 堂々と歩みを進める大物たちを見守りつつ、その姿を観察する。せっかくの機会だからね、ツラくらいは覚えて帰るつもりだ。

 大物とはいわゆる、五大ファミリーやそれに近しい立場のボスのことになる。まだ誰が誰だか知らないけど、大物だけあってそれなりの迫力の持ち主ばかりだ。


 みんな私に少しだけ意識を向けてるのが分かったけど、こっちをちらりとも見ようとはしない。

 それはまあいい。残すは本日の主催者のみだ。



 私たちを含めた大勢の客がまだかと焦れ始めた頃、奥の扉が静かに開かれた。

 たぶん、前を歩くのが今日の主役のバルジャー・クラッドだろう。

 実年齢は不明ながら、見た目は三十路そこそこ。まだまだ若くは見えても、並み居る親分たちを前にして堂々たる態度に加えて、才気あふれる面構えだ。カリスマってやつね。


 本人の戦闘力は大したこと無さそうだけど、人の上に立つ王者のような雰囲気を感じる。気のせいかもしれないけど、今日のところはポジティブに評価しといてやる。

 バルジャー・クラッドの後ろに続くのは、私たちで言う副長の役割を務める人か護衛だろう。主人と同年代に見える男は、逆にかなりの武闘派だ。近寄っただけで切り捨てられそうな、剣吞な雰囲気を隠そうともしない。


「あれは……」


 ジークルーネの呟きが聞こえたと思ったら、後ろから顔を寄せてきた。


「ユカリ殿。あの後ろにいる男、ベルナール・クラオンだ」

「誰よ? 有名人?」

「ご存じないか。剣の道を志す者なら、必ず一度は耳にする名前なのだが」

「私は剣士じゃないし、残念ながら知らないわね」

「そうか。あれは《雲切り》ベルナール・クラオンで間違いない。現在、世界最高の剣士の一人として知られる男だ。わたしも一度、手合わせ願いたいものだ」


 そんな凄腕がクラッド一家にいるってわけか。さすがだ。


「近年は表舞台から姿を消していたらしいが、まさかこんなところで会えるとは……」


 ジークルーネが憧れのヒーローに会ったかのように興奮気味だ。これは珍しい。


「ところで《雲切り》ってのは?」

「ベルナール・クラオンの二つ名だ。本当かどうか分からないが、その鋭い一太刀は敵どころか、空に浮かぶ雲まで断ち切ったという逸話がある」


 魔法が普通にある世界なんだし、あながちただの与太話とも思えないわね。

 とにかくヤバそうな奴だ。それとあの得物、なんかおかしい気がする。


「その《雲切り》が持ってるあの剣、気になるわね。私でも何を素材にしてるか分からないわ」

「ユカリ殿でも分からないとなれば、あれは鉱物ではないのだろう」

「鉱物以外ってことは、まさか魔獣素材?」

「おそらくな。《雲切り》がかつて未踏領域で武者修行をしていた事は有名な話だ。その時に倒した強力な魔獣素材ならば合点がいく」


 超一流の剣士が持つ、未知の魔獣素材を使った武器か。

 物凄く興味をそそられる話だ。話を聞いてみたいけど、そう簡単に雑談できる相手じゃなさそうね。むぅ、チャンスがあればいいんだけど。

 雑談の間に主催者が席に着き、いよいよ始まるようだ。


「お集りの皆さん、ようそこお越しいただいた。では、総会を始めよう」


 バルジャー・クラッドの開会宣言によって、場が引き締った。

 これからの展開、私たちキキョウ会にとってどうなるだろうね。

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