招待状
今日も相変わらずの雪景色が続く。ちらちらと舞い落ちる雪がいい加減に鬱陶しい。
少し前にオープンした賭博場の様子を見に行った帰り、ザクザクと積もった雪を踏みしめながら本部に向かう。
寒さは外套の温度調節機能によって大幅に緩和されてるにしろ、露出した顔などは普通に寒い。特に耳は痛いくらいだ。吐く息の白さも季節を十分に感じさせる。
冬特有の体の芯まで冷やされるような感覚は、割と嫌いじゃないんだけどね。毎日の事だとだんだん鬱陶しくなってしまう。
急ぎ足で帰り、あったかいお茶でほっと一息。まだ冬は半ばを過ぎたあたりだろうか。
温かい部屋の中にいれば、心にも余裕が生まれる。あったかいお茶やお風呂が気持ちいい季節だなんて、ポジティブなことが脳裏に浮かぶ。我ながら勝手なものだ。
そんな寛ぎの時間に、一通の手紙が届けられた。会長宛てらしい。
ふと、いつぞやの闇市への招待状を思い出した。
「今度はクラッド一家からかよ。いったい、なんだってんだ」
「まさか果たし状か?」
「随分と格式ばった体裁の封筒ですね」
差出人はエクセンブラでも特に力のある五大ファミリーの一つ、クラッド一家からだ。
はてさて、そんな大物一家からなんの用件だろうね。考えたってしょうがない、とりあえず読んでみよう。
幹部連中が見守るなか、ビリっと大胆に封を切った。
『クラッド一家 新代表就任祝賀会及び、今期総会のご案内
寒冷の候、皆様におかれましては益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。
さて、ご承知のように先日、当一家ではバルジャー・クラッドが新たな当代に就任する事となりました。これを祝しまして、クラッド一家本家にて、就任祝賀パーティー並びに、今期の総会を開催する運びとなりました。
エクセンブラの発展のため、多くの皆様がご参会頂けますよう宜しくお願い申し上げます。』
お堅い手紙なんてこんなもんなんだろうけど、テンプレートのような文面だ。手紙の内容としては招待状らしい。このあとに具体的な参加条件やら日時が書いてある。
総会ってのはたしか、裏社会の連中が集まって顔合わせをしたり利害調整をやったり、悪党の親玉が集まって悪だくみする会みたいなもんだったはずだ。
キキョウ会は女だけの特異な存在だし、エクセンブラじゃまだまだ新参。大手組織が主催するイベントに呼ばれるなんて、まったく思ってもみなかった。
一応はクラッド一家の代替わりの情報は入ってきてたけど、ウチとは関わりがない組織だから、特に気にしてなかったんだけどね。
あ、そう言えばブルーノ組はクラッド一家の傘下だから、間接的には関わりあるかな。それにしたって薄い関係でしかない。
さて、どういう気まぐれか。今まではこういった催し物からは完全に排除されてたっぽいのに、何か理由でも出来たんだろうか。珍しい奴を呼んでみるかって、ただの興味本位かもしれないけど。
「どうしたってんだ、ユカリ。やっぱ果たし状か?」
「それはないでしょう? え、本当ですか?」
「待て待て、早まるな。で、どうなんだよ?」
みんな前のめりだ。大物からの手紙だから、気になってるみたいね。
「いや、大した用件じゃないわ。代替わりのお披露目会と総会だってさ。私にも顔出せってことみたいね」
「なんだって!?」
「総会って、五大ファミリーが持ち回りでやってるってやつじゃねえか。それに呼ばれたのかよ」
総会は半年に一度行われ、超大手の五大ファミリーが順番に主催するらしい。
毎回、総会に合わせて何かしらの理由をつけて、別のパーティーを同時にやるのが恒例なんだとか。今回は代替わりの就任披露ってわけだ。
「あたしらキキョウ会も出世したってことになんのか?」
「面白そうじゃな、わしも行ってもいいのか?」
「あ、あたいも行ってみたいな」
「わたしだって!」
相変わらずノリのいい連中だけど、そういうわけにもいかない。
なんでも総会ってのは格式のあるものらしく、招待される側はその組織の代表自身と次席かその代理の二名のみが出席可能らしい。ウチの場合は私とジークルーネがそれに当たり、ジークルーネが行けない場合には代わりを立てられる。
招待される側の身の安全は、招待主が威信にかけて保証するってのが習わしで、護衛を引き連れるような真似は誰もしないのだとか。
そんなわけで、参加できるのは二人だけ。ほかのメンバーは行ったとしても門前払いされるだろう。
まあ会場の周辺には、エクセンブラ中の組織の構成員が集まるらしいけどね。
総会に出席できないことを説明したら、みんなは残念そうにしてたけど、こればかりはしょうがない。
「こういった顔合わせは初めてのことになるわね。でもまあ、はっきり言って面倒臭いわ」
「たしかに、興味深くはあるがな。我々は新参だから、おそらく想像以上に注目も集めるだろう」
いや、ホントに。私もジークルーネも目立つ女だから、なおさらだ。
「だからといって不参加では、クラッド一家のメンツを潰すことにもなりかねません。サボるわけにはいきませんよ」
「キキョウ会の利益を考えれば、ここは出席するべきだろうな」
分かってる。クラッド一家はウチに対して中立を貫く組織だ。少なくとも今のところはね。
敵対的な姿勢はこれまでに見られなかったし、こうして大きな会に招待してくれてるくらいなんだ。こっちからわざわざ不興を買うような真似はすべきじゃない。意味がないし。
出席は面倒だけどするとして、問題はほかのファミリーだ。
「総会ってのには、エクセンブラ中から親分連中が集まってくんだろ? ってことはだ」
「当然ながら、マクダリアン一家も参加することになります。こちらからは、なるべく近寄らないほうが良いでしょう」
他人様に招待された場所で、私から喧嘩を始めるつもりはない。
多少のことならクラッド一家の顔を立ててやる程度の気持ちで行くとしよう。
うん、サボれないけどやっぱ面倒だ。
エクセンブラには、特に力のある五大ファミリーと言われる組織が存在する。
我がキキョウ会がこれまでにあしらってきたチンケな組織とはわけが違う、大きく色々な意味で力を持った組織が五大ファミリーだ。イケイケな私たちとて、無闇に敵には回せない。
今回のクラッド一家はそのうちの一つ。
ほかには、アナスタシア・ユニオン、ガンドラフト組、蛇頭会、そしてマクダリアン一家。この五大ファミリーこそがエクセンブラを牛耳ってると言っても過言じゃない。
一家と名乗ってない組織でもファミリーと呼ばれるのは何でなのかね。まあどうでもいいけど。
とにかく五大ファミリーってのは大きな組織で、その影響力はエクセンブラに留まらず、近隣の街や他国にも及ぶ。そもそもアナスタシア・ユニオンと蛇頭会は、エクセンブラが本拠地じゃないからね。
そして当然のことながら五大ファミリー同士は仲が良いはずもなく、一枚岩とはお世辞にも言えない。
利益が相反するのもあって敵同士なわけだけど、戦力が拮抗してるせいか、割かし安定状態にある。少なくとも総会が開ける程度には。
今回のクラッド一家の代替わりは、その安定状態がどうなるかの分水嶺と考えられそうだ。
弱体化したと見られれば、中小の組織まで含めて、どんどん攻め入れられる可能性がある。一つ間違っただけでも、時は戦国、下剋上、なんてことにもなりかねない。
もちろん、ほかの五大ファミリーだって黙っちゃいない。新代表にかかるプレッシャーは尋常じゃないだろう。
キキョウ会の目線で見た時に、五大ファミリーは敵対的な勢力と、そうでないのに分けられる。
クラッド一家はわざわざウチを招待してくれたように、少なくとも敵対的じゃないと考えていい。
ブルーノ組を傘下に収めてるだけあって、その筋からウチの情報が渡ってる影響もありそうだ。ブルーノ組とは偶然でも共闘関係になってた時期があるし、今でも回復薬を融通したり情報交換したりする程度の交流がある。
問題なのはマクダリアン一家だ。ウチにとっては最悪の相手で、誰がどう見たって明確な敵だ。理由はいくつかある。
一つはよく六番通りにちょっかい掛けてくるマルツィオファミリーの存在。こいつらはマクダリアン一家の傘下だ。何度もぶちのめしてるし、カジノで揉めた件もある。奴らから親筋のマクダリアン一家には、ろくでもない評判が伝わってるに違いない。
それから新人がリンチされた報復で、ぶっ潰したロジマール組の因縁もある。あそこも実はマクダリアン一家の傘下だったらしい。ただ、四次団体とか五次団体くらいの地位らしくて、普通なら重要視することとは思えない。小さな組織が増えたり消えたりなんて珍しいことじゃないし。
ただし、マルツィオファミリーの件を含めて考えれば、メンツの問題も含めてややこしい感情は抱かれてしまうのは予測できることだ。
まあ色々あったとしても、そもそもだ。
そもそもマルツィオファミリーにしても、ロジマール組にしても、喧嘩を売ってきたのは向こうなんだから、私たちキキョウ会が悪いところなんて欠片もない。
売られた喧嘩を買っただけだ。それで負けたからって、あとからギャーギャー言うのは、それこそ格好がつかないってもんだろうに。
喧嘩で微妙な恨みを買いつつも、やっぱり小競り合いなんかはどうでもいいことかもしれない。下っ端はともかく、上のほうの奴らにとってはね。
決定的なのは引き抜きをやった賭博場の件だと考えられる。
あれはマクダリアン一家の直参がやってる賭博場からごっそりと引き抜いたから、その事でかなり恨まれてるようだ。
今のところはまだ報復らしき動きはなさそうでも、近いうちには何かが起こると思ってる。もちろんね。
無闇に敵に回していい相手じゃない。けど、マクダリアン一家はもうすでに敵なんだ。
どんな相手だろうが、売られた喧嘩は買う。キキョウ会はいつでもウェルカムだ。かかってこい!
現状そんな感じだから、マクダリアン一家はキキョウ会にとって、いつ表立って抗争を仕掛けられてもおかしくない相手だ。
元より承知の上でやったことだから、今更の話だけどね。
いっそのこと、こっちから仕掛けても良いんだけど、何しろ最近は忙しい。なかなかそうもいかないんだ。
「――考え出すと色々めんどくせえな。やっぱあたしは参加できなくて良かったぜ」
「まあね。でも総会中に何かされるってことはないはずよ。クラッド一家の仕切りなんだから」
「だな。ま、嫌味くらいなら聞き流してやれよ」
「なるべく近寄らんほうが良いじゃろうな」
クラッド一家の手前もあるし、私から何かする気はない。
一応、招待に預かって行くわけだから、こっちから喧嘩をおっぱじめるような無礼な真似はしないとも。たぶん。
「ウチは単なる顔見せっすよね?」
「おそらくは。ほかの組織と利害調整の余地のありそうな案件は特にないですからね」
「噂になってるキキョウ会だからな、とりあえず代表の顔でも拝んでやろうってところじゃねえか?」
「会長も大変ですわね」
「副長のわたしのほうが緊張しそうだがな」
クラッド一家の思惑は分からないけど、見たいってんなら見せてやろうじゃない。
ジークルーネの美丈夫っぷりと、私の美貌をね!
総会に向けての準備を進めること数日。
準備といってもやることは私の準備くらいで、キキョウ会は通常営業で変わらない。
当日の服装はいつもの外套に、トーリエッタさんが作ったインナーで十分だ。ジークルーネも似たようなもの。
あとは手土産だ。今回はクラッド一家の祝賀会も兼ねてるわけだから、下手な物を持って行ったら笑いものだ。
何を持って行くのが適当かは、ジョセフィンに相談してみる。
「やっぱり金目の物がいいんじゃないですかね。総会参加者はそれぞれで扱っている商品を宣伝の意味も込めて、贈り物にするのが通例なのだとか」
「ウチのシマでそんなのあるかな。思いつくとすれば、六番通りの職人手製の商品くらいしかないわよ」
「それでいいんじゃないですか? ユカリさんが提供しているインゴットや金属糸で作った六番通り製品なら喜ばれると思いますよ」
ふーむ、そんなもんでいいのかな。
「服はサイズや趣味が分かんないから、生地のまま渡せばいいか。武器や防具ってのも難しいわね。少量ならインゴットのままプレゼントしてもいいか。自分で使っても、売り払ってもらっても別にいいし」
「ですね、いずれにしても喜ばれると思いますよ」
「助かったわ、ジョセフィン」
お土産はこれで決定にしよう。あんまり凝った物は用意できないし、そこまで考えるほど親密な相手じゃない。
服飾店ブリオンヴェストには生地を買い取りに行こう。在庫はあると思うけど、なければ金属糸持参で発注だ。
あとはアレだ。
我がキキョウ会はどんなに目立たないようにしようったって、すでに手遅れなくらいに目立ってる。それならもう、とことんド派手に決めてやろう。そのほうが私の趣味に合うし、アレのお披露目には十分な舞台だ。度肝を抜いてやる。
アレの準備はもう万端だ。総会の当日に受け取って、クラッド一家に向かうとしよう。
総会は面倒だけど、アレのことを考えると心が躍る。
ふふ、楽しみになってきたわね。