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乙女の覇権安定論 ~力を求めし者よ、集え!~  作者: 内藤ゲオルグ


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エクセンブラ守備隊 No.2

 念願だったキキョウ会直営の賭博場がついに開店した。

 開店から数日が経ち、客入りも順調に推移してる。新参の割には十分以上の健闘と言っていい結果を出してる。

 というのも、私たちの賭博場には際立った特徴があるからだろう。それはウチだけが持つ特徴で、従業員が女のみであることだ。


 女の従業員しかいないってのは、一つの売りとして成立する。腐るほどある同業他社との競合の中でほかとの違いを鮮明にし、特徴付けするのは商売の基本だ。

 この戦略は世の中のスケベ親父どもだけじゃなく、物珍しさからか若者や意外にも女性客にまで歓迎された。女の従業員しかいないからって、特別セクシー路線でやってるわけじゃないから、それが良かったのかもしれない。


 商業ギルド理事のジャレンスに協力を仰いで、有力な商会や冒険者、各ギルド、行政区のお偉いさんから貴族までと、幅広く事前にそれとなく宣伝してもらっといたのも功を奏した形だ。

 調子に乗ってコスチュームデイでも開催すれば、もっと話題になりそうな気がする。

 なんにせよ、みんなの努力の甲斐あって、悪くない滑り出しを迎えたってわけだ。



 今日はぽっかりと暇な時間ができてしまった私とグラデーナが、いつもの甘味処でティータイムとしゃれ込んでる。

 ヴァレリアは休暇で、同じく休暇のロベルタたちと遊びに行ってる。少しずつ姉離れができてるようで良い傾向だ。


「なあ、ユカリ。どっか殴り込みでも行かねえか?」


 グラデーナの何気ない呟きが物騒極まりない。ストレスが溜まってそうね。


「ちょどいい相手がいれば、私もそうしたいけどね。最近はどこも大人しくて刺激に欠けるわ」

「だよな。訓練で身体がキレてるだけによ、暴れたくなっちまうぜ」


 私もグラデーナと同じく持て余し気味だ。


 我がキキョウ会の財政は順調も順調、特に賭博場の効果は絶大だ。客足はこれからも伸びると予想され、投資額の回収は予定より早まるだろう。次の計画も早めに練っといたほうがいい。

 だけど順調がゆえの不満もある。不満というか、ただの我儘だけどね。


 それというのも、最近はあんまり喧嘩を売られなくなってしまったんだ。これまでに買った喧嘩でとことん叩きのめしてきた結果が、こうした平和な状況を生み出してる。

 平和になるのは良いことだとは思いつつも、そうなればなったで退屈に感じてしまう。人間ってままならないものよね。


 余所の賭博場から引き抜いた件で、色々なゴタゴタは予想されてるのに今のところその兆候もない。予想できてるのに何もないから肩透かしを食ったような、消化不良のような落ち着かない気持ちになってしまう。

 いっそのこと、こっちから仕掛ければいいのかもしれない。でも賭博場の経営を始めたばかりだから、ウチも私以外は基本的に忙しい。


 うーん、やっぱり色々とままならないものだ。


「また魔獣でも狩りに行く?」

「そういや、アイスゴーレムと戦ったんだろ? あたしも一度はヤッてみたいな」


 しばらく雑談に花を咲かせてると、通りの向こうにキキョウ会の外套が見えた。あれは第五戦闘班のメンバーだ。

 その娘は窓越しに私とグラデーナの姿を見つけるなり、店の中に入って私たちのテーブルまでやってきた。


「会長、副長代行、お休み中に失礼します」


 ポーラが可愛がってるドワーフのがっしりした体格が特徴的なメンバーだ。礼儀正しいわね。

 戦闘時以外でこういった伝令は珍しい。第五戦闘班は今日は賭博場での警護が担当だったはずだ。わざわざ呼びにくるからには、何かあったんだろう。


「どうしたの?」

「トラブルです。班長のポーラさんから、会長を呼んできて欲しいと……」


 居住まいを正しつつ、言葉少なに用件を伝えるドワーフ娘。ここだと話しにくいことみたいね。


「すぐに行くわ。グラデーナも行く?」

「もちろんだ」


 トラブルに目を輝かせる副長代行だ。不謹慎だけど私もきっと似たようなもんだろう。

 お茶代を精算し、急ぎ足で賭博場に向かった。



 そう離れた場所じゃないからすぐに到着した。

 護衛の控室まで直行すると、ポーラが珍しく困り顔で私とグラデーナを出迎えた。


「ユカリ、グラデーナもきてくれたのか」

「どうしたってのよ?」

「その様子じゃあ、暴力沙汰ってわけじゃなさそうだな」


 残念そうなグラデーナが、少し肩を落とした。


「そんなんだったら、あたしらで叩きのめして終わりだよ。ちょっと厄介な相手でな。今は別室で待たせてる」

「厄介?」


 グラデーナと顔を見合わせてから、ポーラに説明をうながした。

 そうして事情をひと通り聞き終わってみれば、たしかに厄介と言えば厄介な相手だった。相手はエクセンブラ守備隊の副将軍で、行政区のお偉いさんに当たる立場のおっさんだ。

 だけどね、しょうもない話だった。


「まさか借金こさえた上に、権力で誤魔化そうなんてな。情けねえ奴だぜ」


 グラデーナが呆れるのも当然のこと。

 ここ数日、ウチに入り浸っては負けが越して、とうとう首が回らなくなるほどの借金を作ったらしい。しかも自分の立場を利用して、負け分をチャラにしろなんてほざいてるらしい。死んだほうがいいクズだ。


 こんなんじゃ、お偉いさん相手でも信用貸しは考えものになってしまう。まったく、本当に面倒な奴だ。


「普通ならとことん追い込んで、できるだけの金は回収するんだが、相手はあんなんでも一応はお偉いさんだからな。対応を間違えれば、もっと厄介なことになるだろ?」

「まあね。だけどチャラにはできないわよ。そんなふざけた真似は絶対に許さないわ」

「舐めすぎだよなあ。キキョウ会をよ」


 さて、どうしたもんかな。

 とにかく話してみるか。話してみれば、分かることはそれなりにある。

 裏で本当に払えないのかの調査も必要だ。ドワーフ娘にもうひとっ走りしてもらって、情報班に現状を伝えてもらうよう手配した。守備隊の副将軍とやらの情報を諸々洗わってやる。


「私が話してみるわ。グラデーナとポーラも同席して」


 貴賓室で待たせてるらしい。実質的に軟禁中のお偉いさんのところに向かった。



 部屋には一応、ノックしてから入室した。

 目に入るのはソファーに腰掛けた中年のおっさんだ。中肉中背でこれといった特徴はない。唯一特徴は、傲岸不遜な態度だろうか。見るだけで人を不快にさせる。


 だけど私には分かる。こいつの緊張が。

 よく観察すれば気が付くはずだ。組んだ足は震える足を押さえつけるため。同じく、硬く組んだ手は震える手を抑え隠すため。暑くもないのに、だらだらと流れる汗は隠しようもない。

 こいつは虚勢を張ってるだけの小者だ。


「貴様か、ここの責任者は」


 声が震えなかったことだけは褒めてやってもいい。その虚勢がどこまで続くか見ものだ。

 私は穏やかに微笑みながら、対面のソファーに腰掛ける。グラデーナとポーラは扉の前で待機だ。


「ええ、そうです。ここの責任者でキキョウ会の会長を務めています。自己紹介を」

「いらんわ。貴様が噂のユカリノーウェ・ニジョーオーファスィか。俺はエクセンブラ守備隊の副将軍、ダグラス・ダント・ダクマスティだ」


 副将軍なんて良く言ったものだ。

 エクセンブラ守備隊は街の規模に比べて非常識なほど少人数しかいない。

 本来の任務は外敵からの防衛と街の治安維持、それから魔獣や盗賊の討伐なんかも含まれるほど多岐に渡る。とても少人数で実行できる仕事じゃない。これは戦争の影響で人員が壊滅的に激減してしまったがゆえだ。現在はもう有名無実な組織に成り下がってる。


 実際には外からの脅威に対しては冒険者ギルドが中心となった各ギルドが担い、街の中では裏社会の組織が用心棒と称してのさばってる。

 そもそもこの副将軍とやらにその資質があるようにはまったく見えないし、ただ単にポストを埋めるだけの人員にすぎないのは誰だって承知のことだろう。


 ただし、一応はお偉いさんだ。小さな組織のボスでしかない私は、立場をわきまえた対応を取らないといけない。

 普段は傍若無人な私だって、時と場所と場合によって対応は変える。一応、本当に一応だけど、大人のつもりだからね。


「……よく御存じで、副将軍閣下。最近の街の様子はいかがですか?」


 サイドテーブルに準備された冷たいお茶を取り出して勧めながら、どうでもいい話題で時間を稼ぐ。

 副将軍とやらも核心の話題に触れるのが怖いのか、私の機嫌を取ろうとしてるのか、偉そうな態度とは裏腹に積極的に街や守備隊の状況を話してくれる。


 単なる雑談のつもりだったけど、ほかの組織の情報なんかも聞けて意外と実のある時間になってしまった。

 そうするうちにドワーフ娘がそっと部屋に入ってきた。ポーラと何か話したあとで、こっちにも寄ってきた。


「お話し中に失礼します。会長、こちらを」


 副将軍に断りを入れてから、ドワーフ娘が差し出すメモ用紙に素早く目を通す。

 街のお偉いさんだけあって、情報班はあらかじめマークしてたらしい。メモにはかなり詳しいことまで書かれてる。


 ダグラス・ダント・ダクマスティ。ダクマスティ伯爵家の五男坊。レトナークの貴族で、本家や領地はレトナーク本国にある。

 旧ブレナーク王国の各領地を支配するために派遣された貴族の一人だ。有名無実の守備隊、しかもトップじゃなくナンバーツーの座に据えられるだけあって、大して重要な人物じゃない。だけど、家格自体は派遣されてきたレトナーク貴族の中でも高いほうだ。


 決して真面目や誠実とは言い難い性格だけど、最低限の仕事はこなす働きぶり。最近までは特に問題も起こさず、公私ともに可も不可もなくといった人物だったらしい。

 ところがだ。ギャンブルにはまって一転、別の賭博場で大きな借金を作ったらしい。


 実家の伯爵家に頼るわけにもいかず、守備隊の資金に手を付けたってのが、こいつの近況だ。ジョセフィンたちもよく調べるもんだ。ホント。

 でもって、さらに今日ここで、借金こさえたってわけだ。救えない奴ね。

 メモ用紙は握り締めて、手の中で燃やし尽くした。


「……失礼しました。ところで副将軍閣下」

「な、なんだ?」


 潮目が変わったことを感じたのか、さっきまで饒舌に話してたのが噓のように、また緊張を露わにした。


「ずいぶんとお金に困っておいでとか」

「ね、根も葉もない噂だ」

「そうでしたか。では今日の分のお支払いは、いつまでにして頂けますか?」


 ポーラの話だと、チャラにしろって言ってたらしいけどね。どう出てくるか。


「……す、少しだけ、ま、待ってくれないか。俺のほうも、その、色々と立て込んでいてだな」


 ほう、払う気はあると。

 それならば話は別だ。お客様として遇さねばなるまい。もっとも、それほど気は長くない。

 また公金に手を付けるつもりなのか、どっかでひと山当てようとでもいうのか。まあ、どんな金だろうと構わない。用意できるならね。


「ではお待ちしましょう。ほかならぬ副将軍閣下の頼みですから」

「あ、ああ。数日中には使いを寄こす。か、必ず、その時に全額払う」


 本当に払えるのか微妙なところだけど、そう言うなら今は信じてやる。払えないなら取り立てるだけだ。厳しく取り立ててやる。



 副将軍が帰るのを見送り、ソファーで一息吐いた。

 グラデーナとポーラがどうしてか苦笑いしてる。私と向き合う位置に座るのを待って、まずはポーラに苦情だ。


「ポーラ、なんか払ってくれるらしいじゃないのよ。チャラにしろって話じゃなかったの?」

「あのよ、ユカリ。自覚してねえのか?」

「すっげえ威圧感だったぜ? ユカリが金に厳しいのは知ってるが、あれじゃチャラにしろなんて、とてもじゃねえが言い出せねえよ」


 おっと。無意識に怒りが溢れ出してたか。

 私はギャンブルも金も好きだ。時には無謀なことをしてしまう気持ちだって理解できる。

 だけど、その結果を誤魔化したり、逃げ出したりするのは許容できない。しかも私たちが損するんじゃね。


「しかしよ、本当に払えると思うか? 数日中なんて言ってやがったが、もし嘘だったらどうする?」

「この件はポーラに預けるわ。もし約束を破るようならとことん追い込んでやりなさい。こっちは公金横領の特ダネ掴んでるからね。最悪、レトナークの伯爵家を巻き込んででも、取り立てるわよ」

「はは、そっちのほうが面白くなりそうじゃねえか。ま、しばらくは様子見か」


 約束通り払うならそれでよし。そうじゃないなら、追い込むまで。

 あるいは別の支払い方だって構わないと思ってる。金額相応ならね。


 レトナークの貴族でそれも伯爵家の息子。しかも有名無実とはいえ、エクセンブラ守備隊の副将軍だ。ウチの情報班でも知り得ない情報だって、色々と知ってるんじゃないかと考えられる。対価に情報ってのは悪くない。

 もし使えるようなら、ほかで作った借金をウチに一本化してやってもいい。そのまま手駒にしてしまうのも悪くないかもしれない。


 この件はポーラに任せて、あとは情報班とも連携してやってもらおう。

 よっぽどのことがなければ、もう私の出番はない。


 それにしても借金の取り立てなんて、戦闘班にやらせるのはもったいない。

 今後もこの手のケースはありそうだし、専門の部隊か、あるいはアウトソーシングしてしまうのもいい。もしかしたら、そういった会社を立ち上げるってのもありかもね。


 金がないなら情報で埋め合わせさせる、それもないなら身体や頭でどうにかさせる。

 信用貸しはあくまでも財産を持ってる奴に限るから、そう面倒な事は起きないはずなんだけどね。

 諸々含めて、幹部会で相談してみよう。

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