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乙女の覇権安定論 ~力を求めし者よ、集え!~  作者: 内藤ゲオルグ


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次なる一手

 組織内での流行は単なる流行に収まらずに、戦力としての拡充を大いに助けてくれた。

 雪がちらつくようになった昨今、新たな見習いたちも見習いの域から脱しつつある。みんな真面目に頑張ってくれてるお陰だ。


 さて。厳しい季節の到来に伴って、ホームレスやレトナークから流れてきた難民にとってはまさに命懸けの季節となる。

 そうした状況もあって、キキョウ会の門を叩く女が徐々に増えつつある。だからといって全員をキキョウ会メンバーにすることはできない。


 ならばどうするか。

 一部の見込みのありそうなの以外は、今までのような就職の斡旋だけじゃなくて、自分のところでも受け皿を作って働かせようってことになった。

 その成果が今日、六番通りにオープンする食堂兼酒場だ。


「ユカリ、本当にここで良かったのですか?」

「ここでの儲けはそんなに期待してないわ。赤字が出るようなら考えるけど、今のところ利益は薄くても別に構わないわよ」


 今いるここは六番通りの端っこで、ソフィが仕切る王女の雨宿り亭のような繁盛は見込めない。

 ただし、六番通りの飲食店の需要はまだ飽和してないと思ってるから、そんなに心配することはないだろう。


「この場所なら広さも十分ですし、何より安かったので事務班としては助かりますけれど」


 新たにオープンする食堂兼酒場は、廃ビルを買い取って改装したものだ。

 人気の六番通りであっても端も端、人の通りはあっても周囲にはあまり店がない場所だ。中央付近の店舗は大抵混み合ってるし、帰りがけや行きがけに立ち寄るには、実は穴場的需要があるんじゃないかと密かに見込んでる。


「ま、このビルのとりあえずの目的は、キキョウ会の支部としてだからね。店舗はおまけみたいなもんよ」

「支部なら常に戦闘班の留守組が詰めていますから、警備面での心配がないのもいいですね。それにこれだけの広さの店舗を営業するとなれば、従業員の人数もたくさん必要になります。ここだけでも働き口はある程度確保できますね」


 ここは一階部分を食堂兼酒場にして、二階を事務所や従業員の休憩所に。三階と四階は支部に詰めるキキョウ会メンバーの住居や、飲食店の従業員の住居となる。本部と似たような造りでも、こっちのほうが床面積はかなり広い。


 そして地下。この地下から次なる野望の一手が始まる予定だ。

 地下二階からなるそこには、まだ何もない伽藍洞がらんどうが広がるのみ。全然準備が進んでなくて、今はただ構想だけがある状態だ。

 どうしたもんかなってのがここ最近、ウチの幹部連中と悩んでる問題。


 本当に場所の確保だけなら順調なんだ。中身が伴ってないだけで。

 実はこのビルの裏手には、かなり広い廃棄物置き場があったんだけど、そこもキキョウ会で買い取って場所だけ押さえてる。まだ何も手つかずの土地は、上手くいけば大きな大きな存在になると目論んでる。まだ未来の話だけどね。


 不動産関係は先を見越して、少し大胆にやっていこうと考え実行中だ。

 安いうちに買っとけば、後々に必ず大きな利益を生み出せる。


「しばらくはソフィのところからベテラン従業員を何人か借りるから、営業自体は問題なくやれるわよ」

「ええ、あとは例の計画ですけれど」

「そこはジョセフィンたちに期待しとこうか」


 その計画の実行は、やろうといってもタイミングの問題があってなかなか難しい。



 キキョウ会を立ち上げてから、どれくらい経っただろうか。

 最初のほうこそ忙しく、大変な思いをしたこともあったけど、今では順風満帆だ。

 友好的じゃない奴らに多少のちょっかいは掛けられつつも、小康状態と言えるだろう。


 状況としては支部も作れたし、新たな構想にも着手してる。

 まだまだやりたいことや目標がすべて達成されたわけじゃないし、これからだって増えると思う。


 私たちはただ、やりたいことをやりたいようにやってる。

 喧嘩を売られればぶちのめし、面倒な奴らもぶちのめし、不愉快な奴らだってぶちのめしてきた。ホント、好きなようにやってきたと思う。

 だけど、その影響は私が考えるよりも、遥かにエクセンブラの女たちに衝撃を与えたらしい。


 具体的に表れた影響としては、まず女性団体がいくつも結成した。

 どれも非公式なものらしいけど横同士のつながりもあって、大きなネットワークを形成してるらしい。

 数は力だ。今まで大人しかった女たちが少しずつ、声を上げ始めたと聞く。


 そして女性団体のうち、いくつかはキキョウ会にコンタクトを取ってきた。もちろん目を付けられないよう水面下でだけど、これは当然の流れだろう。キキョウ会こそが元凶らしいからね。協力を打診されるのは不思議なことじゃない。


 女性団体の主な要求は、私たちキキョウ会が後ろ盾になること。

 交渉の際に力をチラつかせるのは常套手段だ。これがなければ女の待遇改善だのなんだのと言ったところで鼻で笑われるだけだ。この世界の風潮じゃそんなもん。


 私としては人員に余裕もあるし、無下にはしない方針だ。

 もちろんタダじゃなければ、無審査でもない。

 そもそも団体としてどういった目的があるのか、キキョウ会に何を求めてるのか、それによっては拒否することだってある。引き受けた場合には、当然ながら報酬分の働きは約束する。


 今日も新たな訪問者と事務班がやりあってる。


「そんな、高すぎます!」

「そう言われましても。キキョウ会は慈善団体ではありません。動かす人員や期間によって、費用が高くなるのは当然でしょう?」

「助けてはくれないのですか?」

「いいえ、報酬次第と言っているのです。我々の調査によれば、支払えないとは思えない額なのですけれど。どうしますか? 待遇の改善が実施された場合には、支払いはより楽になるのでは?」


 決して足元を見てるわけじゃない。あくまでも正当な報酬を獲得するための交渉だ。

 私は助けてはやっても、甘やかしはしない。最初はともかく、ずっと甘えられても困るんだ。

 交渉窓口のフレデリカ以下、事務班には心を鬼にして頑張ってもらわないと。



 女性団体の後ろ盾なんて活動をやり始めたところ、気になる業界からのアプローチがあった。業界とは賭博場だ。

 賭博場の女性従業員の役割は主として接客。一部のディーラーを務める女を除いて、組織の中でも最下層に位置する存在だ。

 ひどい所だと外出も許されず、まさしく奴隷のような生活を強いられる例もあるらしい。

 業界全体の体質として、女にかなり厳しい世界というのもあるようだ。


 今までは疑問に思うこともなく、当然のように従ってた女たちだったけど、私たちキキョウ会の登場によって、少しずつ意識に変革が訪れた。

 様々な女たちが密かに連絡を取り合い、別の組織同士であっても境遇や待遇などを話し合って、団結するに至ったらしい。

 そんな賭博場の女性関係者団体からのアプローチだ。


「ユカリ殿、いよいよだな」

「うん、これは間違いなくチャンスね」

「よっしゃ、気合入れて行こうじゃねえか!」


 我がキキョウ会にとって、これは願ってもないアプローチだった。

 私たちにとっての一つの目的が、その成功によって大きく前進するだろう。


 世の中、建前じゃどんな場所で誰だろうと、無理やりに働かせることはできない。

 いわゆる奴隷というものは、少なくとも表向きには存在しないし、どこの国だろうが禁止されてる。あくまでも表向きにはね。

 でも現実には人身売買はあるし、それによって利益を上げる組織はエクセンブラにもある。だけど、限られた一部だけでの話だ。


 職場を辞める自由は誰にだってある。

 借金を抱えてる場合なんかはまた話が変わるんだけど、それは別としても現実にはそうもいかない事情がある。

 第一に、辞めさせてもらえない。余程の事情があったとしても、力を持ってる奴らは女の言うことなんぞ、いちいち聞いてくれない。

 第二に、そもそも辞めるという発想がない。どんな待遇であれ、それが当たり前と受け入れてしまう風潮が女自身にもある。


 今回アプローチしてきた賭博場の女性関係者団体の目的は、辞めたい人が自由に辞めることができるようにすること。

 次に基本的な待遇の改善要求。そもそもの報酬が少なすぎることに加えて、休暇や福利厚生だってないに等しいからその改善だ。

 最後にこうした交渉をすること自体を表立って認めさせること。それによって、女たちに権利の主張をすることの大切さをアピールしたいらしい。

 そしてキキョウ会への要望は、これらの交渉において後ろ盾になることだ。


 ま、言いたいことは理解できる。要求とは言っても、特別な要求なんて無きに等しい事柄ばかりだ。私の価値観ならそんなものはあって当然。

 だけど、結果は目に見えてる。相手は真っ当な商売人なんかじゃない。賭博場なんてものを仕切ってるのは裏社会の組織だからだ。いくらウチが後ろ盾になったからって、要求なんか聞き入れるはずがない。


 そこらの商会程度なら、ウチの戦闘班が後ろで睨みを利かせるだけで、大抵の交渉は上手くまとまるだろう。そのくらいの迫力はあるつもりだし、そもそも女側の要求が大したことないからね。でも今回ターゲットになってる賭博場は、特にひどい働かせ方をしてるってところが相手だ。

 質の悪い奴らは相手の言い分なんか最初から聞くつもりがない。そういうものだ。


 不発に終わる確率が高いことを説明しても、女性団体の決断は変わらなかった。

 こっちの説明のとおりだったとしても、まずはやってみなけりゃ話が進まない。行動しなければ、ということらしい。心意気だけは立派なものだ。

 我がキキョウ会は特別サービス価格でその交渉の行く末を見守ってやる。



 交渉の当日。一応、キキョウ会がお膳立てをしたお陰か、先方も交渉のテーブルには着いてくれるらしい。

 まあ結果は分かり切ってるんだけどね。


 女性団体の数人と一緒にレストランの個室で待ってると、だいぶ遅れて賭博場の関係者がやってきた。

 今日は会長の私自らが第一戦闘班を率いて交渉を見守る。


「アンジェリーナ、今日は交渉を見守るだけだから、危害が加えられない限りは手出し無用よ」

「ああ、分かっている。前もって戦闘班にも徹底させているから問題ない」


 交渉するのはあくまでも女性団体だ。私たちの役割は護衛と、この場のセッティングだけ。

 後ろでアンジェリーナとコッソリ話してると、遅れてきた割にちっとも気にした素振りも見せず、むしろ横柄な態度に出る賭博場関係者。


「おう、お前らか。で?」


 若くいかついのをぞろぞろと十人ほども引き連れて登場したのは、ダンディなおっさんだった。こいつがドカッと席に座るなり短く言った。

 後ろに立つ若い連中も威勢がいい。席に座る女たちを思いっきり身を乗り出して睨み付けたり、ナイフを取り出して磨き始めたりで威嚇した。


 思わず笑っちゃいそうになる、話を聞く気ゼロの態度だ。最初から話をするんじゃなく、脅すかおちょくりにきたって感じしかしない。

 女性団体の交渉官と四人の臨席者は、もう恐怖に震えあがって交渉どころじゃなさそうだ。


「……黙ってたら分からねえだろ。何とか言ってみろ、こらっ!」


 女たちが恐怖で話せずにいると、テーブルを叩いてさらに威嚇するおっさんだ。これは交渉術なのか、素でやってるのか微妙なところね。

 怒鳴り声と暴力の気配にビビってしまって、もう交渉どころじゃない。

 するとおっさんは胡乱うろんげな顔を私たちに向けた。


「おう、後ろの女。キキョウ会だったか。こいつら、黙り込んじまって話にならねえ。時間の無駄だからもう帰っていいか?」

「さあ。私たちにその権限はないわ。話し合いは当事者同士でやってくれない?」


 すがるような目を向ける女性交渉官を無視して冷静に言ってやる。

 そもそも私たちが代わりに交渉したところで、話し合いなんぞで決着つくはずがない。待遇の改善なんて、向こうが決して受け入れないからだ。


「おう、姉ちゃん。そういう事らしいぜ。話す事がねえならもう帰るぞ。それからな、二度と呼ぶんじゃねえぞ、いいな?」


 交渉官の女を思いっきり至近距離から睨み付けて、ドスの利いた声で威嚇するおっさんは雰囲気ある感じだ。普通の感覚からしたら怖いだろうね。

 現にますます何も言えなくなってしまった交渉官たちだ。情けないけど、しょうがない。


 何があってもキキョウ会が身の安全を保障するって言ったのを信じてくれてれば、話くらいはできたと思うんだけどね。

 彼女たちには後で別の策を授けよう。私たちにとっては、むしろそっちが本命だからいいんだけど。


 賭博場関係者連中は、ウチとの揉め事を禁止でもされてたのか、以外にもあっさり引き上げていく。

 若い連中は露骨に私たちを見下した態度を取ってたし、それにまったく動じない様子にイラついてもいた。ひと悶着あるかと思ったのに、こっちのほうが拍子抜けだ。


 あのダンディなおっさんが上手く統率してたのか、ひと仕事やってやったぜと引き上げていくのを見送って、ここからは交渉官たちに希望のある話をしてやる。

 うなだれて悔しそうにする女たちの前に、今度は私が腰かけた。


「さて、あんたたちが一言も口を利けなかったのは想定外だけど、結果は予想のとおりね」

「面目次第もありません。でも、少しは助けてくれたって」


 拗ねて見せたってダメだ。私たちは最初から忠告してる。どうせ無駄に終わるってね。


「甘えないで欲しいわね。そこまでの料金はもらってないわ」

「……そうですね。すべてはこちらの不手際です」


 交渉官の立場にいるような奴は物分かりが良い。なればこそ、希望のある話も気持ちよくしてやれる。


「分かればいいのよ。私から一つだけ助言があるんだけど、聞く?」

「な、なんでしょうか?」


 私の余裕ある態度にわずかな希望を見出したのか、姿勢を正して女たちが向き直った。


「簡単な話よ。待遇改善なんて、どうやっても無理ってのは分かったわよね。だったら辞めるしかないわ。そんでもって、辞めたいのなら辞めればいい。あんな奴らに向かって、わざわざ『辞めます』なんて宣言する必要ある?」

「え、でもそれができないから困っているのですけど」

「そうですよ! 上手く逃げ出せたって、そのあとどうしたらいいって言うんですか!」


 もちろんそんな懸念は織り込み済みだ。逃げ出した後はどうするかって?


「決まってるじゃない。ウチにきたらいいのよ」


 ニヤリと笑う私に、呆気に取られる女たち。

 この話こそが今回の本命だ。

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