役職、秋の改革
あっという間に暑い夏が過ぎ去って、気が付けば秋も真っ只中。ずいぶんと過ごしやすい季節になった。
我がキキョウ会は順調な運営を続けることができ、これといった問題が発生することもなかった。
まったく無いかといえば、そういうわけじゃないんだけどね。大所帯になりすぎ問題とかまあ色々と。
とにかく、余裕のあるそんな時だからこそ、やっとくべきことがある。
いざって時が訪れてからじゃ遅い。備えあれば憂いなし。いつだって万全を期すことが会長の責任てもんだ。
キキョウ会じゃあ、明確な役職ってのは私が務める『会長』だけしか存在しない。
ふと思う。私に何かあったら、キキョウ会はどうなるだろう?
もしもの時に困らないような措置を、できるだけのことをやっとかないといけない。
そんなわけで、今まで何となくやってた役割分担を、肩書を付けて明確にしようと考えたわけだ。
立場が人を作るとも言うし、なんらかのプラスの作用だって見込めるかもしれない。
まずは私が草案を作って、キーマンには相談してから全体を決める。
さて、役職といえばどんなものがあるか。ひと通り、並べてみるのがいいだろう。
とりあえずは『副長』だ。もしもの時、私の代わりを務める役割だ。
はっきり言って、力がなくては生きていけない世界ならば、武力こそが最も尊ばれるべき能力だ。私に代わってトップの役目を務めるならば、戦闘班の人物こそが相応しい。
その中で最もリーダーシップを発揮できるのは、ジークルーネとグラデーナかな。どちらかを『副長』に、そしてもう片方を『副長代行』としよう。
次に『本部長』かな。組織の運営や金の管理、細々とした面倒なことを任せる役割になる。これはフレデリカで決まり。すでにやってもらってることだから問題ない。
最初に主要な二役について、根回ししてみよう。
通常営業を終えた夜、さっそくジークルーネとグラデーナを私の部屋に呼び出した。
普段こういうことはしないから、どことなく二人とも緊張してるように見えた。
「ちょっと相談があってね、まあ座ってよ」
なんの話かと身構える二人に、茶を出してやってから話を始めた。
何かあった時のために、また組織としての体裁を整える意味でも、役割分担を明確にする必要性を説く。
そして『副長』と『副長代行』をやって欲しいと告げた。あんたたちが適任だってね。
だけどひと通りの理由を話してみても、グラデーナは乗り気じゃなさそうだ。
「あたしに難しいことは無理だぜ? ジークルーネに任せた」
「グラデーナ、難しい事はほかのメンバーに任せておけばいい。ユカリ殿の代わりなのだから、トップとして堂々と構えていればいいだけだ」
「そうよ。私だって小難しいことはフレデリカやジョセフィンに投げっぱなしだしね。必要なのは強さとメンバーからの信頼よ」
ジークルーネのナイスアシストに乗っかる。キキョウ会のトップを張るに必要なことは、なにを置いても武力と信頼だ。
ほかのメンバーにだってそれはあるけど、現状で一番と思えるのは目の前にいる二人だと私は思ってる。ここはぜひとも引き受けてもらいたい。
「……しょうがねえ。だったら、あたしは副長代行のほうが気楽でいいな。それなら出番はないも同然だろ? 第一、ユカリとジークルーネの両方に何かあるなんて考えたくもねえ」
「それを言うなら、そもそもユカリ殿に何かが起こるとも考え難いがな。とにかく、この件はわたしも賛同するところだ。副長と副長代行以外についてもこの際、決めてしまうべきだろうな」
よし、副長はジークルーネ、副長代行はグラデーナで決まりだ。
特にジークルーネは元組織人だし、こういった組織だった形にしていくことには賛成なようだ。分かりやすいしね。
「事務系の役職については、フレデリカに相談してみるわ。戦闘班は何人か班長を決めて、残ったメンバーを振り分けようかと思ってるんだけど」
「そうしてしまえば班毎に担当が決められそうだ。運用もしやすくなるだろう。班分けはどうする?」
「順当に実力か、得意武器や魔法適正で分ければいいんじゃねえか?」
話がポンポンと進み出す。良い感じだ。
このあとはざっと班長を決めてから、班員については暫定ってことで適当に割り振った。
別に永遠にこれで行くってわけじゃないし、今はとりあえずの形でいい。
お次は事務方だ。
事務方のトップとして任命するのはフレデリカでもう決めてる。
「というわけで、『本部長』はフレデリカにやってもらうから」
「……唐突な話ですけれど、お受けします。わたしの補佐はエイプリルで構いませんね?」
話の早い奴は好きだ。さすがは心の友。
「もちろん。今までどおり、あんたたちには事務方の一切を任せるつもりよ。単に役職を明確にするってだけだからね」
今までフレデリカとずっと一緒にやってくれた、収容所時代からの仲でもあるエイプリルを相方につける。
ほかの事務方メンバーや見習いたちも、フレデリカとエイプリルなら上手いこと使ってくれるだろう。
暫定ではあるものの、決まったものを一覧にまとめた。
【会長】:私
【副長】:ジークルーネ
【副長代行】:グラデーナ
【本部長】:フレデリカ
【副本部長】:エイプリル
【事務局長】:ソフィ
【本部付事務班若衆】:14名(オーキッドリリィ、以下8名、見習い5名)
【第一戦闘班班長】:アンジェリーナ(副長:穏やかなお姉さま=ヴェローネ、ロベルタ、ヴィオランテ、以下2名、見習い5名)
【第二戦闘班班長】:メアリー(副長:ブリタニー、以下4名、見習い6名)
【第三戦闘班班長】:アルベルト(副長:獣人少女=ミーア、以下4名、見習い6名)
【第四戦闘班班長】:ボニー(副長:おっとり系エルフ=リリアーヌ、以下4名、見習い6名)
【第五戦闘班班長】:ポーラ(副長:シャーロット、以下4名、見習い5名)
【戦闘支援班班長】:シェルビー(以下3名)
【遊撃隊長】:オフィリア
【情報統括室室長】:ジョセフィン
【情報統括室副長】:オルトリンデ
【情報統括室付若衆】:9名(グレイリース、以下4名、見習い4名)
【会長付警護長】:ヴァレリア
【顧問】:ローザベル、コレット
各部門の長と副長、顧問は幹部として遇する。これまで中心となって活躍してくれたメンバーに肩書を与えた格好だ。
特に今までと変わりないけど、この幹部会を通じてキキョウ会に関する重要事項を決定していく。
見習いも増えてより大所帯になったことだし、組織としての分かりやすさは必要だろう。
新しい幹部としては、第五戦闘班副長に元貴族令嬢シャーロットを据えた。この決定はシャーロットの戦闘力を評価してのことでもあるし、下級貴族ではあったものの学があるし、堂々とした振る舞いも幹部として十分だと評価したためだ。
一覧にして分かるように戦闘班の人数も理想的になってきた。
これならローテーションで、見回り、護衛、訓練、休暇などを順に回していける。いざとなれば、私や副長たち、情報統括室のメンバーだっているし、事務班だってある程度は戦える予備戦力だ。もうキキョウ会の戦力は縄張りの規模を考えれば、潤沢と言っても問題ない。
私や副長は平時に戦闘班を持たないけど、そうじゃない時にはいくつかの戦闘班をまとめて率いる役割となる想定だ。
平時には、そうね……どうしようか。
私は自己訓練や研究、新人教育なんかがメインになるかな。必要があればどこかに出張ったりもするだろう。
副長たちもじっとしてるのは嫌なタイプだろうから、私と同じようになるかな。
特別なことは今は思いつかないし、何かやりたいことでもあるなら好きにしたらいいと思う。
顧問のローザベルさんとコレットさんには、年長の幹部として何かとメンバーの相談に乗ってもらう役割だ。組織や仕事のことからプライベートなことまでね。年の功ってやつだ。それとは別にメンバーの治癒や回復薬の補充にも尽力してもらう。
一部に根回ししつつも大体のところを決めてしまって、全員が揃った夜に編成を発表した。
見習いを中心に驚いたのもいるようだけど、必要性と利便性はおおむね納得してくれたらしい。
中には別に今までどおりでも、と言った声もあった。でもどうしても反対したいわけじゃないようなんで、当面はこの新体制でやってくことで決定した。
まあ、やること自体は今までとそう変わらないからね。
「なあユカリ、あたいの遊撃隊長ってのは何をすればいいんだ?」
みんなが納得する中、オフィリアは自分の役割に疑問を持ったようだ。今までにない役割だから、それはそうかもしれない。
「オフィリアには広く活動してもらうことを想定してるわ。エクセンブラの外に出ることだってあるかもね」
オフィリアの戦闘タイプは万能型だし、元冒険者としての機転の良さや経験もある。特殊な仕事をこなしてもらうには一番だろう。
もしもエクセンブラから出て何かをしてもらう場合に備えて、身軽に活動してもらいたいと考えてる。
「そうか! あたいなら街の外での活動にも慣れてるしな」
「具体的に決まった方針があるわけじゃないから、今のところは街の中で活動してもらうけどね。情報班とは逆の役割になるかな」
「逆だって?」
「情報班はあんまり目立たないようにしてるから。オフィリアには逆に、堂々と余所の様子を見に行ってもらったり、むしろ目立ってもらう役割ね」
「それが遊撃隊長か。いいね、あたいに合ってるかもな」
危険がありそうな場所だったら私か誰かが同行するし、戦闘班の中から選抜してオフィリアに同行させることだってあるだろう。
遊撃班はまだテストケースだから今のところはオフィリア単独だけど、必要に応じて増員が必要ならそうする予定だ。ひどく曖昧な役どころでも、そうした人員は必ず必要になる。
「会長、わたくしが副班長というのは本当なんですの?」
第五戦闘班の副班長に抜擢したシャーロットが、少しばかり顔を紅潮させつつ訊いた。
新しく幹部になったのはシャーロットだけだから、そう言いたくなるのも分かるってもんだ。
「本当よ。シャーロットなら問題ないと思ってるんだけど、自信なかった?」
ちょっと意地悪く言ってやるものの、明らかにやる気がみなぎってる。遠慮も萎縮もないし、任せて正解だ。
「そんな事はありませんわ。ですけど、本当にわたくしで構いませんの?」
シャーロットは口調に関しては高飛車なお嬢系だけど、実際には努力家だし面倒見もいいタイプだ。
ほかにも副班長なら任せてもよさそうな、シャーロットと同期のメンバーがいないこともなかった。でも最適と判断した結果だ。
「戦闘班の班長たちも納得してることよ。もし変えて欲しいなら、無理させるつもりはないけどね」
「いいえ、光栄ですわ。わたくしが副班長! 頑張りますわ!」
ぐっと拳を握って気合を入れる様子は微笑ましい。頑張って欲しいわね。
もう一人の有望株、グレイリースは戦闘班に入る予定だったんだけど、彼女の魔法適正である影魔法が使えるレベルに成長したことで、ジョセフィンとオルトリンデが情報班にと望んだ。本人に異存ないなら、私たちも言うことはない。
情報班にはグレイリース以外にも多くがメンバー入りした。
偵察や情報収集のほかにも、集まった情報の精査やら資料の整理などなど、やることがかなり多い。ジョセフィンとオルトリンデは増員を喜んでくれたけど、今までが申し訳なさ過ぎた。
ただし大事な『情報』を扱う部署だから、このメンバーは必要以上なほどに厳選した。先を見据えれば、これからより重要度の増す部署になるだろう。多くの働きを期待したい。
キキョウ会は見習い含めて人数がかなり多くなった。でも多いだけじゃ、烏合の衆でしかない。
今回の改革で各班の戦闘レベルや適正、人数のバランスはよく配置できたと思う。良いバランスだ。きっとより良い仕事ができると期待しよう。
この多くなった人数は、まだこれからも増えていくのかな。無制限には増やせないにしても、可能な限り大きくしたいとも思えてきた。
そうとなれば、また新たな稼ぎが欲しいところだ。
念願であるキキョウ会自前の賭場に着手しようか。
それから支部も作らないと。まだ本部の収容人数に余裕はあっても、溢れかえる前に手は打っときたい。
みんなにも役職が付いて組織らしくなってきました。




