近況と研究報告
めでたく王女の雨宿り亭が開店してから、早くも数十日が経過した。
予想された嫌がらせや襲撃は、まさに予想のとおりに起こった。
もちろん警戒態勢が功を奏して、店内で暴れる奴や因縁を付けてくる奴は速やかに排除し、深夜の招かれざる客は何もやらせずに撃退。わずかな損害もその場で身ぐるみを剥ぐなど、キッチリと回収して先方の意欲まで削いでしまう完璧な対応でやり過ごした。
特に営業中の撃退は、その圧倒的な強さと鮮やかさもあって、一種のショーのような見世物と化す状況にもなってしまった。
客足は離れるどころか、むしろ面白い見世物としてトラブルを期待する空気まであるらしい。
襲撃を企てた連中にとっちゃ、踏んだり蹴ったりだ。嫌がらせのつもりが、こっちの利益になってしまってるんだからね。
ソフィ店長の立場としたら、ご協力に感謝って感じだろう。
花屋を任せたリリィのほうは、最近じゃただ花をそのまま売るんじゃなく工夫が光るようになった。進化だ。
ちょっと前に私が試しに作ってみた素人臭いフラワーアレンジメントに興味を持って、今じゃ私よりも遥かに素敵な物を作っては売り物にしてる。これがまた信じられないくらいに好評を博して、花屋は別に本店を構えようかと話を始めたところだ。
なにはともあれ、売り上げは好調も好調。
花屋も酒場も最初の頃よりは落ち着いても、安定して大きな利益を生み出してくれてる。どっちもリピーターが多いらしいから、これから先の営業にも十分に期待がもてる。
そして上げた利益はどんどんメンバーに還元するから、みんなとにかく羽振りが良くなった。
宵越しの金は持たねえとばかりに、その羽振りの良さをバンバン発揮して使いまくるもんだから、キキョウ会は金払いがいいとまた評判になる。
今のところウチが関わるところには、好循環が生まれる状況だ。
問題はそんなキキョウ会メンバーに対する誘惑が多いこと。
そのうちに厄介事が起こることは、どうにも避けられそうにないのが気になることだ。
あとは禁止してる賭場への出入りの解禁を求める声が多くなってきたことかな。
うーん、どうしたもんか。
それから状況の変化として、サラちゃんと元少女愚連隊に属してた幼少組は、エクセンブラの学校に通わせることに決めた。
ソフィと本人たちの意向も聞いた上での決定だ。
これは私からの提案で、キキョウ会のみんなも大いに賛成してくれた。幼少組には広く可能性を残してあげたい。
不安なのは、これまでウチで施してきた英才教育が、学校でどんな影響を及ぼすかってこと。
知識は偏りがあると思うし、おそらく同年代にはいないだろってくらい鍛えちゃってるからね。心配だ。
順調なのは良いことで、より多くの人を呼び込むことに繋がる。
羽振りの良いキキョウ会を知れば、入りたいと希望するじゃじゃ馬や跳ねっ返りが門を叩くだろう。
そうじゃなくても、身寄りのない奴や食いつめ者なんかもやってくる。
門前払いにするにはもったいない根性ある奴が集まってきてて、ウチの見習いはまた想定以上に多くなりすぎてるのが新たな問題かもしれない。
ただし、見習いへの教育係は私たち初期メンバーが、付きっきりでやる必要はもうなくなった。この変化は大きい。
面倒見のいいグレイリースや元貴族のお嬢たちが率先して引き受けてくれるから、そのあたりは楽になったと言える。
そうするとキキョウ会本部が手狭になってきて、支部の構想は早めに着手すべき状況にもなってしまってる。
世の中いいことだけじゃなく、問題も相応に発生するものだ。
まあ新人たちは、もう『新人』とは言えないくらい馴染んで、任せられることも多くなった。
戦闘班志望も及第点をあげられるくらいには成長したと考えられるし、そうじゃないメンバーも各人で役割を見つけて頑張ってくれてる。
面白い魔法適正やスキルの持ち主も、宝の持ち腐れ状態から脱しつつあって、これから先の展望にも繋がってる。たとえば、刻印魔法とか影魔法とか交渉術とかね。
新人たちの活躍の機会が増えたお陰で、会長の私は少しずつ暇な時間が確保できるようになった。
今も事務所で剛槍を手に持って、魔法の修練中だ。
なんの意匠も施されてない剛槍に、精緻な花の紋様を少しずつ刻み込んでいく。こうした試みは高度なイメージの具現化能力と、高度な魔力操作が伴わなければできない芸当だ。地味だけど訓練にはもってこい。
「相変わらず器用な真似をするもんじゃ」
どこか呆れたように言うローザベルさん。
そんな彼女も複合回復薬の実験中で、机の上には私が作ってあげた水晶ビンがいくつも並べられてる。
「お姉さま、いつ出発しますか?」
ヴァレリアは暇そうに私の魔法を眺めながら、今日の予定を急かす。これから図書館に行く予定になってる。
個人的な研究資料やメンバーへの教材として、何かないか探しに行くつもり。これも暇がないとできないことだ。
「じゃあ、そろそろ行こうか。ローザベルさん、留守よろしく」
「土産はロールケーキでいいぞ」
しょうがないとうなずいて、ヴァレリアと図書館に向けて出発した。
図書館は行政区の入り口付近にあって、私はすでに何度か行ったことがある。
ここは図書館と言っても実は本の貸し出しをやってない。館内で閲覧するだけに限られるから、持って帰れないのが不便だ。どうしてもってのがあれば、図書館じゃなくて本屋で買えばいいんだけどね。
入り口でレコードの提示をしたら入館だ。本の匂いはどこか落ち着く。
広い館内には出版が盛んであることを示すように、多くの書架に数え切れないほどの本が詰め込まれてる。
その中から、応用魔法学、実践魔法理論、伝承魔法の系譜、ロマリエル山脈冒険記、未踏領域と魔海、亜人の国の旅温泉編、などといった書籍をリストアップしながら机に運んでは目を通していく。
雑多な種類でも気になる本には読みたい。もちろん、一気に全部は読めないから、残りはまたの機会だ。
その他、雑誌から最先端ファッションカタログやゴシップ誌なんかも少しだけチェック。
誇張されてはいるんだろうけど、久しぶりに見たベルリーザの悪姫は今でも変わらず活躍中らしい。
ヴァレリアは昔の海賊をモチーフにした創作小説がお気に入りのようで、何巻もあるそれをずっと読みふけってた。誰かが夢中になってるものは気になってしまうほうだ。私もいつか読んでみよう。
図書館の退館時間まで居座ってから外に出て、ヴァレリアと夕食を済ませてから本部に戻った。
あ、ロールケーキ忘れてた。婆さんの顔を見てから思い出した。
ローザベルさんには次に埋め合わせすることを約束しながら談笑してると、珍しくフレデリカが興奮した様子で事務所に入ってきた。
「ユカリ! ついにやりましたよ!」
「落ち着きなさいよ。なにをやったっての?」
紅潮した顔に掛けたメガネを忙しなくいじりながら、にじり寄ってきた。普段は落ち着いた雰囲気なのに、こうなると鬱陶しい。
「これが落ち着いていられますかっ! 魔法ですよ、魔法! 第五級の鑑定魔法が使えるようになったのです!」
そう言えば練習しろってプレッシャー掛けてたわね。
一段階上の魔法が使えるようになったのなら、それは大したことだ。
「ほう、中級魔法が使える鑑定魔法使いともなれば、引く手も数多じゃろうて。転職でもするのか?」
「そんなわけないじゃないですか!」
そこそこ稼げそうな真っ当な職業への道をあっさり否定した。さすがは心の友。
「フレデリカ、良くやったわ。さっそくアレの鑑定してみる?」
「ええ、やってみましょう!」
魔法封じの腕輪の仕組みを解き明かすためってのが、レベルアップのきっかけだったんだ。
ポカンとするみんなをほっといて、私の部屋に移動した。ヴァレリアだけは一緒にくっついてきたけど。
「これよ」
ずっと棚に入れっぱなしだった魔法封じの腕輪を渡してやる。
「前にも言いましたけれど、詳細鑑定までは無理です。大まかな魔力の流れから、中の構造は分析できると思います。時間をかけたいので、しばらく預かっておきますね」
「好きにしなさい」
鑑定魔法の細かな違いは私にはよく分かんない。ただまったく不明ってよりは、遥かに前に進めるだろう。
フレデリカの魔法によって、ちょっとでも取っ掛かりが掴めればいい。それをヒントに独自に研究ができるようになれば、非常に大きな成果だ。
後日、フレデリカの鑑定とその後の私の研究によって、魔法封じの腕輪の仕組みが明らかになった。
さすがは私たちって感じで、自画自賛できる成果と思う。
分かったのはまず魔法封じの腕輪自体は、魔法や特別な道具なしだと頑丈過ぎて物理的に破壊することは難しいということ。
それからこの魔道具の特徴は、腕輪の中の魔石から極微量の特殊な波形の魔力が、装着者の身体に常時流し込まれる状態になること。
この流し込まれる魔力に邪魔されて、魔法が発動できなくなるって寸法だ。しかもその魔力は装着者自身から魔石に補充されるっていうね。
魔力は波のように身体を巡る。腕輪から流される魔力の波形を特定することさえできれば、それを打ち消す波形の魔力をコントロールすることによって無効化が可能なはずだ。理論上はね。
極めて精緻な魔力感知と魔力操作の技量が要求されるけど、理屈さえ分かれば実行できるようになるまで訓練あるのみ。
こうして魔法封じ破りの方法が判明したわけだ。難しくてもやり方さえ分かってるなら、できない道理はない。
机上の空論、その言い訳はできなかった時に使わせてもらおう。
そういえば、阻害系の魔法はこの理屈で成り立ってるのかもしれない。魔法封じが破れるようになれば、適正に関係なく使えるかも可能性がある。いつか試してみるのもいい。
「魔法封じ破りだって?」
「そんな事ができるのですか?」
「いやいや、いくらなんでも無理だろ」
「でもユカリのやる事だからなぁ」
「お姉さまならできます」
「ふーむ、興味深いのう」
「ははっ、また面白いことやってるな」
「会長、あたしもお手伝いしますよ!」
「もしできるようになったら、それって凄いですよね」
暇そうにしてたメンバーに話してみれば、半信半疑もいいところだった。
私だけじゃなくて、みんなにもできるようになって欲しいと考えてるってのに。
まあ、当の私ができるようなってからでいいか。
その時には実例があるんだから、四の五の言わずにできるようになるまで特訓だ。
「姐さん、ちょっと顔が怖いんですけど」
決意も新たに、新しい課題に取り組む。
こうした日常の繰り返しが、私たちを強くするはずだ。




