続・新装開店
顔馴染みの甘味処で、紅茶とシフォンケーキをつつきながら時間をつぶす。
店員のお姉さんも今日は暇なのか休憩時間なのか、私と相席して世間話に興じる。
「キキョウ会の新しいお店、昼間に見てきたんですけどね。びっくりしましたよ、なんですかあれ!」
「ああ、私も見たけど驚いたわ。なんか場違いって言うか、ここら辺じゃ珍しい雰囲気の店だったわね」
「そうです! んん、むぐ、ごくっ。んふぅ、なんですか、あの綺麗なお店は。驚いたなんてもんじゃないですよ!」
お姉さんは豪快にケーキを頬張っては紅茶で喉に流し込んだ。
「あれ? 改装工事中に、どうなるかくらい予想はついてなかったの?」
私はあんなもったいない食べ方はできないから、ちびちびとフォークで削り取るように食べていく。上等な菓子はこうやって食べるべきだろう。
「工事中は囲いで覆われていて、全然見えなかったんですよ。それが今日になったら、突然あんなのが出てきたんですよ? そりゃあ、たまげますよ」
「……たまげるって、あんた」
「そんなことより! あれだけ綺麗で珍しい、たくさんの種類の花は一体どうやって手に入れてるんですか? もうガーデニング趣味のおばさんから、若い女の子やそれを目当てにした男まで、凄い騒ぎだったんですから!」
「その辺は企業秘密ってやつよ。まあ、キキョウ会には色々な得意分野を持ってるのがいるってところね」
「ふーん、もっちゃもっちゃもっちゃもっちゃ、ごっくん。ずずーっ、はふぅ。酒場も今日からでしたよね? 近いうち寄らせてもらいますね」
そう言いながら次の皿に手を付け始めた。
このお姉さん、何個ケーキを食べれば気が済むんだ。食べ方も豪快だし、割と可愛い系の人なのに台無しだ。
私が露骨に呆れた目を向けても、お姉さんはまったく意に介さない。
店員のお姉さんはともかく、方向性は違えど同じ飲食店。この甘味処とも仲良くやっていければいい。
「あそこはソフィが仕切ることになってるから、よろしくしてやって」
「ソフィさんですか? それは人気が出そうですね。ウチも負けてれらませんね!」
そういや飲食店でよくある、知り合いだけを招待するプレオープンみたいなのはやってなかったのかな。いきなり本営業とか大丈夫なのか。
それとも、もうすでにやってるとかは、ないわよね。私、呼ばれてないし。いやいや、まさかね。
日がだいぶ傾いてきたんで、そろそろ出発だ。
手土産くらい持って行こうと、特大のボックスにケーキを詰めてもらった。
大きなボストンバッグと特大ケーキボックスを抱えて、いざキキョウ会初の酒場へ参ろう。
甘味処を出て少し歩けば、久しぶりの顔が憮然として突っ立ってるのが見えた。その後ろにはいつもの中年魔導士が控えてる。
無言で通り過ぎるのもなんだし、ちょっと挨拶くらいしてみるか。
「珍しいところで会ったわね。久しぶり、ブルーノ」
「おう。お前んとこの酒場、今日から開店だってな」
「まあね。あんたのところが開店してから、だいぶ後になっちゃったけど。やっと開店よ」
「そいつは目出てぇが、お陰でウチの店は閑古鳥が鳴いてらぁ。客、全部持っていきやがって」
憎まれ口を叩いてはいるけど、顔は楽しそうだ。憮然としたように見えたのは気のせいかな。
むしろ無言の中年魔導士のほうが不機嫌な感じね。まあこいつはいつもこんな感じか。
「最初だけよ。ずっとこれが続くはずないわ」
「まあな。しかし、あの女店主、ありゃイイ女だな。どうだ、今度俺に」
「ダメよ。ソフィに手を出したら殺すから」
「……お前よ、急にキレるのはやめろ。マジで怖えからよ」
「分かればいいのよ」
別にキレてはないけどね。私は本気だから気を付けたほうがいい。
「普通に客として店にくるなら文句はないわ。精々たくさん金を使っていきなさいよ」
「お前らこそ、たまにはウチで飲んでけってんだ」
意識して避けてるってわけじゃないけど、なんかね。私たちがブルーノの店を特に気に入る要素もないし。
適当に聞き流してもう行こう。
「じゃ、またいずれ」
そして、ついにやってきた我がキキョウ会待望の酒場。
花屋の営業はもう終了して、シャッターとは違った趣のある木製の扉で固く閉じられてる。両開きの扉はまだ新しいけど、時間が経てば経つほど重厚感が増すだろう。無駄にカッコいい。
昼間の騒動から予想したとおり、酒場は大変な混雑になってる。
大きな窓にかかったカーテンが今は開けられて、盛況ぶりがよく分かる。
しかも店の前の広い通りには臨時で設置したと思われる長テーブルと樽椅子が置かれて、まだ日も沈み切ってないのに酔客たちで賑々しい。日が落ちても暑い季節だし、ビアガーデンのような雰囲気かな。
さすがに並んでまで待つ客はいないようだけど、中から外まで満員御礼だ。すべり出し絶好調で、実に景気が良い。
毎日これじゃ大変だろうけど、そのうちに落ち着くとも思う。
ま、私は客じゃないし、ちょっと様子を見たらすぐに帰ろう。居座ると邪魔になりそうだしね。
特大ケーキボックスを抱えながら、店の前の客たちをなんとか避けて正面の入り口前にたどり着いた。
入り口にはアーチが架けられて、そこに店舗名が刻まれてる。その名も『王女の雨宿り亭』だ。
高貴っぽいしゃれた感じの名前は、白と緑と赤いバラの店構えには良く似合ってる。ソフィのセンスなのか、なかなかイカした名前だ。
アーチを潜ってドアを開けると騒々しい、だけど楽しそうな声に包まれた空間に入った。
すぐに店員の娘が寄ってきて、申し訳なさそうにした。
「只今、満席なんです。すみません」
ソフィも私に気づいたようだけど、目で制してカウンターの中にとどまらせる。
「いいのよ、ちょっと差し入れ持ってきただけだから。ソフィによろしく言っといて」
「あ、その花のバッジ、キキョウ会の方でしたか」
「そうよ。はい、これケーキね。あとでみんなで食べなさい」
「わあ! ありがとうございます!」
特大ケーキボックスを渡してやれば、嬉しそうに受け取ってくれた。素直でよろしい。
そんなやり取りをしてると、小さな店員さんが私のところに。
「お姉ちゃん、いらっしゃいませ!」
サラちゃんがいつもより眩しい笑顔で私を歓迎してくれる。
「偉いわね。お手伝い?」
「うん! ばんごはんの時間まではお手伝いするんだ!」
みんなとお揃いの小さなエプロンを着けて張り切ってる。
サラちゃん用のも作ってるなんて、トーリエッタさんも気が利く女だ。
いい子いい子と撫でてると、ちょうど帰るらしい客がいて、入れ替わりにカウンター席に案内されてしまった。
もう帰るからいいって言ってんのに。
まあせっかくだし、一杯だけ飲んでいこうか。
「ソフィ、初日から大盛況ね。これは想像以上よ」
「そうなんですよ、わたしも驚いてます。でも反省点がたくさんありますから、明日からもっと気を引き締めないといけませんね。こちらをどうぞ」
話しながらも私がたまに飲んでるウイスキーを注いで渡してくれた。
そんなソフィは私と会話をろくにする暇もなく、カウンター席の客に次々と話しかけられる。注文もあるし、世間話もね。私はなんとなくそれを見守る。
甲斐甲斐しく働くソフィは、サラちゃんの母親とは思えないほど若々しい。
しかも今日は長い髪を高めのポニーテールに纏めて、従業員とお揃いの可愛らしいエプロン姿だ。これは狙ってやってるのか、偶然なのか。とにかく、溢れる母性や優し気な眼差しとも合わさり、絶大な魅力を発してる。
うーむ、これはヤバいわね。
同業者の嫌がらせを警戒するより、ストーカー対策を考えたほうがいいかもしれない。
私の妙な心配をよそに、余裕綽々で仕事を続けるソフィは基本的にはカウンターの中に陣取って、その前に座る客たちに応対してる。
時折、外側に出てもセクハラちっくな客の手を巧みに掻い潜り、涼しい顔をしながら指一本触れさせない。訓練で鍛えられたソフィの体術がこんな形で発揮されようとは。
魅惑の女店主はちょっとやんちゃをしそうな客にも、謎の笑顔からの威圧で大人しくさせてしまう。
ずっと昔にウエイトレスをやってた経験があるなんて言ってたけど、そんなレベルじゃないわね。
商業ギルドから斡旋されてきたばかりの従業員たちは、早くもソフィに心酔してるように思えた。
開店初日にもかかわらず、多くの客と従業員の心をガッチリと捕まえるとはね。想像以上だ。
これは話題になる。そしてもっと忙しくなるに違いない。ソフィに任せたことは大正解だったみたいだ。
店内の端っこに目を向ければ、そこにはキキョウ会専用の用心棒席がある。
そこにジークルーネとグラデーナが疲れた顔で座ってる。
一応は警備の仕事中なんだけどね。昼間の慣れない仕事の疲れからか、いつもの精彩さはまったく見えないし、ヴァレリアに至っては突っ伏してる。私がきてることにも気づいてないらしい。
いざとなれば働いてくれるだろうから、特に文句はないし細かいことを言うつもりはない。
それよりも気になるのは、なぜかグレイリースとヴィオランテまでもが、今にも寝そうな雰囲気で同じ卓に座ってる。あの二人は今日は六番通りの巡回メンバーに入ってたはずだから、あの様子だと途中で花屋の手伝いに借りだされたっぽい。
そう言や、リリィはどうしたんだろう。
忙しそうなソフィを捕まえて、リリィのことを聞いてみた。
「リリィさんなら二階で今日の精算をしていましたよ。様子を見てきてあげてください」
「そうね。売り上げも気になるところだし」
ぐぐっとウイスキーを飲み干し、関係者特権で二階に移動した。
二階に上がれば、すぐに休憩用のリビングルームのような部屋がある。
リビングの隣に事務用の部屋があって、リリィはそこでボケっとしてた。やっぱり疲れてるみたいだ。
「リリィ、お疲れさま。今日はどうだった?」
「あ~、ユカリさん~」
疲れのせいか、いつもより余計に間延びしてるように聞こえる。
「わたしのお花が~、あんなにたくさん売れるなんて~、本当に~、夢のようです~」
やっぱり、しゃべり方がいつもより延びてる。なんだか夢心地のようね。
「少しは満足できた?」
「はい~、とっても。でも、もっとも~っと、たくさん売っちゃいますよ~」
リリィは疲れよりも充足感のほうが大きいようだ。
「それで、売り上げはどうだったの?」
ちょっとわくわく。あれだけ賑わってたんだし、期待してもいいはずだ。
「ふふふ~、驚きですよ~。なんと~、なんと~、なんと~!」
普段はそんなことはないんだけど、なんだろうね。ちょっとイラッとしてしまう。
「え~、五百七十万ジストになりました~。えっへん!」
「……ご、五百?」
マジ? たった一日で? 純粋に凄い。
この売り上げが今日だけなのか、継続できるのか、さらに伸ばせるのかは、これから様子を見ないとだけど、大きな可能性と実利をもたらしてくれた。これから先、仮に半減したとしても十分な稼ぎだ。
「ユカリさん~、褒めてください~!」
「リリィ、あんたホントに凄いわ。この調子でガンガン稼いで、あんたの夢を実現できるよう頑張りなさいよ」
「ふふふ~」
開店資金を持ったのはキキョウ会だから、売り上げは一旦、すべてキキョウ会に納められる。
売り上げから人件費やその他経費を取り除いた半分が、リリィの報酬になる制度だ。半分でもそれなりの額が入るはずだから、リリィは高給取りになったと思う。
そもそも商品を作ってるのはリリィだし、誰も文句は言えないはずだ。
まあ戦闘班の人件費は商業ギルドから斡旋された従業員と違って高いけど、それでもリリィには多額の報酬が渡ることになる。
さらにそれとは別に、基本報酬や屋上庭園の管理費もリリィには支払う。屋上庭園は完全にリリィの趣味でやってることなんだけど、メンバーの憩いの場にもなってるから、報酬はあってしかるべきだろう。
キキョウ会に入った者は、その功績や実力に応じて稼がせてやると言った言葉に噓はない。
幸せな様子のリリィと談笑してると、サラちゃんからお呼びがかかった。
「お姉ちゃんたち、ごはん食べよ!」
隣の休憩室にまかないを運んでくれたみたいで、美味しそうな魚介系パスタがテーブルに並んでた。しかも私の分は超大盛だ。
休憩に入った従業員も一緒に食事休憩するらしく、私たちと一緒に卓を囲んで食べ始める。
うん、パスタ料理を不味く作るほうが難しいかもしれないけど、それでも塩加減や魚介の旨味たっぷりでかなり美味しい。
ちょっとだけ身びいきが入ってるかもしれない評価だ。
私は食べたらもう帰る。
サラちゃんの送迎は護衛の誰かが行う手筈だけど、今日は私がいるから一緒に連れて帰ればいい。
しばらくの間は警戒態勢を維持しつつ様子見だ。たぶん、そのうちにどっかの組織が嫌がらせしてくるだろう。




