再び魔法封じの腕輪
魔法封じの腕輪は特殊な性質の魔道具だから、一般的な流通市場に登場することはない。
その枷を付けられたら最後、鍵を手に入れて外さない限り、魔法が使えなくなってしまう危険な魔道具だ。基本的には刑務所や収容所などで使用される物と考えていい。
大陸北部にはベルリーザという名の大国がある。ベルリーザは様々な面で大きく発展した国で、特に魔道具開発で世界をリードする国だ。
そんな大国にある高名な魔道具メーカーで開発された『魔法封じの腕輪』は、各国で厳重な管理の元に使用される。こんな風に流出するなんて普通はないはずなんだけど、ブレナーク王国が崩壊した影響か出回ってるみたいだ。
「ユカリ、なにかあったのですか?」
たまたま通りかかったらしいフレデリカが横から顔を出した。装飾品をメインに見てたはずだから、この辺のブースにも寄ってみたんだろう。
「魔法封じの腕輪があってさ。懐かしいわね」
「え、これを売っているのですか? さすがは闇市ですね」
フレデリカは懐かしいと感じるよりも、レアな魔道具が普通に売ってることに驚くやら呆れるやらといった様子だ。
「おっちゃん、魔法封じの腕輪だけちょうだい」
「あいよ、姉ちゃんはお目が高いな! 一緒の袋に入れとくぜ」
大金をあっさり清算して移動だ。
膨らんだ大袋を抱える私を微妙な目で見る金髪メガネ美人の視線は無視した。
気になるブースは見終わったらしいフレデリカと一緒に、集合場所にした休憩スペースに向かう。
適当に空いてるところに着席すると、飲み物とお菓子に軽食まで乗せたワゴンが運ばれてきて、頼んでもないのに給仕されてしまう。飲み物だけ取るとウェイトレスが静々と下がったんで、そのまま戦利品の検分を始めた。
下働きの連中は余計な詮索をしないよう、よく教育されてるのかもしれない。必要な時以外に動き回らず、客席からは少し離れた場所に待機してる。
「それにしても驚きました。魔法封じの腕輪なんて物まで売っているのですね」
「闇市ならではの商品ね。収容所時代に付けられてた時は、どうやっても外せなかったわよ、これ。もし何らかの手法でこいつを付けられた場合、戦力の低下どころじゃないわ。絶望的よね。どうにかして破る手段を見つけたいわ」
魔法が当たり前の生活に慣れてしまった今となっては、この魔道具の恐ろしさがよく分かる。だからこそ、研究のために買った。
「それはそうですけれど。でも、どうやって?」
「フレデリカ、あんたの鑑定魔法でどうにかならない? 弱点とかないかな」
「無茶を言わないでください。魔法は苦手なんです。魔道具の詳細鑑定なんて、上級魔法の領域ですよ? わたしではとてもとても」
難しいってのは織り込み済みだ。簡単に破れるような物なら苦労はない。
ただし、諦めるにしても限界までトライしてからだ。
「あんた、魔法は苦手だって言ってるけど、魔力は相当鍛えられてるはずよね?」
「ええ。収容所を出てからも、毎日ノルマのように魔石に注いでいますから。昔に比べれば、考えられないほどになっているはずです」
「だったら魔力量は十分。適正もある。それならあとはイメージだけの問題よ。いきなり上級魔法とは言わないから、少しずつでも鍛えてみなさい」
「……たしかにそうですね。苦手意識がありますから、上級魔法まではとても想像できませんけれど。それでも今では第六級までは使えるようになりましたから、中級魔法なら可能性はあるかもしれませんね」
苦手意識は急には無くせないだろう。でも第七級しか使えなかったのが、第六級を使えるようにはなったんだ。
次は第五級を使えるようになっても、まったくおかしくない。第五級からは中級魔法の領域だとしても、使えないなんてことはないはずだ。
「そうそう、中級魔法が使えるようになれば、上級魔法だって見えてくるわ。今回の件とは関係なく、ちょっとずつでもやってみなさいよ」
「わたしの鑑定魔法はそれでいいとして、結局、魔法封じの腕輪はどうするのですか?」
うーん、鑑定魔法がすぐに使えないとなるとどうしたもんか。研究と言ったって、闇雲にやってもしょうがない。
「……なんか方法ない?」
「そうですね、高位の鑑定魔法使いに見てもらうか、鑑定の魔道具を使うのはどうですか?」
「フレデリカ以外の鑑定魔法使いに心当たりはないわね。それに鑑定の魔道具だって同じよ。あんまり聞いて回ることもしたくないしね」
「では別の魔道具はどうでしょうか? 魔法の効力を上げてくれる魔道具です。わたしの鑑定魔法でも、それを使って中級相当までの鑑定ができるようになれば、少しは役に立つかもしれません」
ブースト系の魔道具か。そう言えば、煽り文句でそういったのが売ってるのはここでも見た。
よし、せっかくだしまた見に行こう。フレデリカがいれば、本当に効力があるかどうかくらい分かる。
「じゃあ魔法能力アップ系の魔道具がないか探しに行くわよ。さっき見掛けたから、全然ないってことはないはずよ」
「ええ、ロベルタもまだ戻らないようですからね、もう一回りしてみましょう」
今度はフレデリカと連れだって探し物だ。
結論からして、私たちが欲するほどの効果を見込める魔道具は見つからなかった。
効果アップを謳う魔道具はあっても、下級魔法を中級魔法にランクアップさせるほど凄い代物は簡単に手に入らない。さすがにね。
一応、少しだけ効果のある指輪型魔道具は購入できた。フレデリカによれば雀の涙ほどらしいけど、実際に魔法効果上昇が見込める魔道具らしい。
そんな程度でもないよりはマシってことで、フレデリカ用に私が買ってプレゼントしてやった。早く中級魔法を使えるようにってプレッシャーをガンガン掛けながらね。
しょぼい効果しかなくても値段は大層ご立派なもので、買った私をアホみたいな目で見る失礼な奴もいた。でも気にしない。
効力や値段はともかく、デザインとしては悪くない代物だった。身に着けるフレデリカとしても、満更でもない感じだから良かったと思う。
実はイミテーションの青い石がはめられてたんだけど、ささっとサファイアに変えといたのはささやかな優しさだ。
追加で気になる物をいくつか買って休憩所に戻ると、ロベルタが隅っこのほうのテーブルで待ってるじゃないか。
妙に疲れた様子のロベルタはお茶をすすりながら、私たちが戻ったことにも気づかず呆けてるみたいだけど。
「ロベルタ、お待たせ。なんか様子がおかしいわね」
「疲れているようですけれど、何かありましたか?」
「あ、戻ったんですね。いえ、その、剣をじっくり見て回ってたんですけど、とても手が届かない値段ばっかりでして……」
盗品や略奪品なら捨て値で売ってるのもあったけど、さすがにそういった代物は嫌だったんだろう。
ロベルタはまだ貯金も全然ないだろうし、まともな物を買おうと思ったらそりゃそうなるか。
私が買ってあげても良いんだけど、一人だけ贔屓するみたいになっちゃうからロベルタはたぶん固辞する。そういう娘だ。
「少し前に買っていた剣がありましたよね、新調したいのですか?」
「あれは駆け出し用のなまくらですから。剣なしは嫌ですからやむを得なかったんですけど、信用できない武器を使うのは剣士の端くれとしてプライドが、その」
予算の都合じゃ、しょうがない。何事にも金がかかる世の中だ。
「そういや、新人はみんな似たようなもんだったわね」
「はい、みんな最低限の武器を買っています。正直なところ、訓練用の刃引きされた武器のほうが頑丈さがある分、よっぽどマシな感じです」
なんとも悲しい状況だ。というか、会長としてはこれを問題として認識しないといけないんじゃなかろうか。
「……ユカリ。貯えはありますし、戻ってから検討しましょう。キキョウ会として新人の武装強化は早急に必要かと思います」
「うん、そうね。インゴットは私が用意できるし、六番通りの鍛冶屋にも相談してみようか」
どうせなら既製品を買うんじゃなくて、鍛冶屋で最適な物を一から作ってもらおう。
「本当ですかっ!」
これまで外套以外の武装は各自で調達してもらってたけど、初期メンバーと新人じゃ経済状況が違ったわね。
なまくらを使ってたせいで死なれたんじゃ目も当てられない。
メンバーの武力上昇はキキョウ会として歓迎できることだから、あとで相談して実行しよう。
初期メンバーはすでに財力を活かして上等な武装を整えてるけど、要望があればこの際言ってもらおう。主武装の変更が必要なくても、サブや試してみたい武器のリクエストはあるだろうし。
「武器が手元に届くのはまだ先になるだろうけどね。そんじゃ見る物も見たし、そろそろ帰ろうか」
「もうかなり遅い時間ですからね」
「あ、荷物運び手伝います」
私の大荷物を見かねたのか、ロベルタが手伝ってくれた。
もったいない精神を発揮した私は、残ったお茶をぐいっと飲み干してから席を立った。
闇市の会場は入口と出口が別の通路になってるらしく、帰る時には専用の通路を使わないといけなかった。一方通行ってことらしい。
帰り際、そこを通る全員に挨拶してる野郎どもがいる。主観的にも客観的にも野郎の大声でのお見送りは、ちょっとうざったい。
その中でも目立つのは、オールバックに銀縁眼鏡の上品そうだけど、どこか腹黒そうな男。体つきも結構がっしりしてる。周りの態度や偉そうな感じからして、ひょっとしたらこの感謝祭を仕切ってる奴かもしれない。
もう一人は若い血気盛んな雰囲気の男で、太い眉毛が特徴的だ。オールバックのちょい後ろに控えてるし、部下とか舎弟みたいなポジションだろう。
邪魔臭いけど一本道だから、避けては通れない。しょうがなく普通にその横を通り過ぎようとした。
「本日はお越し頂きありがとうございました。キキョウ会のユカリノーウェ様」
またか。マルツィオファミリーの賭場でも似たようなことがあった。
名指しで声をかけられてしまえば、一言くらいは挨拶を返さないいけなくなる。
まあ闇市は楽しかったからね、その礼くらいは述べるべきだろう。
「……お招きに預かり光栄よ。お世辞じゃなく、この感謝祭は楽しかったわ。次も招待して欲しいわね」
「お楽しみ頂けたようで何よりです。ぜひまたお越しください」
「楽しみにしてるわ」
短い挨拶を終えてさっさと出口に向かう。
その時、ふと聞こえてしまった。
「ちっ、女の癖に調子に乗りやがって」
私は耳が良い。同じ屋内でうるさくなければ、ほんのわずかな呟きも聞き逃さない。
この声はオールバックじゃない。ということは舎弟っぽい太眉の男か。聞こえなかったフリをしてもいいんだけど、招待した側に言われるセリフじゃない。
少しだけ釘を刺すつもりで、立ち止まって男たちのほうを振り返る。
フレデリカとロベルタが不思議そうに私に声をかけようとするのが気配で分かったけど、その前に事態は動いた。
「――お客様になんて口聞いとるんじゃ、ボケェ! おらぁ、ボケがあああっ!」
私と一瞬だけ目が合ったオールバックは、即座に太眉に向かって鉄拳制裁を実行した。
一発だけじゃ収まらず何発もぶん殴り、たまらず座り込んだ太眉に対して今度は蹴りを加えていく。
「すいません、すいません、兄貴、すいません!」
「謝る相手が違ぇだろがっ、ボケェ! 死んで詫びろっ」
ボコボコに蹴られながらも、私の前に這いずってきた。
「お、お客様、申し訳ございませんでした」
「そんなんで許されるかっ、ボケェ!」
「ご、ごはっ! もう、ゆ、許して」
行き過ぎた指導は見苦しいものね。
さっきの紳士然としたオールバックとは別人のよう。二重人格じゃあるまいし危ない奴だ。
「……もういいわ。その姿に免じて許すから、もう下がりなさい」
腫らした顔と乱れた服装の太眉は、よろよろとした足取りで別室に消えていく。
「お客様には許してもらったが、俺に恥かかせた事に変わりはねえからな。後で覚えとけよ」
太眉の去り際、また聞こえてしまったのはオールバックの一言だ。おー、怖い。
その後はまた紳士に戻ったオールバックに平謝りされたものの、ほかの人の目もあるからそそくさと退散した。
まったく、部下への教育はもっとスマートにやって欲しいものだ。私たちはああはなるまい。
帰りのジープで今日の買い物について話してると、最後の出来事に自然と行きつく。
「帰り際のあれ、何があったのですか?」
「ちょっとね。あの太眉が口を滑らせたのよ」
「何か言われたって事ですか? それだけであの制裁は凄いですね」
フレデリカとロベルタに限らず、あの時周囲にいた人は全員がドン引きだった。
「まあ、あれがあいつらの流儀なんじゃない? 私たちが気にしてもしょうがないわ」
「怖いですね」
うーん、怖いっちゃ怖いんだけどね。ただ、私たちが何か言えた義理じゃない。スタンスは違っても所詮、同じ穴の狢だからね。
まあ、私たちはあんな教育のやり方はしないけど。
「あー、もう遅い時間になっちゃったわね。みんな起きてるかな」
「お土産を楽しみにしていましたから、きっと起きていますよ」
「あぅ、何も買えなかったのはどうしたら……」
「ロベルタに期待してるのは、面白い土産話よ。物としてのお土産は私がみんなに配るから、気にしなくていいわよ」
空いてる夜中の道を安全運転で走って、我が家のキキョウ会に帰る。
外から煌々と明かりの灯るキキョウ会の事務所部分を見て、みんなが予想通り待ってることを確認した。
玄関から事務所に入れば、暇だったのか酒瓶が転がったり、つまみが散らばったりで酷い有り様だった。
いつもなら率先して片付けてくれるソフィは酔いつぶれたのか、赤い顔でサラちゃんを膝に抱いたまま一緒に眠ってる。そこだけ切り取ると微笑ましい絵なんだけど、そこら中でごろ寝してるのがたくさんいて見苦しい。
ヴァレリアまでソファで丸くなって寝てるし、ローザベルさんはだらしなく大の字に寝転がってイビキまでかいて寝てる。
「おう、ユカリ。遅かったじゃねえか」
「なんだ、戻ったのか。待ちくたびれたぞ」
ソファでちびちびやってたグラデーナとジークルーネが、赤ら顔をこっちに向けた。
二人とも呂律はまだしっかりしてるみたいだけど、かなり酔ってるのは雰囲気からして分かる。こいつらもダメね。
帰ったばかりの私たちは顔を見合わせて、なんだかやる気をなくした。せっかく土産を配ったり面白い話を聞かせてやろうかと思ってたのに。
「はあ~、お風呂入って寝ようか」
「そうですね。お土産はまた明日にしましょう」
「ふわぁ、なんだか急に眠気が」
まだ飲んでる酔っぱらいどもを適当にやり過ごし、それぞれの自室へ戻る。
着替えを持ってお風呂を済ませたら、もう寝てしまおう。
実際のところ夜も遅かったし、お土産やら何やらは朝以降のほうが都合が良かったかもしれない。
うん、眠気を我慢してまでやることじゃない。普通に明日でいいわね。