感謝祭という名の闇市
ちょっとした事件も、終わってしまえば過去のこと。ハードな日常を送る上では、切り替えの早さも大事だ。
ベテラン勢が翌日にはもう普通に振る舞えば、新人だってそれにならう。
そして日常には戻っても、いい変化はあった。
襲撃を経験した新人たちは以前よりも明らかに訓練に身が入ってる。これからいい感じに訓練が進むだろう。
戦闘スタイルによって、誰がメイン担当として教えるかも大体は定まってきた。
正統派剣術ならジークルーネ。
斧や巨体を生かした戦闘ならアンジェリーナ。
格闘戦ならヴァレリアとメアリー。
槍術ならブリタニー。
短剣術なら獣人少女のミーア。
弓術ならアルベルト。
魔法戦なら元冒険者でおっとり系エルフのリリアーヌや穏やかなお姉さまのヴェローネ。
臨機応変な戦闘ならオフィリア。
グラデーナ、ボニー、ポーラからは個別の武器や魔法に関する技術よりも、実戦における気合がいかに重要かを学べるだろう。ウチは実戦形式の訓練も多いし、異なる戦闘スタイルの人間と戦えるのもいい訓練になる。
私も見習いに戦闘を教えることはあるけど、ローザベルさんやコレットさん、ジョセフィンと共に講義担当がメインになってる。
主として魔法の基礎や読み書き計算、一般常識なんかも教える。
異世界出身の私が一般常識を教えるのはどうかと思うけど、想像以上の世間知らずがたくさんいるんだ。私でも十分役に立つし、むしろ勉強家の私のほうが知識は多いから意外に適任だったりする。
講義と言っても、いわゆる学校の座学よりも実践的な内容が多い。それもこっちの業界で生きるために必要なことだって教えないといけない。
たとえば賭場での振舞い方とか、ならず者との接し方とか、詐欺師の常套句や手口なんかも教え込む。さらに裏社会の基本的な流儀や各所の関係、代紋の暗記、基礎的な法律、習慣など、まあ色々と多岐に渡る。
身体を鍛えるだけじゃ、全然やってけない仕事なんだと改めて思う。知識がなければ簡単に騙されるし、食い物にされないためにもどれも必要なことばかりだ。お勉強大事。
私たちは組織で教育まがいのことをやってるけど、エクセンブラにだって普通に教育機関はある。
義務教育なんてものはないから無条件で入れるわけじゃないけど、金さえ払えば数ある学校のどこかには誰でも入れる。
誰でも入れるようなところは、さながら定時制の学校みたいな雰囲気かな。学校に通うメイン層としては、やっぱり若者らしいけどね。
異世界の学校ともなれば、私自身も興味を惹かれるところはもちろんある。というか超気になる。でもさすがにキキョウ会の頭を張る私としては、一女学生として学校に通うわけにはいかない。
サラちゃんや元少女愚連隊にはまだ年少のメンバーも少しだけいるから、その子たちについてはちゃんとした学校に通わせようか相談中だ。
キキョウ会での教育に偏りがあることは、さすがに自覚してるからね。
教育の重要性についてローザベルさんやソフィと話してると、外に出てたジークルーネが戻ってきた。
応接セットに座れば、気の利く見習いが冷たい茶を入れてくれる。
「ロジマール組のシマは問題なく取り込めた。稲妻通りと六番通りで上げた実績が役立ってくれたな。それに商店街の代表が話の分かる人物で助かった」
麗しの元青騎士は満足気にグラスを煽る。
「ちょっとだけシマの範囲が広くなるけど、特に問題ないわね?」
「稲妻通りと隣接している区画だから、大きな負担はない。ローテーションや人数も、これまでどおりで問題ないはずだ」
ロジマール組が壊滅した状況を放っておけば、空白のシマが生まれてしまう。
当初はあまり気にしてなかったんだけど、そのままにしとけば空白地帯を巡って争いが発生しかねない。
そこで稲妻通りと隣接してるシマだし、ウチが吸収してしまうことにした。飛び地だったらほっといたかもしれないけどね。
稲妻通り同様に大したみかじめも取れないけど、それほどの負担なく儲けが増えるなら良いことだ。
最近は六番通りのシノギのお陰で金回りが良くなったし、酒場兼花屋の開店も近いから、これからもっと金銭的な余裕が生まれるだろう。
余裕ができれば、一定以上の金額を貯め込む必要もない。
メンバーには報酬として吐き出す予定だ。当然、会長の私にも。
キキョウ会はメンバーが増えたから、まだ各々に大金を渡せるほどじゃない。でも現物支給とは違って自由に使える金が定期的に入るのは大きなモチベーションになるだろう。
私はそんなこととは関係なく金持ちだけど、それでも定期収入があるのは嬉しいものだ。
金の管理は会長である私と、経理全般を任せてるフレデリカで行ってる。
組織運営のための金は個人のレコードカードじゃなく、キキョウ会としてのレコードカードを商業ギルドに発行してもらって、そこに入金されてる。
組織としてのレコードカードは運用上、一枚じゃ成り立たないことも多いから、複数枚発行することが可能だ。
商会はいくつも店舗を抱えることが往々にしてあるし、その場合に個人のカードで商会の金銭の管理を行うのは不都合がある。そのため商会としてのレコードカードを複数枚発行する必要が生じる。
我がキキョウ会もその制度を利用し、今のところは三枚発行済みだ。
通常は私かフレデリカが決済を行う取り決めになってて、もしもの場合に備えてジークルーネにも所持させてる。あくまでももしもの場合ってだけで、実際に決済を行うことはまず無いはずだ。
ジークルーネが所持することになったのは、金に汚いところがなく組織に対して忠誠心が厚いことから、当時のメンバー全員から信任を得た経緯がある。
金回りに余裕ができつつある、ある日のこと。
まるで財務状況を分かったかのようなタイミングで、ある招待状が届いた。
「えー、キキョウ会会長、ユカリノーウェ様。この度は三十九番街にて、恒例の感謝祭を開催いたします。だってさ」
「感謝祭、ですか?」
「聞いたことありますね。三十九番街の感謝祭ってのは、表に出せない商品が集まる闇市のことですよ」
招待主はエクセンブラでも大手で鳴らす裏社会の組織、そこの直参の一人だ。そいつが支配するシマで不定期に行われる闇市らしい。
盗品や略奪品を主として、一般には流通されない魔道具、美術品、珍しい武具や装飾品、果ては珍獣や奴隷なんて商品まであるらしい。
そんなところに大物っぽい奴から直々に招待されるなんて、キキョウ会も出世したもんだ。
「お姉さま、どうするのですか?」
「当然、行くわよ」
こんな面白そうな催し物に参加しないなんてあり得ない。
キキョウ会のような新参は奴隷売買のように本当にヤバい商品を取引するところには入れないらしいけど、それ以外の場所でもきっと珍品が目白押しだろう。この機会を逃す手はない。
なにかしら面白い物が手に入るかもしれないし、そうでなくても興味をそそられるイベントなのは間違いない。
「この招待状があれば、私以外にも、あと二人までなら同行できるみたいね」
言外に誰か行くかと問うてみれば、争奪戦が始まった。
「ここは年長者のわしに譲るべきじゃろう」
「お姉さまとのお買い物には、絶対にわたしが行きます」
「鑑定魔法はこんな時にこそ活用されるべきではないでしょうか」
「情報収集にはもってこいの機会なんですけど」
「珍しいお花も~、あるかもしれないのですよね~?」
「いやいや、ここは元冒険者の見識をだな」
「あたしも武具を見に行きたいな」
「社会勉強したいです!」
新人までもが混ざってきて、我も我もと自己主張を始めた。
なかなか参加できないイベントだから行きたい気持ちは分かる。でもどうしたもんかな。
感謝祭は主催者側のメンツにかけて荒事は御法度らしいから、同行するのは戦闘班じゃなくて構わない。ここは公平に行ってみようか。
厳選なる抽選の結果、フレデリカと新人のロベルタが見事同行の権利を獲得した。
「やりました!」
「くっ、次こそは! あー、行きたかったなあ」
「ロベルタ、ずるいよー」
「なんか土産買ってこいよな」
くじに外れたメンバーの恨み言を聞きながら、今夜に備える。
招待状が届いてすぐの開催なのは、取り締まりや敵対勢力の妨害を警戒してのものだろう。昨今の情勢じゃガサ入れなんてないだろうし、大手の組織同士での抗争の話も聞かないから念のためだと思う。
夕食を終えて、夜も深まる時間になった。
今日は墨色の外套で揃えて、三十九番街に出撃だ。
リラックスした様子で珍しい買い物を楽しもうとするフレデリカに、討ち入りに行くかのように緊張してるロベルタを伴って、オーバーホールを済ませたジープを走らせる。
「ロベルタ、少しは落ち着きなさいよ」
そわそわするロベルタに呆れた目を向けると、恥ずかしかったのか照れたように頭をかいた。
「でも、緊張しちゃいますよ。闇市なんて初めてですし」
「楽に構えていればいいのですよ。いざとなればユカリが何とかしますから」
こっちの金髪メガネ美人は泰然自若としたものだ。緊張とは遠く、純粋に楽しみにしてるらしい。
「心配ないと思うわよ。フレデリカみたいに買い物を楽しもうとしてればいいのよ。むしろ変に緊張してるほうが注目を集めるわよ?」
「うぅ、気を付けます」
会場付近には広い駐車スペースがあって、いくつもの車両が停まってる。あまり車の通行を見かけないエクセンブラで、これほどの台数が集まるのは珍しい。
闇市の参加者らしき連中がそこらで立ち話するなか、私たちも適当に駐車して降り立てば自然と注目を集めてしまう。私たちは新進気鋭のキキョウ会だからね。そりゃあジロジロ見る奴らだって、それなりにいるだろうとも。特には気にしない。
それに感謝祭の主催関係者と思われるガードマンが睨みを利かせてるから、堂々と絡んでくるような馬鹿はいない。
鬱陶しい視線を完全に無視して、私たちは感謝祭の会場である立派なビルに足を踏み入れた。
入り口で招待状を示すと、特に問答なく奥へ通された。途中にあった上の階には、私たちは入れないらしい。きっとそっちがヤバいものを扱う場所なんだろう。
妙なことをせず道なりに進んで大広間に入ってみれば、賑やかな空間が現れた。
「おいおい、これ以上の値下げは勘弁だぜ!」
「そこのお兄ちゃん、これなんかどうだい?」
想像以上に広々とした大広間に、おっちゃんのだみ声やおばちゃんの呼び込みの声が響く。
「うわあっ」
随分と活気のある雰囲気にはロベルタも驚いたらしい。目を丸くしてる。
「もっと気取った雰囲気の売買かと思ってたけど、意外と自由な感じなのね」
「まさに闇市と言った感じです」
即売会やフリーマーケットといった趣だ。
客も粗暴な雰囲気の奴より、ちょっと癖のありそうな商人とか、収集癖のある資産家とか、ある程度の資産を持ってる層が中心になってるみたいだ。冒険者っぽいのもいるし、カジノの客層と大して変わらないのかもしれない。
安全面では強面のガードマンが目立たないように目を光らせてるし、売買は気楽な雰囲気だしで、これなら普通に買い物を楽しめそうだ。
「あっち、あっちにたくさん剣が置いてますよっ」
さっきまでの緊張はどこに行ったのか、ロベルタが楽しそうにはしゃぐ。
この会場なら問題なさそうだし、自由行動でいいかな。端っこには休憩用のスペースもあるから、後でそこに集合すればいいか。
「それぞれ見たい物があるだろうし、自由行動にしようか。フレデリカもロベルタも、問題は起こさないようにね」
「ユカリじゃないんですから大丈夫ですよ。掘り出し物を見つけてきますから、楽しみにしていてくださいね」
「行ってきます!」
フレデリカは装飾品が山と積まれた目立つ場所に向かって、ロベルタはさっき見つけた剣を目当てにして、それぞれ別れた。
さて、私は魔道具でも見に行こう。
広い会場だから手始めにざっと見て回ってるけど、さすがは闇市といった感じだ。
そこらの表の商店で売ってる物とは、ノリが全然違う。
なにがって、とにかく怪しい。ホントかよって説明文が付けられてる商品が平然と置いてるんだ。
たとえば「この究極の指輪型魔道具があれば、魔法の威力が飛躍的に上昇! あなたも今日から世界有数の魔法使いだ!」みたいなインチキ臭い煽り文句が堂々と掲げられてる。
ほかにも「炎の化身、魔剣ゴールデンフレイムソード、入荷しました。超有名品につき、早い者勝ち! 現品限りです」みたいな、なんだよそれって感じの物がそこら中にある。
物騒な謳い文句が多めだけど、究極の美しさだの惚れ薬だのと、怪しい魔道具や魔法薬も所狭しと並んでる。
実用性のある物だと、一般流通しないはずの結界魔法の魔道具もあったし、ギルドなんかで使ってる通信用の宝珠型魔道具もあった。通信用のはちょっと欲しかったけど高価すぎたんで見送った。そもそもの適正価格を知らないけど、どうせボッタクリだろう。
ここの独特の雰囲気は、ただ歩いて見てるだけで面白い。ほかのメンバーも連れてきてあげたかったと思う。
「ちょっと見ていけや、姉ちゃん。今日は女の客が少なくてな、なんか買ってくれたら取っておきのを見せてやるぜ」
なんでかあまり声を掛けられなかった私だけど、小物系をメインにしたブースのところで呼び止められた。
犬っぽい獣人のおっちゃんで、なかなか愛嬌がある。つい立ち止まってしまったし、どうせだから見てみるか。
どれどれと机をざっと見ると、女向けの商品が綺麗に並んでる。
小型の魔道具は護身用なのか毒針が仕込まれてたり、閃光を発するようになってたりと色々あって面白い。形状も指輪やネックレスや髪飾りのようになってて、気軽に身に着けることができそうだ。
どれも小物でかさばらないし、護身用兼装飾品としても悪くない感じだ。案外、綺麗だったり可愛い物が多い。みんなに買ってくお土産にもちょうど良さそうだ。
値段は張るけど、まあ私って金持ちだし。この程度でケチケチしない。
大量購入を決めると「こっからここまで全部ちょうだい」といった金持ち特有のいい加減な買い物を実行した。
「おいおい、本当かよ。気に入ってくれたんなら、こっちとしちゃありがてえがよ。ちゃんと金はあんだろうな?」
「当然よ」
コミュニケーションの一環なんだろうけど、若干不機嫌にレコードカードを提示した。
「おおっ、凄えな。噂のキキョウ会は伊達じゃねえってことか。ありがとよ!」
大きな紙袋の中に、意外と丁寧な手つきで商品を入れるおっちゃん。
そう言えば、とっておきがどうとか言ってなかったっけ。
「ほかにもなんか、めぼしい物があれば見せてよ」
「いいぜ、姉ちゃんくらい気前のいい客なら出し惜しみはナシだ! 気に入ったのがあれば買ってくれよな」
おっちゃんはそう言って、後ろに置いてある鍵付きの大箱を開けて中身を見せてくれた。
なるほどね。とっておきにするだけあって、それなりに価値のある商品が入ってるらしい。
「ふーん、悪くない…あ」
いくつもある中で、特に目を引いた物があった。
かなり馴染み深い、懐かしい代物だ。まさか、こんなところで目にする機会があるとは。
「お、そいつは魔法封じの腕輪だ。そこらじゃ手に入らない貴重品だぜ? 使い方は簡単だ」
得意げに語り始めたけど、これはかつて収容所で私たちが強制的に付けられてた魔道具だ。忘れるはずもない。
思わず、わずかな時間だけ感傷に浸った。