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喧嘩のやり方

 我がキキョウ会は急速に拡大する新興勢力だ。その事実に私たちはちょっと無自覚だったかもしれない。

 私を含めて初期からのメンバーはノリと勢いだけでやってるところが往々にしてあるから、時には気に入らないってだけで誰かをぶちのめすことがあれば、逆になんとなくで助けてやることだってある。

 不合理なことだってしてるだろうし、意味不明で感情的な行動だってきっとやってる。


 キキョウ会に大きな損害を与えるようなことさえなしければ、まあ結構自由だと思う。余所様から見れば、それは好き勝手に生きてるように思えてしまうだろう。

 新参者の上に女の集団が好き勝手やってれば、そりゃ気に食わないと思う奴だって相応にたくさんいるはずだ。


 そんなウチが構成員を増大して戦力の拡大中となれば、各所から注目されてしまうのは当然のこと。それも裏社会の組織からは、悪い意味で注目されてるってことになる。

 エクセンブラには大規模から多くの中小規模の反社会的な組織が存在する。

 自分たちが如何に注目を集め警戒されてるか。私自身も含めて、随分と甘く考えてたのかもしれない。



 蒸し暑い夜の自由時間。

 見習いから昇格したばかりの新入りたちも、新しい生活にだいぶ慣れてきた。そうすると夜に出歩くのも増える。

 キキョウ会は命懸けと常日頃から自覚はしつつも、これまでに大した事件は起こってなかった。

 いつものように本部で雑談に興じてると、慌ただしく玄関が開かれた。


「か、回復を、早くっ!」

「急げ、早く回復してやってくれ!」


 飲み屋に行くと言って出てったボニーとポーラが、事務所に駆け込むなり息を切らして声を上げた。何があったかは一目瞭然。

 出掛けてた新人が二人、ボロボロの状態で抱えられてる。


「と、とにかくこっちへ!」

「おいおい、大丈夫かよ。こらっ、死ぬんじゃねえぞ!」

「これは、酷いもんじゃな」

「……何があった」


 ちょっと見ただけで重傷だと分かる。手足に負った深い裂傷や骨折、特に頭部の打撲痕はひどく、明らかに殺意を感じさせる傷痕だ。

 ローザベルさんとコレットさんが、すぐに治癒魔法で処置を始めた。


 特製の外套を着てたお陰で、ボディへのダメージは少なく幸い命に別状はない。気を失ってはいても、すぐに目を覚ますだろう。

 全員に非常時用の超複合回復薬を持たせてるはずだけど、ボニーとポーラは持ってくのを忘れてたらしい。あとでお仕置きだ。新人は戦闘中に使ったのか、空になった水晶ビンがポケットに入ってた。放り捨てずに取っとくなんて律儀な娘たちだ。


 とにかく助かることが分かってホッとした。

 お茶を飲んで一息ついてから事情を聴いてみる。


「ボニー、ポーラ、なにがあったのよ?」

「詳しい経緯はあたしらでも分からねえが、あいつらをヤったのはロジマール組の奴らだ。代紋付けてやがったから間違いねえ。あたしらが見つけて駆け付けたら、尻尾巻いて逃げやがった!」

「くそっ、あいつら! 絶対に許さねえ!」


 ボニーとポーラによれば、新人の二人は大勢に囲まれて攻撃されてたんだとか。

 遠目から見て、新人も必死に抵抗してたらしいけど多勢に無勢だ。その状況で抵抗する根性を褒めてやりたい。ボニーとポーラが駆け付けると、安心したのか気を失ったらしい。


「……ボニー、ポーラ。とにかくお陰で助かった。そいつらはキッチリと型にはめてやる」


 グラデーナはいつものニヤニヤ笑いもせずに、珍しく真剣な顔つきだ。激しい怒気を押さえつけてる。

 あの新人たちは、特にグラデーナを慕ってた戦闘班志望だ。それなりの交流もあっただろうし、姉御肌のグラデーナには思うところもあるだろう。押さえつけてても怒気が伝わる。


「ユカリ、ここはあたしに任せてもらうぜ」

「いいわ。みんな、この件はグラデーナに預ける。人選もやり方もグラデーナに任せるから、ほかのみんなは協力しなさい」


 真剣な顔や不敵な顔で、ここにいるメンバーたちは頼もしくうなずいた。


「ジョセフィン、分かればロジマール組の情報を教えてくれ」

「はいよ。バッチリ分かってますから、思う存分やってくださいよ」


 ロジマール組は今の私たちよりも小規模で、構成員は二十人程度らしい。私たちが警戒するような強者もいない。

 今回の動機は聞いてみないと分からないけど、新興勢力のウチに釘でも刺したつもりかもしれない。

 それにしても、今まで特に関わり合いはなかったはずなんだけどね。もしかしたら突発的な喧嘩だろうか。


「大した組じゃねえな、その程度なら五人もいれば十分だ。叩き潰すぞ。ボニーとポーラは当然行くよな? あとは」


 血気盛んな戦闘班がみんなして立候補するも、ジークルーネとヴァレリアが一瞬早かった。


「早い者勝ちだな。ジークルーネ、ヴァレリア、行くぞ」


 すぐに乗り込むぞと、慌ただしく装備や回復薬の準備を整え始める。


「あ、ロジマール組の事務所だったら、屋上からでも見えますね」

「じゃあ私たちは屋上で見てるから、もし救援が必要なら合図しなさい」


 殺風景だった屋上はリリィに管理を任せるようになってからというもの、空中庭園とも評すべき憩いの場と化した。そこでくつろぎつつ見守るとしよう。


「おう。応援は必要ねえが、やり過ぎねえよう見ててくれ」


 ガヤガヤと準備してる間に、気絶してた新人が揃って目を覚ました。

 キキョウ会の本部にいると分かると安堵した様子で、その後の顛末をポーラから神妙な様子で聞いた。そして新人たちは互いにうなずき合う。


「あのっ! 自分たちも一緒に行かせてください。戦闘班志望として、姉さんたちに任せきりになんてできません!」


 あんな目に遭いながらも、戦意を失ってないなんてね。これは有望な新人かもしれない。私とグラデーナも向き合ってうなずく。


「ユカリ、実地研修だ。ついでにほかの戦闘班志望も連れて行くぞ」


 事務所内には大勢の新人もいて、ずっと様子を見てた。これに向かって呼びかける。


「聞こえたわね? 戦闘班志望はグラデーナに同行しなさい」


 緊張の面持ちで急遽、実戦に向かう準備に走る大勢の新人たちだ。

 この経験でひと皮むけるのもいるだろうし、もしかしたら付いていけない思うのもいるだろう。向き不向きはあっても、人間てのは慣れる生き物だ。問題ない。

 全員が準備を終えると、グラデーナから新人への訓示が始まった。


「新人は手を出さなくていい。あたしらの戦いを良く見ておけ。鉄火場は初めての奴もいるだろうから、今回は空気だけでも感じればいい。今日でロジマール組は終わりだ。あたしらで終わらせる。キキョウ会に手を出したことを死ぬほど後悔させてやる。行くぞっ!」


 グラデーナを先頭に、ボニー、ポーラ、ジークルーネ、ヴァレリアが完全武装で出撃だ。新人たちは興奮と緊張と不安の混じった顔でそれに続く。

 さてと。私たちは屋上で、もしもの時に備えよう。



 ぞろぞろと屋上に移動すると、ジョセフィンがロジマール組の場所を教えてくれた。

 ふむ、たしかに見える。身体強化魔法を使えば、かなり遠くまで鮮明に見ることができるから、グラデーナたちから何かしら合図があれば、すぐに分かるだろう。


 空中庭園と化した屋上で、本部に残ったメンバーが花を愛でることもせずロジマール組に注視する。

 しばらく経つと、ジープで乗り付けるグラデーナたちが到着したのが見えた。

 こっちに視線を送ってくるヴァレリアに手を振ってやると、すぐさま入り口を豪快に破壊しながら中に突入していった。


 建物の中に入ってしまえば、外にいる私たちに状況は掴めない。

 時折窓が破壊されるのが確認できる程度だ。どうなってることやら。


 そのまましばらく見守り続けてると、キキョウ会の外套を纏った一団が、妙に慌てた様子で入り口から表に出てきた。新人たちだ。

 その直後、上階の壁を突き破って放り出されたのは墨色の外套を着た女だ。まさか、やられてる?

 上手く着地はしたものの、ダメージはあったのか素早く回復薬を使ったのが見えた。あれはポーラだ。


「ジョセフィン、なんか苦戦してるみたいだけど」

「おかしいですね。新戦力でも入ったかな」


 常に最新の情報を持ち続ける事は現実的に難しいから、責めることはできない。

 きっとロジマール組の新戦力か、たまたま居合わせた強者なんだろう。


 壊れた壁からグラデーナたちも飛び下りてポーラと合流した。新人は下がるように指示されたのか、揃って大きく距離を取る。

 まだこっちに合図はない。このまま様子を見よう。


 のっそりとした物腰で、巨大な槍を持った男が壊れた壁の所から姿を現す。

 上階からウチのメンバーを見下ろしてるらしい。なるほど、あれは強そうだ。

 だけど、相手はそいつだけ。たった一人だ。


 槍男は上階から飛び下りつつ、その巨大な槍をグラデーナに向かって振り下ろした。ここまで聞こえてきそうな激しい衝突にも、グラデーナは踏ん張ってこらえた。

 それを横目に徐々に包囲するキキョウ会メンバーたち。


 意外な粘りと包囲陣形に余裕がなくなったのか、槍男はさらに猛然と攻めかかるものの、グラデーナも必死の守りでギリギリ踏みとどまる。

 でもこのままじゃ、やられるのは時間の問題だと思える。なのにジークルーネたちは見守るだけで手を出さない。

 槍男は周りの状況を見てタイマン勝負だと思ったのか、グラデーナに集中した。おそらくはグラデーナを突破して、そのまま逃げるつもりだろう。さすがに一人相手に一気に決められないんじゃ、逃げるのが正しい選択だ。


「バカな奴」


 槍男が周囲にいるジークルーネたちから少しだけ意識をそらした瞬間、ヴァレリアが投擲した私特製のマヒ毒付投げナイフは、槍男が着込む革鎧の継ぎ目から腰の辺りに突き刺さった。

 驚愕し致命的な隙をさらした槍男は、容赦なくグラデーナに腕を切り飛ばされた。

 すかさずボニーとポーラが駆け寄り、足を蹴り砕いて逃げられなくしてから痛めつける。


 ジョセフィンが把握してなかった男だから、貴重な情報源になるに違いない。

 まだ魔法への警戒は必要だけど、こうなっては根性ある奴でも降参するだろう。抵抗するなら容赦しないことくらい、もう分かってるはずだ。


 ジークルーネとヴァレリアがその場に残って槍男の見張りに付くと、ほかの三人は建物の中に引き返していった。

 残りを片付けるのか、別の情報源の確保に行ったらしい。

 少しして、ボニーがボロ雑巾みたいのを引き摺りながら出てきた。


「あれはロジマール組の組長でしょうね。変わり果てた姿ですが」


 ジョセフィンが補足してくれた。

 ロジマール組はもう終わりだ。知ってることを吐かせて慰謝料の請求といこう。

 その後はキキョウ会の宣伝でもしてもらおうかな。ウチの武威を示す生き証人ってやつだ。



 ここで想定外なことが起こった。

 遠距離からの魔法を事前に察知することは難しい。目にしたのは高威力の火炎系魔法攻撃だ。

 ロジマール組の前、キキョウ会メンバーや捕らえた男がいる広い範囲に次々と降り注ぐ。


 不意打ちにも関わらず、ジークルーネたちは直前に気づいたのか、新人たちも含めてとっさに外套で頭を覆い隠しながら伏せてやり過ごす。

 あの外套の防御力なら問題ない。問題があるのは、捕らえた男たちのほうだ。男たちは無防備に攻撃を浴びてしまう。あれじゃ無事に済むはずがない。むしろ火炎の魔法は男たちに集中してるようにすら思えた。


「……口封じ、ですね」

「そうとしか思えないわ。でも何に対して? ロジマール組は誰かから頼まれてウチの新人に手を出したってこと? それにしても敵の動きが早すぎる。今日のウチからの襲撃は、あらかじめ計画してたことじゃないわよ」

「ウチは色々なところから監視されているでしょうし、早々に手を打たれたってところですかね」


 なるほど、それはありそうだ。

 監視されてるってのは気持ち悪いけどね。これも名を上げた代償、有名税ってやつかもしれない。


「ここからじゃ、どこから魔法を使われたのかも分からないわね。追跡は無理か」

「でもこれで今回の件、ロジマール組が単独でウチを狙ったわけじゃないってことはハッキリしましたよ。ただ調査は続けますが、黒幕を暴くのは難航しそうですね」

「敵もさるもの、気長にやってくれたらいいわ。放置はできないんだしね」


 まだまだ分からないことだらけでも、今はそれで構わない。

 ジョセフィンたちにだって限界はある。いきなり全部が分かるなんて、それこそ無理だ。


 許しがたいのは見習いや新人が狙われることなんだけど、そう頻度は高くならないとも思う。

 今回、ロジマール組を壊滅させたことで、ほかの中小規模の組織がキキョウ会に手を出し難くなったことは確実だ。ロジマール組にも生き残りはいるし、そこから今回の件は裏社会に知れ渡るはずだ。

 どこの誰だろうが、ウチに手を出してタダで済むと思うなよ。



 事務所でグラデーナたちの帰りを迎える。

 今回は新人も同行してたし回復薬は潤沢に持たせてあったから、それを使って全員無事に帰ってきた。

 人的資源に問題はなかったけど、代わりにジープが焦げまくったらしい。一応、動作には問題ないみたいだけどメンテは必要だ。


「ユカリ、これは土産だ」


 グラデーナから剛槍を渡された。槍男が持ってた物だ。

 最近、私はよく槍を使ってるから、それで持ってきてくれたようだ。


「その槍なら、お姉さまの装備として合格です」


 よく分からないけどヴァレリアのお眼鏡に適ったらしい。


 実際、ミスリルよりもワンランク上の上物だ。穂先が真っ直ぐで、一本の棒のようにも見えるシルエット。私の手にはちょっとだけ太く、シンプルな槍だ。まあ十分に使える。

 ただ私は槍術の真似事を始めたわけじゃなくて、槍投げにハマってるだけなんだけどね。


 ほかにも慰謝料として金目になりそうな魔道具を回収したみたいだけど、ジープの修理代にも足りるかどうか。このツケは火炎の魔法を使った奴にいつか払わせよう。



 喧嘩なんて勝てる方法でやればいい。

 男が重視するメンツなんて私は特に気にしてないし、ましてやキキョウ会は正義の味方ってわけじゃない。


 素手が無理なら武器を使う。道具も使う。

 正面からが無理なら、不意打ちでも闇討ちでもすればいい。


 それでも無理なら数で攻めてもいいし、弱みだって握ってやる。ほかにもまだまだ、手段なんかいくらだってある。

 卑怯? それは負け犬の言い訳ね。


 喧嘩上等、売られたなら買うのがキキョウ会の流儀だ。いつだって買ってやる。

 でも、もし売るのなら。せめて最後の晩餐は済ませとけ。

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