ベルリーザでの軌跡
聖エメラルダ女学院、魔道人形倶楽部。
私たちは全ベルリーザ連邦王国魔道人形選手権大会、そこで優勝を果たした。数多くの倶楽部の頂点に輝いた。
しかも圧倒的な勝利といって過言じゃない、そういう勝ち方だった。
大陸北部で超メジャーな人気競技の優勝校ともなれば、注目度は相応に高い。
おまけに古豪の超お嬢様学校でもあるし、連盟の不祥事やルールの大幅改定などを乗り越えての勝利だ。これで注目されないはずがない。
ほかにもあれこれと騒がせた当校ではあったけど、今回は本大会での優勝だから、注目のされ方がいままでとは違う。魔道人形の関係者だけじゃなく、世間一般からの注目も集まる。
一躍、時の人みたいな状況というわけだ。
そんな王者の凱旋ともなれば、何もなしとはいかない。
予選で優勝した時には何もなかったけど、本大会での優勝ともなればさすがに違う。世間の注目が集まるということは、メンツがかかってくるということにもなる。当然、成果に相応しい儀式が行われるわけだ。
決勝の日は休日だったこともあり、学長やその他の教員、そして興味のある生徒たちは観客席にいたらしい。
閉会式のあとでは、そうした学校関係者や生徒の家族たちと喜びを分かち合う時間があった。私も学長に完璧な報告ができたし、喜んでもらえた。やってよかったと思う。
そして翌日の学院では、実はあらかじめ準備していたというセレモニーが行われた。
超名門校としての沽券にかかわる行事のため、来賓にはよく知らないお偉いさんたちがずらりと並んでいたし、メディアも当然のように入っている。
顧問の私と部員たちが大勢の人々が見守る前で、学長やお偉いさんの代表者から直々に労いの言葉をかけられる。上流階級の世界では、こういうので箔が付くのだから馬鹿にできない。私としても今後のシノギに良い影響があると期待できる。
裏でいろいろと支えてくれていた人たちにも、いい報告になっただろう。
思えば私が来た時には、まったく期待されていなかった倶楽部だ。
栄光は過去のものでしかなく、現状はあまりにしょぼかった。それが立派になったものだ。
あとはこれを如何にして継続するかだけど、すでに手は打っているからこれ以上の関与はしない。
ひと仕事を終えて、とにかく晴れやかな気分だ。
表向きの仕事をあれこれと終え、改めて学長室を訪れた。
嫌みなオバサンぽい風貌の学長が、実は思った以上に親切な人である違和感にはもう慣れた。
「イーブルバンシー先生にはいくら感謝しても足りません」
「約束した結果を出しただけですよ」
学院での仕事は、簡単に言えばたった二つだ。
まずはミッションその一、綱紀粛正。
当初荒れていた学院で、生活指導をバンバンやったものだ。
サボりにケンカにいじめ、果てはドラッグの取り締まりなんてことまでやった。いま考えても本当にひどい状況だった。
不良を注意するために繁華街に繰り出し、そこで愚連隊と対決することにもなったっけ。
愚連隊から派生して、呪いの魔法を得意にするバドゥー・ロットとの戦いも発展していった。
その過程では青コートの連中や情報部の連中、そしてアナスタシア・ユニオンの連中とも知り合い、いまではよい関係を築けている。
特にバドゥー・ロットの呪いで左目が魔眼化した事件は、これからもずっと忘れられない記憶して刻まれ続ける。
さらには呪いから教会に繋がる大事件があった。
偶然か必然か、大陸各地でとっくの大昔に滅んだはずのアンデッドが復活した、なんてことがあって世間を大いに騒がせた。
同時にベルリーザを攻略せんとする大陸外からの侵略者、グルガンディとやり合う羽目にもなり、そいつらに操られた大量のアンデッドとも戦うことになった。
思い返してみれば、きっかけは学院での綱紀粛正だったんだ。それがとんでもないところにまで発展したものだ。
結局、ミッションその一の綱紀粛正は、様々な悪事を企んでいた生徒会を懐柔し、その生徒会を主軸として生徒たち自らが己を律する形に改革することによって達成された。
たしか大きな権限を持つ風紀委員を選出し、学院の講師を頼らずとも生徒だけで問題を解決する制度を作っていた。上手くいくかどうかは運用する人間次第ではあるけど、期待はしている。
「謙遜ですね。大恩ある総帥から推薦されたのがあなたでした。しかし、この短期間で完全な結果を出すとまでは考えていません。短い期間でしたから、ある程度の結果と今後の筋道を示していただけるだけでも良いと思っていました」
それが意味不明だった。妹ちゃんの護衛として講師役を引き受けただけのつもりが、なぜか学長から頼みごとをされるのが当然のような形だったんだからね。
結果的にはいろいろ良かったと思えるけど、ふざけた話だった。
「やるからには結果は出すつもりでしたが、私は良くも悪くも強引ですから。学長の後ろ盾と根回しがなければ、どうなっていたかわかりませんよ。あとはまあ、生徒たちが優秀でした」
「学院改革は生徒会主導となっていることが、実は大変に評判です。他校でも似たような問題を、多かれ少なかれ抱えていますから。ぜひ参考にしたいと、方々から見学や講演の依頼まで入るくらいです」
「それは……大変ですね」
結果はいいけど、そこに至る過程は表に出せないことばかりだ。
実は生徒会が愚連隊からドラッグをちょろまかし、学院内でドラッグディーラーとして暗躍、暴いた講師がそれをネタに脅して……なんて過程はどこにも出せない。
「きっかけの話はどうしても聞かれますから、半分以上は作り話になります。ただ話をするだけで恩を売れるので、学長としての仕事と割り切っていますよ」
それっぽい話をしてやれば、たいていの奴らは細かいことは気にしない。お偉い人に対して、いちいち突っ込めもしないしね。
「さすがです」
「あとはやはり魔道人形倶楽部です。まさか全国優勝まで達成してしまうとは、誰にも予測できません」
「それも生徒が頑張ってくれたお陰ですけどね」
あいつらにも言ったことがあるけど、頑張るのは私じゃなくて部員たちだ。あいつらにやる気がなかったら、いくら私が頑張ったって意味がない。
私に功績があるのは当然としても、やはり部員たちのやる気と努力のお陰だ。
そして、それがミッションその二、捲土重来。
名門聖エメラルダ女学院の魔道人形倶楽部は、かつての強豪だった。その復活が二つ目のオーダーだ。これも思い返せば、大変な道のりだったと思う。
初めて部室に行った時のことはいまだに覚えている。
あの時は倶楽部活動の時間なのに、大勢いた部員たちは練習をせず、お茶を飲みながらおしゃべりに興じていた。
やる気のない部員たち。そのやる気のなさの原因として、二世代前の古い魔道人形を使っているせいという理由があった。
妙にややこしいルールや因縁のせいで、金持ち学校のくせに部費がなく、新しく性能の高い道具を買えない。だから試合で勝てずに、やる気が出ない。そんな悪循環がどうのと言っていたような気がする。
私のような実力者からすれば、ガキらしいつまらない言い訳だと思ったものだ。
文句を垂れるだけの邪魔者を追い出し、実力で黙らせ言う事を聞かせるようになった初期の頃が、随分と懐かしく感じる。
「学院を代表して感謝いたします。イーブルバンシー先生」
いきなりの素直な礼の言葉に、ちょっと面くらってしまった。
まったく、この人はどこまでわかっているのだろうね。
本来なら私のような悪党に、素直な感謝など表明すべきじゃない。それは借りがあると認めたということだ。悪党は貸しを必ず取り立てる。しかも特大の利子をつけて取り立てるのが、悪党のやり方なんだからね。
例にもれず、私だってそうする。この学長が利用できる状況だと思ったら、どこまで追い込んででも貸しは必ず取り立てる。
まさか思いもよらないというほど、この人は世間知らずじゃないだろう。
ベルリーザの公爵家に連なる人だというのは知っている。実際に上級貴族の娘ばかりが集まる学院の学長を務め、それ相応のコネと力を持っている存在だというのは、これまでの付き合いで感じている。侮れない、そう思わせる人だ。
「……私も学長には世話になってますから。お互い様ってことで、また何か機会があれば」
「ええ、こちらこそ。いざという時にはまた頼らせてもらいます」
だからこそ潰すんじゃなく、上手く付き合って互いに利用する。立場は全然違っても、いや、違うからこそ対等に付き合える。
そういう関係がベストだろうと、いまのところはそう思う。
魔道人形大会が終わるいまの時季は、秋もだいぶ深まっている。
それはつまり、私たちがベルリーザを去る時が近いことを意味している。
妹ちゃんは冬の前には留学を終える計画で、具体的な日取りもあらかじめ決められている。その時は、一日一日と迫りつつあった。
ただ、私としては心残りは何もない。
二つのミッションを無事にこなし、ベルリーザでコネを作りまくったし、シノギの話も進んでいる。喧嘩もたくさんやれた。おまけに魔眼なんてものまで付いてきた。
春から始まって、この秋の終わり。三つの季節分、存分に働いた自信がある。
いい加減エクセンブラに戻りたいし、残してきたみんなに会いたい気持ちが強くなっている。
柄じゃないけど、ちょっとしたホームシックみたいなものだろうか。
さてと。残るは本来の仕事、妹ちゃんの護衛だけ。でも敵がいない状況では、やることがない。
やるべきことを終えてしまい、ちょうど退屈を持て余すようになってきた。色々な意味で潮時だ。
「みんな、思い残すことはない? いったん離れたら、当分戻ってこれないからね」
寝る前に妹ちゃんの護衛組で集合し、話す時間を作った。
「お姉さま、わたしは大丈夫です。演劇部でも思う存分やれました」
そうだ。ヴァレリアとロベルタ、ヴィオランテの三人は、演劇部に入部していた。
「思う存分って、舞台に立ったの?」
「わたしは監督として指導をしていました」
「それが謎なんだけど。なんでヴァレリアが指導する立場になってんのよ? 演劇なんてやったことないわよね?」
「いつの間にか、そうなっていました」
なんだ、それ。一緒の倶楽部に入ったロベルタとヴィオランテに顔を向ける。
「えー、それがいつの間にか、としか……」
「気づいたら、元からいた監督役の生徒がヴァレリアに教えを乞うようになっていました」
「そうなの?」
ロベルタは殺陣の指南役として、武器戦闘の基礎と派手な立ち回りの指導で活躍したらしい。
ヴィオランテは照明係の指南役として、魔道具と魔法の基礎から応用までの幅広い指導で活躍したようだ。
みんな、それぞれの分野で十分に鍛えることができたと満足そうにしている。どうしてか全員、指導役になっているのがおかしいと思うけど、楽しかったのならそれでいい。
「レイラはどう? 何かあるなら、仕事はいいから好きなことしてていいわよ」
情報局幹部補佐であるレイラには、護衛役や有意義な学院生活よりも、圧倒的に情報集めや工作の仕事で負担をかけてしまった。いまさらだけど、彼女がいなかったら結構やばかったと思う。
「実は情報収集がてらに、あちこちの倶楽部や集まりに顔を出すようにしていたので、それなりに学院生活は楽しめていました。特にハイディたちの応援が来てからは、学院外のことは任せられましたし」
「ならいいけどね。そうすると護衛と倶楽部でずっと妹ちゃんに付きっきりだったハリエットが、一番大変だったわね」
「そんなことはありません。むしろ一番、役に立っていなかったのではないかと……」
妹ちゃんの護衛こそが、私たちにとっての最優先だった。それを放り出して、バドゥー・ロットやグルガンディ、果てはアンデッドとの死闘をやっているほうがおかしい。
いろいろ理由はあったにせよ、振り返ってみるとだいぶおかしいわね。私たち。
「それはないわ。ハリエットがいるから、私たちは余計なことに首を突っ込めたんだからね」
「間違いないです」
最初から一緒にベルリーザにやってきたこのメンツに加えて、応援に駆け付けたグラデーナたちやハイディたち。
みんながいなければ、様々な困難を乗り越えることは厳しかった。
反省点はたくさんあるけど、それはエクセンブラに戻ってからにしよう。無事に帰りつくまでが護衛だ。
さて、残された時間は少ない。
何をするにしろ有効に使うとしよう。




