赤き槍が引き寄せる捲土重来
「なんということでしょう! 残存チームによる、生き残りをかけたセーフエリアへの移動です! 果たして何チームが間に合うのでしょうかー!」
生き残ったほぼすべてのチームが、全速力で移動中だ。他のチームの妨害に動く余裕はなく、大将機を守ることと移動に集中している。
そのなかで唯一、妨害に人形を動かすチームがいる。それはもちろん、我が聖エメラルダ女学院だ。
遊撃やおとり役として放たれていた数機の魔道人形は、全部倒されたわけじゃない。その生き残りが、敵チームの進路に立ちふさがっていた。
人形にセリフがしゃべれるとするなら、「通れるものなら、押し通ってみろ」だろうね。
点在する魔道人形は、各敵チームからしてみればたった一体の人形にすぎず、普通はなんら脅威にならない。
でも奴らはわかっている。あれが押しても岩のように動かない、驚異的な実力を持った魔道人形であることを。ただ避けたくても大胆な迂回をしていては、時間制限で負けてしまう。
やるしかない。だから各チームの実力者たちが、捨て身の覚悟で露払いを買って出る。
残り時間は十秒足らずだ。余計なことを考える時間もなければ、する時間もなく、ただ全力で突破することだけを考えている。
全速力で走り、盾を構えての突撃だ。
撃破しつつ吹っ飛ばせれば完璧で、それができずとも押さえ込めれば大将機は通り抜けさせられる。
そんな敵の目論見はわかっているのだから、私が育てた部員たちだって気合を入れるし、人によっては策を考える。易々とやらせるほど甘くない。
同じような場面がいくつも同時に起きていて、私はそのなかのひとつに注目した。
敵からの全力の体当たりを、盾をその場に残したまま、軽々としたジャンプでひょいと避けた魔道人形がいる。岩のように動かないと思い込んでいた奴らを、まんまと裏切る面白い行動だ。
さらに着地と同時に、露払い役の後ろからやってきた魔道人形を撃破してしまう。それと同時に打ち上がる光魔法。撃破したのがちょうど大将機だったようで、かなり運の悪いチームだ。
ほかはどっしり構えて完璧に行く手を阻んだり、少しの時間稼ぎに成功したり、あるいはやられてしまったりと、結果は様々だ。
他校が手間取っているなか、聖エメラルダ女学院は当然のようにセーフエリアへの移動に間に合っている。
そして、その時が訪れた。
「時間です! 現時点をもって、セーフエリア外に大将機がいるチームは、ここで敗北となります! 最終局面に相応しい、素晴らしい攻防戦でした!」
次々と打ち上がる光魔法は、各チームの敗北を示すもの。
そして、競争をしていたチームで間に合ったのは、私たち聖エメラルダ女学院だけだ。
「やったよ!」
「やった、やった! すごいよ!」
喜んでいる部員たちの笑顔は眩しいものがある。なかなか厳しい場面が連続したからね。うーん、でもねえ。
「ね、すごい! 勝ったんだよ、あたしたち!」
「これで勝ち……あれ?」
「待って。勝ったら、最後にウチのチームの色の光魔法が打ち上がるよね?」
「上がるはずだけど、なんで?」
「それに優勝が決まったら、実況がそう言うんじゃない? そこまでは言ってないよね?」
「え、ということは?」
「もしかして、まだ勝ちじゃない?」
ようやく気づいたか。セーフエリア外に誘い出す作戦に乗らなかったチームが、ひとつだけあった。
あいつらは大将機とその護衛役の二機だけを、秘かにセーフエリアに残していた。釣りだし作戦の時にはそれ以外の魔道人形を使っていて、あれこれと妨害を企てるか、あわよくばどさくさに紛れて撃破を狙っていたのだろう。
そうやって他の全チームが勝手に時間制限で敗北するストーリーを描いていたと考えられる。ウチ以上に冷静なチームだったと評価できるかもね。
「最後に残ったのは、聖エメラルダ女学院と聖エリオット学園です! 現在は次のセーフエリアの発表があるまで、十分間の狭間の時間ですが、聖エリオット学園は逃げるように移動しています! しかし、これは厳しい! 残る魔道人形の数に大きな差があり、ここから逆転の秘策はあるのでしょうかー!」
ウチの連中の疑問に答えるように、タイミングよく実況が入った。
聞いたことのない学校のほうは大将機を含め、たったの三機しか残っていない。対するウチはまだ二十機以上が生きている。
ここから逆転を許すなんてありえない。逃げても意味はなく、単なる悪あがきにしかならない。
「ハーマイラ、あっち! 敵は西から南方面に向けて移動中! 三機いるよ!」
「全機、追撃!」
さて、どうケリをつける?
私としては勝ちの決まったこの状況で、どう最後を飾るのかが気になる。
終わり方、というのはとても大事だ。優勝の瞬間を決めるのだから、多くの人の印象に残る場面になる。それに多数の参加校が消えて残りは二校しかないのだから、見守る観客の視線を独占している状況だ。
最悪の展開は、数の少ない敵が粘ってものすごい善戦をされてしまうことだろう。
あの最後の抵抗はすごかったよね、みたいなことになってしまえば、優勝した学校のインパクトが薄まってしまう。ここまでの圧倒さえも霞んでしまうかもしれない。
それでは、完全においしいところを持って行かれたも同然だ。
聖エメラルダ女学院の復活劇である今大会で、それはあまりに寂しい終わり方になってしまう。
同じ優勝にしても、どうせならカッコよく終わりたい。それはあいつらだって考えているはず。
もし、私がどう勝てばいいかと聞かれたとしたら「派手に勝て」と言う。むしろ言わなくたって、あいつらはわかっている。まさに言うまでもない。
問題は、じゃあどうやって派手に勝つか。簡単にはいかないわね。
「おーっと! ここで聖エリオット学園の三機が、なんと別々の方向に別れました!」
悪あがきにもほどがある。大将機がどれか不明であることを活かし、少しでも長く生きながらえようとする試みだろう。
特に意味があるとは思えない。ウチも追撃部隊を三つにすればいいだけだ。分散したところで数の有利不利はそのままだし、そもそもの実力が違いすぎる。
すでに逃げる敵までの距離をだいぶ詰めているのだから、この時点で魔道人形の操作技術が数段違うと誰にでもわかる。
あれでは絶対に逆転できないし、たいした意味もない。意味があるとすれば、最後の最後まで粘ったという事実が残るくらいだ。でも、敵はそれをしたいのかもしれない。
まあ敵のつもりなど、どうでもいい。
ウチがどうやって勝つか。考えるべきことは、それだけだ。
「イーディス隊、右の魔道人形を追う!」
「ではチェルシー隊は左を追います! 本隊は真ん中を!」
移動速度の差が大きいから、すぐに追いつける。
普通に追いついて背後から一撃か、引きずり倒してトドメを刺すか。そうなるのかな?
華々しい勝ち方とは違う。しょうがないって諦める?
さっきのセーフエリアの境界線上で激しい攻防をこなし、そのあとで全速で競争するあの展開で終わるほうが、ずっとよかった。どうしても、そう思ってしまう。
勝ちは勝ち。それでもこれは観客が見守る戦いだ。王者として君臨するなら、勝ち方は意識しなければならない。
「待って! 追撃はここまで。全機、停止!」
「ハーマイラ?」
お、何かするつもりだ。いいわね。
「停止って、なんで」
「大将機はおそらく、右の魔道人形です。あれを撃破すれば終わります」
右が大将機というのは同意見だ。
大将機はやられたら終わりの魔道人形だから、基本的には実力者が操作する。右の魔道人形の魔力の大きさは、他の二つよりもちょっとだけ大きく操作も上手い。
「これはまた、どうしたことでしょう! 追いかける聖エメラルダ女学院の魔道人形が停止しています、全機停止です! 何かトラブルがあったのでしょうか!」
逃げている奴らは当然として、観客も不思議に思っているだろうね。
それどころか、ウチの部員たちもハーマイラの停止命令には疑問を感じている。ただ素直に停止しているのは感心できるポイントだ。
「どうするの?」
「ちょっと、なにするつもり?」
「最後はわたしが決着をつけます。いいですよね?」
「それはいいけど、どうやって?」
「アレをやります。ここまで、そんな機会は一度もなかったので」
ハーマイラ部長は、魔道人形が手にした槍を掲げて見せた。
「え、まさか。この本番でアレやるの?」
「ずっと練習していたのは知ってるけど、外したら恥ずかしいわよ?」
「別にいいじゃないですか。一発で決めなくたって」
「それは、そうかも?」
「いいえ、大丈夫です。あんな風に真っ直ぐ逃げている標的を、外すことなどありません」
言い終わると同時にハーマイラが操者として本気を出す。出し惜しみのない、魔力の解放。
聖エメラルダ女学院の大将機が、全身と手に持った槍に魔力をみなぎらせる。すると真珠色っぽい魔道人形が薄い赤色の光を帯びた。
あふれさせた魔力に色を付けるパフォーマンス。派手に視線を釘付けだ。
まさかの方法に少し驚いた。私からすれば、あれはただの余興みたいな技なのに。
でもこの場面で、もし決まれば派手な勝利と言えるかもね。
「こ、これはーっ! 聖エメラルダ女学院の魔道人形、そのなかの一体が、なぜか赤く光っています! どうなっているのでしょう、そして何をするつもりなのでしょう!」
誰もがハーマイラが操る人形を見守っている。
そんななか、赤く光る人形がおもむろに助走をつけ、力強い仕草で槍を投げた。
「な、投げたーっ! なんと、投げました!」
赤く光る槍が、空を切り裂くように飛んでいる。まるで赤い線を引くように、綺麗な弧を描いていた。向かう先は、もちろん。
「信じられません! あ、当たった、当たりました! 見事、あまりに見事な一撃です! そしてその一撃が貫いたのは、なんと聖エリオット学園の大将機だーっ!」
投げた槍は走って逃げる魔道人形に、見事命中し撃破した。
そして間もなく、我らが聖エメラルダ女学院を表す薄紅色の光魔法が、大空に大輪の花を咲かせた。
まさに完璧。完璧な優勝の瞬間を飾るに相応しい、とても美しい光景だ。
「なんという攻撃、そしてなんという劇的な決着! 今大会の優勝はーっ、名門聖エメラルダ女学院! 聖エメラルダ女学院の優勝です!」
遥か遠くにあるはずの観客席から、微かな歓声が聞こえてくる。
きっともの凄く盛り上がっているに違いない。かつての名門、その復活は劇的なものになったと誰もが思うはずだ。
いや、それにしてもあれは見事な終わり方だった。あいつら、やるわね。
「先生っ、やりました!」
感極まって抱き着いてくるハーマイラを受け止めてやると、ミルドリーも飛び込んできた。続けてチェルシーたちも加わり、次々と部員どもが駆け寄って引っ付いた。
やがて全員が絡まり合うように固まって、訳のわからない歓声を上げ続けている。
「す、すごい。すごいよ、あたしたち! もう、ホント……」
無言で強く抱きつくハーマイラの横では、声を震わせるミルドリーが手で何度も目元をこすって赤くさせている。
そのまた横ではチェルシーが大きく深呼吸を繰り返しているけど、こみ上げる感情は抑えきれないようだ。
「ちょっと、な、泣かないでよ」
「あんただって、泣いてるじゃん」
「そう言う、あんたこそ……ううっ」
必死に強がろうとする声の主にしても、頬を伝う涙が止まらない。
もみくちゃになって、全員が笑顔で泣きながら互いを讃えている。抱き合い、手を握り、言葉にならない喜びを分かち合っている。涙は止まらなくても、それでも笑顔だ。
あの妹ちゃんやハリエットも、普通の学生のように同じ仲間として喜びの輪に加わっている。その姿がとてもいいと思った。
そんな歓喜の渦のなかで、巻き毛のイーディスはもみくちゃにされながらも、なぜか呆然としている。しょうがない奴だ。
「ほら巻き毛、あんたも素直に喜びなさい」
手を伸ばして頭をわしわしなでてやると、そこで何を思ったのか、防波堤が決壊するように大泣きし始めた。
普段の生意気な態度が嘘のように、両手で顔を覆って肩を震わせているじゃないか。
「イーディスが泣いてる!」
「ホントだー! みんな、イーディスが泣いてるよ」
「や、やめなさい……」
震える声で抗議するイーディスの言葉に、むしろ周りの笑い声が大きくなった。それらの笑顔のなかに、これまでの苦労が報われた喜びとは別に安堵もあるだろう。そして共に戦い抜いた、絆が垣間見えた気がした。
ああ、とってもいい。こういうのって、素直に感動するわね。
ただ私は立場上、人前で涙を流すことなど許されない存在だ。でも今日の結果だけじゃなく、あの練習の日々を思い返せば当然感じるものはある。
懸命な姿、闘志、それによって掴んだ栄光。思い出は数多く、こいつらの苦労が報われたと思えば、目頭やら喉の奥やらが熱くなる。
キキョウ会のメンバーに比べたら、どれもこれもしょぼいパフォーマンスにすぎない。けど、こいつらは学生の身で、これ以上は望めないほどの練習量と闘志をみせてくれた。そして結果を出した。大した奴らだ。
思いを込めて、四十七人の頭を撫でてやった。
「――ただいまより、閉会式を行います。参加校の皆さんは、案内にしたがい速やかに移動してください。まずは、聖エメラルダ女学院の皆さん、移動を開始してください」
「ほら、呼ばれてるわよ」
目元を赤く腫らしたお嬢たちが、ここから本物の王者として振る舞う場面だ。
最後に堂々と、その姿を観客どもに見せてやれ!
魔道人形大会が、ここでついに終わりを迎えました。長かったですね。
最後の展開をどうするかはいろいろ考えましたが、結果的に第350話「やりすぎない自制が大事……だったはず」の練習試合で、ユカリがやらかした技に似た形で落ち着きました。
さて、ベルリーザ編も終わりが近づいています。ここから長くはかからないよう、いい感じにまとめたいですね。




