境界線上の最終局面
多数の敵チームが共同戦線を企み、セーフエリアの手前で防御線を敷いていた。
事前の打ち合わせなくやっているのだと思うけど、それにしても大胆な手の組み方をするものだと思う。
誰がいつ裏切るかわからない状況で、背中を預けるのはかなり厳しい選択だ。失敗すれば目も当てられない。
逆に、それをさせてしまった聖エメラルダ女学院が凄すぎたとも言える。そうでもしなければ止められない。だからやるしかなった。
私が敵チームの人間だったら、似たようなことを仕掛けた可能性は否定できない。イチかバチかってね。
これは決勝大会、そして決勝戦でもある。
ここで負けても良い試合だったね、と思い出が作れればそれでいいとする人はいるだろう。
しかし、勝利を目指すなら、勝てる手段を講じなければならない。勝利をあきらめていないなら、ルールの範囲内でどんな手だって使っていい。徒党を組むなんて、珍しくもない誰でも考えつく作戦の範囲内だ。
でも、まだ甘い。そこそこの気合は感じられるけど、それだけだ。数だけいても、バラバラで圧力がまるでない。そんな程度で、あの実力差は埋まらない。
私はいま、敵の気合と戦術にこそ期待している。私が鍛えたあいつらを、とことん追い詰めて欲しいんだ。はっきり言って我が校は、この終盤戦に入るまで苦戦らしい苦戦などしていない。楽勝だ。
勝って欲しいと思っていても、客観的に考えて正直つまらない。
あの程度の戦いに勝ったって、そんなものは当然だ。勝てば褒めてはやるけど、意外性は何もない。
もっともっとあいつらを苦しめてくれないと、せっかく鍛えた実力を出し切ることができない。それではきっと、消化不良に終わる。
勝てて良かったね、嬉しい結果だね、それだけだ。それで十分なのかもしれないけど、どうせならもっと面白い戦いを経て欲しいと願ってしまう。
できるものなら、敵チームにこそアドバイスをくれてやりたいくらい……なんて思っていたらだ。
「へえ? そう、それでいいのよ」
だいぶ遅かったけど、ようやく敵の一部のケツに火が付いたようだ。
両翼で暴れる妹ちゃんとハリエットの人形に対し、恐る恐るではなく、捨て身の覚悟で当たる人形が出始めた。
武器を使った攻撃か盾での防御じゃなく、タックルでぶち当たって動きを抑え込む。そうでもしなければ、あの二体の人形は止まらない。それを理解した行動だ。
「これは凄まじい攻防です! 聖エメラルダ女学院の二体の魔道人形に対し、各チームが全力で戦いを挑んでいます!」
最初の数体には、あの二人は問題なく対処できた。ただし、次から次へと間断なく全方向からやられてしまえば、いかに隔絶した実力差があってもさばき続けることは難しい。
生身なら魔法も使えるから、どうにかしようはあるけど、あれは所詮融通の利かない魔道人形だ。捨て身でかかれば、実力の劣る側にも勝ち筋は見える。
そうやって短くも激しい攻防の時間が過ぎて。
二体の魔道人形はおとり役として十分以上の敵を引き付け、さらに多数の人形の撃破と引き換えに機能停止した。
「部長、ごめんなさい。わたしくたちはここまでです」
「いいえ。これ以上は考えられない、完璧な戦果です。あとは任せてください」
そのとおりだ。あれ以上の要求は無理がある。敵がもう少ししょぼければ生き残ることができただろうけど、ここは決勝の舞台だからね。敗れたとはいえ、二人も全力を出せて満足だろう。
「ここで聖エメラルダ女学院がセーフエリアに入りました! 現時点で六チームがセーフエリア内に入っているように見受けられます!」
六チームが安全圏を確保中か。ウチを除いた五チームは結託しての攻撃には参加せず、戦闘を避けて様子見か防御に徹しているらしい。
「追いすがってくる敵チームを妨害します!」
「横陣に展開、回りこもうとする人形は大将機かも! 絶対ここで仕留めるよ!」
「はい!」
防御線を破ってセーフエリアに入ったのがウチだ。破られたほうはセーフエリアの手前にいたのだから、今度は逆にウチが敷いた防御線を突破しなければ敗北が確定する。大将機だけでも、ギリギリのライン上に入らなければ負ける。ここが正念場だ。
それでもって、たぶんそれだけじゃ終わらない。ここはもう、そういう局面だ。
「ハーマイラ、セーフエリアで高みの見物してるチームが気になる。そっちの警戒は任せたよ!」
「ええ、もちろん。後方はわたしが見ておきます」
さすがに横一列に並ぶ防御線に、大将機は使わないらしい。でも一体だけが後ろに下がっていれば、それが大将機とバレバレになってしまうから、大将機のほかに二体が少し後方に下がっていた。一応、三体のどれが大将機かわからないようにしている。
それでも倒すべきマトがどこにいるかは、ほぼバレたも同然だ。こうなれば、当然動く。
「これはー! セーフエリア内に陣取っていた、聖エメラルダ女学院以外のチームが動きました!」
実況の興奮した声が言うように、やっぱり動いたみたいだ。
もう残りチームは少ない。次のセーフエリアの発表までには、インターバルの時間含めて十分以上の時間があるし、さらにここは戦場の北東に位置するセーフエリアだ。
もし次のセーフエリアが遠い場所だった場合、移動速度の差で聖エメラルダ女学院が圧倒的有利に陣地形成できる。
いままさに防御線を敷いて、完璧に侵入を防いでいるのを見てしまえば、もう未来が見えるかのようだ。そうなってしまえば、ほかのチームに勝ち目はない。簡単にその想像ができてしまう。
ウチ以外のチームにとって、ここはやるしかない場面ってことだ。
「時間切れまで防御線は維持! セーフエリア外のチームは、ここで必ず退場させましょう!」
「大丈夫、もう少しだから耐えて!」
「はい!」
セーフエリア付近の境界線での攻防が激化していく。
外にいるチームは突破しなければ負けるのだから、こじ開けようと必死になる。
内にいるチームにとっては聖エメラルダ女学院を倒す絶好のチャンスだ。大将機と思わしき人形がわかるのだから、ここはもういくしかない。
セーフエリアの外の奴らはともかく、内側の奴らがとるべき作戦は簡単だと思う。私ならたくさんの人形に盾を構えさせて、数と勢いで押し切る。撃破する必要はない。聖エメラルダ女学院の大将機と思わしき数体の人形を、セーフエリアの外に押し出せれば、それで抜けた実力を持ったチームを敗北に追いやれる。
いまが絶好のチャンスであり、ここを逃せばもう勝てない。そういうつもりでやらなければいけないし、もちろん奴らもわかっている。ここまで残ったチームなんだからね。
ここに至って、完全に聖エメラルダ女学院対その他のチームの構図となった。
すべての敵チームが我が校の人形を倒さんと攻めかかってきている。セーフエリアの外と内から襲いかかられる多面戦だ。
開始時からはだいぶ数を減らしたのに、戦場からようやく熱を感じるようになった気がする。各チームがすべてをかけて、気合の乗った勝負に躍り出る。面白くなってきた。
きっとここが、最終局面だ。
「ここに至って、各チームの動きが激しさを増しています! もはや消極的なチームはひとつもありません!」
妹ちゃんとハリエットの人形がやられたシーンが、たぶん敵チームの見本になったのだろう。いくら数段上の実力者でも対処のしようがある。あれは見本となる戦い方だった。
結局は捨て身でやればどうにかなるということ。やられても構わない、大袈裟に言えば差し違える覚悟と気合で、複数体が一斉にかかれば勝つことができる。
格上に対して保身を考えるから負けるんだ。そんな軟弱な考えが敵チームから消えた時、つまり少し前から本当の戦いが始まった。
「横陣が保てない! 崩れるよ!」
「部長、こっちも押さえきれない!」
「またやられた! イーディス隊、三機目停止! 回り込まれるよ!」
「チェルシー隊も四機停止! フォローしきれない、押し込まれてます! このままでは……」
「どうする、ハーマイラ。逃げれば立て直せるんじゃない?」
ハーマイラは迷っているようだ。ミルドリーが言うように、いったん逃げれば仕切り直せる。
ただ、いつも私が言っている『王者の戦い』というプライドがそれを決断させにくくしているのだろう。
……うん、まあひと声かけるくらいいいかな。きっとそれがヒントになる。
「ハーマイラ!」
声をかければ、みんなが私を見た。だけど私がかける声はそれだけだ。
あとは手首を指差してやるだけ。それだけで通じる。時間を気にしろ。
「え、あ……間もなくセーフエリアへの制限時間です! いまから移動して敵を釣るので、わたしの大将機を守って!」
部長がとっさに下した命令に、みんなが顔を見合わせた。
大丈夫だ、通じている。たくさん練習してきたお陰で、どういう場面で何をしたらいいか、そういう理解が早い。
「なるほど、そういうこと? みんな! 一時的にセーフエリアの外に出るけど、ギリギリで中に戻るよ!」
「イーディス隊、右端から三機、おとりに出す!」
「チェルシー隊からも三機、左端からおとりに出て!」
「よーし、本隊からは五機を遊撃に出すよ! かく乱しつつ、全チームをセーフエリアの外に引きずり出そう!」
「はい!」
どのチームも気合十分で、ウチを倒すことに全力を傾けている。
圧倒的な実力差でほぼ無敵状態だったウチの人形を倒せているからか、敵は熱くなりすぎている。イケるイケると調子に乗っているんだ。気持ちはわかるけどね。
でもそのせいで、あと一分程度で制限時間がくることをほとんどの奴が忘れている。そんな印象を受けた。
「各チームの魔道人形が、次々と撃破判定で倒れています! これは最終局面に相応しい、凄まじい戦いです!」
いい実況だ。たぶん、セーフエリアへの時間制限についてはあえて言わなかったんだと思う。
多くのチームが移動中なら時間に言及するはずだけど、いまはセーフエリアの境界線付近で激しい戦いが起こっている。そこでの微妙な位置の調整や時間を考えた作戦を、実況が邪魔するわけにはいかない。
防御線を敷いて岩のように踏ん張っていた我がチームの人形たちは、枷が外れたように動き始める。
がむしゃらに突っかかっていた各チームは不思議に思っただろうけど、それも一瞬のことだ。逃げた、そう思っただろうね。だから追いかける。ここで逃がしてたまるものかと。
外側から攻められていた各人形が、一時的に下がって迂回したり、交差するように敵の間をすり抜けたりと、それぞれのやり方で敵を突破する。
内側から押し込まれていたハーマイラたち中央は、その勢いに乗じてセーフエリアの外に出てしまう。敵の思惑としては、本来はそこで作戦成功のはず。
でも動き続ける状況が、それでよしと考えることを許さない。聖エメラルダ女学院の大将機を討てば大金星だ。
そして敵はどのチームも、背中を向けた聖エメラルダ女学院を無視できない。熱くなった戦いの気合をもってして、そのまま追撃に入ってしまう。さらにはおとりに出した複数体に釣られて、数多くが追いかける。
おとり役になった人形はたぶんやられるだろう。敵は捨て身の気合でやってくるし、多勢に無勢だ。
でもそれでいい。ここは最終局面なんだから、後のことなど考える必要はない。
「イーディス、後ろはどう?」
「追ってきてる!」
「時間は、もう少し、もう少し行ける。あとちょっと釣りだしたら……よし、ここ! ミルドリー!」
「全速移動! 左方向に旋回しながら、セーフエリアに戻るよ!」
逃げ出すフリをしながら十分な距離を釣りだしたら、今度は他のチームには真似できない速度で戻り始める。
敵も最初は全力で追いかけようとするけど、まったく追いつけないとなれば少しは冷静になる。
そして気づく。遅まきながらも、いまの状況に。
今度は釣りだされた全部のチームが、セーフエリアを目指して戻る競争だ。
制限時間まで残るは、わずか十秒程度。さて、ウチ以外に間に合うチームはあるのかな?