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見えない敵と順調な日々

 六番通りに秩序がもたらされるようになって、どれくらいの日が経っただろうか。

 秩序が保たれ、安全が確保される。この恩恵が無料ただじゃないってことくらい、職人や商人連中だって分かってるはずだ。商売にかかわってなくたって、その程度のことは理解するのが大人ってもんだ。


 私たちキキョウ会によって秩序が生み出され、維持されるこの状況を無視し続けるようなら、ちょっとばかし厳しい対応を取らざるを得ない。

 一応はトーリエッタさんから、六番通りの重鎮たちには話が通ってると聞いてる。それでも向こうからのアクションは未だない。なにを考えて無視するのか、そろそろ問い質す時期にきてる。実績はもう十分だ。


 間もなく見習いたちの訓練が仕上がりそうだし、ここらで六番通りの支配者が誰かってのは明確にしときたい。

 事実上、我がキキョウ会の支配下にあることは、今じゃ誰でも分かってることでも、六番通りの代表と取り決めをしないことには、みかじめの徴収は思ったようには進まないだろう。勝手にやるのも一つの手ではあるけど、頑固な職人連中に反発されるのは面倒だ。スジは通しとくべきだろう。


 六番通りに開店させるキキョウ会直営酒場の準備にも入らないといけない。諸々考えても、いい加減に潮時だ。

 ある夜、キキョウ会正規メンバーが勢揃いする前で宣言する。


「明日、六番通りの代表と話をつけるわ。ウチの実績はもう十分よ。文句は言わせない」

「文句なんか抜かしやがったら、これまでの用心棒代は払わせねえとな」

「そうだ、タダ働きじゃねえっての」

「しかし上手くいけば、また忙しくなるな」

「稼ぎが増えれば、やれることも増えますね」


 新たな局面にメンバーも勢いづく。


「明日は六番通りの会合が開かれるわ。主だった店主や職人が勢揃いするそこにウチが行くことは、向こうも承知してるはずよ」


 服飾店ブリオンヴェストの店主であるトーリエッタさんには、根回しで手間をかけさせてしまってる。そっちの意味でも、これ以上の引き延ばしは許さない。明日で決着をつけてやる。

 気合いを入れる私にジークルーネの思案気な目が向いた。


「ユカリ殿、明日は我々だけで行こうと思う。会長がいきなり出張ったのでは、向こうが付け上がることにもなりかねない」

「それが良いでしょう。交渉はわたしとジークルーネで予定に沿って進めます。戦闘班は護衛として同行してください。それだけで大きな圧力になりますから」


 ふーむ、なるほど。私は自分でやるつもりだったけど、そう言うなら任せようか。

 フレデリカとジークルーネなら間違いない。彼女たちがしくじるなら私がやってもダメだろうし。

 交渉の場に戦闘班が出張るとしても、本部と稲妻通りの戦力は私と見習いたちがいれば十分とも思えた。


「分かったわ、みんなに任せる。断固として明日で決めてきて。もちろん友好的に取り決めができれば文句ないけど、無理ならその場の判断に任せるわ」


 まさに全権を預ける。厳しい雰囲気で臨んでもらうにしても、これまでのウチの実績をもってすれば、色よい返事が期待できるはずだ。

 よし、あとは明日だ。



 翌日、交渉に向かうメンバーを送り出したあとでは、いつものように自己鍛錬に努める。

 見習いたちも今日は外へは出掛けずに本部待機だ。私と同じように鍛錬したり、休息したりとそれぞれ過ごす。


 いつもより長く感じる時間をひたすら鍛錬に充ててると、夕方頃になって交渉に向かったみんなが帰還した。

 開口一番、ジークルーネが渋い顔で報告を始める。


「ユカリ殿、横やりが入った」


 ふーむ、どうやら上手くいかなかったようだ。


「なにがあったの?」


 ウチとの関係を前に進めようとしない六番通り代表には、ジークルーネが根気強く理由を問い質したらしい。

 理由を言い渋る相手を言葉巧みに時に脅しながら、時間をかけて話を聞き出したらしい。それでも洗いざらい吐かせることはできなかったみたいで、推測も混じる。


 おそらく横やりを入れてるのは商業ギルドだ。ジャレンスとは別の派閥がキキョウ会と六番通りの関係に横やりを入れてるらしい。

 ギルドの誰かが六番通りの重鎮たちに対し、キキョウ会と手を結ぶなと圧力を掛けてる。


 六番通りとしてはエクセンブラを代表する商業ギルドのことを無視できない。六番通りの各店舗は商業ギルドの傘下でもあるから、事情は理解できなくもない。どうやらそのせいで、今までもキキョウ会を無視するような形になってたらしい。


 トーリエッタさんのような重鎮とは違う商店主や工房主たちは、キキョウ会の傘下に入ることに積極的に賛成してるらしいんだけどね。そこだけは明るい材料と言える。


「あの連中、なんか弱みでも握られてんのか、やけに歯切れが悪かったな」

「ウチと商業ギルドとで板挟みになっているみたいでしたね。下からの突き上げもありましたし」


 最近は商業ギルドに行くこともなかったけど、理事のジャレンスとは友好的な関係だ。

 商業ギルドも一枚岩じゃないから、ジャレンスとは距離があって、かつ同等以上の立場のギルド員が今回の黒幕といったところか。問題は誰が何の目的でってことになる。


 商業ギルドがウチと敵対して得することは特にないと思える。

 六番通りからギルドに納められる金はあっても、それはウチがみかじめを要求することとは無関係な金だ。それに用心棒代なんて当たり前に存在してるんだから、対立する理由にならない。完全に無用な対立としか思えない。

 むしろ我がキキョウ会のお陰で六番通りの秩序が保たれて、安定した商活動が可能になってるんだ。商業ギルドには文句を言われるどころか、礼を言われてもいいくらいだ。


「敵を見定めるわよ。ジョセフィン、最優先でオルトリンデと調査して」


 ジョセフィンはうなずき、即座に出ていった。オルトリンデはここにはいないから、どこかで合流するんだろう。


「敵の排除まで待てないわ。フレデリカ、酒場の準備をソフィと進めといて」

「工程表はできていますから、あとは実行に移すだけです。念のため、店舗の場所の視察にはユカリも同行してください。後日、一緒に行きましょう」

「それなら視察は早いほうがいいわね。とりあえず、ほかのみんなはいつもどおりにしといて。調査結果が出たら、すぐにでも働いてもらうわよ」

「おう!」


 威勢よく応じるみんなが頼もしい。

 誰がなんで邪魔をするのか。これはもうウチに対して、喧嘩売ってるも同然だ。お偉いさんだろうが誰だろうが、タダじゃ済まさない。



 表向きはいつもと変わらない日々を過ごすキキョウ会。

 ジョセフィンとオルトリンデが忙しく動き回ってくれてるけど、敵はなかなか尻尾を掴ませない。それに腕が良くても、たった二人だけじゃ難しいところもあるだろう。情報班にも補充が必要だ。


 商業ギルドのジャレンスには事情を話してしまって、無事に協力は取り付けられた。

 色々と聞いてみれば、ギルド内での権力闘争は苛烈なものがあるらしい。その中でも特にウチと利益が相反しそうな候補を絞って情報提供してもらった。

 誰かの個人的な事情での横やりならともかく、もしどこぞの組織がバックアップしての横やりだとしたら、敵の全容を暴き出す必要も出てくる。



 不穏な気配を感じつつも、いつもの仕事をこなす。私はこれから六番通りに開店予定の、キキョウ会直営酒場候補地視察をやる。

 六番通りの中央ど真ん中にある、最も人通りの多い場所だ。まさに一等地。こんな場所が抗争のせいで誰も手を付けられてなかったなんて、もったいないにも程がある。これからはキキョウ会が有効活用してやろう。


「ふーん、中は結構広いわね」

「管理も行き届いていますね。もう少し荒れているかと思っていました」


 二階建てで結構な広さを誇るその空き店舗は、商業ギルドが管理してるらしく綺麗なものだ。

 ただ何もない状態だから、設備は一から揃えなきゃならない。また金がかかる。でもここを軌道に乗せられれば、そんなものはすぐに取り戻せると期待もできる。それくらいの一等地だ。


 今日の視察には、この酒場を仕切らせる予定のソフィ、それからジョセフィンとリリィを連れてきた。さらに商業ギルドのジャレンスにも同行してもらってる。


「本当にわたしで大丈夫でしょうか」

「今更なに言ってんの、これまで準備してきたんだから大丈夫よ。ほかのみんなもサポートするし、ソフィなら問題ないわ」


 ソフィには店舗改装の手配を始めとして、従業員の確保や食材、機材、設備の調達なんかも全部やってもらう。

 改装業者にはツテがあるし、食材や必要な設備についてもブルーノ組から紹介してもらってる。従業員についてもジャレンスの口利きで商業ギルドが斡旋してくれるらしいから、難しいことはないはずだ。


 やることが多いから大変だとは思うけど、ソフィならできる。

 ジョセフィンには主に内装の相談役として、ソフィとリリィを援護してもらう。


 わざわざジャレンスを連れ出したり、商業ギルドを積極的に利用したりしてるのは、それが必要だからでもあるけど、そうしてれば敵が余計なちょっかいを掛けてくるかもしれない。上手くいけば見えない敵の尻尾を捕まえることができるかも、といった思惑もある。


「素敵なお店にしましょう~」


 花魔法使いのリリィには、店舗の軒先を使った花屋を開店させる。その部分を担当するのはもちろんリリィだ。

 商品はリリィ自身が魔法で作れるし、設備も大したものは必要ない。花屋に関しては本人がやる気だし、しばらくは好きにやらせる。状況によっては別に専門店を開店させてもいいし、そうでないなら細々とでも続けさせるつもりだ。特に心配する要素はないと思える。


 今日の視察を基にどのように改装するかを、ここである程度決めてしまう。

 それから改装業者を呼んで、専門家の意見を参考にしながら最終案を作成する方針だ。


 花屋は酒場入り口脇の軒先にスペースを設ける。そこは六畳程度の広さになる予定。

 肝心の酒場は花屋のスペースを差し引いても百平米以上はあるだろうか。物件の専門家じゃないからよく分からないけど、大昔の私の部屋の大きさから推定して大体そんなもんだろう。


 改装の概要はこんな感じになった。

 一階、広い店舗部分と厨房、カウンター。リリィの花屋。

 二階、居住スペースと従業員の休憩所、事務室。

 地下、倉庫と商談や応接用の個室。


 酒場の護衛はローテーションで常に誰かがいるようにするつもりだ。

 雇った従業員用は住み込みも可能とする。まだ決めかねてるようだけど、ソフィが住むのもいい。

 内装や営業形態も私はノータッチ。どんな雰囲気の店にするか、営業時間はどうするか、酒場ということ以外のすべてはソフィに決定権を持たせる。もちろん相談には乗るけどね。


「ジャレンスさん、ギルド内で動きがあったら教えて」

「目は光らせておきます。ここまで派手に動けば必ず妨害はあるはずですから」


 誰がどう動くか。そこから一網打尽にしてやる。


 しかし私たちの思惑とは別に、平穏な日常が続いた。

 酒場の準備も拍子抜けするほど順調そのものだ。

 敵は一向に尻尾を出さず、不気味なほど大人しい。それと六番通りのみかじめ徴収も実はもう個別に始めてしまうことにした。


 六番通りの代表を通してないから拒否する店舗もある。この場合にはウチの恩恵を受けられないだけだし、散々手間取らせてあとから傘下に加わろうったって安くは済まさない。

 今のところ幸いにもそういうのは少数派で済んでる。なんせ、これまでの実績からキキョウ会の評判は上々だ。

 順調すぎて、うっかり敵の存在を忘れそうになってしまうほど。油断は良くない。



 意外にも大した問題は起こらず、平穏な日々を過ごす暑い夏の真っ盛り。

 見習いたちはキキョウ会メンバーとして、基本的な実力は身についたと私たちは判断した。

 今の見習いたちは、最初の見習いであるロベルタとヴィオランテも含めて入った時期はほとんど変わらないし、差をつけずに同時に見習い研修期間を終了とする。


 当初は多少の脱落は覚悟してのに、終わってみれば脱落者はゼロだ。

 身体が弱くて付いてけないだろう思ったのもいたけど、頑張って厳しい訓練を乗り越えてくれた。各種回復薬のお陰もあったと思うけど、やり遂げたことは素直に賞賛できる。


 でもよくよく考えてみれば、女に厳しいこんな世界で、しかも敗戦国で治安の悪い旧ブレナーク王国だ。

 命の危険なんて普通に暮らしててもあるってもんだろう。

 そこに住居完備で、朝昼晩とたっぷり食事ができて、生活用品も十分に支給される。同じような境遇の仲間までいて、訓練で鍛えられて、傷病治療まで保障されてる。

 うん、ウチって実はかなりの好待遇なんじゃないだろうか。


 とにかく居並ぶ見習いを前に、私も少しだけ感慨深い思いだ。

 見習い卒業の証として、キキョウ会の外套を進呈する。墨色と月白の外套を、会長である私自らが一人ひとりに手渡してやる。


「よく頑張ったわね」

「うぅぅ、ぐすっ、か、会長~」


 それまでの苦労が報われて嬉しいのか、泣き出すものいて微妙に困った。



 見習いたちが全員正規メンバーとなって、酒場の準備もおおむね整った。

 そろそろ何かが起こるんじゃないか。なんとなく、そんな気がしてしまう今日この頃だ。

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