組織刷新と始まる決勝大会
敵を叩きのめす毎日が過ぎていき、短期間でズバッと完了できた。終わってみれば、あっけないものだ。
ようやくだ。ようやく、これでスッキリできた。
つまらない奴らが消え去り、風通しもよくなったことだろう。
ちっ、手間取らせやがって。もっと早くやっていればよかったと思ってしまう。
それなりの規模と長い歴史のある魔道人形連盟だったからこそ、簡単に大掃除とはいかなかったわけで、勝手にやってしまえばたぶん大問題になっていた。大胆な喧嘩を売られたからこそ根回しが簡単に進み、単なる脅しでは済まない壊滅的な反撃が可能になったわけだ。
まあ私たちがやった裏仕事など、どうでもいいことだ。
大事なことは魔道人形戦の決勝大会。これを成功させるために、これまでの努力があった。
アナスタシア・ユニオンの御前をトップに立てて、新しくスタートした魔道人形連盟。これが発足してからというか、発足の途中段階からすでに多忙を極めていた。まさにいまだって多忙のはずだ。
決勝大会の計画を最初から見直し、すべてを刷新したから余計に手間がかかっている。
金が動けば自動的に利権というものは生まれる。これは物事の道理と言ってもいい。でも、それを個人の懐を肥やすために利用し始めたら終わりだ。この連盟は学校の倶楽部活動が主体となるものであって、金儲けの道具じゃない。
金儲けを良しとしてしまうと、どうしても利権を強く意識し拡大に突き進む。人間には欲があるからね。大前提として、戒めておかねばならないのが連盟というものだ。
そもそも利権が絡めば権力闘争に関与するようになるんだ。権力が絡めば聖エメラルダ女学院のような存在は、良くも悪くも無視できなくなる。そうなってしまえば、健全なはずの倶楽部活動を妨げる要因になってしまう。まさしく本末転倒の状況に必ずなる。
そういうのがやりたいなら、別でやれって話だ。もしやるなら、それこそバレないようにやるしかない。
最悪は大人が裏で勝手にやるのはいいとして、ガキどもに迷惑かけなければそれでいい。それが最低限のラインだ。その程度ができない奴が、欲張るべきじゃない。
もし私がやるなら、もっと深いところに根を張って広げ、より強い権力を巻き込む。いまと同じだ。
雑魚が徒党を組んででも、結局は強い力に負けるのだから、それなら腰を低くしなきゃならない。弱者の生存政略を実施しなきゃ生き残れないのに、旧連盟の奴らにはそれができなかった。そんなものは滅ぶに決まっている。
なんにしても終わったことだ。ひとまずはケリがついたってことで、切り替えていこう。
組織としての立て直しが急務となり、それと並行して決勝大会の準備が進められていく。
私は一応の関係者として様子を見ていたけど、それはもう大変な様子だった。見ているだけでもうんざりするような仕事量に、横から文句などつけられるはずもない。そんな日々はあっという間に過ぎ去っていった。
そして決勝大会の当日が訪れた。
あらかじめわかっていたことだけど、以前のルールのままでは試合は行えない。すべてを見直したのだから当然だ。
以前までの予定では、各地の予選を突破した学校による、予選と同じ方式のトーナメント戦になっていた。
全国から集まった、六十四校による決勝大会。
これを予選と同じく四校ずつで戦う場合、一回戦は計十六試合ある。勝ち上がった十六校で四試合、そして決勝戦。全部で二十一試合が行われる予定だったわけだ。
ところが連盟の人員どころか、審判員などの協力者や、試合場の貸し出しに関わる騎士団員なども含めて、全面的な関係の見直しを行えば、必要な人員はまったくそろわず、試合場の選定や作り込みがとても間に合わない。
つまり、予定したとおりの試合は実施不可能と結論づけられた。
しかし連盟を刷新しておいて決勝大会を中止にするなど、メンツにかけてできるわけがない。どんな形になろうが、決勝大会をやることは最初から決まっていた。となれば、どうすれば実施可能かを検討すればいい。
その結果が試合数の大胆な削減だ。短期間で二十一もの試合をやることができないなら、できるように変えるしかない。
元々は今年から大幅にルールが変わったことを考えれば、決勝大会で少しのルール変更程度なら大した問題ではない、と考えることは可能だ。予選と決勝とで少し方式が違うというくらいなら、混乱は最小限に抑えられる。
そしてルールの変更があることを参加校に事前に通達し、その具体的な内容も知らせておけば不公平感はない。たぶんあれこれ変わって多くの参加校に不満はあるだろうけど、新たに発足した連盟からきちんとした説明は当然あった。
くだらない利権と権力闘争で腐敗した連盟と関係者を排除し、今後の運営の公平性を宣言したのが、ベルリーザで超有名なアナスタシア・ユニオンの御前となれば、そこには多少なりとも納得感と説得力が生まれる。これこそ御前に期待した役割というものだ。
以前にもそうしたように、移動中のバスの車内で大会パンフレットを読む。
そこには観客にも理解できるよう、わかりやすく変更になったルールが書かれていた。
「それにしても大胆に変えたもんよね。まさか一発勝負にするなんて」
ルール変更はやむを得ない措置だったと思うけど、六十四チームによるバトルロイヤルとは、また思い切ったことをするものだ。
各チームが最大で五十体の魔道人形を参戦させるのだから、合計は三〇〇〇体以上もの凄まじい数となる。
実際にどうなるかはともかくとして、単純に大規模な一大決戦と考えれば面白そうではあるのかな。
当然、多数のチームと人形が展開するため戦場は三〇〇〇メートル四方と大幅に広くなり、視認性を上げるために障害物のない戦場が用意されている。
人形が身を隠せるのは戦場全体を覆う地面に生えた長めの草しかなく、身を伏せれば姿を隠せる代わりに操者自身も目視はできなくなる。そうした環境になっているらしい。
さらには広い戦場での戦闘を促進し、試合時間の管理と緊張感を高めるためのルールも追加されている。
ほか、一点のみ持ち込み可能だった魔道具が廃止され、人形を操作するプレイヤーではなく指揮官としてなら顧問の参加が認められるようになった。この変更は魔道具のややこしさを新ルールから排除してわかりやすくし、新たな変更に戸惑う生徒に配慮して顧問の試合参加を認めたといった事情があるようだ。
広い戦場での初期配置は抽選により決定し、移動式の櫓の上に登って生徒たちは魔道人形を操作する。大将機が撃破された時点で敗北するルールは変わっていない。魔道人形が装備可能な剣か槍、そして盾の規格も同じだ。
人形の識別用に着せるビブスは色が増え、ビブス自体の色と番号を書いた文字の色の組み合わせで、各チームある程度の判別を可能とするようだ。似通った色のチームが出てしまうのは、この際しょうがないとあきらめたらしい。
「イーブルバンシー先生、それって大会パンフレットですか?」
「そうよ。変更になったルールのまとめが書いてあるから」
「遅いんですよ、そのルールの通達が! だって七日前ですよ、七日前! 信じられないんだけど」
私の近くに座るハーマイラ部長とミルドリー副部長だ。ミルドリーが文句を垂れているけど、まあ気持ちはわかる。これまでに考えてきた作戦やそれを成立させるための練習が、ルールが変われば意味がなくなる。たったの七日では新たなルールに沿った作戦を考えるのは大変だ。
「それより先生、なんで指揮官やらないの」
今度はハーマイラの後ろに座る巻き毛のイーディスが口をはさんできた。こいつが言うように、新ルールでは顧問が指示役として参加することが認められているけど、私にそれをやるつもりはない。
「なんでって、そっちのほうが面白いからに決まってるじゃない。私が指揮官なんてやったら、勝つに決まってんのよ」
多数の魔道人形が展開する広い戦場で、重要な要素の一つが索敵だ。私の魔力感知は戦場のすべてを完璧に把握できてしまう。それは反則というもので、まったく面白くない。
手加減するのはストレスだし、私なりにこいつらを信用してもいる。だったら最初から手を出さなくていい。
「ではまた観客席からの観戦ですか? 一緒に櫓へは登らないのですか?」
「いや、登りはするわ。特等席で観戦したいからね。ただ口を出すつもりはないから、そのつもりでいなさい」
これは新ルールが伝えられてから、すぐに部員たちに宣言していたことだ。いまさら変えたりしない。
「わかってますって。これまでだって試合中は、先生には見守ってもらってるだけだったし。まあ大丈夫でしょ」
「ミルドリーの言うとおりよ。これまで積み重ねた練習の成果を出せばいいのよ」
そうすれば勝てる。それだけの話だ。
ルールがちょろっと変わろうが、魔道人形同士が戦う根本は変わっていないのだから何も問題ない。
試合会場に移動し終えたら、バスから降りて荷物を持ち集合場所へ向かう。
ここは戦場とは少し離れた、開会式などを行う特設会場だ。かなり多くの観客も詰めかけている。
今回は一発勝負の試合ですべてが決まるから、各校に与えられる試合間を過ごすための待機所はない。
敗北が決まっても試合終了までは櫓の上でそのまま待機しなければならないルールだから、櫓の上が待機所を兼ねると言ってもいい。
すでに多くの学校が、指定の位置へ整列している。我が校もハーマイラ部長を先頭に並び、私は最後尾につく。そうして十数分ほど待機していると定刻になった。
時間どおりに姿を現したのは、魔道人形連盟の新理事長だ。
新理事長の老婆はこの広い会場にいる誰よりも覇気に満ち、鋭い眼光で集まった若い生徒たちを睨みつけるように見渡した。
あの老婆が姿を現した瞬間から、会場の空気が一変している。
小柄な老婆なのに、その存在感は圧倒的だ。黒を基調とした窮屈そうな服装に身を包み、しかしの服装からあふれ出すような覇気を感じる。鋭い眼光が、集まった若い生徒たちを射貫いているかのようで、その視線に触れた者は、思わず息を呑んでいた。
ざわついていた会場全体が、息のつまるような空気感に変わっている。さすがの貫禄だ。
天下のアナスタシア・ユニオンで、御前と呼ばれる存在の迫力。その名に恥じない威厳と支配力と言うしかない。
あの存在感を見せつけるパフォーマンスを兼ねていることは間違いない。その御前が静まり返った会場で厳かに口を開いた。
「全ベルリーザ連邦王国魔道人形選手権、決勝大会。本日ここに、開催を宣言する」
連盟がゴタゴタして、ルールも変わりまくって、誰もが迷惑していた。その責任は当然、排除された奴らが負うべきものだけど、新しい役員に対しても思うことはあるだろう。この場にいる誰もが、お偉いさんに一言くらい文句を言いたいはずなんだ。あの御前の態度は、それを完全に一蹴するものだ。
「文句があるなら言ってみろ、言えるもんなら言ってみろ。こっちだって好きでやっているんじゃない。むしろ尻拭いをしてやったのだから感謝しろ。決勝大会を形にしてやっただけでもありがたく思え!」
言葉にしないけど御前は態度でそう言っている。
大雑把にでも事情を知るなら誰でもそう思うだろうし、事情を知らない多くの観客はたぶん普通にアナスタシア・ユニオンの御前って迫力がスゴイと漠然と感じるだろう。
そんな御前が新理事長にして大会本部長らしく言葉を続ける。
「……新たな魔道人形戦は、個人の魔法技術だけでなく部隊としての総合力を競うものだ。魔道人形戦の奥深さを我々に披露し、限界に挑戦し、誇り高く戦ってくれることを期待する」
重々しく言って御前が下がると、拍手が沸き起こった。
次いでスピーチ台に上がったのは、別の若い男だ。
「それではこれより初期配置の抽選を行います。各校の代表者は集まってください。その後、速やかに指定の配置に移動してもらいます」
男が持つ箱には六十四本の棒が入っている。早いもの順で棒を引き抜いていくと、その先には指定の位置が書かれているという寸法だ。
この辺のことはあらかじめ決勝大会に出場する各校は知らされていたから、スムーズに進行していった。
ハーマイラ部長が戻り、全員で初期配置を確認したらすぐに移動だ。この移動には各校に割り当てられた、自動車のように使える大型のカートがあるため苦にならない。
広い戦場を移動し、大会スタッフが準備してくれた櫓に上がれば、これで準備は完了だ。あとは試合開始を待つだけとなる。
開始前に大会実況の声が響き渡る。
「全ベルリーザ連邦王国魔道人形選手権大会、まもなく決勝戦の開幕です!」
見通しのいい戦場で、視界に入る数多くの魔道人形に火が入ったのがわかる。
約八十センチメートルの人型が、剣か槍、そして盾を装備している。統一規格の中で各チームを識別するのはビブスの色だけだ。乱戦になったら、どうなることか。
「北西のブロック、三の二、聖エメラルダ女学院の動向に注目が集まります!」
広い戦場は六十×六十のマスに区切った形で表現される。
我が校の初期配置は、一番左上を一の一とした時に、左から三番目で上から二番目のマス目だ。一つのマス目の大きさは五十メートル四方ある。
「聖エメラルダ女学院は、定数の五十名に満たない四十七名ではありますが、そのほとんどが他校におけるエース級との評判です。かの学院の動向は注目です!」
耳障りのいいことを言う実況だ。というか、この実況は試合をやっている生徒たちにも普通に聞こえるから、あまり踏み込んだことを言って欲しくない。その辺のことは考えてはいるだろうけどね。
さて、やっと始まる。そして今日で終わるんだ。
私にとっても、思い出深い一日になるだろうね。
一発勝負の決勝大会が始まりました。緊張感をもって進めていきたいところです。
二〇二五年、ことよろです!




