チカラの行使と再生
魔道人形戦に絡む敵対者は、想定したよりも数が多かった。
まずは魔道人形連盟の理事長やそれに次ぐ役員、そしてあの当日に決勝戦のボイコットを受理した奴ら。そして一度は警告を与えたはずの、連盟の後ろ盾を気取る権力者たち。こいつらが重要なマトだ。
敵対する意思の根っこは、以前に私がかっさらった魔道人形に関する利権絡みだろう。その恨みを忘れられない連中が、最後っ屁をかましている。その程度の認識で構わない、本当にしょうもない連中だ。こいつらは必ず後悔させるターゲットになる。
その根っこの連中に乗っかったのが、聖エメラルダ女学院の台頭を気に食わないと思う奴らだ。
ボイコットした三校の指導者はまさにそういった思惑あってのことだろう。こいつらが誰かにそそのかされて暴挙に出たのか、自分たちの意思でやったのかは関係ない。
結果として、私と倶楽部、そして聖エメラルダ女学院の顔に泥を塗り、喧嘩を売った事実は誰が主体的にたくらんだことであろうとなくならない。売った喧嘩を買われて、それで文句を言えた筋合いじゃないってことくらいは理解するだろう。
さらにはくだらない噂を広めることに加担した連中だ。
あの会場で不戦勝が決まった時に、率先して悪意あるヤジを大声で飛ばしていた奴ら。仕事としてあれをやった、言わばサクラの連中だ。そういう仕事を引き受ける連中は、特定のネットワークを持っているから、裏側へのコネさえあれば見つけ出すことは難しくない。
当然、雑誌やビラを使って悪質な噂を広げる業者にだって容赦しない。
ついでに程度の低い情報屋もそこに加わる。単なる噂という形で、方々で聖エメラルダ女学院に関する根も葉もない嘘を吹聴している。これは話のネタや悪乗りじゃなく、報酬のある仕事としてやっていることが、すでにわかっている。
全部まとめて叩き潰す。これは決定事項だ。
そうした私たちがベルトリーアの裏で暴れまわることの根回しは、意外に思うほどすんなり通った。
これはまさにお偉い奴らが大好きな、権力闘争の一環だ。それに聖エメラルダ女学院のバックには、いろいろと大物がついていることもある。
そんな聖エメラルダ女学院が舐めた真似されて、それを放置なんてできるわけがない。私が敵対者どもを追い込むことには、多くの連中がもろ手を挙げて賛成してくれるわけだ。高みの見物気分で、楽しんですらいるだろう。
なにしろ、ベルトリーア予選の決勝戦をコケにした奴らが敵だ。
魔道人形戦は大陸北部で人気の競技であり、注目度も高い。学院にはOGがたくさんいるから、その関係者たちが応援してくれているってことだ。学長からの根回しも効いているのだと思う。
もみ消せる範囲でなら、誰を追い詰めようと構わない状況が用意できたわけだ。
「ユカリさん、進捗です。サクラの元締とナシつけました。奴は今回の件には噛んでないようです。その証明として、下っ端のサクラは切ることを約束させました。ついでにそいつらのヤサがどこかも吐かせてます」
「会長、こっちも情報屋界隈に、連中の悪評を流すよう依頼済みです。信用のない情報屋なんて、商売あがったりですよ。あとこっちもそいつらのヤサは押さえてます」
「雑誌とビラの業者も、ほぼ完了です。自宅の破壊に加えて、仕事場には大量の土砂をプレゼントしてますからね。再起する前に資金繰りの面で、たぶん廃業でしょうね」
ハイディとレイラが、進行中の状況を説明してくれた。
「例え半殺しにしたって、馬鹿は半年もたてば忘れるわ。当分は忘れようったって、忘れられない損害をくれてやるわよ」
仕事を失わせ、住処を適度に破壊した上に金目のものは根こそぎ奪い去る。
「学校関係者がちょっと大変でしたが、これも貴族を通せばどうにかなりそうです。やっぱり顔の広い貴族と金の力は大きいですね」
「そっちも上手くいったみたいね」
よかった。学校関係には、やっぱり暴力的な振る舞いはやりにくい。そこで役に立つのが貴族の顔とカネだ。
聖エメラルダ女学院のような、貴族や大金持ちの子供が通う学校はあまり多くない。そういった学校には箔をつけるためやコネづくりの一環で、ほぼすべての有力者の子供が集まってしまう。だから、その他の多くの学校は経営の面でいつも苦しんでいるのが相場だ。
そこに貴族を通して、多額の寄付金が舞い込むとなればどうなる? 多少のお願いは簡単に聞いてくれるわけだ。
寄付する条件は、魔道人形倶楽部の指導者をクビにし、その後も再雇用はしないこと。そして次の指導者として、渡したリストにある連中を決して受け入れないこと。これだけだ。
学校側は勝手に貴族の事情を想像し、察した気分になることだろう。貴族の顔を立てるため、そして喉から手が出るほど欲しい大金を手にする。よっぽどの事情がない限り、上手くいくと思っていた。
職を失わせるだけじゃなく、当然のように指導者に対しても自宅への攻撃は実行する。
金目の物を奪い去り、土砂を置き去りにし、汚水をまいて、住めたものではない状態にしてやる。燃やされたり、スラムの住人をけしかけられたりしないだけ、マシに思ってもらいたいものだ。その気になれば、まだまだ嫌がらせは加速できる。
決勝戦をボイコットした三校の指導者と、魔道人形連盟に現役の指導者として籍を置く連中は、こうやって排除することがすでに決定している。
残るは現役を退いている連盟職員、主に役員の連中とその後ろ盾を気取る貴族だ。
「後ろ盾のほうは、リボンストラット家に任せてしまっていいのですよね?」
巻き毛の実家のリボンストラット侯爵家が、どういう風の吹き回しか秘かな協力を申し出てきた。悪辣と評判の侯爵家なら、身動きのとりにくい私たちよりも上手くやると期待できる。
まあ、私には娘のイーディスに関して借りがあるし、さらには聖エメラルダ女学院はリボンストラット家の令嬢が通う学校でもあるんだ。そこに喧嘩を売る貴族なら、普通に喧嘩を買っても誰も文句は言わないはずだ。むしろただの講師や指導者の立場に過ぎない私よりも、よっぽど喧嘩する理由には困らない。
「向こうからの申し出だからね。恥ずかしくない仕事すると思うわよ」
「あとは連盟理事長と一部の役員を残すのみですが、そちらはクレアドス伯爵が乗り気になって主体的に実行してくれています」
「順調っぽいわね。ちなみにクレアドスはどんな手でいくつもり?」
「連盟の理事長と役員が、それぞれ営んでいる商会を巻き上げるつもりのようです。簡単に言えば詐欺ですね」
「詐欺って、そんな簡単にいく?」
そういうのは慣れが必要だ。組織的で大掛かりなら成功はさせやすいけど、素人が思いつきでやっても失敗するのが関の山だ。
「我々の脅しと連携して進める予定ですので、おそらくは」
「大丈夫じゃないですかね? 脅しには以前のアナスタシア・ユニオンの影がどうしてもチラつきますし、元々の利権を逃した精神的な影響は絶対あります。そこまで旨い話じゃなくても、現実的な利益を上げられて、そのまま逃げきれそうと思わせる塩梅が大事な感じだと思います。ちょっとだけお手並み拝見しましたが、クレアドス伯爵の手の者たちはその辺上手いですよ」
手慣れているなら問題ない。実利もあって手伝ってくれているわけか。
「細かいことは別にいいわ。結局、どんな損害が与えられるわけ? 商会を取り上げるだけじゃ、ちょっと弱いわね」
なんせ、魔道人形連盟は元凶だ。ぬるい制裁で終わらせるわけにはいかない。
特に理事長に関しては、わざわざアナスタシア・ユニオンの御曹司一派まで駆り出して、この私が自ら脅しに乗り込んだんだ。それを無視して喧嘩売ってきたんだから、相応の報いがなければ、私のメンツが立たない。
「商会を巻き上げる過程で、借金するように仕組んでますね。債権者が実はアナスタシア・ユニオン系のおっかないところになるみたいですが。連中、この先まともな生活は送れませんよ」
「借金地獄に追い込むってわけか。よし、ならいいわ」
報復はそれで満足してやる。ただし、これには問題がある。
問題は魔道人形連盟が完全に機能停止の状況におちいってしまうことだ。魔道人形戦の決勝大会を目前にだ。でも大会を中止になんてできるはずがない。
つまり魔道人形連盟を早急に刷新し、立て直す必要がある。
新たな人材で連盟を運営し、決勝大会に向かって準備を進めなければならない。超短期間で。これはかなり厳しいけど、やってもらうしかない。
当然だけど、すでに話は進んでいる。
「じゃあ私は新理事長の様子を見に行くわ。ご機嫌うかがいくらいしとかないと、ネチネチ言われそうだからね」
「あ、わたしも行きますよ。車回してきます」
ハイディがそう言うと私の部屋から出て行った。
「レイラはこのまま全体の指揮を執って。頼むわね」
「了解です」
そうして到着したのはアナスタシア・ユニオン本部だ。
ここを訪ねるのはもう何度目か。すでに緊張感などなく、気分的にはおばあちゃんの家にやってきたような感覚だ。
車両で近づけば勝手に開く重厚な門を抜けて、いつものように敷地内に入り込む。これまたいつものように、車両を停めるタイミングで迎えがきた。
「御前がお待ちだ」
言葉少なに誘われてついていく。これもいつものことだ。
そして挨拶もそこそこに、気やすいやり取りが始まる。
「お前のお陰で隠居生活が台無しだよ!」
「なに言ってんの。どうせ暇を持て余してたんだから、ちょうどいいわよ。それにタイミングが少し早まっただけじゃない」
「少しだって? 期間だけならまだしも、組織を丸ごと作り直すなんて話は聞いてなかったがね」
「考え方次第よ。最初から自分の好きに作れるって考えたら、今後がやりやすいわ。実際、人は集められてるんでしょ?」
アナスタシア・ユニオンはベルトリーアの街どころかベルリーザの顔役だ。構成員は数多く、どこにでも繋がりがある。当然ながら学校関係者や魔道人形戦に精通している人間だって、集めようと思えばいくらでも集められる。
「魔道人形の指導ができる奴なんて、腐るほどいるんだよ。だがね、いまは組織運営ができる奴が欲しいんだよ。そんなのが暇なわけないだろ? じっくり育てる暇だってありゃあしないんだ。となれば、経験のあるロートルを引っ張り出してくるしかないが、そういう奴らは偏屈なジジイやババアばかりなんだよ!」
「そこは顔役の御前だからこそね? だから頼んでるわけだし」
うん、想像しただけで嫌になる。絶対に関わりたくない。
実際に経験のあるロートルが必要なのはわかるけど、そういうのばかりを集める必要はない。指示役として二人か、三人もいれば十分に思う。
まあまあまあなんて言いつつ、御前の好物のお菓子とお茶を差し出して機嫌を取る。
「本来ならユカリノーウェ、お前こそ新しい連盟で馬車馬のように働かせてやりたいんだがね」
「私は無理よ。わかってるでしょ?」
組織には規律が必要だ。トップの御前を筆頭に、役員、そして平の職員が、役割にしたがって各々の仕事をする。若く、魔道人形関係ではまだキャリアのない私が、御前の指名で役員になったとしても納得しない奴は必ず出る。そして、どうせすぐに去る私が連盟内でくだらない権力闘争をするなんて時間の無駄だ。私を抜きでやったほうが、よっぽど組織は上手く回るだろう。
そもそも私は誰かの風下に立つことが我慢できないから、キキョウ会で頭を張って生きている。学院の講師としてさえ、ほぼ独立愚連隊みたいな行動をしているんだ。連盟のいち職員として働くなんて無理だ。
「……言えてるね。お前なんぞに働かれたら、組織が早々にぶっ壊れちまう」
「そういうことよ」
「開き直ってんじゃないよ、まったく。まあいい、それより後始末のほうはどうなってんだい」
「潰すだけなら簡単なもんよ。大変なのはやっぱりそっちよ。決勝大会は予定通りにやれそうなの?」
「こんな状況で無理に決まってるだろう? なんとか形にするのが精々だね」
そういえば試合場を貸してくれている騎士団との関係も、御前は見直すと言っていた。旧連盟絡みで気に食わないところがあれば、それは双方が受け入れないだろうし、大会そのものに大幅な見直しが入るのは必要不可欠なんだろう。
「ま、どんなんでも形になってればいいわ。でも時間がないわよ」
「言われるまでもないね。出場校の顧問として、大人しく待っておきな」
頼もしいこと。
御前にはさすがと思える安心感がある。だからこそ任せたわけだけど。
とにかく試合がやれるなら、なんだっていい。むしろどう変わるのか、楽しみにしていよう。
今度こそ、雑事は終わったはずです!
あとは決勝大会を残すのみ!




