栄光ある予選大会の行方
ベルトリーア予選の三回戦、その計四試合がすべて終わった。この予選大会で残すは決勝戦のみ。
三回戦第四試合目を終えた各校が下がり、いったん休憩時間に入る。十五分後には最後の試合が始まる予定だ。
「イーブルバンシー先生。少し聞きかじったのですが、決勝戦が消化試合になるという噂は本当なのでしょうか? 予選とはいえ、優勝は素晴らしいことだと思うのですが」
隣に座ったお局候補が純粋な疑問を口にした。それについては私も微妙に思っている。
まさに、次の試合は予選とはいえ決勝戦だ。そこで勝てば優勝の栄誉が得られるのに、実際に戦う倶楽部の学生として心情的に消化試合などとは思わないのが普通と私は考える。
変な噂を撒いてどこかが楽に勝利を拾おうとしている可能性だってあるけど、そんなことはどうでもいい。
「本当かどうかわかりませんが、噂では私もそう聞いています。ただ噂に関係なく、聖エメラルダ女学院は全力で優勝を狙います。他校にやる気があろうがなかろうが、関係ありません」
もしやる気がないなら、惨めな思いをするほど完膚なきまでに叩き潰す。それが聖エメラルダ女学院のやり方だ。ウチの連中は決して容赦しない。
「そうですよね。たしかに、決勝大会を見据えた戦略というのは理解できますが、やはり勝ちたいと思うのが生徒たちの感覚のはずです。こんなに集まった観客も、気の抜けた試合を望むはずがありません」
「ここまで大っぴらに客を集めた興行ですからね。それはそうです」
まさしく。興行で手を抜いた試合を見せるなんてありえない。むしろ消化試合だからこそ、気合を入れてやらなければ、金を払った観客が納得しない。
でも逆に興行面での評判を生徒たちが気にする必要はないとも言える。それを考えるのは運営の大人たちだ。運営からは決勝について何も言われていないし、どうしようとも自由なのだろう。
やっぱり決勝大会を見据えて、この戦いを捨てる? それが当然みたいな話らしいけど、三校はどうするつもりなんだろう。
まあいいか。手を抜きたいなら抜けばいいんだ。そしてみじめに負ければいい。
どうせまともやっても聖エメラルダ女学院には勝てない。
だったら手を抜いて負けたところで変わらないし、観客のことなど関係ないと言い張ればいい。それも弱者の戦略だ。私は認める。
そもそも他の奴らがどういうつもりかなんて、私たち聖エメラルダ女学院にとってはそれこそ関係ない。知ったことじゃない。
王者たらんとするならば、どんな試合だろうが勝たねばならない。特にそれが客の前で行う試合ならば。
消化試合だろうが、予選だろうが、今日の試合は観客の前で行う本番の試合だ。そこで無様をさらすなんて、ありえない。
なにがなんでも勝つつもりで挑まなければならない。
小賢しい立ち回りは王者に相応しくないからね。そういうのは弱者がやればいい。
他の奴らのつもりなど気にせず、堂々とただ全力を尽くすのみ。
「はあ、それにしても決勝戦ですか。聖メトリア学園もいつかは、と思わずにいられませんね」
「いいんじゃないですか? 目指さなくては、そもそもたどり着けませんよ。本気でやれば、なんとかなります。ウチがそうであるように」
隣に座るランチェスター先生こと、お局候補と待ち時間に雑談を続ける。
「そうですよね。聖エメラルダ女学院の戦績は去年まで、その……」
「ひどいものでしたね」
「ですが、イーブルバンシー先生が変えた。たった半年で」
たった半年と言うけど、その半年という期間は決して短くない。
毎日の基礎練習の積み重ねと実戦形式の演習などで、濃密な時間を過ごし続けた。部員たちは手を抜くことなく、倶楽部活動に励んでいたと太鼓判を押せる。そうした時間の重みが、いまのあいつらの実力となって明確な形を示している。
学生レベルのしょぼい実力同士で比べるなら、頭ひとつ抜けるくらいにするのは余裕だ。それが証明できている。
「まあ、なんとかなるってことですよ」
「イーブルバンシー先生、ではその秘訣は?」
「秘訣と言われても難しいです。私としては普通に練習させているだけですから。他校の練習のほうに疑問を覚えますね」
特に隠すような練習はしていない。
キキョウ会式の死ぬほど厳しい訓練からは程遠いし、同じくらいの練習時間のはずなのに、他校はなんであんなに弱いのか。
いくらなんでも弱すぎるだろ、と疑問どころか怒りすら覚える。客の立場で試合を見たら全然つまんないから、もっと頑張れよホントに。
そうした不満が伝わったのか、お局候補が情けない顔をした。いや、あんたを非難するつもりじゃないんだけどね。
「……耳が痛い話です。根拠のない予想ですが、来年の大会はおそらくレベルが上がると思っています。聖エメラルダ女学院が、あまりに高いレベルにありますから」
「いいことですね。レベルの高い試合なら、大会自体が盛り上がりますよ」
「あの、もしよければなのですが……」
もごもごと言い淀むお局候補。
言いたいことがあるならはっきり言えばいい。視線で続きをうながした。
「もしよければ、合同練習の機会を作っていただけないでしょうか。ぜひ、御校の練習方法を参考にしたいと考えていまして」
「そんなことよければ、いつでも構いませんよ」
「本当ですか!」
「ウチにとってもいい機会です。他校との交流は倶楽部活動の面以外でも、生徒たちにとって有意義と思います」
「ありがとうございます。当校の生徒たちも喜びます」
基本的に聖エメラルダ女学院のお嬢たちは世間知らずと言っていいだろう。他校との交流はいい刺激になるはずだ。
それに他校にも強くなってもらいたい。少しはウチをまねて強くなれ。
ライバルが全然いない状況は、ウチの部員を含めて誰にとってもつまらなく感じるだろう。今大会は別にいいとして、来年からはきっとそうなる。
今大会が終われば私はもういなくなるけど、あとで新顧問と部員たちにはその方針でやれと言っておこう。
「だいぶ混んできましたね」
「それはもう、ベルトリーア予選の決勝ですから」
観客席を見渡せば、関係者席も含めてほぼ満席の状態となっていた。
熱気に満ちた空気が場内を支配し、あちこちで交わされる会話が騒がしい。決勝戦への期待が、この場の緊張感を一層高めているかのようだ。
さて、三回戦が終わってから休憩をはさみ、時間的にそろそろのはずだ。そう思ったところで、ちょうどグレーの制服の生徒たちが姿を現した。
「……ふーん、また南の櫓か」
試合場は三回戦と同じだ。全体的に北側に向かう坂になっていて、南側がやや不利な地形。
東西南北のどこになるかは、くじで決まるらしい。続けて不利な南を引いたなら、ちょっとくじ運がないのかも。誰が引いたんだろう、やっぱり部長?
「聖エメラルダ女学院の皆さんは堂々としていますね」
「雰囲気づくりも大事ですからね。内心では緊張していても、堂々とした態度を心掛けていれば、自然と落ち着くものです」
清楚なグレーの制服が目に眩しい。背筋を伸ばしまっすぐ前に顔を向けたその姿は、それだけで凛とした雰囲気を感じさせる。さすがは名門校のお嬢たちだ。あの雰囲気に加えて、ここまでの戦績が合わされば、誰にだろうと一目置かれて当然だ。
観客席からの歓声だってうるさいくらい。注目度の高さや期待をうかがわせる。そんな期待を超えてやることが、学院の名声に繋がる。実績を残せば部費も増額、ますます強くなれるってわけだ。やりがいあるわね。
「ほかの学校の入場が遅いですね。決勝戦の演出でしょうか」
「さあ、どうなんでしょう」
何をもったいぶっているのか、我が校以外の三校の登場が遅い。
聖エメラルダ女学院はすでにスタンバイを終えようかという頃合いなのに。
様子がおかしいことはやはり気のせいじゃないのか、観客席のざわつきも大きくなってきた。
「何かトラブルがあったのでしょうか。しかし、そちらの生徒さんたちは落ち着いていますね」
「噂で聞いていると思いますけど、私たちはいろいろとあったせいで目をつけられていましたから。何事でも起こり得ると考えているので、部員たちはいちいち態度に出しません。この場においては、少しふてぶてしい態度に見えるかもしれませんが」
逆に堂々としすぎているのかもしれない。
まるで、何が起こっているのか知っているかのように。そう見えてしまう可能性が、ちらりと頭をよぎった。
「あ、場内アナウンスが流れますね」
魔道具のスイッチが入るちょっとした前触れのような音が鳴る。空気を震わすそれが聞こえた。
本来なら決勝に向けた挨拶と注意事項みたいなガイドが流れ、続けて決勝を戦う各校の紹介が始まるところだ。
しかし予想に反して、なぜか謝罪の言葉から始まり、その一言一言が重く場内に響く。本来なら華やかな決勝戦の幕開けを告げるはずのアナウンスが、まるで葬式のような重苦しさを帯びているじゃないか。
観客席からは驚きや動揺が広がり、それは次第に大きな波となって会場全体に伝播していった。
「――聖エメラルダ女学院以外の各校から、出場辞退の申し入れがありました。これにより、聖エメラルダ女学院をベルトリーア予選の優勝とします」
続く言葉はざわつく会場の騒音をかき消すような音量のアナウンスだった。
突然の宣言に一瞬だけ静まった会場は、当然ながら次に怒号を響かせる。
私の感想としては「なんじゃ、そりゃ」としか思わない。
予選大会の次を見据えて、手を抜いた試合をやられる懸念はあった。けど、試合をすっぽかすとはまさかの展開だ。
所詮は予選だし、どうせ勝てないからわざと負ける。それを考えるのはしょうがないにしろ、興行なんだから魔道人形連盟として辞退は受理しないのが普通だろう。
それがなんで、こうなった?
どういう理屈で辞退なんかがまかり通るのか、理解不能だ。
わざわざ会場まで足を運び、金まで払った観客が納得などするはずがない。
誰にとっても、これぞまさしくハシゴを外された状況だ。
もしこれが賭け事の対象になる試合だったら、完全に八百長を疑われてもしょうがないくらいの馬鹿げた状況になっている。
さすがに学生の俱楽部活動で、八百長の関連とは違うと思いたい。
だったらどうして? 考えられる可能性としては……。
まさかだけど。ひょっとして、聖エメラルダ女学院の評判を下げるため?
どうせ戦っても勝てないし、だったら評判を下げてやれと?
魔道人形連盟と懇意のメディアを使えば、その程度の工作は造作もない。
その後のことを考えれば普通はできない手だけど、後先考えなければ実行は可能だ。
でも魔道人形連盟の理事長には、釘を刺したはずだ。
アナスタシア・ユニオンの御曹司一派まで借りだして、散々に脅してやったのに。
「イーブルバンシー先生、優勝が決まったようですがこれはいったい……」
「意味が分かりません。場内アナウンスは淡々と優勝メダルの授与式に移ろうとしていますが、納得する人はいないでしょうね」
「なにかこう、決して悪くないはずの生徒さんたちが気の毒な状況になっていますね」
まったくだ。あいつらは何も悪くない。だったら、堂々としていろ。
さすがに困惑していたハーマイラたちが、私が座る関係者席のほうを見ている。それを受けて私は立ち上がり、ただ自信に満ちた顔でうなずいた。それだけで伝わっただろう。
運営が優勝だと言うなら、ウチが文句なく優勝だ。メダルでもなんでも受け取って、堂々と帰ればいい。
「どうなさるのですか?」
「ま、当然ですが詳しい説明を求めます。百歩譲って三校が辞退を申し入れるのはいいですが、それを受理するのはおかしいですからね。というわけでランチェスター先生、またいずれお会いしましょう」
「なにかできることがあれば、ぜひおっしゃってください」
巻き込むつもりはないけど、その申し出だけでありがたい気持ちになるわね。
薄く微笑んでやってから、立ち去った。




