楽に勝ってもつまらないと言い放つわがまま顧問
試合開始と同時に、真っ先に動いたのは聖エメラルダ女学院だ。それを見てから、敵チームの三校もすぐに動き出した。
じっくりと様子をうかがうような感じはなく、どのチームも能動的で積極的だ。
三回戦に残るようなチームは、やはりこうでなくてはね。
「聖エメラルダ女学院は川沿いを北上するようですね。危険ではないですか?」
川の流れは遠目に見ても勢いが強い。もしあんな川に落ちたら、そこでその人形は脱落だ。
それに川沿いを移動するなんて、あまりにわかりやすい。森の中で敵に移動ルートを一方的に悟られていれば、当然不利になる。
「何か考えがあるんだと思います」
隣に座るお局候補が言ったことに間違いはない。南の櫓の聖エメラルダ女学院は、川に近いルートを通って北上し始めている。やがて森に隠れて魔道人形の姿が見えにくくなった。
あれは実際に人形を操作する部員たちにとっても、櫓の上からでは非常に見えにくくてやりづらいだろう。だからこそ川沿いのルートというのは、視認と操作の面で少しマシになる選択だ。
対する三校は、北のチームは東側の森に入り、東西のチームはそれぞれ北上していた。
「南の聖エメラルダ女学院に構わず、東西のチームは北のチームを撃破しようとしているのでしょうか?」
「進む方向はそうですが、手を組んで南のチームを待ち構える可能性もありますね。ウチの部員はそれを想定して動いていると思いますよ」
森に入った各チームの様子は、観客席からはほぼ目視できない状態にある。ただ私たち観客は、観客席に向かって映る魔法の映像で確認できる。これはどんな仕掛けの魔道具なのか、試合中の各校の櫓の位置からは見ることができないらしい。
だから観客だけが、あの映像を通して各校の様子や全体の状況を把握できる。エクセンブラにいたときには知らなかった、とても高度な魔法の映像技術だ。闘技場でも使えそうだから、手に入るならぜひ買って帰りたい。
「あ、聖エメラルダ女学院は転進しましたね。それにしても、北のチームは何をするつもりでしょう」
全体マップのような映像には、各校の魔道人形のすべてがそれぞれの櫓を示す色で表示されている。
それによれば、緑色の光点の群れが徐々に川から離れて東方面に移動しつつあった。川沿いなんてわかりやすいルートを初手に見せたのは、敵に誤認させるためだろう。
我が校の動きはいいとして、お局候補が言うように北の櫓のチームの動きが気になった。北のチームの魔道人形を示す桃色の光点が、試合場の範囲ギリギリの位置で止まっている。あそこは大きな池か湖みたいな場所だ。
「どうでしょう、隠れているわけじゃなさそうですが。ああ、映像出ましたね」
桃色のビブスを着用した魔道人形の様子が映った。これによって、何をしているかがわかる。
「あれは水門を開こうとしているのですか?」
「みたいですね。なるほど、北の櫓のチームだからこそ可能な手ですね」
やるじゃないか。魔道人形同士の格闘戦だけが、勝負を決めるわけじゃない。環境を利用して勝利したって別にいい。
正面からまともに戦えば、聖エメラルダ女学院はたぶん最強だ。どこにも負けない。だったら、まともにやらなければいいだけの話。
水門を開く手順に手間取ったのか、少しばかりの時間を要して水がドバッと流れ出す。
ただでさえ勢いの強かった川が濁流と化して川下を襲い、あれでは川から少し離れた程度では巻き込まれるだろう。
川の北と中央、そして南にかかった橋は頑丈らしく無事だ。水の流れが落ち着けば東西の行き来はできるし、試合続行に問題はない。
「素晴らしい読みですね。聖エメラルダ女学院は、すでに川の氾濫には巻き込まれない場所を移動しています。操作の難しい森のなかでも移動が速いですね」
「速度はウチの強みのひとつです。このまま行けば、東の櫓のチームを後ろから食い破れますね」
ハーマイラたちが川の氾濫を想定できていたかはわからないけど、結果的にはあれでよかった。
だだ、運がよかっただけとも言える。もし雨で天気が悪いとかで橋が長時間に渡って使えないことがあったとしたら、確率は低いにしろウチは負けたかもしれない。
橋を渡れなければウチがいかに強くても、川の反対側にいるチームとは戦うことができない。
考えられた最悪の展開としては、西の櫓のチームが試合開始早々に橋を渡り、北の櫓のチームだけが川をはさんで西側に残る。水門を開けるタイミングは北の櫓のチームだけが図ることが可能だ。やり方によって、それはできたはず。
もし東側にウチを含めた三校が残されたならだ。ウチが無傷で二校を破っても、無傷の北の櫓のチームも同時に残る。
そして残った二校は荒れ狂う川のせいで橋を渡れず戦えない。そうなると両校とも時間切れになるまで何もできず、最後には残った魔道人形の数で勝負が決まることになる。
相手は参戦可能な最大五十体の魔道人形が残り、ウチは無傷でも四十七体だ。無傷同士でもウチが負ける。
まあ所詮は仮定の話だ。実際に橋は使えるのだから、この試合においては何の問題もない。
「イーブルバンシー先生。速度が強みとはおっしゃいますが、それにしても速すぎませんか? 先行する東のチームにもう追いつきそうです」
そんなこと言われてもね。答えずにいると、間もなく戦闘が始まった。
森のなかの魔道人形が見えにくいとはいえ、東の櫓のチームにも聖エメラルダ女学院の動きは多少なりともわかっていたのだろう。
背後からの強襲でも奇襲にはならず、双方の正面決戦のような戦いになった。
しかしこうなってしまえば、格上の聖エメラルダ女学院が破れる道理はない。襲うほうと襲われるほうでは士気や勢いだって違う。
相手にとっては特段の見せ場もなく、あっさりと我が校に敗れ、東の櫓のチームの敗北を示す青色の光が空に打ち上げられた。これによって、北と西のチームは警戒を深めるだろう。
「この後の展開は予想しやすいですね」
「やはり北と西のチームは手を組むと思いますか?」
「おそらくそうなります。北と西で潰し合えば、ウチが弱った両校を相手に勝利を簡単に拾い上げますよ」
この三回戦は、決勝大会の進出がかかった重要な一戦だ。勝てなければ、ここで終わり。どんな手を使ってでも勝たねばならず、格上の聖エメラルダ女学院は標的にされるのが順当だ。
「となりますと、橋の向こう側で二校が待ち構えることになりそうですね。イーブルバンシー先生には申し訳ないのですが、面白い展開になりました」
「いえ、私としても面白くなったと思います」
上等じゃないか。
お局候補が言うように、北と西のチームは橋の向こうで待ち構えて、橋を渡る聖エメラルダ女学院を迎え撃つだろう。
橋を渡り切った聖エメラルダ女学院は、川を背にして、あふれた水でぬかるんだ足場で戦うことになる。対する二校は、より有利な位置取りで戦いを始めることは間違いない。
ありえないことだけど、不利な戦いを恐れて我が校が尻込みするようなら、それはそれで二校にとっては構わない。
時間切れになりさえすれば、魔道人形を五十体ずつ有する二校が延長戦へと進み、四十七体と少ない魔道人形の我が校だけの敗退が決まる。
いろいろな可能性を考えた上で、聖エメラルダ女学院は不利を承知で橋を渡るしかない。そしてあいつらは、それをやっている。
「ここまでの快進撃は伊達ではないですね。聖エメラルダ女学院には迷いがありません」
「そういう風に鍛えてますからね。不利な戦いほど、燃えるじゃないですか」
「大変、参考になります」
そもそも不利な状況にならないようにすることが大事なんだけどね。まあいいか、あくまでも心構えとか精神的な話だ。
迷わず、速く。緑色のビブスを着用した魔道人形の群れが、整列して乱れなく橋を渡る。
待ち構える百体の敵を恐れる様子はどこにもない。これには会場も非常に盛り上がっていた。
今大会の主役の座は、完全に聖エメラルダ女学院が担っていると思う。顧問の私も鼻が高い。
そんでもって、実力を存分に見せてやれ。出し惜しみは不要だ。数の不利と、地形の不利、その程度は問題にならないほど実力に差がある。
ためらいなく橋を渡った魔道人形の一つが、ここで一点のみ持ち込み可能な魔道具を使い始めた。
へえ、あれを持ち込んだのか。私は作戦に関与しないから、観戦して初めて知る。
「まさか水、ですか? なぜですか? イーブルバンシー先生、あれでは状況を悪くしていませんか?」
聖エメラルダ女学院の魔道人形が使ったのは、水を撒く魔道具だ。川の氾濫でぬかるんだ場所をさらに悪化させながら、前に進んでぬかるみを広げていた。
「ウチにとっては別に悪くないってことですよ」
隊列を整えながら前に出た聖エメラルダ女学院に対し、いまかいまかと待ち構えていた二校がタイミングを合わせて襲い掛かる。
先手を取りに出るのは悪くない判断だけど、ウチの奴らだってそんなことはわかっている。織り込み済みだ。
敵の待つ多少はマシな足場の地点で迎え撃ち、勢いに押し込まれたように徐々に下がる。
あえて反撃は控えめにして敵を引き付け、ぬかるみの深い場所へと誘導する。魔道具で水を撒き散らし、より悪化した足場での戦いに。そうすれば敵はもう逃げられない。
足場の悪いぬかるんだ場所での人形操作は、その実力が如実に表れる。
私たち聖エメラルダ女学院の部員は、悪条件でこそ強い。そう鍛えてきたからね。
慣れないぬかるみに足を取られ、攻撃も防御もままならない敵二校。魔道具で水を撒き散らし、相手の思った以上の悪環境を即席に作り上げた。
泥だらけの乱戦を呈してきたところで、聖エメラルダ女学院は牙を露わに逆襲を開始する。
まともに動くことの出来ない人形が多い状況なら、数の不利などまったく問題にならない。
敵魔道人形を水浸しの泥のなかに残し、聖エメラルダ女学院がぬかるみの少ない有利な場所に回り込む。
いつの間にか立ち位置が逆になり、我が校のほうが敵二校を川のほうへと追い込んでいく。
「まるで手品ですね。するっと入れ替わったように思えます」
「ここからはもっと悲惨なことになりますよ」
焦ったところで人形操作が上手くいはずもなく、次々と勝手に泥のなかへと倒れ込む敵魔道人形。
聖エメラルダ女学院は、身動きの取れない敵を無慈悲に撃破し、倒れていなくてもまともに動けない人形を打ち倒す。
すでに勝負は決した。ここからの逆転はありえない。
「あ、大将機を守ろうとする動きが……」
「しょうがないんでしょうけどね。あれじゃあ、狙ってくれと言っているようなものです」
敵の大将機はいまや棒立ちで仲間に囲まれている。その仲間もまともに動けないのだから、守り切れるものではない。
我が校を追い込んだはずの敵の二校は、共に同じ絶望的な状況に陥ってしまった。なんか、もう少しやりようがあっただろうに。
そして間もなく、敗北と勝利をそれぞれ告げる光魔法が打ち上がった。
「お見事でした、イーブルバンシー先生。決勝戦も期待しています」
途中まではよかった気がするけど、結局はしょうもない戦いになった。あまりに実力が違いすぎて話にならない。
ウチの連中は頑張っていると思うけど、正直な感想としては敵のしょぼさにがっかりだ。
はっきり言って、つまんない。
たぶん、ハーマイラたちも同じような気持ちなんじゃないだろうか。勝つのは嬉しいにしても、もう少し手応えってものがね。
「私としては面白い試合になることを期待したいですね」
「決勝戦は休憩後すぐに開始ですよね? よければこのまま一緒に観戦しても構いませんか?」
「もちろん」
今日のベルトリーア予選は次で終わり。しかも決勝に残った四校は、すでに次への切符を得ている状態だ。
ぬるい試合になる予感しかしない。ウチだけ優勝を狙って気合を入れても、なんだか空回りしそうな?
このまま何事もなく終わるのかね。特に注意していた、ちょっと因縁のあるナタリエル・パーカー率いるグラームス学園ともいよいよ当たる。
この日に向けて、いろいろと手を打ったり根回ししたりと準備してきたけど、何事も想定どおりに進むことはない。
なにしろトラブルの女神に愛されたこの私が関わる聖エメラルダ女学院だ。すんなり終わらないなら、それはそれで面白くなるかもしれない。
地方予選とはいえ次は決勝戦だ。なんでもいいから、面白い試合をやってくれ!




