隙間時間のちょっとした雑談タイム
ベルトリーア地方予選、その初日を勝ち抜いた我らが聖エメラルダ女学院は、その翌日も元気に会場入りした。
会場が変わった今日、気になるのは試合場の地形だけど、基本的に本番直前にならないと判明しない。
魔道人形戦に使われる軍の演習場は全体としてとても広く、そのどこを切り取って試合場として使うかは魔道人形連盟の裁量によって決まり、直前まで秘匿される方針だ。
悪天候の場合には試合場が狭くなるのは通達されているし、簡易の観客席は魔法でどうとでも動かせる。事前に予定した第一候補が、当日になって使えないと判断することもあるだろうし、公開しない理由として一応の納得はできる。
出場校が前もって確認する常識的な手段としては、自分たちの前の試合を見学すればいい。当日の一試合目に出場するのでなければ、前もって試合場の様子は確認できる。
ただ、決勝大会の第一試合なんかは本当に直前までわからない。だからこそ、我が校にはそうした状況にも対応できるよう、事前の調査はしないことにしている。
目の前の試合に勝つことが当然ながら大事になるけど、あくまで目標は決勝大会で勝ち進むことだ。それを見据えて力をつけることも必要になる。私はそうした方針だけど、これについては実はどっちもでいい気はしている。来年以降は好きにすればいい。
さて、昨日は平坦な草原だったけど今日はどうなるか。たぶん、昨日とはガラッと変わると思う。単純に違うほうが面白いし、どうせなら見ごたえのある試合場を設定してほしいものだ。
どうせ魔道人形連盟の職員が関わる学校は、当日どころか前もってその情報を得ているだろう。情報面で多少の不利はあっても決定打にはならない。
弱者はどんな手を使ってでも足掻けばいい。王者はそれを受けて立ち、勝つからこそ王者だ。別に文句はない。
今日は地方予選の三回戦が四試合、さらにそこを勝ち抜いた四校による決勝戦が行われる。
我が校は四試合目だから、今日の会場入りは少し遅めだった。部員はどいつもこいつも、たっぷりと睡眠時間を確保できただろう。
私の目の前に並ぶお嬢どもは、心身ともにコンディション良好そうだ。
「では先生、行って参ります」
引き締まった表情で言うハーマイラ。部長だけじゃなく、誰もがこの試合の重要性をきちんと理解している。
本大会に進めるのは、ベルトリーア予選からは四校だ。つまり三回戦を勝ち上がり決勝に残った時点で、次への切符が約束されている。言ってしまってはなんだけど、決勝戦は消化試合のようなものだ。
それというのも、どこの学校も地方予選での優勝より、手の内を見せないことに重きを置く感じらしい。
その意気はいいと思う。予選は予選でしかなく、あくまで決勝大会での勝利が目標なんだから、無駄に手の内をさらす必要はない。
だからどこの学校も三回戦、今日の初戦に全力を尽くす。それさえ乗り越えれば、決勝大会進出なんだ。予選敗退と決勝大会進出とでは、実績としてまるで違う。そりゃあ気合も入るだろう。予選の決勝戦より、次のステージに進むこの三回戦で全力を尽くす気合が必要だ。
「私か言うことは、いつもと同じよ。出し惜しみせず、派手に勝て。いいわね?」
「はい!」
他校とは違って、我らが聖エメラルダ女学院の目標は優勝だ。予選だろうが優勝する。
でもその前に、まずはこの三回戦。ここで負ければそれで終わり。
先のことは考えず、全力で勝ちに行く。
部員たちを送り出したら、私も関係者席に移動する。
周囲にいる有象無象のことなど気にする必要はまったくないけど、向こうはそうはいられない。
派手な勝利で三回戦進出を果たした聖エメラルダ女学院は、しかし近年は非常にしょぼい戦績に終わるザコだった。昔は強かったってだけのザコ。
大商人から貴族の大物、さらには王族まで通う名門校は、敬意を集めると同時に嫉妬の対象だ。そんな学校への勝利は、とても甘美な味だったことだろう。
高貴な身分な者を相手に、遠慮せず戦って勝ち名乗りを上げられる。こんな機会はなかなかない。
勝手に弱くなった名門校にはずっとそのままでいてもらいたかったのは、きっと多くの奴らの本音だ。
でも、それは去年までで終わりだ。
そしてそのことを魔道人形倶楽部の関係者は誰もが理解している。
これまでの練習試合とそれにまつわる噂はともかく、昨日の本番はたぶんほとんどの連中が観戦したに違いない。
聖エメラルダ女学院の実力が本物であり、そこに引き上げたのが顧問の私だってことも。だから誰もが私を意識せずにはいられない。
「隣、構いませんか?」
話しかけてきたお局っぽい雰囲気の若い女に、軽く首を縦に振るだけで答えてやる。勝手な印象で悪いけど、きっと未来のお局候補だ。
今日の試合は決勝大会がかかっているから、昨日に比べてさらに観客の数が多く早くも満員に近い。ここの関係者席もそれなりの混雑だから、隣に座ることを拒否するわけにはいかない。
「あなた、聖エメラルダ女学院の先生、魔道人形倶楽部の顧問の方でいらっしゃいますわね?」
昨日は誰も話しかけてこなかったのに、このお局候補はなかなか度胸がある。今日も今日とて、ナチュラルに話しかけんなオーラ全開だったのに。
口調は硬いけど特に無礼な感じでもないし、度胸のある女は嫌いじゃない。会話くらい付き合ってやろう。
「ええ、ユカリード・イーブルバンシーです。あなたは?」
今日の私は裏社会の人間じゃない。聖エメラルダ女学院の顧問や講師として対応する。普通に名乗ってやりますとも。
「失礼しました。聖メトリア学園で魔道人形倶楽部の顧問をしています、エル・ランチェスターです」
ランチェスター先生ね。二度と会わないだろうし、三日後には忘れてそうだけど。
というか、その学校名は聞いたことあるような?
「聖メトリア学園というと、昨日の?」
「そうです。昨日の二回戦で、そちらに負けてしまいました」
危ない危ない。昨日の今日だから、まだ辛うじて対戦した学校名は覚えていた。
それにしても何の用だろうね。恨み言を言いにきた感じじゃなさそうだけど。
「実は聖メトリア学園は魔道人形俱楽部を創設したばかりなのです。そこで少しお話を伺いたいと思いまして、一緒に観戦しても構いませんか? ぜひ、イーブルバンシー先生のご意見を伺いたいのです」
「そういうことですか。別にいいですよ」
気やすく話しかけんなオーラ出しまくりの私だけど、それはしょうもない奴に話しかけられたくないだけだ。
強く明確な意思を持ち、失礼にならないよう気を配るお局候補の態度には好感が持てる。こういう奴となら話しながら一緒に観戦するのも悪くない。次の我が校の試合まで少し時間があるし、この微妙な隙間時間の雑談はむしろ歓迎できる。
「さっそくなのですが、昨日の二回戦についてはどう思われますか?」
まあ敵将の評価は気になるか。
昨日の二回戦の内容は、我が校が速攻で正面の櫓のチームに突撃して撃破、その後は二手に別れて各チームを正面から撃破しただけ。作戦と言えるほどのものはなく、ただ力で押しただけと言えてしまう内容だった。
私としては地力が違い過ぎたとしか言いようがないし、そのくらいのことはお局候補だってわかっているだろう。
「……我が校の圧勝だったことは客観的事実と思います。どのような策を弄したところであの結果が変わったとは思いませんが、やり方によってもう少し粘ることはできたかもしれませんね。これは結果論に過ぎませんが」
「イーブルバンシー先生のお考えを聞かせてください。どうすればあの状況で善戦できましたか?」
終わったことのイフを考えたってしょうがないんだけど、敗戦を分析することは必要だ。
嫌われ者上等の私でも今後の聖エメラルダ女学院を思えば、誰かれ構わずちょっとした好感度稼ぎくらいはしてもいい。しゃーない、ちょっとだけサービスしてやる。
「そうですね、ランチェスター先生は聖エメラルダ女学院の一回戦はご覧になりましたか?」
「はい、それはもちろん。魔道人形を光らせ音まで鳴らす魔道具を用いて、正面から対戦校を撃破していました。警戒していたはずなのですが、二回戦も同じ結果に終わってしまいました」
「我が校のやったこととしては、一回戦も二回戦もほぼ同じでしたね。どちらも言ってしまえば、ただ突撃しただけでほぼ無策です。ではなぜあのように上手くいったかと言えば、まずは個々と集団としての実力に他校と差があったこと、そしてやはり無策のように見えるあの作戦ですね」
「魔道人形の操作技術の違いは明らかでしたが、やはり効果的な作戦があったということですか?」
「まあそうです。無策のように見えても本当に無策なわけではありません」
そりゃそうだ。理由があってあれをやっている。
ただ今後のこともあるし、細かい内容まで明かしてやる義理はない。私が言えるのは、敵がどうすれば少しはマシに戦えたかってことだ。
「もし、昨日の二回戦の時点で取れる手があったとするなら。もし、私が聖エメラルダ女学院と戦うことを想定するなら、やはり先手を取ることでしょうね」
「先手ですか? それはどのように?」
「待ち構える作戦が悪いとは言いませんが場合によります。はっきり言いますが聖メトリア学園を含め、あの三校では我が校と正面から一対一で戦っても勝てません。ならば少なくとも多対一の状況に持ち込む必要がありました。そのためには聖エメラルダ女学院以上に、早く動かなくては話になりません」
「……はい、それはたしかに」
その速度において、聖エメラルダ女学院は他校を圧倒しているからどうにもならないんだけどね。それにしたって、自陣で待ち構えていても勝ち目はない。防御を固めれば時間を稼げるなんて、完全に見込み違いだ。昨日の対戦相手はそれでしくじった。
それさえわかっていたなら、状況が少しは変わったと思う。じっとしていてはただやられるのを待つだけなんだから、動いて状況を動かしたほうがまだ先がわからなくなる。
他校と上手く連携できれば、聖エメラルダ女学院の魔道人形を少しくらいは撃破できる道はあったと考えられる。逆にそれができなければ、もうどうにもしようがない。
「そのためには試合開始と同時に、全力を尽くす必要があったと思います。魔道具も結局は使っていませんでしたよね? なりふり構わず最初から使える手はすべて使って、聖エメラルダ女学院の動きを牽制することができれば、少しは違った展開になったかもしれませんね。ただ最初に言いましたけど、これは結果論なんで。生徒たちがその場の判断で、こうした手を打つのは難しいかもしれません」
「しかし、イーブルバンシー先生は普段からそうした指導を行われているのですよね。聖エメラルダ女学院の生徒さんならそれができたのではありませんか?」
「どうでしょう。次の試合で、あいつらの判断力が見えるかもしれませんよ」
ちょうど会場アナウンスが入り、三回戦の出場校が次々と紹介されていった。
「昨日の平原と違い、今日の演習場には川が流れていますよね。イーブルバンシー先生はあれも作戦に組み入れているのですか?」
今日の試合場は割とバラエティに富んでいる。川もあれば森もあるし、北側は小高い丘になっていた。北東には大きな池、あるいは小さな湖と呼べそうな水たまりまである。
全体的に南側から北側に向かって上がる坂になっていて、北東から南西を横切る水量の多いちょっとした川が特徴的だ。中央付近から全体にかけて広い森になっていて、遮蔽物や目印として機能しそうな巨石がそこかしこに転がっている。
昨日までの平原とは違い、今日の試合は魔道人形が見えにくく、中継機能をもったカメラの魔道具が大活躍しそう。
さて、各校がどこで戦いどう地形を利用するか、持ち込んだ魔道具の活かし方にも注目だ。
「今日の会場がどうなっているか、私たちは事前に調べません。悪い言い方をするなら行き当たりばったりですね。だから顧問の私は作戦に関与しません。あいつら部員に完全に任せています。どうせ顧問は観客席から見守ることしかできませんから。臨機応変に戦いを進める必要だってありますし、事前にあれこれ言っても混乱のもとになるだけです」
地形を利用した戦い方は、臨時に指導してくれた年配の野戦指揮官が仕込んでくれている。ハーマイラたちには十分に想定可能な戦場だ。問題ない。
「すると、イーブルバンシー先生は作戦にまったく関与していないのですか? 毎試合ですか?」
驚いたように目を大きく開いたお局候補。そんなに珍しいことなんだろうか。
「他校のことは知りませんが、ウチはそうですね。事前に決めても相手次第で使えなくなる作戦はありますから。だから練習の時から作戦は部員に考えさせ、それが台無しになるような状況を設定するのが私の練習方針です。作戦の変更や立て直しには慣れていると思います。逆に本番を考えれば、事前の作戦通りに上手く行くことのほうが少なくないですか?」
歴史に名を残した軍師のような慧眼の持ち主ならいいけど、私たちはそうじゃない。その時の判断で柔軟に対応していくしかない。
「たしかに、そうなのですが……倶楽部の顧問としては、普通は作戦に口を出すものかと思います。ああ、そろそろ始まりますね」
三回戦の聖エメラルダ女学院は南の櫓が拠点だ。緑色のビブスを着用した魔道人形が、いまかいまかと試合開始を待っている。
北側が高地になっているから、南の櫓は相対的に位置が低い。不利な位置関係なんだけど、これが仕組まれたものと考えるのは、さすがに考えすぎだろう。
ただ、もし不正があったとしてもそれは弱者の足掻きだ。王者としては受けて立つのみ。
「お待たせいたしました。これよりベルトリーア予選三回戦、第四試合を開始します――」