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古豪復活、快進撃の予兆

 試合に一点のみ持ち込み可能な魔道具は、やぐらの上から選手が直接起動させるタイプと、魔道人形に装備して遠隔で起動させるタイプがある。

 今回、聖エメラルダ女学院が使ったのは魔道人形に装備させるタイプのものだし、基本的にはどの学校もそうしたタイプを使うと考えられる。

 ルールで定められた小さな出力の魔道具では、広い演習場で使うことを考えると距離のある櫓の上からでは効果を見込みにくい。ゆえに人形自身に魔道具を装備させるのが適切だ。


 ハーマイラが発動した魔道具は、対象の魔道人形を金色に光らせる効果がある単純なもの。そこに加えてもう一つの効果がある。それが表れた。

 勇ましい雰囲気の音楽が大将機から大音量で鳴り響く。

 ピカピカ光って、どでかい音を鳴らす。それがあの魔道具だ。


 あれによって大将機はここにありと、あえて敵にアピールする意味がある。

 素直に考えれば、やられたら即敗北になる大将機をアピールする意味は全然ない。だから、あれはおとりと考えるのが普通だろう。


 それでもあんなに目立つ魔道人形を気にせずにはいられない。

 本来ならどれが大将機かなんてわからないのが普通なのに、超目立つ魔道人形が一体だけ混じることによって強制的に興味を持たせる。

 目障りな光と耳障りな音は、思った以上のストレスを与えられる。

 さらには視覚と聴覚だけじゃなく、囮なのかそうでないのか、相手の思考に無駄なノイズとそれによるストレスを与えることが可能になるわけだ。

 あれは精神面で攻撃的な魔道具ということになる。


 いきなり派手なことをしておきながら、さらに聖エメラルダ女学院は動く。

 光り輝く魔道人形を先頭にして、広い演習場の中央に向けて進み始めた。堂々と、あまりに堂々と。

 それに対する反応はわかりやすい。


 観客は見慣れない展開と意味不明の度胸を誇示する聖エメラルダ女学院に度肝を抜かれ、盛大なヤジだか歓声だかを上げる。

 各対戦校の反応も予想通りだ。


「まずは驚き、次にナメられたと怒る。で、事前に用意した戦術で行くか、他校の動きに合わせるかでも迷いが生じる」


 ちょっとどころじゃない派手な動きは、相手の作戦を台無しにできる。

 聖エメラルダ女学院の大胆な行動は、相手の作戦や小細工などまったく気にしないものだ。

 あれはもう、単純にかかってこいと言っているようにしか見えない。


 普通に考えれば、馬鹿正直に三校を敵に回して勝てる道理はない。

 あの派手な行動は罠ではないか?


 ここでまた無用な混乱を生じさせられる。

 事前に聖エメラルダ女学院が強豪を打ち破った噂も相まって、他校は軽々に身動きできなくなってしまう。

 すべては想定通り。逆に上手く行き過ぎなくらいだ。


 試合開始の合図があってから、動いているのは我が校だけだ。

 身動きの取れなくなった他校を差し置き、青色のビブスを着けた魔道人形の群れはすでに演習場の中央に至り、その場に留まらずにただ前進を続ける。


「随分、のんびりしてるわね」


 他校の奴らはバカなのか?

 何も手を打たないなら、本当に何もできずに負けるだけだ。

 試合開始前の魔道人形の動きを見ただけで、奴らの実力がウチよりも下なことはすでにわかっている。それなのに、あんな体たらくじゃ奴らの元より低い勝率が上がるわけもない。


 ここでさらに聖エメラルダ女学院は前進するスピードを上げた。

 駆け足程度の速度で中央に至ったあとでは、倍増するまでスピードを上げて対面の西の櫓に向けて突っ走る。


 大した速度だ。見る見るうちに距離を詰め、それに応じて会場の歓声も大きくなった。

 これを受けて西の櫓のチームの混乱が深まる。早く対応しなければと、遅まきながらも動き始める。

 のんびり見ていやがったツケだ。


 実力が足りない上に、混乱にまみれ方針も定まっていない。こんな連中など相手にならない。

 大胆不敵にもピカピカ光る大将機を先頭に突っ込んだ聖エメラルダ女学院が、西の櫓の魔道人形を蹂躙する。

 勢いに乗ったまま敵を囲い込むような形で突っ込んで、好き放題に暴れまわる。


 無秩序なように見えて、きっちりと各指揮官役の部員にしたがった攻撃だ。

 単独行動や無謀な突撃はせず、なるべく敵の側面や背後を攻撃役が突き、それをサポートする役回りが敵を正面で引き付け、隙あらばとついでに攻撃に参加する。

 戸惑い隙だらけの敵には期待以上の攻撃が刺さり、一回の突撃だけで大戦果を叩き出した。


 運の問題か、まだ敵の大将機は討ち取れていない。

 それでも全然大丈夫だ。他校にはまだ動きがなく、蹂躙された西の櫓は大きく混乱するばかりで、あそこから立て直せる感じはまったくしない。


 ピンチの敵が最後の望みにピカピカ光る魔道人形に殺到しようとする動きさえ、あらかじめわかっていることだ。ここに至って正しくおとりとなった大将機に注目を集めさせ、しかし素早い我が部の連中は機先を制するように次々と敵魔道人形を撃破していく。

 すると間もなく敵大将機を討ち取った。


 西の櫓の敗北を告げる黄色の光魔法が打ち上がれば、また会場からは大きな歓声が上がる。


「退屈ね。ま、一回戦ならこんなもんか」


 王者らしく、とことん上から目線の立ち回りだ。

 我がほうはまだ一体の魔道人形も失っていない。圧勝だ。


 あざやかすぎる攻撃は残る二校の部員たちが見惚れてしまうほどなのか、ここに至ってようやくその二校に動きがあった。

 でもそれは遅い。

 すでに聖エメラルダ女学院は南の櫓に向かって進みつつ隊列を整えている。


 残る敵は南の櫓と北の櫓のチーム。

 動きの速度と距離から考えて、その二校が合流してウチに対抗する時間はない。各個撃破される未来しか見えない状況だ。


 そして、もう敵に残された手だって簡単に予想がつく。

 金色にピカピカ光ってでかい音を撒き散らす、あの大将機と思しき魔道人形のみに狙いを絞って討つ。それしかない。あれが本当に大将機かどうかもわからないのに、そこに賭けるしか勝機はない。


 理解はできる。ここまでの動きだけで、二校の連中はまともに戦っても勝ち目がないことくらいわかったはずだ。そうとなれば、勝つにはもう賭けに出るしかない。

 それこそこっちの思う壺だというのにね。


 聖エメラルダ女学院の魔道人形は、ピカピカ光る人形を中央にしてその他の人形が横に広がる形になっている。

 左右に展開する人形たちが前に出て、中央がへこんだ半円を描くような形になりながら進み続ける。障害物のない平原だからできる、あまりに堂々とした移動だ。


 その中央を食い破ろうとするのは、敵にとって当然の試みだろう。

 南の櫓の魔道人形は矢のような形になりながら、遅まきながらも聖エメラルダ女学院に向かって進軍する。

 非常にわかりやすい激突だ。これには会場も盛り上がる。


 二校が激突。ピカピカ光る人形に向かって殺到する敵魔道人形には、中央付近の我がほうの味方が盾を構えた堅い防御で攻撃を完璧にシャットアウトした。

 魔道人形に込められた魔力の密度の違いから、簡単に攻撃を跳ね返せる。地力の違いがわかりやすく目に見える。

 そして敵の大将機はウチのように光っていなくたって、その挙動からすぐに見抜ける。これも技量の違いが表れた形だ。


 敵陣の後方で微妙にまごついている人形に対し、囲むように展開した聖エメラルダ女学院の人形が襲いかかる。

 力任せに短い槍を盾に向かって一突きすれば、込められた魔力の違いで吹っ飛ばされる。転げたそこにはまた聖エメラルダ女学院の人形が立っている。

 わずかな隙さえなく叩き込まれた攻撃によって、敵大将機を討ち取った。


 南の櫓の敗北を示す緑色の光魔法が打ち上がると同時に、聖エメラルダ女学院は喜んでいる暇はないとばかりに反転してまた移動しながら陣形を整える。

 北の櫓のチームはようやくフィールドの中央に至ろうという場面だ。こっちが立て直すには十分な時間がある。


 そしてまた始まる正面からの激突。

 地力の差が如実に表れる正面決戦に、番狂わせなどあり得ない。

 まもなく北のチームの敗北を告げる桃色の光魔法が打ち上がってすぐに、今度は勝利を告げるひと際大きな青色の光魔法が打ち上がった。


「これくらいはやってもらわないとね」


 いい感じに派手な勝利だ。会場の盛り上がりでそれがわかる。

 最後を締めくくる場内アナウンスを聞き流しながら席を立つ。

 関係者席には多くの他校の顧問らしき連中がいて、私に話しかけたそうな雰囲気があったけど完全に無視だ。



 ゆっくり歩いて駐車場付近にある聖エメラルダ女学院の待機所に向かうと、部員たちはすでに戻っていた。


「先生、やりました!」

「勝ちましたよ、わたしたち!」


 あふれんばかりの笑顔で嬉しそうに言う部員ども。まだ一回勝っただけだってのにね。

 それでも練習試合じゃない、本番での勝利はやっぱり一味違う。その喜びは理解できるというものだ。


 騒がしくはしゃぐウチの天幕近くには、朝一の時間から比べれば多くの学校がすでに待機している。我が校はただでさえ目立つのに、騒げはより大きな注目を集めてしまう。

 初戦の勝利に浮かれるのはしょうがないにしても、王者らしく泰然と構えて欲しいものだ。

 いやまあ、これでいいのかな。嬉しいものは嬉しい、それを抑えつけるより素直に喜んだほうがいいのかもしれない。学生の競技なんだからね。

 なんにせよ、とりあえずは褒めてやろう。


「よくやった。緊張のせいか普段より、動きが少し硬かったけどね。それでも勝ちは勝ちよ」


 実際、楽勝だった。

 アナスタシア・ユニオンの妹ちゃんとその護衛として貼り付けているウチのハリエットにとっては、まさに学生のお遊戯に感じるレベルの試合だっただろう。

 部長のハーマイラと副部長のミルドリー、そして妹ちゃん以外の指揮官役のチェルシーとイーディス、そこに従う部員どもにとっても、いい準備運動になったはずだ。


 普段どおりの実力を発揮できれば、次はもっとあざやかに勝てる。そうだ、喜んでばかりじゃいけない。顧問としてここは引き締めておこう。

 口々に初戦の感想や喜びを語り合う一同に対し、手をパンと叩いて注目を集める。


「ハーマイラ、次の試合まではどのくらい空き時間があると思う?」

「そうですね。一回戦は残り六試合ですから、最長の場合には二回戦は六時間後です。しかし、わたしたちの試合が早い時間で決着したように、他校もそうなる可能性は大いにあります。となると、四時間から五時間後くらいでしょうか」


 特にこの会場は障害物や地形を使った作戦が立てられず、隠れることもできない草原だったから、試合時間が長引く要素がない。各試合は最長の四十五分を使い切らずに決着すると予想でき、早め早めに進行していく見込みだ。


「ミルドリー、お前はどう思う?」

「ハーマイラの言ったとおりじゃないですか? いくら早く進んでも、試合時間が半分にまでは縮まらないと思いますけど」


 まあそんなもんだろう。次の出番は早くて四時間後って感じだろうね。ただ早く進んだとしても、その待ち時間はあまりに長い。


「つまり結構な時間、暇ってことよね。体がなまらないよう動くわよ」

「体がなまるって、え? まさか練習ですか? え、いま?」

「先生、他校の試合は見学しないのですか?」

「つまんない試合なんか観て、なんか参考になんの? 時間が空きすぎるとまた体が硬くなるからね、いいから行ってきなさい」


 しょぼい試合なんか観てる暇があったら、自分にとって最高に近いパフォーマンスを出せるよう時間を使ったほうがずっとマシだ。

 体力と精神力、そして魔力には密接な関りがある。人形の操作で部員自身が動く必要はないけど、体を動かすことには意味がある。特に未熟者にとっては。


「行くって、どこにですか?」

「走りに行けって言ってんのよ。せっかく広い会場なんだから、走るには最適よ」

「まさか、この試合会場を走るんですか?」

「そう言ったつもりよ。ほら、いいからさっさと運動着に着替えなさい」


 不満そうな部員どもには、いつもの厳しい目を向ければすぐに練習モードに切り替えさせられる。

 天幕内に隙間のない衝立ついたてを設置してやり、早くしろと急かした。

 しぶしぶとグレーのジャージ姿になったお嬢たちに、改めて告げる。


「今日の試合会場は、たぶん一辺が九〇〇メートル四方ってところよ。あの会場を三周、身体強化魔法ありで三十分以内に走り切って戻りなさい。隊列は乱さずに全員で。いいわね?」

「先生、少し人目が気になるのですが……」


 それはそうだ。この会場には試合に出場する各校の関係者だけでも、数百人規模でいる。それに数倍する一般の観客だって大勢いるんだ。

 時間が進むにつれてまだ増えるし、興行として十分に成立する人数が集まるイベントなんだから当然のこと。


「だからいいんじゃない。人目の多いところで練習しまくれば、本番で緊張なんかしなくなるわ。それに、お前たちの実力を見せつけてやる機会でもあるのよ。せいぜい、見てる奴らをビビらせてやんなさい」

「……わかりました。では皆さん、いつものようにまずは入念に準備運動をしましょう」


 さすが部長。私の思惑を理解したようだ。

 重く質の高い練習風景は、それを見ただけで威圧感を与えられる。

 これは練習であると同時に、他校に対する示威行動でもある。


 まずは会場周辺を走り回って耳目を集め、その後でこの天幕付近で行う魔道人形を使った練習を見せる段取りだ。

 基礎の力の違いを見せつけ、敵をビビらせる。ついでに聖エメラルダ女学院の実力が単なる噂やまがいものとは違うとも知らしめる。いろいろな目的があっての公開練習だ。

 本番前にめちゃくちゃ疲れるようなことをあえてやるんだ。他の連中が絶対しないことを堂々と当たり前のようにやれば、なんか王者らしい感じもするしね。

 どうせ今日はあと一回試合やれば終わるし、休憩時間だってかなりある。何の問題もなく、無駄なことだって一切ない。


 待機所周辺の他校からの視線を早くも独占しつつ、部員たちは開き直ったように声を出しながら準備運動を進めていった。

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― 新着の感想 ―
>発動した魔道具 これはまた……何ともw 効果は出てるんだろうけど…… まぁ「魔導具なんかに頼るな!素の実力でねじ伏せろ!」って感じもしますが >九〇〇メートル四方の会場三周を三十分以内 10,…
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