大人の根回し、最後の詰め
しょうもない事件が終わり、表向きには何事もなかったように日常が戻った。
何人かお偉いさんと非公式に会ったりなんだりといった時間もあったけど、いまの私にとって大事なのは直近に迫った魔道人形大会だ。
これからしばらくの間は、倶楽部活動のことに集中したい。
本番までの残り少ない時間で、密度の高い時間を日々過ごす。
毎日の基礎錬は当たり前として、集団戦での連携の確認も順調に進んでいる。コネを使って騎士団で元現場指揮官だった人を指南役として招き、数日に一度のペースで指導を受けているけど、やっぱり専門家の意見は非常に参考になった。
細かい問題はあっても、全体的には順調そのもの。
他校をリードする個人の技量はさらに伸ばし、特に初心者だった部員が期待どおりに完全に初心者を脱したのも大きい。広い野外での戦いにもかなり慣れた。
集団としての力は、もっと伸びたと評価できる。集団での移動、連携した攻撃と防御、作戦の幅の広がりと理解の深化、あらゆる意味で力が伸びた。
そして順調だからこその不安、などという軟弱な思考も存在しない。深まる自信は、聖エメラルダ女学院にさらなる力を与えるだろう。
体力と魔力、個人の技量、連携、作戦、そして自信。
勝つための準備は整った。あとは実際に勝利するだけ。
おっと、あと一つ必要なものがあった。釘をぶっ刺しに行かないと。あれこれと根回しは済んでいるから、最後のひと刺しだ。
狙うは魔道人形連盟の理事長。奴は大きな商会を経営しているらしく、結構な金持ちで貴族との繋がりも太い。
その繋がりを調べてみれば、ベルリーザでちょっとでかい顔ができる程度の伯爵やその他の木っ端貴族が幾人もバックにいるようだった。
ただし、そいつら以上の大物貴族のリボンストラット侯爵とクレアドス伯爵をバックにつけた私には何も問題ない。
巻き毛の実家のリボンストラット家には度重なる大きな貸しがあるし、生徒会長の実家のクレアドス伯爵なんて、命を助けてやった貸しがある。どっちも簡単には返せない、どでかい貸しだ。
貴族同士の関係は微妙なところがあったみたいだけど、そんなのは知ったことじゃない。余計な口を出させないようにすることくらい、ちゃちゃっとやれよって話だ。
そしてそんな根回しもバッチリ済んでいる。動くにはいまがベストと考えられる。
やるならいま。魔道人形連盟の理事長宅に、得意のアポなし訪問といこう。
「こちら紫乃上。レイラ、そっちはどう? 晩酌するような時間に、これから外出しないとは思うけど」
「こちらレイラです。問題ありません、マトは在宅中です。もし何か動きがあれば、すぐにお知らせします」
「頼むわ。私も助っ人を借りたらすぐに向かうから」
通信を切ったタイミングで到着したのは、何度目かのでかい屋敷だ。
いつものように勝手に開いた門を車両で通り敷地に入ると、数十人が並ぶ仰々しい出迎えを受けた。
適当に車両を停めて降り、まずはボスのところに行く。
「夜分に邪魔するわよ、御前様」
「こっちの準備はできてるよ。好きに使いな」
「うん、あと例の件も頼むわね。あんたなら、私も安心できるわ」
「お前には借りがあるからね。シノギにもなるってんなら、まったく悪い話じゃないよ」
もうとことんやることにした。
魔道人形連盟の現理事長は退かせ、後任にはアナスタシア・ユニオンの御前を据える。
ついでに私の後任人事も決まっている。アナスタシア・ユニオンから、ベテランの女構成員を出してもらえることになった。そいつを魔道人形倶楽部の顧問と生活指導、そして魔道人形連盟の職員にもするつもり。これなら学園長も安心の後任だ。
アナスタシア・ユニオン本部とは、関係修復どころか、一歩先の関係性を結ぶことさえできた。数々の面倒な問題を乗り越えたからこその関係で、いまになってみれば非常によかったと思う。
「んじゃ、始末つけに行こうか。行くわよ」
「おう、ユカリの姐さん」
今回、助っ人として使うのは御曹司とその派閥の連中だ。
こいつらは私に頭が上がらないから、こういう時に気軽に協力を頼める。
表向きには私は聖エメラルダ女学院のいち講師にすぎない。しかも余所者で新参者、この立場は毎度立ちはだかる壁だ。
大国ベルリーザの大商人に、実はエクセンブラでどうのと言ったところで強い説得力は持たせにくいのが現実でもある。そんな私がいくら凄んだところで、表面的な暴力だけじゃ基本的には権力者になめられる。特に強気な奴にはね。
まあ、やれなくはないけど手加減や多方面への影響を考えると、簡単にはやりにくい。
そこで便利になってくるのが権威というやつだ。
アナスタシア・ユニオンはそうした意味で十分な権威として使えるし、わかりやすい暴力の気配としても必要十分に機能する。その金看板は脅しに最適だ。
ぞろぞろと車両に乗り込み、連れだって出発した。
細かい段取りはない。
悪く言えば行き当たりばったりだけど、それで行けると思っている。
ベルトリーアの中央からは、やや外れたハイソな住宅地に目的地はあった。
レイラの工作によって、私たちの車両が近づくと門が開く。まるで屋敷の主人の帰宅だ。
当然のように警報装置は無効化してあるし、治安のよいこの界隈で警備員や傭兵が常駐しているわけもない。護衛はいるかもしれないけど、門番や独自に巡回警備を置く奴は誰もいない。特別に騒がなければ、見回りの青コートに見咎められることだってたぶんない。
勝手に敷地内に入った車両群が停車し、私も含めて続々といかつい連中が外に出る。
五十人ほどがこの場で待機し、御曹司含めた十名弱が私に帯同する。
玄関扉まで移動し、ノッカーを高く打ち鳴らした。
もう一度、強くノッカーを打ち鳴らすと、ようやく出迎えが向かってくるのがわかった。
複数人で慎重な足取りだ。警戒が手に取るようにわかる。
アポなし訪問だからね、こんな夜にまさか誰かがやってくるとは想定外なんだろう。しかも勝手に敷地の門を通過して、玄関前にいるのだからそれは警戒もする。
もたもたされるのは苛立たしい。
私のすぐ後ろに控える御曹司の奴に、サングラス越しの視線を送って場所を譲れば、奴も心得たもの。ドンドン扉を叩いてがなり立てる。
「アナスタシア・ユニオンだ、商会長に用がある。早く開けろ!」
ベルリーザにおいては、泣く子も黙って震えあがるアナスタシア・ユニオンだ。その金看板の威力は伊達じゃない。
想定外の訪問者に、扉の向こうで慌てる気配が丸わかりだった。
「ま、待ってくれ。旦那様はすでにお休みだ。それにあまりに急な訪問だ、いくなんでも失礼だろう。そもそも本当にアナスタシア・ユニオンか?」
御曹司の奴はレコードカードを懐から取り出し、玄関扉横手にあった小窓のような所にかざしてやった。律儀な野郎だ。
「見えたか? 俺の名前を知らないとは言わせねえ。早く開けろ」
「いや、待ってくれ。日を改めてくれないか」
こっちの正体がハッキリしたからか、向こうは多少の落ち着きを取り戻したようだ。
アナスタシア・ユニオンは基本的に、カタギを相手に理不尽なことはやらない。もしかしたら話が通じるとでも思ったんだろう。
「待てねえな。ごちゃごちゃ言ってねえで扉を開けろ。押し入らせるつもりか?」
「む、無理だと言っているだろう。旦那様の護衛として承服しかねる。しつこいと青コートに通報するぞ」
そんなくだらない言い分は、まったくもって想定の範囲内だ。
「いいのかよ? 青コートなんぞ呼ばれて困るのは、そっちの旦那様のほうだろうぜ。なんなら、いますぐ俺が呼んできてやろうか? 俺らはただ話がしたいだけだ。それが済めばすぐに帰る。いいから商会長に取り次げ」
ここで少しの沈黙があった。
「……冗談にしては笑えない言い分だが、念のため旦那様にお伺いを立てる。悪いが少し待ってくれ」
「長くは待たねえぞ」
悪いことをしている中途半端な奴らは、自覚があるからこそ、こうしたやり取りに弱い。
御曹司の自信満々な態度や大勢で押し掛けた圧力は、相手をうまく弱気にさせたようだ。そして交渉の余地があるとも思わせられただろう。目論見通りだ。
「ユカリの姐さん、この後はどうするつもりです?」
御曹司のこの言葉づかいには、いまいち慣れない。まあいいけど。
「奴の弱点は地下にあるわ。魔力感知だけでバレバレね。この状況で下手には動かせないだろうし、問題ないわ。旦那様とやらには私が話すから、お前たちは私の後ろでにらみを利かせてくれてれば、それだけでいい。マトに会うまでは、このままお前に任せる」
「そいつは任せてくれ。ユカリの姐さんのお手並み、あとで見させてもらいます。お前らもきっちり勉強しろ、いいな!」
「おうっ」
うるさい奴らだ。
こいつらの野太い声がプレッシャーになったのか、そう時間を置かずに玄関が開かれた。
「旦那様がお会いになる。すまないが、そんな大勢は招き入れられない。話をするのは一人にしてくれ」
「駄目だ。早く案内しろ」
御曹司は相手の言い分を無視して勝手に屋敷に足を踏み入れ、私たちも続々と続いた。反論も静止の隙も与えないごり押しだ。
「どこだ? 案内しねえなら、勝手に探すぞ」
「ま、待ってくれ。そんな勝手な、」
「おう、お前ら。家探しだ」
「わかった、わかったよ! こっちだ、頼むから勝手に動かないでくれ」
十人以上の無法者を屋敷に入れてしまった恐怖はどんなもんだろうね。
護衛は実力じゃ絶対にかなわない自覚があるようだし、主人もどんな話をされるかと、いまごろ戦々恐々としているだろう。
その他の家族や使用人の連中だって、恐怖に声を押し殺しながら隠れているようだ。
ま、ネタを握っている私からしてみれば、主人以外も同罪だ。
別に悪党同士、罪をどうこう言える立場じゃないけど、弱みをついて利用はする。そして弱みを握られるようなマヌケは、いずれどこかで対価を支払うことになる。それがいまというだけのことだ。
先を歩く護衛がしぶしぶの体で立ち止まったのは、二階の奥まった場所だった。ここが主人の部屋らしい。
護衛がノックの後で入り、私は押しのけるようにして即座にそれに続いた。
「これはこれは、アナスタシア・ユニオンの……お、お前は、」
うん、こいつで間違いない。魔道人形連盟の理事長だ。
理事長は大きな机の向こうで、立派な椅子に腰かけている。ここは書斎のような部屋らしい。ただ机の上には書類じゃなく、酒瓶とグラス、それとチーズやハムを乗せた皿がある。どうやら晩酌中だったようだ。
夜分遅くに乗り込んできたアナスタシア・ユニオン相手に、余裕ぶってグラスを傾けながら話を聞くつもりだったんだろうか。
とにかく奴は私の顔を見ると意外そうな表情を浮かべた。
「私の顔に見覚えがあるってツラしてるわね」
「まさか、聖エメラルダ女学院の」
「そう、ユカリード・イーブルバンシーよ。いちいち用件を説明する必要ないわね? 手っ取り早く済ませようじゃないの」
「……待て、まずは話を聞きたい。アナスタシア・ユニオンがなぜいるのかも含めて」
しょうがない。一から十まで懇切丁寧に説明……なんてするわけないだろ。
ナメてやがる。その認識をまず正せ。
「この私にごちゃごちゃ能書き垂れろって? お前が自分で考えりゃいい話よ」
自分の胸に聞いてみろってやつだ。心当たりが多すぎて、どれかわからないって線もあるのかな。まあどれでもいい。
外套のポケットに手を突っ込んだまま部屋の中央に進み出て、置かれた四人掛けのソファーを蹴っ飛ばした。
重量物のはずのソファーが軽々と吹っ飛び、壁際の棚とぶつかって騒音と破壊を撒き散らす。
あっけにとられる護衛と理事長の反応など求めていない。続けよう。
「いまから言う要求をそのまま呑むなら、お前の秘密は黙っててやるし、これまでのことだって水に流してやる。要求はたったの三つ、無理なことを言うつもりだってない。いいわね?」
「だ、だから、どういうことか説明、」
「聞こえなかった? 私はいいか、悪いか、それしか聞いてないのよ」
私は対話をしにきたんじゃない。要求を吞ませにきただけだ。
理解できないなら、させてやる。心の底から理解したいと思うようにすら、させてやろう。
大きな机に近づいたら、置いてあったフォークをさっと奪う。
そして逆手に持ったフォークをナチュラルに振り下ろす。机の上に乗せられた理事長の手に向かって。
「あ、あ、あああ、ああああああっ」
「だ、旦那様! 貴様、」
邪魔な護衛だ。御曹司の奴をちらっと見やれば、奴も心得たもの。
「お前は黙って見とけ」
肩をガシッと掴まれた護衛は、無事なソファーに強引に座らされた。
「理事長、私は訊いてんのよ。いいか、悪いか、どっち?」
立場と状況を理解しろ。いい加減に、そのくらいわかれ。
理事長はフォークの突き刺さった手を抑えながらも、突然の理不尽に対して瞬間的に怒りの表情を見せた。私は当然、その不満を許さない。
身を乗り出して乱暴に髪の毛を掴み、サングラス越しに目を覗き込む。そのまま手をひねれば、首の骨が少し曲がってきしむ音をあげた。私があと少し力を入れるだけで、こいつの細い首なんか簡単に折れる。もしただの脅しや冗談と思うなら、さすがに馬鹿すぎる。
数秒の沈黙を経て、理事長はやっと理解できたらしく、恐怖に染まった目で震えながら返事をした。
そのままの態勢で改めて告げる。
「要求は三つ。一つ、聖エメラルダ女学院への裏工作をやめろ。お前が関与してなかったとしても、魔道人形連盟の理事長として全職員に命じろ。二つ、大会が終わったら理事長の席を空けろ。三つ、次の理事長としてアナスタシア・ユニオンの御前を指名しろ。以上よ、交渉の余地は一切ない。これらが果たされなかった場合、屋敷の地下の秘密が表に出る。覚えとけ」
魔道人形連盟の裏金なんてしょぼい犯罪とは違う。私を敵に回すから、こんな余計なことまで露見するんだ。
もし連盟がまともだったら、レイラに理事長を探らせることはなかったし、地下の秘密など知りようもなかった。
「理事長さんよ、俺からも言っとくぜ。あんたよ、このご時世に人買いはねえだろ。ここは天下のベルトリーアだぜ? 俺らだって人身売買には手を出さねえ、ふざけた真似しやがって。本来ならぶっ殺されても文句言えねえってわかってんな?」
ベルトリーアの裏を仕切るアナスタシア・ユニオンとしても、知ってしまったからには見逃せない。
今回は私の顔を立てて見逃しても、いずれ何かしらのアクションは起こすだろう。
「ついでに言っておくわ。お前の後ろ盾になってる貴族連中、とっくにびびって手を引いたわよ。下手な動きするなら、お前の大事な商会だってタダじゃすまさない。できないと思うのは自由だけど、無駄な手間をかけさせるなよ? やると言ったからには、私は必ずやる。これも覚えとけ」
ベルリーザで人身売買は重罪だ。
権力者はその権力と財力で無理もある程度までは押し通せるけど、それには限度がある。
「行くわよ」
用件は伝えた。あとは理事長次第だ。
恐怖と絶望に染まった表情を見れば、逆らうとは思えないけどね。
なんにしても、すべてはこいつ自身の身から出た錆でしかない。
とにかく、これで雑事はスッキリさっぱりできたと信じよう。
本格的に魔道人形の大会に集中できるはずだ。さて、大会本番が楽しみね。




