丸ごと消せば全部すっきり
墨色の外套の裾が風に揺れる。
上等な仕立ての外套は丈の長いPコートのような形状ながら、体の線を細く見せるスタイリッシュさもあり非常に気に入っている。
そんな外套に黒のコンバットパンツとショートブーツを合わせた、完全な戦闘スタイル。
さらに死神を連想させるマスクを被った姿は、もう誤解の余地なく誰にとっても威圧と恐怖の対象になる。
キキョウ紋が背中に浮かぶ外套と死神の如きスカルマスクは、知る人が見れば我がキキョウ会の装備だと誰でもわかる特徴だ。
隠すつもりは全然なく、逆にアピールしている。これから起こす事件が、キキョウ会の仕業だと知るがいい。
事を起こすにあたり、根回しは済ませた。この区域を管轄する青コートは、通報があってもしばらく動かない。
関係性さえできてしまえば、どうとでも取引は可能になる。持ちつ持たれつ、互いに上手くやっていこうじゃないか。こういうことだ。
悪党である私たちは、同業者の情報収集に余念がない。その情報ルートは青コートが持ち得ないものでもある。
組織の上層部ならともかく、現場の青コートの隊員が安心確実に使える情報源など簡単に手に入らない。悪事の情報を得るためには、悪党に近づくのが一番早く確実な手段だ。手柄をあげたいなら、この程度のリスクは取らないと一生下っ端のままで終わるのが相場というもの。
だから権力と悪は癒着する。
どこぞのマヌケの悪事を掴み、それをエサにすれば青コートは簡単に食いつくんだ。
悪者を捕まえれば隊員個人や部隊としての手柄になるし、ついでに金持ちの悪党相手なら、溜め込んだ金をちょろまかして好きにできる。こんなに旨い話はない。
得た金は出世のための上納金に回し、懐の温まった偉いさんの覚えがめでたくなる。やがて偉いさんが抱える厄介事絡みの相談相手にもなるだろう。すると青コート経由で私たちのような悪党が厄介事の解決に動くことにも発展していく。
公の組織である青コートは、基本的に証拠がなければ動けないし、でっち上げるにもやりすぎは禁物だ。だから自由に動ける悪党の友達は重宝する。これは時間の問題で、ほぼ必ずそうした展開になる。
手足としての公の権力を持つ青コートと、上にいる本物の権力者、そして裏社会の組織や実力者。利益とトラブルによって、これらは必ず繋がる。
青コートがのし上がる過程では、邪魔な小悪党をいけにえにすればそれで八方丸く収まる。立ち回りの上手い悪党どもは、邪魔な雑魚が消えるだけで青コートと持ちつ持たれつ付き合って行ける。
損をするのは、いけにえにされる小悪党だけで、ほかはみんなが得をする。小物の悪党ってのは鬱陶しいし邪魔に思うけど、そういう意味では役に立つ。
なんなら青コートの連中は、適当な不良どもを組織化するよう陰で操り、時機を見計らって壊滅させるなんてマッチポンプだって平気でやるようになる。
手柄をあげるってのは想像するよりずっと難しく、だからこそアホみたいな裏工作がたくさん存在する。決して表には出ないし、もし出てもまさかそんなことしないはずだと流される。人が信じたいものだけを信じるというのは、間違いなく真実だ。
だからこそ、世の中上手く回っているという現実もある。
世の中そんなもんだとわかったように振る舞う私だって、違う立場から見れば非常に滑稽な存在に思えるだろう。
ただし、私には邪魔を排除できる力がある。己と仲間の力があれば、どんな世界でも好きに生きていける。そのためのキキョウ会だ。
大国ベルリーザ、その首都であるベルトリーアで治安維持を担う青コート。そんな奴らにだって、すでに私は顔が利く。
見返りを差し出し、バレないように実行することが前提だったとしても、それでもどんな悪事を働こうが許される。
すでにそれだけの立場を得たわけだ。
客観的に考えて、いまから私はとんでもない悪事を実行する。
敵は皆殺し。そんなことをしたってお咎めなしに、なんてことないように明日を迎える。これが上等な悪党の在り方だ。
それにリボンストラット家絡みの事件なんだから、奴らが勝手に隠ぺいに動くとも考えられる。よっぽどの下手を打たない限り、私が咎められることなどあり得ない。
夏が終わり、秋に移り変わったいまの気候は非常に気持ちいい。そんな夜の繁華街は、いつも以上に人が多かった。
特に表通りや流行りの店は人であふれているし、目的のダンスホールの中だって混雑している。
「レイラは外で見張ってなさい。敵が出てきたら、そいつの処理は任せるわ」
「了解しました。中にはハイディのほか三人いますので、必要に応じて使ってください」
「リボンストラット家が様子を見てるなら、たぶん奴らも中にいるわよね? だったら一人でやったほうが効果的よ。とりあえず行ってくる」
墨色の外套にスカルマスクを装着した状態で、通りを一つ渡ったらすぐにダンスホールの前にたどり着く。
多数いる通行人は無視だ。どうせ何もできやしないし、余計なことに首を突っ込むマヌケだってそんなにいるもんじゃない。
「な、なんだお前……?」
地下へ続く階段の前にいる男は、入場者を制限する係だろう。なんとなく見覚えのある男だけど、こいつは敵じゃない。
無言で首を掴んで気道を締め上げたら、反応される前に横手に放り投げる。無様に転がる男には、それだけで通じただろう。私が遊びにきたわけじゃないことも、隔絶した実力差があることも、その気になれば殺せたのに殺さなかったことも。
つまり、何か用事があってここにきたんだとわかるし、それさえ済めば関係ない奴に用はないってこともだ。
正しく理解したらしき男は、無駄な抵抗をせずに体を硬くするだけだ。そんな恐怖に顔をひきつらせた男に構わず、地下に向かう階段を下る。
重い扉を開きダンスホールに入れば激しい音楽が耳を騒がせた。
薄暗い照明のホール内で多くの人々がダンスや会話に夢中になり、バーカウンターで酒を飲む連中も、新たな入場者にいちいち目を向けたりしない。こっちに目を向けるのは、ナンパ目的の野郎か誰かを待っている人、それと仕事でこの場にいる用心棒くらいだろう。
さすがにスカルマスクは不審者丸出しのため、いかつい顔の用心棒がさっそく近づいてきた。
私の目的ははっきりしていて、敵の排除と同時に見物しているだろうリボンストラット家に私のやり方を見せつけることにある。
本来なら余計な第三者は最初に追い払うことから始めるけど、今回は一般人に紛れた監視者に見せてやるため、そのまま仕事をしたほうが都合がいい。
たまたま居合わせただけの連中を殺しはしないし、余計なちょっかいかけてこない限りはこっちだって何もしない。
このダンスホールという空間で、何が起ころうとも黙って見ていればいい。そうすれば、私の敵以外は無事に帰れる。
ターゲットも明確だ。
元ジエンコ・ニギとリボンストラットの元分家、その残党どもを消す。楽なことにそいつらには、あらかじめハイディたちがマーキングしてくれている。高レベルの魔力感知ならそれを感知でき、お陰で混雑した状況でも標的を探す必要も間違うこともない。
近づいてくる用心棒はターゲットじゃない。職務上しょうがないことだし、こいつらに手を下すつもりは最初からない。
行動は素早く。正面と横手から近づく二人の用心棒には、腕輪型魔道具から射出した魔力の糸を絡ませ強引に引き寄せた。
凄まじい力で手繰り寄せた二人の男に対し、首を掴んで締め上げて力の差を思い知らせる。逆らっても無駄なことを、誤解のないよう教えてやる。
そうしてマスク越しに、至近距離から要求を伝えてしまう。この距離なら、騒がしいダンスホールでも十分に聞き取れる。
「用が済めばすぐに帰る。だから、余計なことをするな」
有無を言わさぬ命令だ。二人の用心棒は首が閉まるどころか、首の骨が砕けるかと思うような苦痛を味わっている。
スカルマスクの不審者への敵愾心など早くも失われ、思考は完全に私への恐怖で染まっている。少なくとも、いまの状況で私に逆らう気は微塵もないだろう。
一瞬だ。ほんの一瞬で、人の感情はコントロールできる。
恐怖に染まった目の色だけで返事を確認し続ける。
「ほかの奴らにも言え。とにかく、邪魔をするな」
それだけ言って突き放した。二人は助かったと思うと同時に、こっちに命を奪う気がないことも理解しただろう。
じっと冷たい視線をくれてやれば、慌てて店の仲間に私の要求を伝えに走ったようだ。
マーキングの位置を改めてざっと感知する。ターゲットは一部を除いてほぼ二階に固まっていた。
固まっている奴らはいいとして、まずはこのダンスフロアにいる奴を片づける。
人混みの真っ只中にいるのは、踊り狂っている最中だからだ。そこに乗り込む。
人混みの狭く歩きにくいフロアをすり抜けるように移動し、ターゲットに接近した。
そうした先にいた生意気そうな若者は、どう見ても分家とはいえ元貴族には見えない。あれは元ジエンコ・ニギだろう。
ナンパ中なのか積極的に女に向かって話しかけ、そうかと思えば自慢げな顔を女に向けながら激しく踊る。イーディスを人質に取っている状況でのんきな奴だ。
スカルマスクの私は自分の姿を顧みずに、何気ない足取りで歩く。
酒に酔い、あるいはドラッグをキメて踊り狂う連中は、異常事態への自覚が薄い。こんな不審者丸出しの存在が、殺意を隠そうともしていないのに。
むしろ逆に珍しいとか、面白いとでも思ったのか、ターゲットは私に気づいても笑顔を浮かべてこっちを見る。しかも向こうから私に接触しようと距離を詰めたじゃないか。
度し難い馬鹿だ。今回のこと以外でもきっと、多くの馬鹿をやらかしてきたに違いない。その馬鹿のツケは地獄で清算しろ。
外套のポケットに指先を入れ、さりげなくブツを取り出す。
取り出したのは大きな針。至近距離にまで近づいた男の腹に針を突き刺し、素早く引き抜いた。
一連の動作によどみはなく、そのまますれ違うように移動しながら男の様子を見る。
男の服装が暗い色だったことと出血量が少ないこと、それと周りの奴らも含めて多くが酔っているせいもあってか、誰も異常事態に気づかない。
刺した針には毒の仕込みがあり、その効果の一端は即座に現れる。
毒の回った男が激しく興奮した様子で踊りはじめ、それに釣られたようにほかの若者たちも踊り狂う。
この世の最期を存分に楽しめ。その興奮が尽きた時が、お前の命の終わる時だ。
ダンスフロアで踊るもう一人の元ジエンコ・ニギに、同じ毒をくれてやったら次の場所に移動だ。
VIP御用達の二階席に移動する。本来なら二階に上がる階段のところには用心棒がいるはずだけど姿が見えない。最初の脅しがきちんと効いたようで、小さな満足感を覚えた。
一般客の少ない二階席なら、もっと派手にやってもいい。
階段を上がってみれば、いきなり剣の切っ先がお出迎えだ。
用心棒どもからの警告か動きを見て、敵の侵入に気づいていたんだろう。交渉人とはとても思えないスカルマスクに対する果断な攻撃は評価できる。
元分家の連中は遊びでリボンストラットに報復しているわけじゃない。この攻撃にはその本気の度合いが示されている。
当然やられはしないし、普通にやるつもりもない。
脳天に向かって振り下ろされた剣は、スカルマスクでそのまま受けることにした。
キキョウ会特製の装備は、特別な力の持ち主でなければその防御を突破できない。分家や愚連隊の残党如きがどうにかできるほどしょぼくないんだ。
渾身の攻撃を何事もなかったように頭で受け止めたまま階段を上り、驚愕と恐怖に目を見開いた攻撃者には、容赦ない前蹴りをくれてやった。
問答無用で殺そうとしたんだ、こっちが何をしたって文句などあるはずもない。
吹っ飛んだ男は壁に激突し、派手に血をぶちまける。誰がどう見ても死んだ。
ハイディたちの事前の情報どおり、ここには見物人がいる。
そいつは何らかの特別な魔法か道具を使っているのだろう。姿が見えず薄い気配しか感じられない存在が、壁際に立っている。たぶん、こいつがリボンストラット家の見届け人じゃないだろうか。
見届け人か監視者か、とにかくその何者かの視線を意識しながら仕事をしよう。これは私の力をアピールする機会だ。
「待て! 貴様はリボンストラット家の刺客だろう? こちらにはイーディスがいる」
殺意を持って足を進めると、そこで声をかけられた。早々に一人やられたというのに、やけに自信満々なのが意味不明だ。
こいつはバカか。イーディスがいると知っているから、私はここにきたんだ。説明される必要なんかない。
交渉だって無用だ。逃げることは許さないし、命乞いを聞くつもりだってない。構わずに無言で歩みを進める。
「おのれ、リボンストラットめ。どこまでも我らを愚弄するか! やれ、そいつを殺せ!」
ようやく話が通じないと思ったのか、単に恐れをなしたのか、偉そうな奴が攻撃命令を下した。身なりや態度からして、たぶん元分家の中心的な人物だろう。
一斉に群がろうとする動きとは別に、私の横手から階段を下って逃げようとする奴らがいた。そいつら全員にマーキングがないから、普通にこの店の従業員や無関係の客だと思われる。ターゲット外の奴に用はない。
逃げる奴には見向きもせず、歯向かう奴らに手を下す。イーディスの安全はハイディたちが確保済みだ。気をつけることは特にない。
最初に突き出された槍を奪い取ったら、マーキングのついた誰かれ構わず喉を突き刺して終わりだ。
素早く正確な穂先が、次から次へと喉元に差し込まれ軽々と命を奪っていく。雑魚が数を集めたところで相手にならない。戦闘員とは違う命令を下した奴らもまとめて、言い訳一つ許さずに始末した。
十数体の死体が転がるなかで、ほかに余計な奴がいないか少し探る。
どうやら、これで本当に終わりらしい。我ながら、随分とあっけなく片づけたものだ。
よし、高みの見物決め込んだ奴に、一つプレゼントだ。冷や汗くらいかいていけ。
壁際にじっと立つ見物人に向かって、ノールックで槍を投げた。
顔面のすぐ横に突き立った槍。こっちが気づいていることは理解しただろう。わざと外してやったんだ。じっと見物人のほうを見ていると、そいつは慌てて逃げ出した。
「ユカリさん、イーディス嬢をお連れしました。何か聞かれても説明が面倒なんで、眠らせてます」
奥の扉からハイディが出てきた。イーディスを受け取りながら様子をみると、すり傷一つ見当たらない。
痛めつけられたとは聞いていたけど、すでに治癒は済ませているようだ。
「まったく面倒掛けて。こいつには説教が必要ね」
「下のダンスフロアでも騒ぎになってます。ここの後始末はしておきますんで、先に撤収してください」
「ん、任せる」
この夜、世界から十数人が血の跡一つ残さず完全に消え去った。
所詮は真っ当に生きられず、無謀な復讐に走った自殺志願者みたいな奴らだ。そんな奴らが消えたところで、世界にとっては誤差にすぎず誰も気に留めない。
少数の不運な目撃者たちは、きっと悪い夢を見たとでも思うだろう。
どこの誰がどんな深い恨みを抱いていようが、どんな因縁があろうが関係ない。
私に降りかかる火の粉じゃなかったとしても、結果として邪魔になるなら、その都度全部まとめて消してやる。
面倒に思いはしてもその点、私は非常にマメだ。
このマメさと実力は、ベルリーザ裏社会でもやがて認知されていくだろう。今夜のつまらない事件も、それに一役買うと思えば無駄にならない。
一事が万事すべては繋がっているのだから、些事でも手を抜かずに叩き潰す。
営業活動みたいなものだ。そうしていれば、やがて誰もが理解する。
キキョウ会は敵に回すな、可能なら逆に味方に引き込め。そう理解するはずだ。
次話「大人の根回し、最後の詰め」に続きます。




