調停も悪党のお仕事
「どうなってんの!? 一方的に取りやめるなんて」
「たしか、向こうから申し込んできた試合もあったでしょ? それが何のつもりって話よ」
度重なる練習試合のキャンセルを受けて、ミルドリーとイーディスが文句を垂れる。
今日もまたキャンセルがあったと部長が告げたばかりだ。予定を詰め込んでいただけに、好ましくない報せが舞い込む頻度も高い。
ヒートアップしている二人の声は特に大きく目立つけど、当然、二人だけじゃなく部内全体が騒然としていた。
気持ちはわかる。仮にやむにやまれぬ事情があったとして、一方的に約束を破られれば腹も立つ。そもそも同時期に複数のキャンセルがあったとなれば、偶然とは考えられない。必ず誰かの思惑が存在する。
「先生はどう思われますか?」
ハーマイラが冷静を装いながら、壁際の椅子に腰かける私に近づいてきた。
頼りになる部長も今回の事態には不安になっているようだ。
「そうね。いろんな学校が大した説明もなしに、試合を取りやめたいって言ってんのよね。なら広く魔道人形戦に影響するような、妥当な理由は考えつく? 例えば連盟から何か通達があったとか、社会情勢的に倶楽部活動が難しくなる事件があったとか」
「ない、と思います。それにもし妥当な理由があるなら、それを説明すればよいだけです」
「他校同士の練習試合はどうなってんの?」
「中止になったという話は聞こえてきません」
「つまり?」
「……当校に説明できない事情によって、当校だけが練習試合から外されている、ということですよね。ですが、理由は何でしょう? こちらから無理に試合を承諾させていたならともかく、先方から申し込まれた試合も含めて、すべて中止になってしまいました」
いま起きている事実を客観的に見れば、これは集団的に聖エメラルダ女学院を排斥しているとしか考えられない。ボイコットだ。
なぜそれが起きたのか?
しかも一斉に練習試合のキャンセルを発生させるとなれば、何者かの強い影響力あってのことだ。それを成し得るには魔道人形連盟でも力不足だろう。
聖エメラルダ女学院魔道人形俱楽部は、最初に私が暴れたグラームス学園戦以来真っ当な活動に取り組んでいて、避けられる覚えは特にない。
避けられるどころか、真面目で熱心に取り組む姿勢は好ましいとさえ言える。それは他校の顧問や生徒だって、実際に接すればそう思うだろうくらいに。
それにウチは権力者の娘が通う名門女学校としても名高い。普通に考えて、どこの学校だって無駄に喧嘩なんか売りたくないはず。
いくら魔道人形連盟がウチを気に入らないからといって、秘密裏に多くの学校へボイコットを強制することは無理だ。魔道人形連盟が以前から強気な理由は、そこに秘密があるんだろうけど、その何かの気配はこれまでに感じられていない。
巧妙な敵が隠れている、と考えるのは簡単なんだけど……ここまで私に存在を悟らせない時点で只者じゃない。
俱楽部活動如きで裏仕事をやりすぎるのは今後に向けてよくないと思っていたけど、これは本腰入れないとダメそうだ。
まったく面倒な。まあ大体想像はつくから、その気になればいつでも片づけられるだろう。
「最悪、本番まで対外試合はできないつもりでいなさい。理由はわかんないけど、やりたくないって相手を無理には引っ張り出せないからね」
「それはそうなのですが……」
ハーマイラと二人で話していると、こっちの話が気になったのか部員がたくさん集まってきた。
予定されていた試合が中止になった報せのせいで、今日は練習に集中できていない。これは少し気分転換が必要かもしれない。
「はーっ、もうムカつく。先生はどうしてそう、平然としてるんですか? 一番、先生が怒りそうな気がしたんですけど」
気やすい調子でミルドリー副部長が私の横に腰かけ、軽口を叩いた。
私はこいつらに対してフレンドリーに接した記憶はあまりないはずなのに、随分と懐かれたものだ。
「そりゃ私だってムカついてるけどね。強けりゃ警戒されるし、どんな嫌がらせだってされるのは想定内よ。練習試合の拒否くらい、大した問題じゃないわ」
「ええー? そういうものですか?」
「出る杭は打たれてナンボよ。お前たちも余裕の態度でいなさい。不満を露わにすれば、敵が喜ぶだけよ」
なんてことはないと軽く言ってやれば、そういうものと納得したらしい。部員たちのネガティブな感情が少しだけマシになったようだ。
「ところで……」
完全に緊張感を失ったミルドリーが、横から私の顔を覗き込むようにしてじっと見る。
「なに?」
「いえ、先生って実は凄い美人ですよね。髪も綺麗ですし」
なに言ってんだ、こいつ。
「実はってなによ? 私はそこらの美人って言われてる奴より、よっぽど顔もスタイルもいいし、喧嘩が超強い上に金持ちで、おまけにいろんなところに顔も利くわ。どこのボンクラと比較して言ってんのよ」
「え、あ、はい」
「ミルドリー、この常識外れの先生をちょっと褒めたからって、照れるなんてありえないでしょ」
イーディスがミルドリーに突っ込みを入れた構図らしく、部員どもが笑ったじゃないか。
なんだ、この私をからかうとは命知らずな。
「しかし、先生がいろんな意味で只者じゃないのはそのとおりです。先生の家名に聞き覚えがないのが、やはり謎なのですが」
今度は緩んだ空気に乗じて切り込むように、ハーマイラが質問した。たぶん、ずっと前から私の正体に関して全員が気になっているんだろう。ま、教えてやらないけどね。
エクセンブラの大悪党と名門女学校の講師の立場が、常識というフィルターを通すせいでリンクしないだけだ。別に顔を隠しているわけじゃないし、いつかどこかのタイミングで誰かが気づく。
立場の問題があるから自分から明言しないし、学院にいる間はバレても普通に誤魔化すけど。
「そもそも私はベルリーザの人間じゃないからね。聞いたことなくて当り前よ。さてと、そろそろ休憩は終わり。試合の予定がなくなって空きが随分できたからね、その分は特別な訓練でも考えてやるから楽しみにしてなさい」
「特別な訓練! それは楽しみです。皆さん、練習に戻りましょう」
「はい!」
素直に途中だった基礎錬に戻る部員一同。それを見守りながら、別のことを考える。
多くの学校がウチとの練習試合をボイコットしたのは、どこからかの圧力があったんだと想像できる。
じゃあ、そんな圧力をかけられる存在とは?
聖エメラルダ女学院は有力者の娘が通う名門校だ。政治的な圧力なんてふざけた妨害を知った生徒の親がしゃしゃり出れば、非常に厄介なことになるのは馬鹿でもわかる。その上で、あえてそれをやる理由、いや、やれる理由を考えればいい。
誰なら聖エメラルダ女学院を敵に回しても構わないか、そう考えれば黒幕は簡単に想像できる。
私はあまり他校を気にしていないし、魔道人形連盟の動向にしか気を払っていなかった。そして連盟の主だった奴らについては、すでに弱みを握っているからいつでも、どうとでもできると考えている。
連盟の裏にいる何者かが真の敵。それはたぶん、あそこの関係者だ。一応、名前だけは知っている。
ベルリーザ王立ロマリエル魔法学園。ここの関係者が黒幕だろう。
大陸中央に鎮座する巨大霊峰の名を冠した王立学園こそが、ベルリーザにおける一番の名門。同国貴族の本流だ。
主だった貴族の男子が通い、共学だから女子もいる。上流階級の女子にとっていくつかある主な選択肢のなかでは、聖エメラルダ女学院と王立学園は最有力となる二択らしい。
女子教育の先駆者であり、歴史と伝統の面でリードする聖エメラルダ女学院。
貴族の男子が目指すべきとされるベルリーザ王立ロマリエル魔法学園。そこに通う女子は、聖エメラルダ女学院に通う女子から見下される。こういった構図もあるようだ。よく知らないけど学閥みたいな感じなんだろう。
学校はいいとして倶楽部単位で考えた場合、王立学園の女子魔道人形俱楽部は話にあがらないような存在感でしかない。
魔道人形俱楽部で頑張りたいなら、昔から聖エメラルダ女学院一択となる。最近は調子を落としていた俱楽部でも、王立学園が強いとは全然聞かない。だからこそノーマークだった。
現在、聖エメラルダ女学院魔道人形倶楽部がボイコットされている理由。ここから考えられる結論をサクッと出してしまえば、王立学園関係者の嫌がらせに違いない。
それが女側の嫉妬か、女子の台頭を気にする男側の画策か、そこまではわからない。
ただ、王立学園関係者、それも大物貴族の後ろ盾があるから、魔道人形連盟は強気に攻めに出られるわけだ。思い至ってしまえば、どうということのない理由にすぎない。
そしてこれも想像だけど、名門二校の裏での対立は必ず問題視される。
想像に想像を重ねてしまえば、やっぱりこれは女同士の争いなんじゃないだろうか。
両校それぞれ出身の女が社交界などで対立し、水面下で争っているんじゃないか?
それでもって、女同士のドロドロした下らない争いに介入したい男など存在しない。誰だって変な恨みを買いたくないし、そりゃ嫌だろう。
もしかして、私には当初からその解決も期待されていた? さすがに考えすぎか。
なんにしても、まずは事実の確認からだ。
基礎練に集中して取り組む部員たちを眺めながら、口元を隠して通信で呼びかける。
「こちら紫乃上。ハイディ、出られる?」
「……はい、こちらハイディです。いまは倶楽部の指導中ですよね、急ぎの用事ですか?」
「急ぎってほどじゃないけど、魔道人形連盟の関連で追加よ。ベルリーザ王立ロマリエル魔法学園ってわかるわね?」
「名前と場所くらいでしたら知ってますが……ってまさか王立学園が関与してきてます? また倶楽部の問題ですよね?」
「まだ想像の段階よ。実はウチの学院がボイコットされててね、連盟の権威だけじゃそこまでの指示は無理だと思うわけよ」
「連盟の後ろ盾ってことですか。そういう気配はなかったんですけど……もし頻繁にやり取りをしてないなら、業腹ですが見逃しはあり得ますね」
まだ私の想像や妄想にすぎない話をし、裏を取らせることにした。
「なるほど。起こってる事実を考えれば、ユカリさんの話は外れてないと思います。徹底的に洗うんで数日ください。ところで、事実だったとしたらどうケジメつけます?」
「相手も貴族だし、つまんない意地の張り合いっぽいからね。ケジメと言ったって、裏家業の流儀は通せないわ。真っ当に調停してやるのが落としどころじゃない?」
「ですかね。どうせやるなら、キキョウ会の利益にもしたいですね。時間ありますんで、こっちでもちょっと考えます」
「ん、頼むわ。それじゃ、またあとで」
通信を切り、練習を見守りつつさっきの続きを考える。
対立の調停というのは、実は悪党がよく請け負う仕事でもある。
強く怖い存在は、争う奴らへの介入が可能だ。強いんだから、どこにだってしゃしゃり出ることができるわけだ。
こっちの話を聞かないと、どうなるかわかってんのか?
お前らなんかどうとでもできるぞ?
言うこと聞かないなら、まとめてぶっ潰すぞ?
わざわざ出張ったウチの顔を潰すつもりか? おいコラ、それがどういう意味かわかってるよな?
こういうことだ。
調停だから表向きには丁寧に接するけど、暴力の気配は濃厚に漂わせる。そうしたプレッシャーを与え、言うことを聞かせるわけだ。
介入者は争いを手打ちにさせることが目的だから、双方には客観的に公平な要求しかしないし、だからこそ圧力と合わせれば調停は成立させやすい。
争う当事者同士が引っ込みつかなくなっている場合もあり、そういう意味でも調停役は意外と重宝される。
ただし、例外もある。それは利害をまったく気にしない、感情の問題の場合。
感情の問題から発生する対立に理屈は通用しない。似たような地位にある権力者の女が、互いを気に入らないと喧嘩する場合には、これは暴力組織としての圧力で収めるのは案外難しかったりする。
相手はアホの女だから、暴力からは権力によって守られると勘違いするし、その勘違いを正してやるには強硬な姿勢を示すしかない。でもそれをやるには広範囲に根回しが必要になるから非常に面倒だ。下手なところに泣きつかれては、話が広がって別の問題に派生しかねない。
利益を度外視した感情の対立だから、双方へ争うことのデメリットを説明しても止まらない。そもそもアホだし。
これを簡単に収められるのは、より地位の高い女になるんだけど、これも派閥の問題が絡めば簡単にはいかなくなる。
ならばどうしたらいいか。
簡単に言ってしまえば、対立がどうでもいいとまで思うようなメリットを提示すればいい。
目の前に美味そうなニンジンをぶら下げてやれば、アホだから食いつきはいいんだ。
でも、これだって難しい。普通なら。
数日後の夜。
私が寝泊まりする寮の部屋に、ハイディを招き入れた。
「ユカリさん。例の件、めくれましたよ。やっぱり王立学園の貴族が魔道人形連盟にくっついてました」
「そいつの正体まで掴めた?」
「もちろんです。懐柔の筋道も考えてますんで、しばらく時間ください。大物貴族だったんで簡単には手を下せません」
「へえ、大物か。面倒ね。どうするつもり?」
「まずは地元の使えそうな商会を探しますが、これは商業ギルド経由ですぐに探せる見込みです。相手は貴族の女ですからね、いつもの手が使えるんじゃないかと。いいですよね?」
「大物が相手なら構わないわ。エピック・ジューンベル印の魔法薬はホント、使いやすくていいわね」
「まったくです。あれを使って落とせない女はいませんよ。いろいろと利益も見込めますし」
「とりあえず収まったら教えて」
「わかりました」
交渉の仕方次第だろうけど、ハイディたちウチの情報局が介入すればどうとでもできる。予想通りの展開になってひと安心だ。
さて、こうなってしまえば簡単にカタがつく。
女がいくつ年を重ねても求めてやまないもの、それは美容だ。
年齢にまつわる様々な病気は魔法によって解決できる。だけど老化による肌の問題は魔法があっても簡単には解決できない。毛髪の問題も同様だ。
この私はエクセンブラ上流階級の女たちから、秘かに絶大な人気がある。
それはなぜか?
答えは簡単。美容に関する魔法薬を提供する元締めだからだ。それも既存のものとは明らかに一段上の効果が望める、まさに魔法の薬。
その魔法薬は私とローザベルさんを筆頭にするキキョウ会治癒局によって開発した、世に並ぶものなしと評判の特別製。美容に関心の高い女なら喉から手が出るほど欲しい、少なくとも試してみたいとは思う魔法薬だ。そんな私と仲良くなりたい奴はごまんといる。
当然、ここベルリーザでもだ。
噂の種は根を張り巡らし、すでに芽を出している。
エクセンブラを中心にブレナーク王国中央でも評判のそれは、限られた人しか手に入らない夢か幻とされる逸品でもある。懇意にする公爵夫人にすら、余剰になる分量は渡さないくらい徹底している。
超高級ホテルのエピック・ジューンベルに宿泊した客のみが一部商品を購入可能だけど、あくまで一部の商品だけだ。お抱えの顧客に向けたレア感は大事にしているし、それは噂となって社交界を通じ秘かに広まっている。
外国でありながら、そんな商品をもし購入できる機会が訪れたとすれば?
ベルリーザの商業ギルドを巻き込んで経由させれば、まさか詐欺とは疑わない。
下らない争いを続けることより、奇跡の魔法薬を購入できるチャンスを選ぶだろう。
当然ながらレア感を演出するため、厳選して声をかける客以外には流さないし、定期的に少量だけを高額で買わせる。
楽勝だ。面倒かけてくれた礼に、輸送費込みってことで、ふんだくってやる。代わりに上等な効果は保証つきだ。
一度あの魔法薬を使えば、二度とは手放せなくなる。
この機会にベルリーザ上流階級の一部に、私たちキキョウ会は完全に食い込んだも同然となる。おまけに品物を経由させるベルリーザ商業ギルドにだって恩を売れる。
これは地元の商会を敵に回すから、新参者の内にやるつもりはなかったんだけどね。
ほんの少しの流通量なら、それほどの問題にはならないだろう。根回しの面で準備不足は否めないけど、今回ばかりは早く結果を出したい。
出ました、チート!
当物語の世界は文明的にそこそこ発展していますので、いわゆる現代知識を使ったチート展開はあまりないのですが、キキョウ会はユカリのインチキ魔法とローザベルさんらの力もあり、化粧品など美容の分野では結構リードしている感じです。
ほぼ金持ち専用の商売で大っぴらではないですが、それは今話のような状況で使うため、政治的な思惑もあってのことです。